短編

『かいていのゆめ』


目を覚まして、最初に感じたのは冷たく暗い、水だった。
身体に纏わりつくそれにもがくように掻きながら、アタマの中に声が響く。

「目が覚めたのなら、上へおあがり。そして、波に揺られて、行きなさい」

声の主が誰かもわからないまま、その何かは力強く水を掻き分けてどこかへと泳いでいった。それをぼんやりとした視界で追いながら、途端、息が苦しくなる。このままじゃ溺れてしまう。そう思った自分は、無我夢中で上へ上へと泳いでいった。昏くて深い、水の中を無我夢中で泳ぎながら、どこまでも果ての無い、もしかしたら天地が入れ替わっているのかもしれないと思うばかりの水の中を泳いで泳いで、そしてついに、日の光を感じる。水の青さ、真っ白な光、それを感じて、もっともっとと上へと泳ぐ。
そしてついに、水面へと顔を出して思い切り息を吸い込む。
ぎゅうう、と、漏れ出た声はヒトの声ではなかった。

ぱちくりと目を瞬かせて、水面できょろきょろと辺りを見回す。辺り一面の大海原。島影一つないそこにいたのは、自分だけだった。


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あれから数百年の時が経った。目をふと開ける。活動期が来たらしい。海底に沈めていた身をゆっくりと持ち上げて、鼻からぽこぽこと泡を吐き出す。『この身体』になった時はパニックに陥って、あわや泳ぎ方すら忘れかけたものだが流石に数百年も付き合えば、この身に馴染む。今世において、自分は『ヒト』ではなかった。ヒトではなく、『ポケモン』と呼ばれる種族になっていたらしい。そして、この身は相当同族が少ないらしい。今まで一度足りと、生まれ落ちた時に聴いた声の主(恐らく、あれは母親だったのだろう)以外に見た事がない。
ゆったりと泳ぎ出し、海面へと浮上する。ざぱり、と海面を掻き分けて顔を出し、深く息を吸い込む。たった一つの呼吸で数百年は身が持つのだ。そのまま海底へと潜り直し、少し食事をして、ルーティンである回遊をしようとした時、ふと感知できる縄張りの島からざわめきが響いていたのに気が付いた。よくよく耳をそばだててみると、それは星の、いのち嘆きの声だった。いのちがきえる。いのちがたえると泣いている。それが何となく、気の毒に思う一抹の心が残っていた自分は、昏い海の底へ潜ろうとしていたヒレを動かして、島の方へと向けてみた。声の元へ近づくにつれて、段々と声は大きくなっていく。
日が昇り、暮れ、また昇り。幾日か過ぎたころようやくたどり着くと、一匹のポケモンが海の側で泣いていた。

『どうしたの』
「ピッ!?」

ぴくりと耳を跳ねさせて振り向いたそれは、見た事のない黄色いポケモンだった。縞々のもように、赤いほっぺ。ぎざぎざの尻尾を持ったそれは、何かを庇うように警戒したままこちらを睨みつけている。

『お前が泣いていたの?黄色い子』
「ぴ…ピカ……!」

ぱちぱちと頬の赤い袋から電気を迸らせるポケモン——ピカチュウは、海から顔を覗かせる巨大なポケモンに警戒をしながらも、ちらちらと後ろを伺っていた。後ろの森は、燃えていた。
その視線に気が付いて、ようやく彼女は後ろの森に気が付いたようだった。

『あぁ……森が燃えているんだね。』
「ピカ、ピカチュウ!」
『ごめんね、お前の言葉はわからないの。ずぅっと眠っていたから』
「ピカピ。チャア!」
「ぴ、ぴちゅ…」

その時、か細い別の声が場に響いた。ピカチュウはばっと振り向き、背中に隠していたもう一匹……ピチューの方を振り向く。

「ピチュ?」
「ピ…」

二匹はピチュピチュと鳴き交わす。それに気づいた彼女は静かに見守っていた。言葉にせずとも、前に立ちはだかった黄色いのが後ろに隠していた小さいのを守っていたことには気が付いていたから。
やがて、意を決したような覚悟を決めた顔で、ピカチュウはこちらを振り向く。

