禍福は糾える縄の如し
・オモダカさんに大分夢を見てる。復帰して最初に浴びたチャンピオンが完全無欠超人みたいな人だったんで……
・夢主の夢相手がフカマルか?ってくらい一生フカマルといちゃいちゃしてる
・見切り発車
・ポケモンは技を4以上覚える設定です。
・熱いうちに鉄叩いとけ~~~~ってノリ
・以上許せる方はどうぞ。
前世の記憶が戻って自覚したのだけど、母はいわゆる毒親というものだったなぁ、ということ。
やせっぽちの子供(多分つい先日七歳になった気がする)と、腹をすかせた仔竜が一匹。大人に手を引かれてとてとてと歩いていく。振り返るとどんどん離れていく我が家。あの家に、もう母はいない。
『ワタクシ』が「ワタクシ」を思い出すまでの間、ワタクシは一人で生活をしていました。いえ、正確には母も一緒だったのだけれど、母はあまりこちらを顧みてはくれなかった。物心つく前までは流石に良心の呵責に苛まれたのか、食事や風呂はさせてもらえていました。けれど、ある程度「自分」というものを持った時から、母はワタクシを見なくなりました。
「おれ」ではなく「ワタクシ」と言いなさい。
ポケモンの正しい知識を身につけなさい。
テーブルマナーはこうするのが正しいのです。
父のようになりなさい。
父はこのような人間でした。
父とそっくりなのに、どうしてうまくできないの。
そうして出来上がったワタクシは、父の成り損ないで、母にとってはそれが耐えがたかったのでしょう。
いえ、母というより、妻と言った方が正しいのかもしれない。母は、ワタクシに『父』の面影を映していたのだと認識しています。母は、妻で、女だった。きっとそうだと思います。だからワタクシに父を模倣させたのでしょう。とはいえ、父の顔を覚えていないので母の様子を見ながら、手探りでしたが。そしてあの日、いつも以上に上手に『父』を演じる事が出来ていたのでしょう。母はとても喜んでくれました。嬉しくなった『ワタクシ』は、母が喜んだのが嬉しくって、つい言ってしまったのです。「母さん」、と。
それがいけなかったのでしょう。母の歪んだ顔を最後に、眠って起きたら、母はいなくなっていました。
・・・・・・・・・と、拙いながらにテーブルシティの児童保護施設の職員に伝えると涙ぐんだ職員が「もう大丈夫だからね!!」と豪語したのは数時間前の話。テンは思案していた。己の状況についてである。ラグにちょこんと座り、クッションを抱きしめながらちらりと隣に視線を向けると、ぷうぷうと鼻ちょうちんを膨らませては萎ませて、ぐっすり眠っているポケモン――フカマルがいる。
そう、ポケモンがいるのだ。
テンは再び己が状況を鑑みる。
「(そもそもおれ…じゃない、ワタクシは大人だった気が…?どうして子供なのか、どうして”ポケモン”がいるのか。これはいわゆるよく見る転生という奴…?テーブルシティ、と仰っていたところを考えるとパルデア地方…ですよねぇ…)」
ポケットモンスター、縮めてポケモン。ゲームの世界に息づく不思議なふしぎな生き物たち。「ジブン」もまたそのポケモンのゲームをしたことがある。あるのだが、BW2までやってしばらくポケモンから離れて、スカーレット・バイオレットで復帰した勢だ。だからフェアリータイプの相性把握が甘い所があるし、アローラ・カロス・ガラルの知識はほとんどないといって等しい。強いて言うなら、ガラルはカレーが大ブームなのとドラゴンストームなるジムリーダーが近所の地名と似てるから覚えてるってレベルだ。マジでその程度しか記憶がない。
パルデアは、図鑑を完成させてイッシュの杵柄をとってポケモン育成はしたから、ある程度は覚えている。これがいわゆる”転生”だとして、カロスやアローラではなかった幸運をまずは祝うべきだろう。最も、「ワタクシ」と認識している「ジブン」自身の事はあまり祝えた状況ではないが。
もう一度フカマルを見る。YESフカマルである。大きな口を開けて眠りこけている。よだれが垂れてきたので袖で拭ってやる。
