短編置き場


「兄ちゃん、『ナル』さまなの?」

己を見上げる人の、幼な子のなんと無垢な事か。これがこのような状況ーーグラスの割れる音が聞こえたのか、はたまたホールに中々戻らぬ幼な子を迎えに来たのか。(私にとっては)運悪くも、凍りついた表情を貼り付けてこちらを見やる人の子が居なければ、少々動揺こそするだろうが「違うぞ」とやんわり訂正をして。目の前の幼な子と適当に戯れて、片割れの到着を待っていたものを。

幼な子はまだよく知らぬのだろう。仕方ない。ここ、ウルダハでは早々見かけぬ種族のようだから。この商神の名や重みを知らずとも、仕方ないのだ。
だが……あまりにも急に、唐突に、己が真名と神の姿の話を人前で振られたら、流石の生の神も計算が狂うというもの。つまり……この状況、どうしてくれよう。

「ザルよ、早く来てくれ」ーーーーと、


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その日は、なんでもない日であった。

いつものように戯れに人に紛れ、営みを見守り、炎天へ帰る。そんな1日。昔むかしから繰り返してきた習慣の一つ。その予定が狂い始めたのは、小休憩がてら飲み物を買いにマーケットへと向かった片割れを見送った、日も傾き始めた頃だった。

「お兄さん、お疲れの様子だ。きっと今日もさぞ難しい商談を纏めてきたんだろう。自分へのご褒美に、ウチで涼んで行かないかい?」

可愛い子も沢山いるよ、と声を掛けてくるのは如何にも「そういう」店の客引きか。片割れを待っているからと告げたものの、押しは強い。その逞しさもこの砂都で生きるためには必要なのだと思うと……愛おしい。故に、軒下を借りるくらいのつもりで、その客引きにも身を委ねてみようかと思ったのだ。

どれほど離れていようと片割れと繋がっているのだ。大人しく着いていく道すがら、片割れに思念にて軽く経緯を説明し、到着したのは裏通りの酒場。これは想定内。そのまま個室に通され、待つよう言われる。くるりと周りを見る。空気はきな臭いものではなかった。ならば、娼館を兼ねているものの真っ当に商売しているのだろう。形ばかりの警戒心は最早解け、さて人の子は何をしてくれるのかとその期待に頬が緩む。

もう少し待つと、コンコンと規則正しいノックの音がした。
「失礼いたします」
と、1つ声がかかり、ドアノブが回って人の子が入ってくる。


「…うん?」

目の前の人の子の頭に、ふわふわと揺れるうさぎの耳。砂都ではほとんど見かけたことの無い、ヴィエラのもの。しかも、性別が恐らく分化していないとなれば、まだまだ幼な子のようだ。

「汝は、森の……ああ、東方の子か。」

酒をつぎ、つまみを並べて。テキパキと給仕の仕事を熟す手が止まり、パチリと丸い目がこちらを向く。

「えと…はい。多分そう、です…?」
「多分とな?」
「えっと……あんまり覚えてないです。小さい頃、きょうだいに連れられてこっちに来たらしいです。」
「そうか……いやしかし、幼いながらに大した仕事ぶりだ。ここの店も良い。縁に恵まれたのう」

出された酒を1口含み、芳醇な味わいを楽しむ。
ナルにとっては、この店はいい店だった。酒も金も女も絡むが、空気が悪くない。こんな幼な子にもきちんと仕事を教えている。
人の子の欲や営みを見たさで、たまに火遊びしては片割れに苦言を呈されもするが--今日もそのつもりで足を運んだが--これなら怒られることもないだろう。いい土産話になりそうだ。目の前の幼な子も嬉しかったのか。こころなしか頬が緩み、目が嬉しいと語っている。
何かありましたらお呼びください、と。
部屋から退出しようとする。その、幼な子の、身体がくらりとふらつき目元を押さえるような仕草をして。傾けていたグラスを思わず取り落とし、慌てて駆け寄り支える。

どれだけそうしていたか。頭を軽く振って、幼な子が顔を上げる。ぱちりと瞬き。キョトンとした顔で。
そして……冒頭に戻る。


「えっ、なんで人なの?でかい兄ちゃん、ピカピカでかっこいいのに!」
「いや、その」
「髪の毛赤いの頭炎だから?……あ、だから『ザル』…さま?あっちの兄ちゃんは青いんだね。」
「それはそうだが……待て、汝もしや」
「……というか、またあんなに無理に誘ったの?オーナー怒るよ。タダより怖いものもないけど、あくどい奴もいるから気をつけろって」
「お、おう……ってか、お前、その人のこと今…『ナル』って言わなかったか?」
「?うん。」

