短編置き場


夜の帳が降りた後も賑わうサファイアマーケットの人込みの中、その後ろ姿を見つけたのは偶然であった。淡い紫色の花束を抱え、どこか無防備で、ぼんやりとしているその背に声をかける。

「愛し子?」

変わらず、遠くを見つめてぼんやりとしている。たとえどんな時でも、声をかければ振り向いてぱちくりと瞳を瞬かせると思っていただけに、反応がなかったことにいささか驚く。
そうして冒険者の興味を惹いているそれはなんであろうか、と同じように視線をたどって空を見上げて、ほう、と声が漏れた。

「……花火、か?」

ひとつ、ふたつ。天へと舞い上がるように光が線を引く。空に咲き誇る牡丹の花と、遅れて響いた低い音。どうやら、この花火をずっと眺めているらしい。
しかし、合間にちらりと盗み見た顔は花火を楽しんでいるというよりも、何か別のことを考えているような、上の空といった様子であった。
どうしたのであろう、と思考を巡らせていると、遠く空から破裂音が複数響き渡る。はた、ともう一度空を見上げると、流星のような、太陽のような、そんな光景が夜空に描かれていたところであった。
花々が咲き終わると、しばしの静寂が辺りを包む。終わったか……と余韻に浸っていると、視界の隅で動いた気配を察知した。
花束を大事そうに抱えなおして歩きだす。どこへ行くのだろう?と双子は首をかしげて互いを見やる。追いかけてみるか、と以心伝心。なんとなく後を尾けてみることにした。


さて、追いかけてみるかと決意したはいいものの、街から外に出るや留めていたチョコボにまたがり駆けだすものだから、こちらも慌てて神使たるライオンを呼び出し追いかける羽目になった。
その背に乗せるは主たる商神とはいえ、やっていることはぶっちゃけストーキング。道すがらライオンたちに呈された苦言を右から左へと聞き流し、先を行く冒険者の後を追う。
西ザナラーン、ナナモ新門から出てスコーピオン交易所へと至り、そこから少し北。ホライズンとの境にあるノフィカの井戸と名付けられた窪地に流れる小さな川の、その縁が目的地であった。
到着した頃には冒険者はすでにチョコボを留めており、脇へと花束を置いてしゃがむと、あちこち好き放題に伸びる草をむしっていた。
しばらくむしると、くるりと円を描いて置かれた小石とその中央に据えられた土に汚れた小さな岩が姿を現す。
その小岩が被る土を払いのけ、汲んできた水で表面の汚れを優しくぬぐう姿を見れば、それが『何』であるかは自ずとわかった。
そうであるならば、ただ何もせず眺めているわけにもいくまい。

「……手伝おう。どれ、何をすればよいか教えてくれぬか?」

え、と振り返る。今度はぱちりと目と目があった。兄ちゃん、いつの間に、と。
声をかけてようやく気が付いた様に、もしや隠していたかっただろうか、勝手に尾行していたことを今更ながらにまずかったであろうか、と今更内心よぎりもした。
が、気を悪くすることもなく冒険者は、ありがとう、じゃあ草むしりをお願い。と、それだけ答える。
言われたい通りしばらく辺りの草むしりを黙々とこなしていると、ぽつりとありがとうね、と口にした。それに、良い。とだけ返して、小岩を見やり、視線を上げる。
常向けられる雰囲気とはまた異なる愛おしいという気配を向け、それでいて秘め事のように、静かに想う相手となれば、この予想は間違ってはいないだろう。
むかしむかし、話には聞いていた。幼い頃、死別した『姉』がいることを。
愛しき子の、メイの、血の繋がった『姉』は、ここで眠っていたのか。

ずいぶんときれいになった小岩に普段と違う色と感情を乗せたまなざしを向けながら、冒険者はそうっと花束を供えた。
目をつむり、黙とうを捧げる。それに倣い、双子もまた黙とうをする。

しばしの間。わずかな身じろぎの気配に瞼を開けると、冒険者も顔を上げていた。

「ありがとうね、兄ちゃん。姉ちゃん驚いただろうけど、きっと喜んでるよ」
「……なに、愛しき子の姉であるならば、猶のこと我らは礼儀を尽くすべきであろう」
「そうだとも。むしろ、挨拶が遅れてしまったな。………この子とはいろいろと仲良くさせてもらっておる…で、良いのか?」