フカマル。りくザメポケモン
タイプはドラゴン・じめん
性別は……背びれに切れ込みがあるので、♂で確定。
大きさは…立ってみて、フカマルと背比べをしてみた所大体自分の半分より少し大きい程度。けっこう大きい。
重さは……持てなかったので不明
特性はすながくれか、夢特性がさめはだ。試しにちょっと触ってみる。フカマルは寝ぼけながら身を捩らせた。けっこうざりざりしている。直感が、さめはだだと確信した。
そして最大のポイント、フカマルは、最終的にガブリアスに進化する。あの対戦御用達のガブリアスにだ。
さめはだか、結構いい個体では———?バトルサブウェイに籠っていた過去のジブンがひょっこりと顔を出してジャッジを下す。というか『ワタクシ』は最初のポケモンがフカマルなのか、良い趣味してるなというべきか。ドラゴンは大器晩成だから序盤から育てるのは非常に苦労するのでは?と思うべきか。まぁフカマルがころころしていてかわいいのでよしとした。実際に見るフカマルはめちゃくちゃ可愛かった。それこそ、ジブンの今の背丈が小さいので大きなぬいぐるみほどあるのだ。よっこいしょ、と寝て居るフカマルを抱っこする。温かかった。それを認識した途端、ぽろり、と涙が零れおちた。
あ、と認識する間もなく。ぽろぽろ、ぽろぽろと涙は零れ落ちる。寂しいという気持ちが一気に湧いてきて、先ほどまでのアレコレ考えていたジブンが『ワタクシ』に押しのけられる。
「……ンマ?」
涙が落ちて濡れる感覚で、フカマルが目を覚ます。そしてぱっちりとまあるい目を見開いた。マスターが泣いてる。短い手足をばたつかせながらよじよじと姿勢を改め、向かい合ったフカマルがちいちゃな手を伸ばして頬を叩く。多分、フカマル的には涙を拭っている感覚なのだろう。それに感じ入ったのか、この身体はますます涙を零れ落とした。
「……大丈夫ですよ」
「ンマ」
ぎゅ、とフカマルを抱きしめる。
「ワタクシには、貴方がいますから」
「……フカ…」
フカマルを腕に閉じ込めながら温かさを享受する。そして考える。この温かさはゆめまぼろしではなく、現実だと。どういうわけか、今になって前世でこのゲームをしてきた記憶が生えてきたけれど、今自分はここに生きているのだと。
テンは静かに涙を零しながら、落ち着くまでフカマルを抱きしめ続けていた。
・・・
・・
・
「フカマル、すなじごく!」
「フッカー!」
「グルトン!たいあたり!」
「トーン!」
フカマルのすなじごくでたいあたりを仕掛けようとしたグルトンの足を取り、バランスを崩してころんと転んだグルトンに向けて続けて指示を出す。
「りゅうのいぶき!」
「マッ!」
青白い炎のような息吹が転んだグルトンに直撃する。グルトンはそのままころころと転がって跳ね、目を回した。
「グルトン、戦闘不能!テンくんの勝ち!」
「よくやりました、フカマル!」
「マ~!」
ぴょんぴょんと跳ねてきたフカマルの飛びつきに押し倒され、尻もちをつきながら受け止める。施設の職員さんに図鑑を見せてもらった所、フカマルの体重は20kgオーバーだった。流石に七歳児では受け止めきれない。そのためフカマルに抱き着かれるといつもこうして尻もちをつくハメになるのだ。
「あー、また負けちゃった。テンつえーなー」
「テンくんすごい!かっこよかったー!」
施設にいる子供たちは、みんな似たような境遇だ。親がいなくなった子供。親がいない子供。そうした子供たちを受け入れ、一定の教育を施してスクールに通わせ、10歳で独り立ちさせる。そんな児童施設だった。ジブンも漏れなく、親が失踪した組なので天涯孤独である。ははは。笑いごとではない。
「(とはいえ、天涯孤独の身で果たしてどう生きていけばいいのやら…)」
