短編
科学準備室は気持ちが悪い。人間のように蠢くツタ植物や、紫色の粉を放つ苗などが棚中に犇めいている。それらが最も快適で居られるよう部屋はいつも薄暗く、じめっと空気が降りていた。
それがウェインにとっては好都合だった。まとめる気もないような猫っ毛を存分に乱れさせて、彼は調合台の上で大の字で眠っていた。深緑のその髪は新種の植物のようだ。
湿った空気が一気に外に流れ出た。新鮮な風を受けて、埃がふわふわと舞う。それはほんの一瞬の出来事で、小さな音をたてて扉が閉まると、また部屋は陰気な空気をすぐに取り戻した。
アナステシアスは眠っている同級生の横で仁王立ちで腕組みした。なにも言わず、じっ、とウェインを見つめる。その威圧感にウェインはすぐに眉を寄せた。ゆっくりと身を起こす。瞳は虚ろだが確かにアナステシアスを捉えていた。
「ターシャ、やっと授業終わったのか」
「まるで俺だけが授業があったような口振りだな。いつからここに居た?」
ウェインはまるでその質問は自分以外の誰かに向けられているように、一切口を開かずに腕をアナステシアスに向かって伸ばした。鞭のようなそれはするりと彼の腰を包む。だがアナステシアスは顔色一つ変えないで、もう寮に帰らないと、と言った。
「寮に帰ったら明日までターシャに会えない」
ウェインが甘えるようにアナステシアスの首筋に頬を擦り付ける。人が来たらどうする。アナステシアスは小さな声で抗議するが、それは聞き入れられなかった。
「そもそも、ウェインが真面目にしかるべき授業に出れば、少なくとも日に三、四時間は一緒に居ることになる」
「じゃあなに、授業中にこういうことしていいってこと?」
ウェインはアナステシアスの頭を強引に引き寄せて、その薄い唇に自分のものを重ねた。慣れた様子で何度も角度を変えて唇を啄んでいると、アナステシアスが力なくウェインの鎖骨を押し返した。解放されたばかりの彼は潤んだ目と口をそのままに、息遣い荒く捲し立てる。
「何を言っているんだ。馬鹿じゃないのかーー」
「ほら」
ウェインは言葉を遮って自分の膝をとんとんと叩いた。口をつぐんだアナステシアスは諦めたように調合台に手を付き、示された場所に腰を下ろした。濃厚な蜂蜜の色をしたショートの髪は、後頭部が滅茶苦茶になっていた。
「同じ寮ならよかったのに」
ウェインは恋人の紫のネクタイを指先で絡めとりながら口を尖らせた。アナステシアスはそんな子供っぽい仕草につい苦笑を漏らす。彼はゆるゆるとウェインの頭を両手で撫でてから、傍らに乱雑に外されていた緑のネクタイを手に取った。
「上を向いて。タイはきちんと締めろ」
アナステシアスはこなれた手つきでウェインのネクタイを結ぶ。作業を終えた彼は、行こう、と囁くような声で告げた。どちらからともなく静かに、たっぷりとしたキスを交わした後、二人は調合台から飛び降りた。
部屋から出ると、彼らはそれぞれ逆の方向に向かって廊下を歩み出した。
それがウェインにとっては好都合だった。まとめる気もないような猫っ毛を存分に乱れさせて、彼は調合台の上で大の字で眠っていた。深緑のその髪は新種の植物のようだ。
湿った空気が一気に外に流れ出た。新鮮な風を受けて、埃がふわふわと舞う。それはほんの一瞬の出来事で、小さな音をたてて扉が閉まると、また部屋は陰気な空気をすぐに取り戻した。
アナステシアスは眠っている同級生の横で仁王立ちで腕組みした。なにも言わず、じっ、とウェインを見つめる。その威圧感にウェインはすぐに眉を寄せた。ゆっくりと身を起こす。瞳は虚ろだが確かにアナステシアスを捉えていた。
「ターシャ、やっと授業終わったのか」
「まるで俺だけが授業があったような口振りだな。いつからここに居た?」
ウェインはまるでその質問は自分以外の誰かに向けられているように、一切口を開かずに腕をアナステシアスに向かって伸ばした。鞭のようなそれはするりと彼の腰を包む。だがアナステシアスは顔色一つ変えないで、もう寮に帰らないと、と言った。
「寮に帰ったら明日までターシャに会えない」
ウェインが甘えるようにアナステシアスの首筋に頬を擦り付ける。人が来たらどうする。アナステシアスは小さな声で抗議するが、それは聞き入れられなかった。
「そもそも、ウェインが真面目にしかるべき授業に出れば、少なくとも日に三、四時間は一緒に居ることになる」
「じゃあなに、授業中にこういうことしていいってこと?」
ウェインはアナステシアスの頭を強引に引き寄せて、その薄い唇に自分のものを重ねた。慣れた様子で何度も角度を変えて唇を啄んでいると、アナステシアスが力なくウェインの鎖骨を押し返した。解放されたばかりの彼は潤んだ目と口をそのままに、息遣い荒く捲し立てる。
「何を言っているんだ。馬鹿じゃないのかーー」
「ほら」
ウェインは言葉を遮って自分の膝をとんとんと叩いた。口をつぐんだアナステシアスは諦めたように調合台に手を付き、示された場所に腰を下ろした。濃厚な蜂蜜の色をしたショートの髪は、後頭部が滅茶苦茶になっていた。
「同じ寮ならよかったのに」
ウェインは恋人の紫のネクタイを指先で絡めとりながら口を尖らせた。アナステシアスはそんな子供っぽい仕草につい苦笑を漏らす。彼はゆるゆるとウェインの頭を両手で撫でてから、傍らに乱雑に外されていた緑のネクタイを手に取った。
「上を向いて。タイはきちんと締めろ」
アナステシアスはこなれた手つきでウェインのネクタイを結ぶ。作業を終えた彼は、行こう、と囁くような声で告げた。どちらからともなく静かに、たっぷりとしたキスを交わした後、二人は調合台から飛び降りた。
部屋から出ると、彼らはそれぞれ逆の方向に向かって廊下を歩み出した。
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