禍福は糾える縄の如し
・・・
・・
・
「——フカマル、戦闘不能!よって勝者、オモダカ君!」
「ドラメシヤ、ご苦労様でした」
「……は…」
オモダカの頬にドラメシヤがすり寄るのを見ながら、目の前がまっくらになる心地を味わっていた。キラーメはニャオハが相打ちに持ち込んだ。続くドラメシヤとフカマルのバトル、フカマルならば勝てると何の根拠もなく信じていた。それがこれだ!この屈辱だ!!
フカマルを抱きかかえながら、奥歯をぎりと噛みしめる。
悔しい
この世界を自覚して三年目、初めての敗北を味わっていた。
「テンさん、素晴らしいバトルをありがとうございました。こちら、よろしければげんきのかけらです。フカマルとニャオハに——…」
「いえ、結構です。ワタクシも持ち歩いていますので、お気遣いだけありがたくいただきます」
げんきのかけらをフカマル達に投与しながら、テンは先ほどのバトルを思い返していた。高速で移動するドラメシヤの軌道を読み切れていたら、りゅうのいぶきの直撃を狙えたのでは?すなじごくで捕らえるのはフカマルには無理だと判断したが、その判断こそ判断ミスだったのでは?それをカバーするのがトレーナーの役目では?
思い返せば思い返すほど反省点が見つかる。これは、フカマルとジブンなら勝てるという慢心が招いた敗北だ。フカマルを抱きしめながら俯いたままのテンを、オモダカはじっと見つめ続けていた。
放課後。寮に戻らずテンとフカマル、ニャオハは屋上でぼんやりと空を眺めていた。
「ンマ…」
「お前のせいではありませんよ。あれは、ワタクシのミスです。ワタクシの怠慢が、お前たちに敗北を味わわせた」
しょんぼりと落ち込むフカマルとニャオハの頭を撫でながら、それでも視線はそちらに向けずテンは空を眺め続けていた。
ぎぃ、と後ろの扉が開く。
「こちらにいましたか」
今日イヤと言うほど聞いた声。振りむかずとも誰かは分かったが、ちらりと背後に視線を向けると、そこにいたのは案の定オモダカであった。
「……まだワタクシに何か?ああ、それとも、嗤いにでもきましたか?調子に乗っている後輩に喝を入れられた事でさぞ気持ちいい事でしょうから」
「貴方は存外、卑屈なのですね」
隣、失礼しますよ。とオモダカは断りを入れて隣に座る。
「で、なんなんです?ワタクシ今は貴女の顔を出来る事ならあまり見たくはないのですが」
「それです」
「は?」
オモダカはそれです、と言うやテンの方をじっと見つめる。テンとしては居心地が悪く、少し引いて身構えてしまう。
「貴方、何故そのような話し方なのですか?」
「貴女も似たようなものでしょう。何故ワタクシにだけ」
「いいえ。私のは性分ですから。けれど貴方はそうじゃない。それに今日のバトルだって、貴方はきっと本気を出せてなどいませんでした」
「……は?」
テンの腸がかっと怒りで熱くなる。この女、自分が本気を出せていないなどとよくも口に出せたものだな!
「お前に何が…っ!ジブン達が本気じゃなかったから再戦しろとでも!?」
「あぁ、やっぱり」
「何が!」
「ほら、貴方。すっかり身軽じゃないですか。まるで今まで、からをやぶるが出来ずにいたかのよう。ずっと気になっていたのです。噂に聞いた優等生がどんなものかと。だから気になって覗いてみたら、まるでからにこもったシェルダーのようで、誰もそれを指摘していなかったのですから」
「……は?」
私、砕けた貴方も好ましいですよ。とオモダカは微笑んだ。砕けるってなんだ。殻を破るって、なんだ。テンは混乱していた。
「テンさん。良ければ、今日外出届を出しませんか?明日と明後日は休日でしょう。ぜひとも我が家に来ていただきたい」
「……なんでそこまで、ワタクシに固執するのですか」
萎んだ怒りの行き場を失った拳を握り締めたまま、固い声でテンは返す。そうしたらオモダカはうっすらとした微笑みを浮かべたまま答えたのだ。
「私、お恥ずかしながら友人を家に招いたことがないのです。そこで、よければ友人として招待したく」
「………」
この女、意味がわからない。人を怒らせておきながら友人になりたいなど、一体どういう思考回路をしているんだ。テンは半ば投げやりで、どうなってもいいやとばかりに答えた。好きにしてください。と。
かくして、テンは初めて外泊することになる。
・・・
・・
・
「いやいやいや」
「ようこそいらっしゃいました、テン様」
「こちらへどうぞ、テンさん」
「いや、待て、聞いてないんですけど?!!」
テーブルシティのはずれにある広々とした敷地を有した、大きなお屋敷に案内された時は目を疑った。あれアカデミーの屋上から見えた屋根と似ているな…などと現実逃避してる場合ではなかった。オモダカは、お嬢様だったのだ。曰くパルデアが帝国時代から続く由緒正しい旧家の末裔で、テーブルシティの前身を築いたのもオモダカの家系だとかなんとか。とんでもない家系だった。でも未来のトップチャンピオンであるからしてそのくらいの出自でも全然当然っちゃ当然か……とやや遠い目をしたテンは、ドナドナされるウールーのようにオモダカの屋敷に出荷されていった。
そして運ばれてくるディナー。未成年でも飲めるようにコース料理のスタートは食前酒(ノンアルコール)から。続けて前菜のサラダにスープとしてミネストローネ、メイン料理のパエリアは魚介がたっぷり入った子供向けの味付けで、最後のデザートにはモモンのみの果汁100%のシャーベット。甘い珈琲まで運ばれてきてここはレストランだったか…?とテンは困惑しながらコース料理を捌ききった。前世の知識と母の厳しい躾けというものに感謝した瞬間である。
「家庭料理なのでそう緊張なさらずとも良かったのですが…」
「無理がありますよ……大体コース料理を家庭料理とは呼ばないのでは?」
「それは確かにそうですね。失念していました。申し訳ありません」
カトラリーを置いて、ナプキンで口元を拭う。対面に座るオモダカもまた優雅な所作で指を拭いていた。
「さて、急なお招きでしたし疲れているでしょう。部屋に案内させますから、ゆっくり休んでください」
「え、」
「じい、テンさんを客室に」
「畏まりました」
初老の執事にオモダカは声を掛けると、テンの椅子を下げてこちらへどうぞとかしずく。オモダカもまた席を立ち、メイドの案内に沿って部屋を出てしまったのでテンも執事に従って後ろを歩く。屋敷は古いながら手入れが行き届いていて、埃一つ見当たらない。高い天井にアンティークのような色味、ガラス窓から注ぐ月の光に照らされて、古木の香りがふんわりと漂ってくる。
「こちらです、テン様」
初老の執事が案内してきた一室に入ると、子供が4人並んでも眠れるほどの大きさの天蓋付きのベッドにふかふかの絨毯。身支度用の姿見やポケモンたちと並んで座れるソファーに、水差しの置かれたテーブルが目に飛び込んできた。控えめに言ってホテルより豪華である。ぽかんとしていると、不足のものがございますか?と聞かれたので、慌ててありませんと答える。
「明日朝、8時頃にお召し物を持ってまいります。それまでごゆっくりお過ごしください。オモダカ様は、ここをテン様の寮の自室のように扱っていただいて構わないと仰せつけられていますので」
「はぁ……」
「それでは、今晩はゆっくりなさってください。おやすみなさいませ、テン様」
「あ、ハイ。おやすみなさい」
執事がくるりと背を向けて元来た道を帰っていく。テンは恐る恐る部屋に入ると、きょろきょろと辺りを見回してとりあえずソファーに座ってみた。ふかふかだった。こんなにふかふかなものに座るのは、初めてだった。そのままごろんと横になる。今日はなんだか濃い一日だったな、そう思うと途端瞼が重くなってきた。とろとろと沈み始める意識に抗う事もなく、テンはそのまま意識を手放した。
・・・
・・
・
翌日。オモダカの私有地のバトルフィールドで、テンはフカマル達と技の訓練をしていた。用意してもらった木人を相手にフカマルが今練習している技の反復練習をさせている。その隣でニャオハはマジカルリーフの初速を上げるべく繰り返しマジカルリーフを木人に打ち込んでいた。
「精が出ますね」
「オモダカさん」
「オモダカで構いませんと言っているでしょうに」