フカマルは、バトルが好きらしい。ワタクシも同じくバトルは好きだ。楽しい。この施設内で同年代であれば、負けなしを自負している。画面越しに触ってきたバトルと、実際に肌で浴びるバトルは全然違っていて、最初は痛そうだとかちょっと怖いという気持ちが先行していたのだけど、フカマルのキラキラとした目に惹かれてやってみたら、楽しかった。自分の指示でフカマルが動いて、フカマルのカバーしきれない攻撃にパートナーである自分が気づいて、合図を出す。そうしたらフカマルは自分の意思が通じたように避けてくれて、反撃して、勝ってくれた。その初めてのバトルでの勝利の興奮に、すっかり魅せられてしまったのだ。
以来、フカマルの強請ったバトルや特訓を一緒にやって、一緒に難しいバトルの本を読んだりしてあれこれとフカマルと話し込んでいる。その瞬間は、あの狭い所に閉じ込められていた『ワタクシ』の殻が壊れて、フカマルと『ジブン』だけの世界に浸ることができて、本当に楽しかったのだ。
そんな事を思いながら、夜。施設の職員さんに渡されたなんかの紙をさっさと書いて埋めて、フカマルの事をぼーっと考えながら外を眺めていた。
後になって知ったのだがそれは知能テストの一環だったらしく、ほいほいと無意識に前世の記憶頼りに記述問題を埋めたばっかりにアカデミー生顔負けの知識を披露してしまい、連携しているとあるアカデミーに職員さんが報告。特待生の優遇措置を受けて入学する事になるのは、三年後の話である。
君たちはどう生きるか、ならぬ、ワタクシはどう生きるか。である。
テンの最近の長考の議題である。クレヨンで画用紙にフカマルの絵を描きながら、時々空を見上げてぼーっと考え事をするのが日課だ。うちの子は砂場で遊んでいる。大変かわいい。優勝。ちなみにこの日課のせいでテン君はぼんやりさんだねと職員さんににっこりされているなど知る由もない。
そう、この世界に於いてワタクシはどう生きるのが正解なのだろう。
いや、生きる事に正解も意味もない。生まれた意味を知るRPGでも言っていた。未来は選べるものだと。
ならばどんな未来を選びたいか。
元の世界ではなんとなく生きて——果たして死んだのかもわからないが、当たり前のように生きていたのだろう。それがポケモンの、未知なる世界に生まれ落ちたのだと前と比較して知った時、途端、無限の可能性に眩暈がした。
ポケモンブリーダー?育てるのは好きだったから楽しそう。
配達員、という仕事もあった。鳥ポケモンと一緒に仕事しているのだろうか。それとも、もっと見た事のないポケモンと協力して仕事している?
お巡りさんも忘れちゃいけない。お巡りさんといえばガーディだろう。パルデアにガーディはいないから、そうなった場合は誰がパートナーだったっけ?
ドクターもあった。ラッキーとかハピナスとかタブンネとか、人をサポートするポケモンと仕事しているのかな。
あれもこれもと寄せては返す波のように、ポケモンと生活する未来を夢想する。ポケモンと一緒に生きるって、どういう事なんだろう。
「フカ?」
とてとて、と砂場で満足するまで遊び終えたフカマルがこちらへ歩いてきた。空を眺めるのを中断して、フカマルに視線を向ける。おかえりなさい、たくさん遊んできたんですねと一声かけて立ち上がると、お片付け箱の中からお古のタオルを取り出して水道で濡らし、フカマルの汚れをごしごしと拭っていく。バトルとタオルの傷み具合で発覚したが、やはりこのフカマルの特性はさめはだであった。その為、きれいなタオルではなくお古のタオルの方が都合がいいのだ。どうせぼろぼろになってしまうから。
汚れを拭ってすっかりきれいになったフカマルは、ごきげんなようすでふかふかと鳴いている。フカマルを抱きかかえながらラグに座り直し、抱っこしたフカマルを寝かしつけるようにゆらゆらと揺れながら、声をかける。
「ねえ、フカマル」
「ふか?」
「ワタクシ、考えてたんです。ワタクシは、何をすればいいのかなって」
「ふかー…」
「お巡りさんとかブリーダーとか、将来は仕事をしなくてはいけません。けれどどれもしっくりこなくって。ねぇ、貴方はどう生きてみたいですか?」