今さらすぎる挨拶に互いに声を上げて笑う。いっとう柔らかい秘密を、手放しで信頼できる相手と共有した喜びと、過去を振り返り懐かしさに浸る雰囲気は、いつにもまして柔らかかった。
くすくすと笑いあい、落ち着いたころに浮かんだ心に浮かんだ疑問を尋ねてみる。

「…汝の姉は、どのような人であったのだ?」
「え?」
「いや、今さらではあるのだが……我らは彼女のことを何も知らぬのだなと思うてな」
「知りたい。彼女も我らが慈しむべき、愛しい人の子であるが…それ以上に、汝の大事な人なのだろう。良ければ、話を聞かせてはくれぬか」

申し出に目を瞬かせて、はくはくと息を吐いた。そして目じりを下げて、小岩に向き直る。そうして、訥々と、どこから話せばよいのかまるで手探りするようにゆっくりと語りだした。

「……そろそろ、新生祭が終わるでしょう?そこで、去年冒険者になった子を案内したんだけどさ……その子が今年、その子のお姉さんと再会してたのを見て、俺も会いに来たくなったんだ」


俺のね、姉ちゃん……姉ちゃんは、『星の語り部』だったらしいんだ
故郷の集落で、数十年に一人とか二人くらいのペースで生まれる、『星の声』を聴くことの出来る子供
俺は、その集落の末子として生まれたみたい。末の子だけど、姉ちゃんの次に星の声を聴くことが出来て、過去を見ること力もあったから、姉ちゃんの次代を担うはずだったんだってさ
その声を聴いて一族を導いていた。未来が見えたんだって。見た未来は百発百中。外したことがなかったらしいよ
だから、集落を襲う大雪崩を視て、一族がその集落を捨てて散り散りになる未来と、姉ちゃんが俺をエオルゼアに逃した未来を視て、こっちに渡ってきたんだって
集落から出て、住んでいた世界と全然違う世界を旅をして。そんな旅を子供だった俺に強いたこととか、悪いと思ってたらしいけど、全然。
姉ちゃんは大変だったかもしれないけど、俺は旅が楽しかった、ってことしか覚えてないんだよねぇ。だからきっと、大分かわいがってくれてたんだと思うよ


その語り口がほとんど、伝聞の形を取っていることに対して疑問に思う表情が出ていたのだろう。
手紙に、そうやって書き残してくれていたんだ。俺は、こっち来た時はまだ小さかったからさ、世話になってた酒場のマスターに、大きくなったら読みなって貰ったんだ、と。笑って締めくくる。
ドン…と、遠く遠くから音が響く。ウルダハの方で、再び花火が上がりだしたらしい。
遠くで空を彩る花火へと目を向けた冒険者は、少しだけ笑みを浮かべていた。

「………あの花火、俺も、姉ちゃんと見てみたかったな。少しだけ、そう思うよ。俺も」
「…愛し子……」

なんと声をかけていいものかわからず、手をさ迷わせて結局下ろした。今普段のように頭をなでるのも、なんとなく違う気がしたから。

「……よし。しんみりはおしまい!ありがと、兄ちゃん。姉ちゃんの話を聞いてくれて。けっこう遅い時間だし…そろそろ宿に戻ることにするよ」

ぱしん、と両手で己の頬を叩く。気持ちを切り替えてすっかり元の調子に戻した冒険者に、遅すぎた、と心によぎった。

「……うむ。ならば、あとで寄ろう。我らはもうしばし、ここで彼女を想うとしよう」
「ほんと?姉ちゃんきっとよろこぶよ。それなら、またあとで、"いつもの"酒場で!」


チョコボをつないだ木から手綱を外し、背に乗り駆けだした冒険者を見送る。その場に残った双子は、もう一度だけ小岩を見つめた。

「……あの子の唯一を勝ち得ていながら、人恋しいと想う子のこころを慰めることが出来ぬのは、無様なものだな…」
「うむ……だが、どうして今、口先ばかりの慰めなど言葉にできよう。最後の審理の時は、もうそこまで来ておるというのに」

もう間もなく、最後の神域の門が開く。それは十二神の悲願であり、分水嶺。ままならぬなぁ、こころとはと零した。こんなにも愛しているというのに手放しに寄り添えない。
風がさぁっと吹き抜ける。ザナラーンの砂埃と共に、供えられていた花束から、花びらがひとつ、ふたつ、空高くに舞い上がる。

ほう、とその光景を見て、そこでふっと思い出した。

「そうだ、この花の名は——」

キキョウであったな、と。ひとりごちたその言葉も風に攫われていった。
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