一息ついたころを見計らってオモダカがやってくる。ちなみにオモダカと何回かバトルしたが、全部負けてしまった。そのたびに悔しい思いをし、フカマル達に詫びながらきずぐすりを使っていた。
「もうすぐ夕食の時間なので呼びに来たんですよ。そろそろ練習を切り上げてもよろしいのでは?」
「…もうそんな時間でしたか」
上を見るとすっかり蒼天の空は日が傾いて紅色に染まっていた。まばらに星が見える。
「フカァ~…」
「あら、ふふ。フカマルもすっかりお疲れのようですね。お湯も沸かせてありますから、汗を流してきますか?」
「どうも。……なら、フカマル達が入りたそうですしお言葉に甘えますか。行きますよ、お前たち」
オモダカの隣を通り抜けて屋敷の方に向かう。湯殿の位置は昨日把握したので迷う事なくたどり着けるだろう。先に水道を借りてある程度フカマル達の汚れを落としてしまいたい。どこかに、オモダカのメイドはいないだろうかと辺りを見回しながらテンは足早にバトルフィールドから遠のいていく。そんなテンの後ろ姿を、オモダカはずっと見つめていた。
テンにとっての風呂とは、あまりいい思い出がない。記憶を取り戻す前、食事や睡眠。風呂に至るまで一人(とフカマル)でこなしていたのだが、うっかり足を滑らせて湯船に落ちた事があるのだ。幸い湯はあまり張っていなかったものの幼児が溺れるには十分な深さで、何より混乱していた。それ以降、風呂はシャワーが基本であった。施設でそもそも湯船というものがなかったのは、テンにとっては良い事だった。
オモダカの屋敷では湯船というものは当然ある。しかもデカいし、広い。深さもそこそこある。身が竦むのであまり近寄っておらず、フカマルやニャオハが全身でお湯に浸かりたい時に借りた桶にお湯を汲んで二匹をそこにいれるくらいだった。二匹はお風呂好きらしく、ごきげんで鳴き声を上げている。そんな二匹に癒されながら、シャワーで全身をくまなく洗うのだった。………こころなしか、このシャンプーで髪を洗ったら光沢が増したというべきか、本来の金糸のような髪がさらに艶めいたというか、怖ろしくて値段などが脳裏を過ったがぶんぶんと頭を振って追い出すのだった。
さらに翌日。技の調子を試しているとテン様、と後ろから控えめに声を掛けられた。初日に部屋に案内してくれた初老の執事だった。
「貴方は…」
「これは失礼しました。オモダカ様のご自宅で、執事長を務めさせていただいておりますシガンと申します」
恭しく礼をされてテンも慌てて礼を返す。フカマルとニャオハも足元でおやを真似して礼をしていた。
「テン様。もしよろしければこのシガンに打ち込んでみませんか?」
「はい?」
「ポケモンバトル、という形式をとりますが打ち込み稽古です。実際のポケモンに打ち込んだ方がより精度が上がるかと。そちらのフカマル様は技の完成に苦戦なさっているようなので、お節介かと思いますがお声をかけさせていただいたのです」
「それは…いや、シガンさんのポケモンに悪いのでは…」
「お気遣い痛み入ります。しかしながら、お嬢様もなさっている事なのでご安心ください……。来なさい、レントラー!」
取り出したボールから繰り出されたのはレントラー、しかも通常の個体よりも一回りほど大きな個体だった。
「クォン!」
「レントラー、こちらのお客様はテン様。オモダカ様のお客様ですよ。ご挨拶を」
「クゥン…」
のしのし、とレントラーが歩みよる。10歳の子供より四つ足で歩いているレントラーの方が大きいのだ、すんすんと鼻を嗅ぎ、続けて足元の小さな二匹の匂いも覚えようとすんすんと鼻を寄せる。二匹は緊張していた。
やがて満足したのか、レントラーはシガンの元に帰るとくぉんと一声鳴いた。
「ありがとう、レントラー。それではテン様。打ち込み稽古を開始いたしましょう。バトルコートへお進みください」
「あっ、ちょっと…!あぁもう、フカマル。いきますよ」
慌ててフカマルを伴ってバトルコートに立つ。レントラーはすっかり臨戦態勢だった。いかくされ、フカマルの身が竦む。
「こちらは躱すか受け止めるので、存分に打ち込んでくださいませ。それでは、開始です!」
「……なんなんですか本当に…!仕方ない、フカマル、きりさく!!」
「ンマー!」
爪に白いエネルギーを収束させた一爪がレントラーに迫る。レントラーはそれを真正面で受け止めながらも僅かに片足を後ろに下げてふんばり、思い切り頭を振ってフカマルを弾き飛ばす。
「フカッ!?」
「構いません、フカマル。きりさくを続けなさい!」
くるりと体勢を立て直して飛び出す。きりさくを受けながら、時にひらりと身を躱しながらレントラーはフカマルを手玉にとる。ダメージらしいダメージが入っていない。ぎり、と歯噛みした。
やはり、あの技を使うしかない。テンは声を張り上げフカマルに指示を出した。
「フカマル、ドラゴンクロー!!」
「ンマ!」
爪が青白く発光する。そのまますとんと着地すると、レントラーの元へと走り抜けた。
「レントラー、受け止めなさい」
「フカマル、やれ!」
フカマルの影とレントラーの影が交差した。直撃によって爪に貯め込まれていたエネルギーが放出され、土煙が舞い上がる。
「フカマル…っ」
じわじわと取り戻される視界の先、レントラーは真正面からフカマルのドラゴンクローを受け止めきっていた。耐えられた。それがショックで、一瞬呆けた。
「レントラー、かみくだく」
「グァオ!」
「フカ!?」
がぶり、といきなりレントラーがフカマルに噛みつく。そしてそのままフカマルを上下左右めちゃくちゃに振り回し、地面に叩きつけた。
「っ…は、フカマル!」
「ぼうっとしてはなりません!」
「!」
「貴方はトレーナーなのです。トレーナーとは、常に戦いの場で最も冷静であるべき存在です。貴方は彼らの司令塔なのです。無数の知識と戦術を抱え、あらゆる戦局に柔軟に対処しポケモンたちを勝利へと導くのが、トレーナーの役割なのです」
「それがなんですか。たかがドラゴンクローの一手が届かなくて呆けるなど、あってはならない失態です。貴方はその時点で、距離をとって追撃に備えるべきでした。打ち込み稽古という形を取った以上私から攻撃をするのは些か卑怯かと思いましたが、なっていません」
「……っ…」
「……貴方の夢はなんですか。オモダカ様は貴方に期待を寄せていました。そんな貴方がここで挫けるのは、私としても本心ではございません。挫けないでくださいませ。そして、ポケモンを、貴方自身を信頼してくださいませ」
「…ポケモンはともかく、ワタクシ自身を…?」
「そうです。ポケモンは、写し鏡のような存在です。貴方が自信に満ち満ちていればポケモンたちも堂々たる様を見せてくださいますし、逆に不安に駆られていてはポケモンたちも不安を覚え落ち着きがなくなります。……どうか、お忘れなきよう」
「……わかりました。すみません今日は。ありがとうございます」
フカマルの元へ足を進める。レントラーは後ずさりしてテンに場所を譲り、主人の元で控えている。フカマルは弱弱しく鳴き声をあげていた。ごめんなさいと、言っていた。
「謝らなくていいんですよ…ワタクシが悪いんです。全部」
きずぐすりを塗り、フカマルの手当をする。テンの顔は、暗かった。
・・・
・・
・
オモダカの屋敷で過ごす最終日の夜、ベッドに腰掛けながらテンはフカマルを撫でていた。うとうとと微睡んでいるフカマルを撫でながら、テンは思考に埋没する。
シガンとのバトルを思い返していた。
「……『自分』を…信じる、ですか」
難しい事を言う。そもそも『自分』というものがふわふわと定まっていない人間に、信じるも何も、何を信じればいいのか。は、と笑ってしまった。記憶にすらない父の成り損ないでしかない自分が信じるとすれば、それは父の影だろうか、などと自分に皮肉を飛ばしながら鼻で嗤っていると、そんなおやの気配を察知したのかくっつきかけた瞼を持ち上げて、フカマルが起きようとしていた。
「寝て構わないんですよ」
「ン゛マ゛…」
「眠そうじゃないですか…ほら、おいで」
フカマルを抱っこし、ゆらゆらとゆらしてやる。ふと記憶に掠めるものがあった。これ、前にもやったことがある。確かあの時はタマゴを抱えていて……もう一人誰かタマゴを抱えている人がいて……誰だったっけ…?