「ふか…フカ!ンマ!」
それまで眠たげだったフカマルがぴょんと飛び出し、ちいちゃな指でちょんと指さす。指さしたのは、先ほどまで描いていたフカマルの絵だった。火を噴いて、堂々としている。
「これになりたいんですか?」
「フカ!ンマ!」
「そうですか……なら、バトルが出来るようにならなくてはいけませんね」
「フカフカ!」
「ふふ。貴方は強い子だから、ワタクシも負けないように知識を付けなくっちゃ」
ゴロンと寝転がる。フカマルは一瞬きょとんとして、ジブンに倣うように横にころんと寝転がった。
「ねえ、フカマル」
「ンマ?」
「ワタクシ、話は逸れますがジムリーダーに勝ってみたい」
天井に手を伸ばしながら、呟く。
「ジムリーダーとはどんな人なんだろう。ジムって、ワタクシが想像しているような所なのでしょうか。バッジを集めて、チャンピオンになって、その先、ワタクシたちは何をしていたんだろう」
思い返すのはゲームの殿堂入り後。ジムリーダーに勝つのも、チャンピオンになるのも当たり前だった。だってそれが、主人公だったから。でもその主人公は、その先どうやって生きたのだろう。バトルに勝ってチャンピオンになって、でもそれは、称号だ。ブリーダー?教師?それとも、ポケモン博士?職業ではない。それでも、ゲームではそこで終わりだった。
今の自分は、その果てを生きなくてはいけない。
「ワタクシ、自分が何をすればいいのかわかりません。だけど……そう、夢、夢…で、いいのかなぁ…。いつか描いたあの軌跡を、ワタクシも辿ってみたい。そしてその果てを見てみたい」
「フカ…」
「フカマル」
フカマルの方へと顔を向ける、手を伸ばすと、ちいちゃなフカマルの手が指先をぎゅっと握り返してくれた。
「ワタクシがどんな道を歩こうと、一緒に来てくれませんか?」
「フカ……ンマッ!マル!」
フカマルがすり寄ってくる、そして腕と身体の間に納まって、んまんまと鳴きながら笑っていた。
それが嬉しくって、フカマルをぎゅっと抱きしめ返す。さめはだがちょっと擦れて痛かったけれど、嬉しかった。
未来は選べる、なら、今やりたい事をやってみよう。もう一度、一から、ポケモンと生きてみよう。
テン、八歳の決意であった。
・・・
・・
・
季節が過ぎ去るのは早いもので、あっという間にテンは十歳となった。そう、施設の卒業式である。テンはフカマルにべた惚れのため自分の容姿を鑑みてはいなかったが、柔らかな肩まで伸びた金髪をゆるい三つ編みにして左肩へと流している少年特有の中性さ、同年代とは思えぬほど穏やかで知性的な銀の瞳がミステリアスで施設の女子から大層人気であった。最もテンはフカマルにべた惚れしているため顧みちゃいなかったが。
そのため見送りがそれはそれは賑やかしいものになったのは言うべくもない。
アカデミーの生物担当の教師(クラスの担任でもあるらしい)が迎えに来て、アカデミー…オレンジアカデミーの寮へと向かう最中、小さくなっていくテンの後ろ姿に「遊びにきてねー!」という年下の女の子たちからの黄色い声が上がっていたが、果たしてどこまで頭に残っているのやら。
「人気者ですねぇ」
「そうでしょうか?」
きょとんとした様子で担任の教師(ネジバナという名前らしい)を見上げる。淡泊なその様子にネジバナは苦笑した。才色兼備、施設に保護されたのは七歳だと聞くが、その当時から理知的な会話をし職員の手を煩わせる事もなかったとびっきりの優等生。自我を抑圧された環境下にて過ごしていたという事から、当初こそ控えめな性格が目立っていたが初めてのバトルを通して才能が開花。以降、フカマル(タマゴを孵したのは覚えているらしい)と毎日を過ごし、フカマルに笑顔を向けている。
惜しむらくは、その興味が人よりもポケモンに向けられている事だろうか。とはいえあの環境下で歪まず素直に育ってくれた事は、嬉しい事だとネジバナは思った。
