短編置き場

今週もまた、人の子らが神々へと挑みに来た。初めて邂逅したその時から月日を重ねれば重ねるほど、人の子たちはますます強く逞しく成長していく。その中には、弟の姿も。まるで薪を焚べて燃え上がる焔のように。
浮かれるような心のまま、炎天からオムファロスへと転移した。
顕現して、伏せた眼差しを向ける。オムファロスにはミコッテ族とルガディン族の学者の人の子らと弟がいた。そうして高揚した気持ちのまま、いつものように声をかけた。
「そなた、また腕を上げたのう!いや、流石。誇らしいぞ、我らの可愛い弟よ」
でしょう?と。いつものように嬉しそうな返事が来ると信じて疑っていなかった。だからよくよくそこに浮かんでいる表情を見てもいなかった。
「……弟?」と、怪訝そうな声を聞くまで。
「……は?」
そこでようやく顔を見た。浮かんでいたのは不審なものを見るような、警戒を浮かべた顔だった。なぜそのような顔を向ける?なぜそこに疑問を持つ?
浮かんだ問いを投げかけようとして、なんと声をかけて良いか分からない。
混乱している間に、『弟』が答えた。
「俺の、きょうだいは……『姉さん』だけなんですけど…」
もしかしてオシュオン神と間違えてますか?なんて、冗談にしたって酷すぎる。無いはずの腸が冷え込んで、心臓が早鐘を打つ心地がした。ちがう、と思わず肩を掴んで声を荒らげた。

「ちがう…違う!冗談にしてはタチが悪いぞ!?愛しき子よ!」
「っ…や、知らない。あなたたちのことは知らない!タチが悪いって何だよ……あなたたちこそなんなんだ!言いがかりはやめろ!!」
強引に腕を振りほどいて、素早く下がって距離を取られる。挙句、剣を抜かれて、絶句した。
どうして、なぜ、つい先程試練を行うまではいつも通り、いつものように戯れて笑いあっていたのに。尽きぬ疑問と混乱と、敵意の宿った瞳に貫かれて恐ろしくなった。
それでも、と手を伸ばそうとしたとき、空がぱっと瞬いた。
思わず見上げると、空から星が、無数の流星が降り注いでいた。
終末、と。呆然と呟く。何故、ヒトは終末を乗り越えたのでは?そうして星を見送ると、そのひとつが地上に堕ちた。地上の燃える音と、人の子の悲鳴が聞こえる。何処からか哀しい雄叫びが聞こえる。
違う、これは、終末ではない
「……まさか、これは…第七霊災……?」
燃える流星が降り注ぐ。地上に生きるものの悲鳴が木霊する。グリダニアが、リムサ・ロミンサが、ウルダハが燃える。記憶にあったそれよりも酷い惨状に慄いて、思わず一歩二歩と後ずさった。
「兄ちゃん」と、背中から声をかけられる。
「っ!愛し子!?」
声の方へと振り向く。そこに居たのは遠いあの日に別れた時の、幼い頃の愛しい弟だった。今にも泣きそうな表情を浮かべて、蹲って炎に巻かれている。
咄嗟に伸ばした手は炎に阻まれた
「っ、この商神を拒むなど、不敬な。退け!」
権能を行使して、無理やり炎を引き剥がす。
炎を掻き分けて、弟へと手を伸ばした。その小さな体に触れられてようやく少し安心したと思った。ぼとり、と腕が落ちるまで。
「は…?」
よくよく見たら、燃えていた。間に合わなかった。灰になって、風に乗って、崩れていく。
「……兄ちゃん」
ゆるりと、高いところにある顔を見上げてくる。
「最期に、会いたかったぁ」
にこりと笑って、ぼろぼろと灰になって崩れていく。
「ま…て、まて、逝くな。愛し子!待て!!」
受け止めようとしても指の間から零れ落ちていく。抱きしめようものならその瞬間崩壊する。逝くな逝くなと駄々を捏ねる子供のように叫んで、叫ぶしかできなかった。
手元には、ひと握りの灰だけが遺された。めちゃくちゃになった心のまま泣けない身体で、慟哭を上げた。そこでようやく気がついた。
「……そうか…我らの弟は、あの日、あの場所で、死んだのか」
記憶と共に、焼け落ちたのだ。第七霊災で。
ならば、あの態度にも納得が行く。
会いたかった、会いたかったか。
「我らも、会いたかった……」
嘆いたところで、どうしようもない。思考の端から段々と暗くなるような、深い眠りに落ちるような心地がした。眠っても、良いのだろうか。
そうして殆ど自棄になって、眠ろうとした時だった。遠くから呼び声がしたのは。

次いで、ゆさゆさと揺さぶられる、誰だ、放っておいて欲しい。そう無視を決め込んでいると、すぐそばから「起きろ!!」と声がした。そこではっと、目を覚ます。
弟が心配げに覗き込んでいた。心臓が忙しなく動いている。寝汗も酷い。
ここは…と呟くと、忘れたの?と返ってきた。
「東ザナラーンのハイブリッジの近く。……覚えてる?」
「……いや、」
「寝惚けてるね。いや……魘されてたからか、2人とも急に魘され出したんだよ。心配した」
「ナルも、魘されていたのか?」
「そういうザルこそ…」

からん、と焚き火にくべられた薪が灰になって崩れたのを見て、先ほどの光景が脳裏に蘇って、ヒュッと息を飲む。血の気が引いていくのを感じた。
兄ちゃん、落ち着いて。と側に寄ってきた弟を、ナルもザルも堪らず抱きしめた。
きつく抱きしめて顔を埋める。ちょっと苦しいと文句を言いつつも、様子がおかしい自分たちを気遣ってかそれ以上の抵抗もせず背中に手を回されて、やっと少し安心した。
深く深く、息を吐く。正しく、悪夢であった。そして、有り得た未来に至らなかった事に安堵した
「野営疲れ…いや、依頼手伝ってもらったから、そっちの疲れかな……まだ寝てていいよ。側にいるから」
「……共に寝てはくれんのか」
「んー…寝ずの番がいるから」
「ならば神火を焚べよう。並の魔物ならば、近寄れぬ」
言うが早いか、紅と蒼の神火を焚べるついでに辺りに感知網を布いて、毛布の中に引き込んだ。

狭い。そちらに詰めよ、ザル。ナルは手をこちらへ寄越せ。ぎゅうぎゅうに詰め寄った。
すん、と鼻を鳴らす。回した手に手が重なって、トントンと一定のリズムで柔らかく叩かれる。子供を寝かしつけた時のように。そこ懐かしさにまた一つ安心して眠った。
もう、悪夢は見ないだろう
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