逸れ始めた思考をたしたしと前肢で叩いて抗議するフカマルに引き戻された。寝かしつけようとするのがお気に召さなかったらしい。不機嫌そうな顔で見つめてくる。
「フカ!フーカ!」
「すみませんって。……ねえ、フカマル。一つ質問してもいいですか?」
「フ?」
「貴方、私を信頼してくれてるんですか?」
きょとんとした顔で見つめ返してくる。やはり難しい質問だったか、とも、馬鹿な事を聞いた、とも思ってなんでもありませんと二の句を継ごうとしたところ、フカマルから盛大な抗議が飛んできた。
「ン゛マ゛ーッッ」
「わっ、ちょ、貴方重いんですから暴れないで!うわっ!」
ぼすんと背中からベッドに着地する。腹の上でフカマルが暴れてはがじがじと腕を甘噛みしてくる。若干本気噛みでは?結構痛い。これは叱らねばと注意しようとした、その時だった。
「っ、え」
フカマルの身体が光り出した。丸っこくてボールのような身体が光に包まれたかと思うと、手足が延びて爪のように、ちいちゃな尾っぽと顔が延びて大人びた姿に、やがて光が収まると、そこにいたのは
「……ガバイトに、進化した…?」
「ぎゃう!」
自分とほぼ同じ背丈にまで成長した、立派な姿のガバイトが腹の上に寝そべっていた。正直重たい、それにさめはだで地味に痛い。どいてください、と声をかけるとガバイトは大人しくどいてくれた。ただ少し興奮した様子で、どいた側からテンのみぞおちにまるでめり込まんばかりにぐりぐりと頭を寄せてくる。
「ぎゃう!!ぐるる、ぎゃす!」
「ちょ、ちょっと痛い。痛いですって…どうしたんですかガバイト、ワタクシが「ぎゃう!」
「だから、ワタクシがなn「ぎゃす!」
「あの、だからワタ「ぎゃうぎゃう!」
「………」
「きゅう」
ぴったりとテンにくっついたまま、ガバイトは上目遣いで見上げてくる。ガバイト、とテンが声をかけた。
「もしかして、イヤなんですか?ワタクシが、『ワタクシ』って言うの」
「きゅう」
「信頼されてないって思って、イヤだった?」
「ぎゅ」
「進化して証明するくらい?」
「…ぐる?」
「…………はー…」
脱力した。ガバイトはイヤだったらしい、自分が父親の模倣をするのが。それがイヤで、進化してまで証明してみせた。なんて献身だ。なんて純粋なんだと打ちのめされていた。ぐるる、と喉を鳴らしながらガバイトが顔を覗き込んでくる。
「ねえ、ガバイト」
「ぐる?」
「いつか貴方に言ったこと、覚えていますか? いつか描いたあの軌跡を、ワタクシも辿ってみたい。そしてその果てを見てみたい…ワタクシがどんな道を歩こうと、一緒に来てくれませんか?って」
「ぎゃう」
「あれ……付け足していいですか?どんなワタクシでも、一緒にいるのは貴方がいい。どんなワタクシでも、信じてくれるんですか?」
「ぎゃう!」
「……ありがとうございます」
ぎゅう、とガバイトを抱きしめた。自分を信じる、というのはまだ難しいかもしれないけれど、ガバイトの信頼には応えてみたかった。
そして、明日。決意を固める。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
「おはようございます、オモダカさん」
廊下で挨拶を躱しながら席へとつく。朝食をいただきポケモンたちにもフーズを与えながら、食後の珈琲を楽しむ。そんな中で切り出した、テンからの申し出。
「オモダカさん」
「はい、なんでしょうか」
「今日はバトル学の授業があるのですが、出席されますか?」
「えぇ、そのつもりですよ」
「だったら、ワタクシとバトルしてください」
「貴女と、バトルがしたい」
銀と黒曜石の視線が交差する。やがて黒曜石はやわらかく微笑み、いいですよと受けとった。
「それでは、先生方にまたお願いしなくてはいけませんね」
「それはこちらでやるのでご心配なく、貴女は来てくださるだけで構いませんので」
「そうですか?……それでは、お願いしますね。先にアカデミーで待っていますので、ゆっくりと準備を整えて来てください」
オモダカが席を外す。テンもこの二日で勝手知ったるかのように自室に戻って身支度をする。制服に袖を通しアカデミーの鞄を背負って、ガバイトとニャオハをボールに戻す。顔を上げて、まっすぐ前を向いた。鏡に映っていた自分は、なんだか少しキラキラしている気がした。
・・・
・・
・
「バトルは2VS2 ルールはシングルバトルで交代なし。オモダカ君、テン君。それでは、バトル開始!」
「ニャオハ!出番ですよ!」
「煌めきをここに、キラーメ!」
ニャオハとキラーメが場に出る。
「キラーメ、どくびし!」
「撃ち落しなさい。マジカルリーフ!」
キラーメが場にバラまこうとしたどくびしにターゲットを合わせてマジカルリーフをぶつける。刺々しいどくびしは葉に包まれてくるりと丸まり、ころりころりと地面に落ちてきた。
「やはりそう簡単にはいきませんね…アシッドボム!」
「躱してかみつく!」
アシッドボムを身を捩って躱し、キラーメの細い部分にがしりと噛みつく。そしてぶんぶんと振り回して地面に叩きつける。
「げんしのちから!」
「んにゃっ!?」
返す技はげんしのちから、ダウンしてすぐに反転したキラーメが浮遊し、中空に岩石を浮かべるやニャオハ目掛けて飛ばしてくる。一つ目は躱したが、二つ目が直撃した。ごろんごろんとニャオハは転がって吹っ飛ばされ、苦し気に立ち上がる。
「アシッドボム!」
「マジカルリーフ!」
毒の爆弾と葉の刃が直撃し、辺りにエネルギー同士の衝突による爆煙が立ち上る。ニャオハとキラーメの様子はわからない。だが、仕掛けるのならばここだった。
「ニャオハ!至近でタネばくだん!」
「っ!」
「んにゃあ!!」
煙の中からニャオハが飛び出る、そしてタネばくだんを構えると、再び煙の中に突っ込んでいった。そしてキラーメの悲鳴とニャオハの悲鳴が上がる。再び爆発音がした。
ぽーんと、ニャオハが放物線を描いて飛んでくる。トレーナーフィールドぎりぎりふちの所で手を伸ばせば届く距離、うんと手を伸ばしてニャオハを抱きとめると、目を回してうにぃ…と鳴いていた。
「キラーメ!」
オモダカの方もまたキラーメを抱きとめていた。あちらも目がぐるぐると回っている。
「ニャオハ、キラーメ。戦闘不能!」
審判がジャッジする。これで1vs1だ。ご苦労様です、とニャオハをボールに戻す。
「流石、手ごわいですね」
「どうも、とはいえあの子じゃまだ貴女のキラーメを打ち破るだけの実力はない。強引ですが、あれが最善手です」
「私もそう思います。では次に参りましょう。ドラメシヤ!」
「お願いしますよ、ガバイト!」
「ドラ~!」
「ぎゃう!!」
二匹のドラゴンが場に登場する。三日前と違うのは、フカマルは進化している事だ。
「進化したからと油断してはいけませんよ、ドラメシヤ!あやしいひかり!」
「すなじごくで盾を作りなさい!」
「スピードスターで貫きなさい!」
あやしいひかりが届く前にすなじごくに寄って視界を遮り、盾を作る。その盾をスピードスターで貫かれ、ガバイトに僅かにダメージが入る。
「でんこうせっか!」
「受け止めなさい!」
懐に突撃してきたドラメシヤをガバイトが受け止める。そして逃げられないように地面に叩きつけ、大きく爪を振りかぶる。
「今です、ドラゴンクロー!」
「ぎゃう!!」
ズドンとダイレクトにヒットしたドラゴンクローに、ドラメシヤからの悲鳴が上がる。フカマルの時は追いつけなかった。ガバイトでも追いつけない。けれど体格という武器を手に入れた事で、受け止めて返す事が出来るようになった今。ドラメシヤを捉えられる!