今後、アカデミーを通して人にも興味を示し、やがて友達が出来ればいい。そう思いながらアカデミーまでの路を歩いてく。
「と、そうだ。それならお友達は早い方がいいですよね」
「え?」
ネジバナが振り向く。そして懐からボールを三つ取り出すと、宙空へと放り投げた。ボールが二つに割れ、中から三匹のポケモンが飛び出してくる。
「くさねこポケモン。ニャオハ」
「んにぃ」
ぺろぺろと毛づくろいをしながら、赤くてまあるい瞳でテンを見上げてくる緑色の仔猫。
「ほのおワニポケモン。ホゲータ」
「ほげ」
ぼ~っとした顔でテンを見上げ、そのままころんと尻もちをつく赤色の仔ワニ。
「こがもポケモン。クワッス」
「クワッ!」
羽に嘴を突っ込んで、分泌したジェルを羽にぬってピカピカにしあげる青色の仔鴨。
おお……とテンが思わず声を漏らしたのにくすりと笑って、ネジバナはテンに話しかける。
「君にはすでにフカマルというパートナーがいるんだけどね。入学して初めてポケモンを持つ子もいるから、初心者用にブリーダーさんが育ててくれたポケモンをアカデミーでは生徒たちと引き合わせているんだよ。僕が連れてきたこの子たちは、勝手だけど君と相性がよさそうかなって思った子たち。良ければ、アカデミーまでの間歩きながら考えてくれないかな?どの子と一緒に授業を受けたいか、とかね」
「……ワタクシが選んでもいいのですか?」
「もちろん。三匹とも了承済みだし、三匹とも君に会うのを楽しみにしていたんだよ」
にゃあ!わにゃ!くわっ!三匹がわちゃっと足元に纏わりついてはしゃぐのに、テンは驚いて少し硬直する。この子たちは、初心者用ポケモンたちの中でも特に人懐っこい個体たちだった。施設の職員から、フカマルの性格が恐らくは「控えめ」であること。テンとフカマルは仲がいいが、バトルでもしない限り部屋の中で本を読んだり絵を描いたり、たまにフカマルと一緒に砂場で遊んだりなどばかりで積極的な性格を表には出さない事から、一人と一匹を外に連れ出してくれる好奇心の塊のような子たちが、彼らには必要だと思っての選出であった。
「ふふ、早速興味津々だ。さて、行こうか。君たちも置いてかれないようにちゃんとついてくるんだよ」
「あっ、ちょ…お、お待ちください!」
慌ててテンが小走りでネジバナの後ろに駆け寄る。その足元をポケモンたちがごちゃごちゃ、わちゃわちゃと歩き回り、歩きにくそうである。だがじゃれ合うポケモンたちが時折テンを見上げてはにぱーっ!と満面の笑顔を向ける事から、テンもまたつられて笑っているのだった。
オレンジアカデミーが誇る長い長い大階段。それを上り切る頃には、テンはポケモンを時々触ったり撫でたりするまでに打ち解けていた。そして、決断の時もまた来たのだった。
「ネジバナ先生」
「うん、なあに」
「決めました。ニャオハさんがいいです」
「んにゃあ!」
耳と背筋をピーンと立ててニャオハが喜ぶ。
「理由は聞いてもいいのかな?」
「………この子がいいな、って。思ったんです」
「うん、そうか。それは大事な理由だねぇ」
クワッスとホゲータをボールに戻しながら、ニャオハのボールをさしだす。
「君のおや登録は済ませてある。今日から、彼女は君の家族だよ」
「……彼女?」
「あぁ。その子は♀なんだよ。妹分としてかわいがってやりなさい」
「————————…」
はく、とテンが口を動かした。俯きがちでなんといったかはネジバナには聞き取れなかったが、ボールを手渡す。テンの様子が変わったのは♀だと言ったところからだ。だが♀だから嫌だとか、そういった理由でない事は、なんとなくうかがえたからだ。現に、テンはニャオハを抱き上げながら嬉しそうな、そしてどこか少し泣きそうな顔で、ニャオハを見つめている。
テンは、それどころではなかった。テンがプレイしたのはスカーレット。選んだのは、ニャオハだった。現実でポケモンを直視して、果たしてゲームの時と選択が変わるかもと思っていたが、ニャオハに対する想いが増すばかりだった。つまり、テンはほとんど即決でニャオハを選んだのだった。