「ピカピ!ピカチュウ!」

手を繋いで目の前に連れてきたのは、後ろに連れていたピチュー。少し弱っていたそれを目の前に出し、ぐいぐいと崖から落とそうとする。そのまま落ちれば、自分の上に落ちてくるのは明白だった。
ピチューは抵抗する。だがピカチュウに押し負け、崖から追い落とされてしまった。そんなに高くない崖から、小さな黄色いのが、ぽとりと背に落ちる。

「ピカチュ!!ピカチュウ!!」
『……分かった。この子は連れて行くよ』

言葉はイマイチ理解できなかったが、燃える火の手から小さく黄色いのを逃がそうとして、海から顔を出していた自分に託したのだろう。このままでは二匹とも燃え死ぬという運命から逃れるために。
このままここで今生の別れをする二匹に餞を、と思ったのは気まぐれだった。天へと一つ吼えると、枯れ切った空に僅かに雲が兆す。やがてそれは火の森から吸った煙を受けて雨となり、大地に降り注ぐだろう。ゆったりと背を向け、沖へと泳ぎ出す。

「ぴ、ピチューー!!!」

背中で小さく黄色いのが叫ぶ。その声を聞きながら、星の声に耳を傾ける。いのちがもえる。いのちがたえる。泣いている星の背中の上を滑るように、流れに乗って泳いでいく。せめて、背中の小さくて黄色いのが生きられる森を探してやろう。
そんな風に思った覚えがある。

・・・


「……って、言ってるロト!でも何回も寝て起きた前の事だから、あんまり覚えてないとも言ってるロトね」

ハルトは手の中に納まるダイブボールから、穏やかに語られる昔話に聞き入っていた。その周りを、ピカピカ、ライライ、ピチュピチュ、とピチュー・ピカチュウ・ライチュウたちの群れが取り囲んでいる。
パルデア地方、オージャの湖の側にあるオコゲ林道からさらにもう少し西。ありがた岩を臨む海沿いに彼はいた。

「……それからずっと、パルデアにいたの?」
「居た、って言ってるロトね。連れてきた小さくて黄色いのが連れてくる最中に死にかけ…衰弱したロトっぽいから、その子がまもなく死ぬまでと、その子を受け入れてくれた血族と縁が出来て住んでいるって言ってるロトよ」
「そうなんだ……」

ダイブボールは静かに黙している。この中に座すのは、数千年を生きたポケモンだ。言葉が通じないながら、ピカチュウから託されたピチューを世話し、その生涯を見送って、彼女は

「……寂しくなかったの?」

ぽつりとハルトは口に出して、慌ててしまった。言葉にすべきじゃないと思ったからだった。けれど返ってきたのは、それを認める言葉だった。

「寂しかったって言ってるロトよ。自分の形を知って、自分が小さくて黄色いのより長生きするってわかって、悲しかったけど、血族たちが仲良くしてくれたから、それは嬉しかったって言ってるロト」

それを聞いて、ハルトはそっか…と口にした。
周りにいたピカチュウたちが、口々にピカピカと鳴き声をあげる。
目を丸くしながらロトムに翻訳を頼むと、連れてってあげて。ずーっとここにいたんだよ。ぼくたちを守ってくれてたんだ!ぴかぴかでぱちぱちの石もくれたんだよ。と口にしていた。

かたり、とボールは小さく揺れた。彼らの後押しがなければ、彼女はボールに納まりはしなかっただろう。そのくらい、気高いポケモンだった。
ハルトはボールを天へと投げる。そしてボールが二つに割れ、中から光線が海へと落ちる。瞬間、大きな水音と波が水面を揺らし、何かが水の中へと落ちる。
やがてそれはざぱりと顔を水面から出して、ボールを放った今代の主であるハルトへと顔を向ける。

「……この子たちのいうような、楽しい事。嬉しい事。いっぱいいっぱい、やろう。約束する。だから、改めて、よろしくね。


・・・・・・カイオーガ」


「ぎゅらりゅるぅぅぅぅ」






『かいていのゆめ』

これは生まれ変わったらカイオーガになったヒトが、数千年の時を生きた後でパルデアの少年と友達になる話。





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