ダイレクトヒットした一撃にドラメシヤは目を回すかに思えた、しかし
「あやしいひかり!」
「メッ!」
「ぎゃう!?」
「っ、 ガバイト!」
ガバイトが後ずさりをし、がりがりと自分の爪で自分を叩き始める。あやしいひかりが直撃し、混乱してしまったのだ。
「…そうか、こらえる!」
「ご名答です。ドラメシヤ、まとわりつく!」
ドラメシヤが纏わりついてガバイトの身体を締め付ける。その間もガバイトはぎゃうぎゃうと鳴きながら自傷に走っていた。
「ガバイト、目を覚ましなさい。ガバイト!」
「ドラゴンテール!」
ドラメシヤの尾が薙ぎ払われ、ガバイトが吹き飛ばされる。フィールドの端まで吹き飛ばされたガバイトは目を回しながらも、両足で立ち続けていた。こらえたのだ。
「ぎゅ…ぐぅ……」
ガバイトはまだ混乱している。テンはいてもたってもいられなかった。
「ガバイト、ワタクシを……っ…俺を見なさい!」
「! 」
「いいですか、ガバイト。一度しかいいませんからね!」
すぅ、と覚悟を決めるために息を吸い込んだ。
「ワタクシはワタクシを信じられません。けど、アナタがワタクシを信じるのなら信じます。だから、ワタクシの声を聞いて、感じて、考えなさい!ワタクシも共に戦いますから!」
「ぎゃ、ぎゃう…ぎゃう!」
ガバイトの目に力が戻って来た。声が届いた。ガバイトが正気を取り戻した。素晴らしい…と、オモダカは思わず小さく声を漏らした。
「次の一手で決めますよ。ガバイト!」
「受けて立ちましょう、ドラメシヤ!」
「りゅうのいぶき!!」
「スピードスター!!」
きらめく無数の星々と青白いブレスがフィールドのど真ん中で直撃する、拮抗。ガバイトもドラメシヤも死力を尽くして技を放っている。
「ど、ドラ…」
「ぎゃう……」
互いに譲らぬ最後の一手。じりじりとガバイトが押していき始めている。それを見逃すテンとガバイトではなかった。
「今です。押し切りなさい!」
「ぎゃううう!!」
ごう、とブレスの圧が増す。スピードスターを押し込みながらドラメシヤの方にどんどんとブレスは推し進み、直撃の轟音が響き渡った。
もうもうと立ち込める土煙の奥、姿を現したのは目を回したドラメシヤの姿だった。
「…ドラメシヤ、戦闘不能!よって勝者、テン君!」
「は……勝てた……」
「ぎゃう~!」
「っ、ガバイト。うわっ!」
どしんと尻もちをつきながらガバイトを受け止める。ぐりぐりと懐いてきて、勝てた喜びを身体全部で表現していた。じわり、と勝利の実感が湧く。
「ガバイト…!よくやってくれました。流石です」
「本当に、見事な戦いぶりでした。私のキラーメとドラメシヤが破られたのは、入学して初めてです」
ぱちぱち、と拍手をしながらオモダカが歩み寄る。ガバイトをよけながら差し伸べられた手を取って立ち上がると、オモダカはふふと笑った。
「ああ、やっぱり」
「?」
「殻をやぶった貴方の方が好ましいですね。先ほどの啖呵も見事でした。やはり、素の貴方が一番だと思いますよ」
「……あー……」
途端恥ずかしくなって、立ち上がったばかりだというのに蹲る。意識して無理やり矯正前の一人称を使ったのだ、正直に言おう。恥ずかしい。そんなテンの様子を見ながらくすくす笑っていると、ガバイトにもこちらのテンさんの方がよろしいですよね?なんて話を振るのだ。ガバイト、反応しなくていい。そのぎゃう、は肯定の意か。お前ワタクシを裏切るつもりですか、などと恨みがましい目で一人と一匹を見上げていると、オモダカからテンさんと改まった声色で話しかけられる。
「放課後、屋上で待っていてくださいますか?話したいことがあるのです」
・・・
・・
・
放課後の屋上、オモダカは緊張した面持ちでテンを待っていた。茜色に染まる空を見つめながら、手持ちたちがふわふわとオモダカの周りを飛んでいる。
ぎぃ、と扉が開いた。
「来てくださいましたか。テンさん」
「呼ばれましたからね。それで、何の御用で?」
らしくもなく緊張している風のオモダカに、自然と背筋が伸びる。
「私が、友人を外泊に招いたことがないと言っていたのは、覚えていますか?」
「? エエ、まぁ……それがどうしたんですか?」
「……私は、入学当初から負けたことがありません。負けたのは、今日が初めてなのです。……私は、私に才があることを知りました。そして自己研鑽と、さらなる高みを目指すためにアカデミーに入学した。……けれど、そこに才能をぶつけあえる誰かはいなかったのです。私は、独りで研鑽を続ける決意をしていました。そんな私の前に現れたのが、貴方でした。貴方なら、私を打破できる。貴方なら、私と共に同じ高みを目指してくれる。そう、勝手に期待を寄せて、強引な手段をとった事、謝罪します。申し訳ありません」
オモダカは深く礼をする。思ってもいなかった言葉にテンは少し驚いていた。
「それでも私は期待を止める事が出来ません。貴方は、私にとってなくてはならない存在なのです。どうか、私と共にチャンピオンランクを目指して……私の、友になって貰えませんか?」
「……ひとまず、顔をあげてくれませんかね?」
オモダカがゆっくりと顔を上げる。
「確かに少々強引だとか、怒らせておいて屋敷に招くとか突拍子もない事するお人だなとか思いましたけど……貴女、不器用なんですね」
「不器用……初めて言われましたね。それは」
「それに独りだ。お揃いですね。ワタクシたち。いいですよ、チャンピオンランクにはすぐなれないので、先にお友達になってさしあげます」
「! …よろしいのですか?」
「元々…ガバイトには話してたんですけれど、ワタクシはジムテストを受けてみたい。あの軌跡を、ワタクシも辿ってみたい。その果てを見てみたい。……その目的と、貴女のお友達の条件が一致しただけですよ」
「……あぁ」
その時の彼女の、本当に嬉しそうに破顔した顔を見てテンは目を瞬かせた。この人でも、こんなに表情を崩すことがあるのか、と。そして改めて、自分は「オモダカ」に囚われていたのかもしれないなと思うなどした。
「……とりあえず、次に貴女の屋敷に泊まりに行く時はお土産を見繕いたいので、よければテーブルシティを案内してくれませんか?シガンさんには世話になったんです」
「シガンにですか?ふふ、彼は優秀ですから。わかりました。それでは次の休みに買いにいきましょう」
茜色の空にすっかり夜の帳が降りた頃、笑いあう二人の上で星空がきらきらと瞬いていた。
テン
周りからはネグレクトを受け、自分を圧し潰されながらたった一匹のポケモンと必死に生きてきた子供と認識されているが、最近考えているのは専らフカマルをどう育てようかという事である。努力値を振るのは諦めた。むしろ努力値というのはゲームとして必要だからデータで設定されているだけであって、今生きているこの子を育てるのに必要なのは色んな戦術や試行回数を試す事では?とテンは考えた。実際この世界ではそれが正解である。
思っている以上に、フカマルにメンタルを癒されている。フカマルがいなかったら相当内向的な性格に仕上がっていたし、前世の記憶は思い出さなかった。
初めての敗北でブランクに陥りかけた&自分を信じろと言われても信じるべき自分がないのにどうやってと卑屈モード全開でいたら、フカマルによる物理精神分析(進化)が入って持ち直した。ガバイトが信じる自分を信じる。知らない父のようにスマートじゃなくても、泥臭くってもガバイトの信頼にこたえて勝ち取って見せる。
そんなからをやぶるに撃ち抜かれたオモダカから無事友達認定。
バッジを8こ入手後のオモダカさんが言う「才能を ぶつけあえる 友の存在が 嬉しくて しかたないのでしょう 好敵手と 競い合い 初めて 到達できる 強さ…… 私も 楽しみに お待ちしております 」
という台詞の、オモダカの終生のライバルで友人となる存在。
オモダカ
孤高の人だった。ネモからSV主人公とホームウェイ組を抜いた状態。それでもトップまで勝ち上がったあの人はパルデア地方におけるシリウスだった。
隣り合う稀なる星を見つけて実は大分救われている。その為、今後のオモダカさんは>>>友人がいるので<<< と振り回してもいい友人(原作沿いでアオキさんがやや立ってる立場)を得た事で水を得た魚のように元気に淑やかにはしゃぎだす。
あのトップが一般家庭の出ってのも燃えるけどやっぱトップはトップだよな~~~(??)ってなった結果、パルデア帝国の系譜に連なる由緒正しい家柄んちゅとして爆誕した。弊時空はトップに夢を見ています。
次回
オモダカ「これが最新モデルのポケギアです。時計、ラジオ、タウンマップの機能がついていて……なんと、遠くにいても電話が出来るんですよ!素晴らしいでしょう?さらにこれがカントーのオーキド博士のモデルを継承したパルデア式ポケモン図鑑というもので……」
テン「重い重い重い」
オモダカ家所有の個人郵便配達カイリュー「ばうっ」
・・
・
「——フカマル、戦闘不能!よって勝者、オモダカ君!」
「ドラメシヤ、ご苦労様でした」
「……は…」
オモダカの頬にドラメシヤがすり寄るのを見ながら、目の前がまっくらになる心地を味わっていた。キラーメはニャオハが相打ちに持ち込んだ。続くドラメシヤとフカマルのバトル、フカマルならば勝てると何の根拠もなく信じていた。それがこれだ!この屈辱だ!!