そしてテンが泣きそうになったのは、もう一つ。♀だったのだ。テンが、久しぶりに復帰したポケモン(スカーレット)で、選んだニャオハは。受け取って初めて、♀だと気づいて一層愛着が湧いたのは最早遠い懐かしい記憶だ。その♀のニャオハが、腕の中にいる。筆舌に尽くしがたい喜びに、テンは打ちのめされていた。
「……よろしくお願いします。ニャオハ」
「んにゃ!」
ゲームの中で育てたあの子ではないけれど、まるであの子が会いに来てくれたみたいだ。テンはその日、新しい手持ちを迎え入れた。
「……と、言う事で。ポケモンが弱ると小さくなる習性を発見した数百年前の博士、ラベンはその習性を利用した捕獲機構を作成。これが、モンスターボールの前身と言えますね。これについては諸説あり、ビリリダマの形状を参考に作成したとも、出土したぼんぐりボールを研究した所現代とほぼ差異のない機構であった為、タイムパラドックスを唱える説なども提唱されており——…」
アカデミーに入学して数か月。結論から言おう。ワタクシは自分が思っていた以上にハイスペックというものだったらしい。
スポンジが水を吸収するかの如く、するすると知識を吸い上げていく。特にポケモンの話ともなると、なぜなにが止まらず先生に質問をぶつけては返ってくるのが楽しくって、ついやってしまう。バトルにしろ今座学を受けている歴史にしろ。というか、ラベン博士の講義を受けられるのが楽しいのである。アルセウスも遊んでいた記憶が残っているので。
キーンコーンカーンコーン……
「おや、もうそんな時間でしたか。それではこの講義はここまでで。お昼休みですよ。みなさん」
はーい、と。元気よく返事をしたクラスメイトが一人、また一人と席を立っていく。筆記用具をペンケースに直し、ノートをとんとんと揃えて片づける。次は校庭でバトル学なので、ノートは持っていかなくていいだろう。ノートと教材を片づけると席を立ち、遅まきながら教室を後にする。向かうは食堂だ。パルデアはやはりパン食文化が主流らしく、食堂で一番人気のメニューといえばサンドイッチなのだ。テンはここの、おやさいサンドが好きである。
食堂にたどり着くと、そこは人でごった返していた。むせ返るような様々な食事の匂いやポケモンたちの声、人の話し声の海を掻き分けながら、券売機で食券を購入。列に並び、自分の番が来るまでのんびりと待つ。やがて自分の番が来るので、食券を渡してメニューを注文。今日もおやさいサンドだ。自分の分と、フカマルやニャオハの分の込で三つ頼んだそれを待ちながら、手に取ったボールに話しかける。午後からはバトル学の授業があるので、お願いしますね。とか、ニャオハ、あとでブラッシングしましょうね。とか、そんなとりとめのない事だ。待つこと5分。食堂のおば様から注文したおやさいサンドを渡されるので、食堂を後にする。人が多いのにはまだ慣れる気配がしない。よって、人気のないところに移動して食べるのだ。いつも。廊下を出て上へ上へと階段を昇っていく。屋上は、食堂から遠いのもあって人がほとんどいないのだ。
ぎぃ、と扉を開けて屋上に出る。今日も人はいなかった。ここなら落ち着いて食事ができる。フカマルとニャオハのボールを取り出して宙へと放り投げる。光と共に現れた二匹は待ちきれない!とばかりに足元にぴったりとくっついてきた。苦笑しながら、二匹の分のおやさいサンドを渡し、自分も適当な箱に腰掛けて包みを開ける。
「いただきます」
「ンマ!」
「んにゃ~」
満足な食事がとれるのはひとえに、特待生の措置のおかげでもある。そこで知ったのだが、フカマルはけっこうな大食らいであった。はじめての食堂利用の際、施設で食べていた時よりも大きなサンドイッチにこれは食べきれないかもしれませんね……と僅かに危惧していたのだが、そんな心配をよそにフカマルはぺろりと平らげてしまった。普段、我慢していたらしい。控えめなこの子には悪い事をした、観察が足りないと反省し、以降フカマルの食事には特に気を遣っている。