キラキラとした年相応の顔で矢継ぎ早に質問を繰り出したかと思うと、運悪くやってきてしまった先程客引きしていた人の子を問い詰める幼な子。「マジか…?」といった様子で、血の気の引いた顔でこちらを見る人の子。唐突に己の正体を完全に見抜かれ、あまつさえ『ザル』の話題まで出されて動揺を隠しきれていない私。正しく、混沌であった。

「ーーーーー急に呼びつけたかと思ったら……何をしている、ナル」

静かだが、通る声がした。え、と人の子達が後ろを振り向くと、呪具を手にした青い髪の青年が立っている。その姿をしっかりと捉える前にコツンと呪具の石突で一突き、地面を鳴らす。途端に人の子達が崩れ落ちるのを再び支える。

「スリプルか……助かった。私らしくもないが、動揺してしまった。」
「……そうだな。良い教訓になったか?」
「うぐっ、いや……うむ、以後気をつけよう。」
まだまだ物言いたげな片割れ…ザルは、じとっと
した目をこちらに向けていたが、1つため息をつくと腕の中で眠りこける人の子に視線を落とす。

「とりあえず…ここ数刻の記憶だけ、『焼く』ぞ。それで良いな」
「そうしてくれ…いや、ほんに焦った。『超える力』の持ち主が斯様な場所にいた事もだが……随分よく視えるようだのう」

手の甲でそっと頬を撫でては、悪いことをしてしまったな…と罪悪感を滲ませる。その様子を横目に、ひとまずこちらの人の子の魂の一部を焼いていく。神としてのエーテルで、慎重に、他の記憶を焼き切ってしまわぬように。
処置が終わると一息ついて。さて次はそちらの人の子を…と。エーテル放射を始めたところで異変に気づく。

「……は、何故…」
「ザル?どうしたのだ」
「……エーテルが弾かれる。通らぬのだ。」
「何?」

ぐ、っとより強くエーテルを流し込む。弾かれる。ならばとナルの手をひっ掴み、二柱のエーテルを束ねて試してみる……効果がない。

「これは、よもや…」
ーーーーー光の加護。脳裏を過ぎる。見たところ光のクリスタルを所持してはいないものの、きっと。

どうしたものか……と、思案していると「んん、」と身じろぎ声を漏らす。どうやら魔法の素養もあるらしい、実に将来が楽しみな幼な子だ。
ぼんやりと目を覚ます。きっとその目に映る我らは、神にあるまじき困り果てた情けない顔をしていたのだろうなあと、今でも笑いの種にしているとも。


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「いやあ、あの時の幼な子がこんなに大きくなって!まことに人の子は、瞬きの間に大きくなるのう、ザルよ!」
「その通りよな、ナルよ。まことに大きくなった……。あれから時折ウルダハで会うこともあったが、先の霊災の前が最後か。」

神域、オムファロスに座してからからと上機嫌に話すのはナル神。しみじみと噛み締めるように話すのはザル神。そして、その近くでふて寝をしているのが、エオルゼアの英雄だった。

「人の子よ、そう拗ねるでない。アレは我らにとって必要な事だったのだ。現に、今こうして変わらず汝と語らっていよう?」

アレ、とは。つい数時間前に神々の裁定と称して行われた、神域での十二神との戦いのことだった。ラールガーズリーチやウルダハで調査をし、帰ってきてすぐナルザル神が顕現し……この有様である。

「赤い瞳の人の子よ…何故、森の人の子は斯様に意固地になっているのか分かるか…?」

いや、アンタらのせいだろ。そう口から飛び出そうになったのをぐっと堪える。つい数時間前と態度が180度違う。むしろ、幼少期から英雄と顔見知りだったなんて思うものか。
聞いた話をまとめると、その後も何度か会っていたらしい近所の兄ちゃんくらいの親しみを持つ相手に急に敵意をぶつけられた英雄の心情や如何に。


その後も何度か声をかけるも、全てスルー。
打てば響いて目を輝かせた可愛い顔見知り。生の躍動を湛える美しい魂。そんな身近な人の子の反応がないことに、流石の商神も英雄が静かにキレていると気づき始めたのか、声色に焦りが乗り始める。

「案外、似た者きょうだい…?なのかもな」
人をめちゃくちゃ振り回すところとか、と。ポツリと呟いたグ・ラハ・ティアの呟きは誰にも拾われず風に攫われるのだった。


おしまい。

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