フカマルを抱きかかえながら、奥歯をぎりと噛みしめる。
悔しい
この世界を自覚して三年目、初めての敗北を味わっていた。
「テンさん、素晴らしいバトルをありがとうございました。こちら、よろしければげんきのかけらです。フカマルとニャオハに——…」
「いえ、結構です。ワタクシも持ち歩いていますので、お気遣いだけありがたくいただきます」
げんきのかけらをフカマル達に投与しながら、テンは先ほどのバトルを思い返していた。高速で移動するドラメシヤの軌道を読み切れていたら、りゅうのいぶきの直撃を狙えたのでは?すなじごくで捕らえるのはフカマルには無理だと判断したが、その判断こそ判断ミスだったのでは?それをカバーするのがトレーナーの役目では?
思い返せば思い返すほど反省点が見つかる。これは、フカマルとジブンなら勝てるという慢心が招いた敗北だ。フカマルを抱きしめながら俯いたままのテンを、オモダカはじっと見つめ続けていた。
放課後。寮に戻らずテンとフカマル、ニャオハは屋上でぼんやりと空を眺めていた。
「ンマ…」
「お前のせいではありませんよ。あれは、ワタクシのミスです。ワタクシの怠慢が、お前たちに敗北を味わわせた」
しょんぼりと落ち込むフカマルとニャオハの頭を撫でながら、それでも視線はそちらに向けずテンは空を眺め続けていた。
ぎぃ、と後ろの扉が開く。
「こちらにいましたか」
今日イヤと言うほど聞いた声。振りむかずとも誰かは分かったが、ちらりと背後に視線を向けると、そこにいたのは案の定オモダカであった。
「……まだワタクシに何か?ああ、それとも、嗤いにでもきましたか?調子に乗っている後輩に喝を入れられた事でさぞ気持ちいい事でしょうから」
「貴方は存外、卑屈なのですね」
隣、失礼しますよ。とオモダカは断りを入れて隣に座る。
「で、なんなんです?ワタクシ今は貴女の顔を出来る事ならあまり見たくはないのですが」
「それです」
「は?」
オモダカはそれです、と言うやテンの方をじっと見つめる。テンとしては居心地が悪く、少し引いて身構えてしまう。
「貴方、何故そのような話し方なのですか?」
「貴女も似たようなものでしょう。何故ワタクシにだけ」
「いいえ。私のは性分ですから。けれど貴方はそうじゃない。それに今日のバトルだって、貴方はきっと本気を出せてなどいませんでした」
「……は?」
テンの腸がかっと怒りで熱くなる。この女、自分が本気を出せていないなどとよくも口に出せたものだな!
「お前に何が…っ!ジブン達が本気じゃなかったから再戦しろとでも!?」
「あぁ、やっぱり」
「何が!」
「ほら、貴方。すっかり身軽じゃないですか。まるで今まで、からをやぶるが出来ずにいたかのよう。ずっと気になっていたのです。噂に聞いた優等生がどんなものかと。だから気になって覗いてみたら、まるでからにこもったシェルダーのようで、誰もそれを指摘していなかったのですから」
「……は?」
私、砕けた貴方も好ましいですよ。とオモダカは微笑んだ。砕けるってなんだ。殻を破るって、なんだ。テンは混乱していた。
「テンさん。良ければ、今日外出届を出しませんか?明日と明後日は休日でしょう。ぜひとも我が家に来ていただきたい」
「……なんでそこまで、ワタクシに固執するのですか」
萎んだ怒りの行き場を失った拳を握り締めたまま、固い声でテンは返す。そうしたらオモダカはうっすらとした微笑みを浮かべたまま答えたのだ。
「私、お恥ずかしながら友人を家に招いたことがないのです。そこで、よければ友人として招待したく」
「………」
この女、意味がわからない。人を怒らせておきながら友人になりたいなど、一体どういう思考回路をしているんだ。テンは半ば投げやりで、どうなってもいいやとばかりに答えた。好きにしてください。と。
かくして、テンは初めて外泊することになる。
・・・
・・
・
「いやいやいや」
「ようこそいらっしゃいました、テン様」
「こちらへどうぞ、テンさん」
「いや、待て、聞いてないんですけど?!!」
テーブルシティのはずれにある広々とした敷地を有した、大きなお屋敷に案内された時は目を疑った。あれアカデミーの屋上から見えた屋根と似ているな…などと現実逃避してる場合ではなかった。オモダカは、お嬢様だったのだ。曰くパルデアが帝国時代から続く由緒正しい旧家の末裔で、テーブルシティの前身を築いたのもオモダカの家系だとかなんとか。とんでもない家系だった。でも未来のトップチャンピオンであるからしてそのくらいの出自でも全然当然っちゃ当然か……とやや遠い目をしたテンは、ドナドナされるウールーのようにオモダカの屋敷に出荷されていった。
そして運ばれてくるディナー。未成年でも飲めるようにコース料理のスタートは食前酒(ノンアルコール)から。続けて前菜のサラダにスープとしてミネストローネ、メイン料理のパエリアは魚介がたっぷり入った子供向けの味付けで、最後のデザートにはモモンのみの果汁100%のシャーベット。甘い珈琲まで運ばれてきてここはレストランだったか…?とテンは困惑しながらコース料理を捌ききった。前世の知識と母の厳しい躾けというものに感謝した瞬間である。
「家庭料理なのでそう緊張なさらずとも良かったのですが…」
「無理がありますよ……大体コース料理を家庭料理とは呼ばないのでは?」
「それは確かにそうですね。失念していました。申し訳ありません」
カトラリーを置いて、ナプキンで口元を拭う。対面に座るオモダカもまた優雅な所作で指を拭いていた。
「さて、急なお招きでしたし疲れているでしょう。部屋に案内させますから、ゆっくり休んでください」
「え、」
「じい、テンさんを客室に」
「畏まりました」
初老の執事にオモダカは声を掛けると、テンの椅子を下げてこちらへどうぞとかしずく。オモダカもまた席を立ち、メイドの案内に沿って部屋を出てしまったのでテンも執事に従って後ろを歩く。屋敷は古いながら手入れが行き届いていて、埃一つ見当たらない。高い天井にアンティークのような色味、ガラス窓から注ぐ月の光に照らされて、古木の香りがふんわりと漂ってくる。
「こちらです、テン様」
初老の執事が案内してきた一室に入ると、子供が4人並んでも眠れるほどの大きさの天蓋付きのベッドにふかふかの絨毯。身支度用の姿見やポケモンたちと並んで座れるソファーに、水差しの置かれたテーブルが目に飛び込んできた。控えめに言ってホテルより豪華である。ぽかんとしていると、不足のものがございますか?と聞かれたので、慌ててありませんと答える。
「明日朝、8時頃にお召し物を持ってまいります。それまでごゆっくりお過ごしください。オモダカ様は、ここをテン様の寮の自室のように扱っていただいて構わないと仰せつけられていますので」
「はぁ……」
「それでは、今晩はゆっくりなさってください。おやすみなさいませ、テン様」
「あ、ハイ。おやすみなさい」
執事がくるりと背を向けて元来た道を帰っていく。テンは恐る恐る部屋に入ると、きょろきょろと辺りを見回してとりあえずソファーに座ってみた。ふかふかだった。こんなにふかふかなものに座るのは、初めてだった。そのままごろんと横になる。今日はなんだか濃い一日だったな、そう思うと途端瞼が重くなってきた。とろとろと沈み始める意識に抗う事もなく、テンはそのまま意識を手放した。
・・・
・・
・
翌日。オモダカの私有地のバトルフィールドで、テンはフカマル達と技の訓練をしていた。用意してもらった木人を相手にフカマルが今練習している技の反復練習をさせている。その隣でニャオハはマジカルリーフの初速を上げるべく繰り返しマジカルリーフを木人に打ち込んでいた。
「精が出ますね」
「オモダカさん」
「オモダカで構いませんと言っているでしょうに」
一息ついたころを見計らってオモダカがやってくる。ちなみにオモダカと何回かバトルしたが、全部負けてしまった。そのたびに悔しい思いをし、フカマル達に詫びながらきずぐすりを使っていた。