「美味しいですか?」
「フカ~!」
「ミィ!」
「ふふ、それは良かった。…ドレッシングがついていますよ」
ハンカチでフカマルの口の端っこについたドレッシングを拭ってやる。それを嬉しそうに目を細めて享受するフカマルの可愛らしい事。この世界に生まれ落ちたと自覚して三年。テンはすっかりポケモンたちの虜だった。
だから、後ろの扉がぎぃ、と開いた音にも気が付かなかったのだ。
「ごきげんよう。こちら、よろしいですか?」
バッとテンは振り向いた。そこに居たのは、黒曜石のようなきらめく豊かな髪を靡かせた、褐色の肌の女性。は、とテンの脳裏にある人物が浮かんだが、それを辿る前に「これは失礼」と女性が自己紹介を始める。
「挨拶もなしに申し訳ありません。[[rb:私 > わたくし]]、オレンジアカデミーで生徒会長をやらせていただいています、オモダカと申します」
「……これはこれはご丁寧に、ワタクシは——」
「1-Aクラスのテンさんですよね?噂はかねがね。成績優秀者としてお話は伺っていますの」
「…それはどうも」
「隣、よろしいですか?」
「……、どうぞ」
フカマルとニャオハを脇に控えさせて、テンの隣にオモダカが座る。手には食堂のサンドイッチ(ポテトサラダサンドらしい)が収まっている。モンスターボールを二個取り出す。カチリ、と開閉ボタンを押すと中から出てきたのはキラーメとドラメシヤだった。パンをちぎり、ポケモンたちに与えている。
ちら、とそれを横目に見ながらサンドイッチの包みを片す。ニャオハは隣に人が来たのに少し警戒したようだが、顎の下を撫でてやるとごろごろと喉を鳴らして落ち着きだした。
「ふふ…」
「…何か?」
「いえ、噂とはやはり噂だなと思いまして。それにしても…そのニャオハもフカマルも、大事に育ててらっしゃるのですね」
「まぁ、この子たちのおやはワタクシですから」
オモダカがにこやかに話しかけてくるのに、テンは無意識に身構えてしまう。テンにとってのオモダカとは、ゲームの中で見たパルデアのトップチャンピオンだ。まさかそのトップと同年代にアカデミーに在籍する事になるなど、予想外だったのだ。だが、ちゃんと考えれば、今がいわゆるゲーム本編の過去である事は、想像に難くなかったのだ。今の時代にスマホロトムなど存在せず、それどころか全世界共通のポケモン預かりシステムが稼働して間もない、古い時代なのだから。少し前にアカデミーのパソコンで調べたところ、カントーのソネザキ・マサキの名前はヒットしたので、恐らく「赤・緑」の話は始まっているのだろう。とはいえ、自分もこのあたりの時系列ははっきりと自覚していないので、今がどの時代でどの物語が始まっているのかはわからない。
そんな事を考えていると、撫でる手付きが止まった事に抗議したニャオハが甘噛みしてくる。は、と気づいて下に目線を向けると、ニャオハの拗ねた目つきと視線がかち合った。すみませんね、と撫でるのを再開してやると、再びごろごろと喉を鳴らして甘えてくる。
そんなテンを見ながら、オモダカは提案を投げかけた。
「テンさん、一つよろしいですか?」
「? なにか?」
「次はバトル学の講義と認識しております。よろしければ、私とバトルしていただけませんか?」
「生徒会長と…ですか?」
「ええ、私は貴方とバトルしてみたい。もしよければ、是非」
オモダカが何故ワタクシなどと、とも思ったが、バトルと聞いてそわついたフカマルにきらきらしい目を向けられては断れなかった。
「分かりました。お受けします」
「感謝しますよ。先生方には私から伝えておきますので……それでは、これで」
スッと立ち上がったオモダカは少し身なりを整えると、屋上を後にした。なんだったんでしょう……と、思いながら、テンは残り時間でニャオハのブラッシングをしてやるべくブラシを取り出すのだった。