「もうすぐ夕食の時間なので呼びに来たんですよ。そろそろ練習を切り上げてもよろしいのでは?」
「…もうそんな時間でしたか」
上を見るとすっかり蒼天の空は日が傾いて紅色に染まっていた。まばらに星が見える。
「フカァ~…」
「あら、ふふ。フカマルもすっかりお疲れのようですね。お湯も沸かせてありますから、汗を流してきますか?」
「どうも。……なら、フカマル達が入りたそうですしお言葉に甘えますか。行きますよ、お前たち」
オモダカの隣を通り抜けて屋敷の方に向かう。湯殿の位置は昨日把握したので迷う事なくたどり着けるだろう。先に水道を借りてある程度フカマル達の汚れを落としてしまいたい。どこかに、オモダカのメイドはいないだろうかと辺りを見回しながらテンは足早にバトルフィールドから遠のいていく。そんなテンの後ろ姿を、オモダカはずっと見つめていた。
テンにとっての風呂とは、あまりいい思い出がない。記憶を取り戻す前、食事や睡眠。風呂に至るまで一人(とフカマル)でこなしていたのだが、うっかり足を滑らせて湯船に落ちた事があるのだ。幸い湯はあまり張っていなかったものの幼児が溺れるには十分な深さで、何より混乱していた。それ以降、風呂はシャワーが基本であった。施設でそもそも湯船というものがなかったのは、テンにとっては良い事だった。
オモダカの屋敷では湯船というものは当然ある。しかもデカいし、広い。深さもそこそこある。身が竦むのであまり近寄っておらず、フカマルやニャオハが全身でお湯に浸かりたい時に借りた桶にお湯を汲んで二匹をそこにいれるくらいだった。二匹はお風呂好きらしく、ごきげんで鳴き声を上げている。そんな二匹に癒されながら、シャワーで全身をくまなく洗うのだった。………こころなしか、このシャンプーで髪を洗ったら光沢が増したというべきか、本来の金糸のような髪がさらに艶めいたというか、怖ろしくて値段などが脳裏を過ったがぶんぶんと頭を振って追い出すのだった。
さらに翌日。技の調子を試しているとテン様、と後ろから控えめに声を掛けられた。初日に部屋に案内してくれた初老の執事だった。
「貴方は…」
「これは失礼しました。オモダカ様のご自宅で、執事長を務めさせていただいておりますシガンと申します」
恭しく礼をされてテンも慌てて礼を返す。フカマルとニャオハも足元でおやを真似して礼をしていた。
「テン様。もしよろしければこのシガンに打ち込んでみませんか?」
「はい?」
「ポケモンバトル、という形式をとりますが打ち込み稽古です。実際のポケモンに打ち込んだ方がより精度が上がるかと。そちらのフカマル様は技の完成に苦戦なさっているようなので、お節介かと思いますがお声をかけさせていただいたのです」
「それは…いや、シガンさんのポケモンに悪いのでは…」
「お気遣い痛み入ります。しかしながら、お嬢様もなさっている事なのでご安心ください……。来なさい、レントラー!」
取り出したボールから繰り出されたのはレントラー、しかも通常の個体よりも一回りほど大きな個体だった。
「クォン!」
「レントラー、こちらのお客様はテン様。オモダカ様のお客様ですよ。ご挨拶を」
「クゥン…」
のしのし、とレントラーが歩みよる。10歳の子供より四つ足で歩いているレントラーの方が大きいのだ、すんすんと鼻を嗅ぎ、続けて足元の小さな二匹の匂いも覚えようとすんすんと鼻を寄せる。二匹は緊張していた。
やがて満足したのか、レントラーはシガンの元に帰るとくぉんと一声鳴いた。
「ありがとう、レントラー。それではテン様。打ち込み稽古を開始いたしましょう。バトルコートへお進みください」
「あっ、ちょっと…!あぁもう、フカマル。いきますよ」
慌ててフカマルを伴ってバトルコートに立つ。レントラーはすっかり臨戦態勢だった。いかくされ、フカマルの身が竦む。
「こちらは躱すか受け止めるので、存分に打ち込んでくださいませ。それでは、開始です!」
「……なんなんですか本当に…!仕方ない、フカマル、きりさく!!」
「ンマー!」
爪に白いエネルギーを収束させた一爪がレントラーに迫る。レントラーはそれを真正面で受け止めながらも僅かに片足を後ろに下げてふんばり、思い切り頭を振ってフカマルを弾き飛ばす。
「フカッ!?」
「構いません、フカマル。きりさくを続けなさい!」
くるりと体勢を立て直して飛び出す。きりさくを受けながら、時にひらりと身を躱しながらレントラーはフカマルを手玉にとる。ダメージらしいダメージが入っていない。ぎり、と歯噛みした。
やはり、あの技を使うしかない。テンは声を張り上げフカマルに指示を出した。
「フカマル、ドラゴンクロー!!」
「ンマ!」
爪が青白く発光する。そのまますとんと着地すると、レントラーの元へと走り抜けた。
「レントラー、受け止めなさい」
「フカマル、やれ!」
フカマルの影とレントラーの影が交差した。直撃によって爪に貯め込まれていたエネルギーが放出され、土煙が舞い上がる。
「フカマル…っ」
じわじわと取り戻される視界の先、レントラーは真正面からフカマルのドラゴンクローを受け止めきっていた。耐えられた。それがショックで、一瞬呆けた。
「レントラー、かみくだく」
「グァオ!」
「フカ!?」
がぶり、といきなりレントラーがフカマルに噛みつく。そしてそのままフカマルを上下左右めちゃくちゃに振り回し、地面に叩きつけた。
「っ…は、フカマル!」
「ぼうっとしてはなりません!」
「!」
「貴方はトレーナーなのです。トレーナーとは、常に戦いの場で最も冷静であるべき存在です。貴方は彼らの司令塔なのです。無数の知識と戦術を抱え、あらゆる戦局に柔軟に対処しポケモンたちを勝利へと導くのが、トレーナーの役割なのです」
「それがなんですか。たかがドラゴンクローの一手が届かなくて呆けるなど、あってはならない失態です。貴方はその時点で、距離をとって追撃に備えるべきでした。打ち込み稽古という形を取った以上私から攻撃をするのは些か卑怯かと思いましたが、なっていません」
「……っ…」
「……貴方の夢はなんですか。オモダカ様は貴方に期待を寄せていました。そんな貴方がここで挫けるのは、私としても本心ではございません。挫けないでくださいませ。そして、ポケモンを、貴方自身を信頼してくださいませ」
「…ポケモンはともかく、ワタクシ自身を…?」
「そうです。ポケモンは、写し鏡のような存在です。貴方が自信に満ち満ちていればポケモンたちも堂々たる様を見せてくださいますし、逆に不安に駆られていてはポケモンたちも不安を覚え落ち着きがなくなります。……どうか、お忘れなきよう」
「……わかりました。すみません今日は。ありがとうございます」
フカマルの元へ足を進める。レントラーは後ずさりしてテンに場所を譲り、主人の元で控えている。フカマルは弱弱しく鳴き声をあげていた。ごめんなさいと、言っていた。
「謝らなくていいんですよ…ワタクシが悪いんです。全部」
きずぐすりを塗り、フカマルの手当をする。テンの顔は、暗かった。
・・・
・・
・
オモダカの屋敷で過ごす最終日の夜、ベッドに腰掛けながらテンはフカマルを撫でていた。うとうとと微睡んでいるフカマルを撫でながら、テンは思考に埋没する。
シガンとのバトルを思い返していた。
「……『自分』を…信じる、ですか」
難しい事を言う。そもそも『自分』というものがふわふわと定まっていない人間に、信じるも何も、何を信じればいいのか。は、と笑ってしまった。記憶にすらない父の成り損ないでしかない自分が信じるとすれば、それは父の影だろうか、などと自分に皮肉を飛ばしながら鼻で嗤っていると、そんなおやの気配を察知したのかくっつきかけた瞼を持ち上げて、フカマルが起きようとしていた。
「寝て構わないんですよ」
「ン゛マ゛…」
「眠そうじゃないですか…ほら、おいで」
フカマルを抱っこし、ゆらゆらとゆらしてやる。ふと記憶に掠めるものがあった。これ、前にもやったことがある。確かあの時はタマゴを抱えていて……もう一人誰かタマゴを抱えている人がいて……誰だったっけ…?
逸れ始めた思考をたしたしと前肢で叩いて抗議するフカマルに引き戻された。寝かしつけようとするのがお気に召さなかったらしい。不機嫌そうな顔で見つめてくる。
「フカ!フーカ!」
「すみませんって。……ねえ、フカマル。一つ質問してもいいですか?」
「フ?」
「貴方、私を信頼してくれてるんですか?」
きょとんとした顔で見つめ返してくる。やはり難しい質問だったか、とも、馬鹿な事を聞いた、とも思ってなんでもありませんと二の句を継ごうとしたところ、フカマルから盛大な抗議が飛んできた。
「ン゛マ゛ーッッ」
「わっ、ちょ、貴方重いんですから暴れないで!うわっ!」
ぼすんと背中からベッドに着地する。腹の上でフカマルが暴れてはがじがじと腕を甘噛みしてくる。若干本気噛みでは?結構痛い。これは叱らねばと注意しようとした、その時だった。
「っ、え」
フカマルの身体が光り出した。丸っこくてボールのような身体が光に包まれたかと思うと、手足が延びて爪のように、ちいちゃな尾っぽと顔が延びて大人びた姿に、やがて光が収まると、そこにいたのは
「……ガバイトに、進化した…?」
「ぎゃう!」
自分とほぼ同じ背丈にまで成長した、立派な姿のガバイトが腹の上に寝そべっていた。正直重たい、それにさめはだで地味に痛い。どいてください、と声をかけるとガバイトは大人しくどいてくれた。ただ少し興奮した様子で、どいた側からテンのみぞおちにまるでめり込まんばかりにぐりぐりと頭を寄せてくる。
「ぎゃう!!ぐるる、ぎゃす!」
「ちょ、ちょっと痛い。痛いですって…どうしたんですかガバイト、ワタクシが「ぎゃう!」
「だから、ワタクシがなn「ぎゃす!」
「あの、だからワタ「ぎゃうぎゃう!」
「………」
「きゅう」
ぴったりとテンにくっついたまま、ガバイトは上目遣いで見上げてくる。ガバイト、とテンが声をかけた。
「もしかして、イヤなんですか?ワタクシが、『ワタクシ』って言うの」
「きゅう」
「信頼されてないって思って、イヤだった?」
「ぎゅ」
「進化して証明するくらい?」
「…ぐる?」
「…………はー…」
脱力した。ガバイトはイヤだったらしい、自分が父親の模倣をするのが。それがイヤで、進化してまで証明してみせた。なんて献身だ。なんて純粋なんだと打ちのめされていた。ぐるる、と喉を鳴らしながらガバイトが顔を覗き込んでくる。
「ねえ、ガバイト」
「ぐる?」
「いつか貴方に言ったこと、覚えていますか? いつか描いたあの軌跡を、ワタクシも辿ってみたい。そしてその果てを見てみたい…ワタクシがどんな道を歩こうと、一緒に来てくれませんか?って」
「ぎゃう」
「あれ……付け足していいですか?どんなワタクシでも、一緒にいるのは貴方がいい。どんなワタクシでも、信じてくれるんですか?」
「ぎゃう!」
「……ありがとうございます」
ぎゅう、とガバイトを抱きしめた。自分を信じる、というのはまだ難しいかもしれないけれど、ガバイトの信頼には応えてみたかった。
そして、明日。決意を固める。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
「おはようございます、オモダカさん」
廊下で挨拶を躱しながら席へとつく。朝食をいただきポケモンたちにもフーズを与えながら、食後の珈琲を楽しむ。そんな中で切り出した、テンからの申し出。
「オモダカさん」
「はい、なんでしょうか」
「今日はバトル学の授業があるのですが、出席されますか?」
「えぇ、そのつもりですよ」
「だったら、ワタクシとバトルしてください」
「貴女と、バトルがしたい」
銀と黒曜石の視線が交差する。やがて黒曜石はやわらかく微笑み、いいですよと受けとった。
「それでは、先生方にまたお願いしなくてはいけませんね」
「それはこちらでやるのでご心配なく、貴女は来てくださるだけで構いませんので」
「そうですか?……それでは、お願いしますね。先にアカデミーで待っていますので、ゆっくりと準備を整えて来てください」
オモダカが席を外す。テンもこの二日で勝手知ったるかのように自室に戻って身支度をする。制服に袖を通しアカデミーの鞄を背負って、ガバイトとニャオハをボールに戻す。顔を上げて、まっすぐ前を向いた。鏡に映っていた自分は、なんだか少しキラキラしている気がした。
・・・
・・
・
「バトルは2VS2 ルールはシングルバトルで交代なし。オモダカ君、テン君。それでは、バトル開始!」
「ニャオハ!出番ですよ!」
「煌めきをここに、キラーメ!」
ニャオハとキラーメが場に出る。
「キラーメ、どくびし!」
「撃ち落しなさい。マジカルリーフ!」
キラーメが場にバラまこうとしたどくびしにターゲットを合わせてマジカルリーフをぶつける。刺々しいどくびしは葉に包まれてくるりと丸まり、ころりころりと地面に落ちてきた。
「やはりそう簡単にはいきませんね…アシッドボム!」
「躱してかみつく!」
アシッドボムを身を捩って躱し、キラーメの細い部分にがしりと噛みつく。そしてぶんぶんと振り回して地面に叩きつける。
「げんしのちから!」
「んにゃっ!?」
返す技はげんしのちから、ダウンしてすぐに反転したキラーメが浮遊し、中空に岩石を浮かべるやニャオハ目掛けて飛ばしてくる。一つ目は躱したが、二つ目が直撃した。ごろんごろんとニャオハは転がって吹っ飛ばされ、苦し気に立ち上がる。
「アシッドボム!」
「マジカルリーフ!」
毒の爆弾と葉の刃が直撃し、辺りにエネルギー同士の衝突による爆煙が立ち上る。ニャオハとキラーメの様子はわからない。だが、仕掛けるのならばここだった。
「ニャオハ!至近でタネばくだん!」
「っ!」
「んにゃあ!!」
煙の中からニャオハが飛び出る、そしてタネばくだんを構えると、再び煙の中に突っ込んでいった。そしてキラーメの悲鳴とニャオハの悲鳴が上がる。再び爆発音がした。
ぽーんと、ニャオハが放物線を描いて飛んでくる。トレーナーフィールドぎりぎりふちの所で手を伸ばせば届く距離、うんと手を伸ばしてニャオハを抱きとめると、目を回してうにぃ…と鳴いていた。
「キラーメ!」
オモダカの方もまたキラーメを抱きとめていた。あちらも目がぐるぐると回っている。
「ニャオハ、キラーメ。戦闘不能!」
審判がジャッジする。これで1vs1だ。ご苦労様です、とニャオハをボールに戻す。
「流石、手ごわいですね」
「どうも、とはいえあの子じゃまだ貴女のキラーメを打ち破るだけの実力はない。強引ですが、あれが最善手です」
「私もそう思います。では次に参りましょう。ドラメシヤ!」
「お願いしますよ、ガバイト!」
「ドラ~!」
「ぎゃう!!」
二匹のドラゴンが場に登場する。三日前と違うのは、フカマルは進化している事だ。
「進化したからと油断してはいけませんよ、ドラメシヤ!あやしいひかり!」
「すなじごくで盾を作りなさい!」
「スピードスターで貫きなさい!」
あやしいひかりが届く前にすなじごくに寄って視界を遮り、盾を作る。その盾をスピードスターで貫かれ、ガバイトに僅かにダメージが入る。
「でんこうせっか!」
「受け止めなさい!」
懐に突撃してきたドラメシヤをガバイトが受け止める。そして逃げられないように地面に叩きつけ、大きく爪を振りかぶる。
「今です、ドラゴンクロー!」
「ぎゃう!!」
ズドンとダイレクトにヒットしたドラゴンクローに、ドラメシヤからの悲鳴が上がる。フカマルの時は追いつけなかった。ガバイトでも追いつけない。けれど体格という武器を手に入れた事で、受け止めて返す事が出来るようになった今。ドラメシヤを捉えられる!
ダイレクトヒットした一撃にドラメシヤは目を回すかに思えた、しかし
「あやしいひかり!」
「メッ!」
「ぎゃう!?」
「っ、 ガバイト!」
ガバイトが後ずさりをし、がりがりと自分の爪で自分を叩き始める。あやしいひかりが直撃し、混乱してしまったのだ。
「…そうか、こらえる!」
「ご名答です。ドラメシヤ、まとわりつく!」
ドラメシヤが纏わりついてガバイトの身体を締め付ける。その間もガバイトはぎゃうぎゃうと鳴きながら自傷に走っていた。
「ガバイト、目を覚ましなさい。ガバイト!」
「ドラゴンテール!」
ドラメシヤの尾が薙ぎ払われ、ガバイトが吹き飛ばされる。フィールドの端まで吹き飛ばされたガバイトは目を回しながらも、両足で立ち続けていた。こらえたのだ。
「ぎゅ…ぐぅ……」
ガバイトはまだ混乱している。テンはいてもたってもいられなかった。
「ガバイト、ワタクシを……っ…俺を見なさい!」
「! 」
「いいですか、ガバイト。一度しかいいませんからね!」
すぅ、と覚悟を決めるために息を吸い込んだ。
「ワタクシはワタクシを信じられません。けど、アナタがワタクシを信じるのなら信じます。だから、ワタクシの声を聞いて、感じて、考えなさい!ワタクシも共に戦いますから!」
「ぎゃ、ぎゃう…ぎゃう!」
ガバイトの目に力が戻って来た。声が届いた。ガバイトが正気を取り戻した。素晴らしい…と、オモダカは思わず小さく声を漏らした。
「次の一手で決めますよ。ガバイト!」
「受けて立ちましょう、ドラメシヤ!」
「りゅうのいぶき!!」
「スピードスター!!」
きらめく無数の星々と青白いブレスがフィールドのど真ん中で直撃する、拮抗。ガバイトもドラメシヤも死力を尽くして技を放っている。
「ど、ドラ…」
「ぎゃう……」
互いに譲らぬ最後の一手。じりじりとガバイトが押していき始めている。それを見逃すテンとガバイトではなかった。
「今です。押し切りなさい!」
「ぎゃううう!!」
ごう、とブレスの圧が増す。スピードスターを押し込みながらドラメシヤの方にどんどんとブレスは推し進み、直撃の轟音が響き渡った。
もうもうと立ち込める土煙の奥、姿を現したのは目を回したドラメシヤの姿だった。
「…ドラメシヤ、戦闘不能!よって勝者、テン君!」
「は……勝てた……」
「ぎゃう~!」
「っ、ガバイト。うわっ!」
どしんと尻もちをつきながらガバイトを受け止める。ぐりぐりと懐いてきて、勝てた喜びを身体全部で表現していた。じわり、と勝利の実感が湧く。
「ガバイト…!よくやってくれました。流石です」
「本当に、見事な戦いぶりでした。私のキラーメとドラメシヤが破られたのは、入学して初めてです」
ぱちぱち、と拍手をしながらオモダカが歩み寄る。ガバイトをよけながら差し伸べられた手を取って立ち上がると、オモダカはふふと笑った。
「ああ、やっぱり」
「?」
「殻をやぶった貴方の方が好ましいですね。先ほどの啖呵も見事でした。やはり、素の貴方が一番だと思いますよ」
「……あー……」
途端恥ずかしくなって、立ち上がったばかりだというのに蹲る。意識して無理やり矯正前の一人称を使ったのだ、正直に言おう。恥ずかしい。そんなテンの様子を見ながらくすくす笑っていると、ガバイトにもこちらのテンさんの方がよろしいですよね?なんて話を振るのだ。ガバイト、反応しなくていい。そのぎゃう、は肯定の意か。お前ワタクシを裏切るつもりですか、などと恨みがましい目で一人と一匹を見上げていると、オモダカからテンさんと改まった声色で話しかけられる。
「放課後、屋上で待っていてくださいますか?話したいことがあるのです」
・・・
・・
・
放課後の屋上、オモダカは緊張した面持ちでテンを待っていた。茜色に染まる空を見つめながら、手持ちたちがふわふわとオモダカの周りを飛んでいる。
ぎぃ、と扉が開いた。
「来てくださいましたか。テンさん」
「呼ばれましたからね。それで、何の御用で?」
らしくもなく緊張している風のオモダカに、自然と背筋が伸びる。
「私が、友人を外泊に招いたことがないと言っていたのは、覚えていますか?」
「? エエ、まぁ……それがどうしたんですか?」
「……私は、入学当初から負けたことがありません。負けたのは、今日が初めてなのです。……私は、私に才があることを知りました。そして自己研鑽と、さらなる高みを目指すためにアカデミーに入学した。……けれど、そこに才能をぶつけあえる誰かはいなかったのです。私は、独りで研鑽を続ける決意をしていました。そんな私の前に現れたのが、貴方でした。貴方なら、私を打破できる。貴方なら、私と共に同じ高みを目指してくれる。そう、勝手に期待を寄せて、強引な手段をとった事、謝罪します。申し訳ありません」
オモダカは深く礼をする。思ってもいなかった言葉にテンは少し驚いていた。
「それでも私は期待を止める事が出来ません。貴方は、私にとってなくてはならない存在なのです。どうか、私と共にチャンピオンランクを目指して……私の、友になって貰えませんか?」
「……ひとまず、顔をあげてくれませんかね?」
オモダカがゆっくりと顔を上げる。
「確かに少々強引だとか、怒らせておいて屋敷に招くとか突拍子もない事するお人だなとか思いましたけど……貴女、不器用なんですね」
「不器用……初めて言われましたね。それは」
「それに独りだ。お揃いですね。ワタクシたち。いいですよ、チャンピオンランクにはすぐなれないので、先にお友達になってさしあげます」
「! …よろしいのですか?」
「元々…ガバイトには話してたんですけれど、ワタクシはジムテストを受けてみたい。あの軌跡を、ワタクシも辿ってみたい。その果てを見てみたい。……その目的と、貴女のお友達の条件が一致しただけですよ」
「……あぁ」
その時の彼女の、本当に嬉しそうに破顔した顔を見てテンは目を瞬かせた。この人でも、こんなに表情を崩すことがあるのか、と。そして改めて、自分は「オモダカ」に囚われていたのかもしれないなと思うなどした。
「……とりあえず、次に貴女の屋敷に泊まりに行く時はお土産を見繕いたいので、よければテーブルシティを案内してくれませんか?シガンさんには世話になったんです」
「シガンにですか?ふふ、彼は優秀ですから。わかりました。それでは次の休みに買いにいきましょう」
茜色の空にすっかり夜の帳が降りた頃、笑いあう二人の上で星空がきらきらと瞬いていた。
テン
周りからはネグレクトを受け、自分を圧し潰されながらたった一匹のポケモンと必死に生きてきた子供と認識されているが、最近考えているのは専らフカマルをどう育てようかという事である。努力値を振るのは諦めた。むしろ努力値というのはゲームとして必要だからデータで設定されているだけであって、今生きているこの子を育てるのに必要なのは色んな戦術や試行回数を試す事では?とテンは考えた。実際この世界ではそれが正解である。
思っている以上に、フカマルにメンタルを癒されている。フカマルがいなかったら相当内向的な性格に仕上がっていたし、前世の記憶は思い出さなかった。
初めての敗北でブランクに陥りかけた&自分を信じろと言われても信じるべき自分がないのにどうやってと卑屈モード全開でいたら、フカマルによる物理精神分析(進化)が入って持ち直した。ガバイトが信じる自分を信じる。知らない父のようにスマートじゃなくても、泥臭くってもガバイトの信頼にこたえて勝ち取って見せる。
そんなからをやぶるに撃ち抜かれたオモダカから無事友達認定。
バッジを8こ入手後のオモダカさんが言う「才能を ぶつけあえる 友の存在が 嬉しくて しかたないのでしょう 好敵手と 競い合い 初めて 到達できる 強さ…… 私も 楽しみに お待ちしております 」
という台詞の、オモダカの終生のライバルで友人となる存在。
オモダカ
孤高の人だった。ネモからSV主人公とホームウェイ組を抜いた状態。それでもトップまで勝ち上がったあの人はパルデア地方におけるシリウスだった。
隣り合う稀なる星を見つけて実は大分救われている。その為、今後のオモダカさんは>>>友人がいるので<<< と振り回してもいい友人(原作沿いでアオキさんがやや立ってる立場)を得た事で水を得た魚のように元気に淑やかにはしゃぎだす。
あのトップが一般家庭の出ってのも燃えるけどやっぱトップはトップだよな~~~(??)ってなった結果、パルデア帝国の系譜に連なる由緒正しい家柄んちゅとして爆誕した。弊時空はトップに夢を見ています。
次回
オモダカ「これが最新モデルのポケギアです。時計、ラジオ、タウンマップの機能がついていて……なんと、遠くにいても電話が出来るんですよ!素晴らしいでしょう?さらにこれがカントーのオーキド博士のモデルを継承したパルデア式ポケモン図鑑というもので……」
テン「重い重い重い」
オモダカ家所有の個人郵便配達カイリュー「ばうっ」
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