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小さな僕の王子様

母に咎められながら改めて来客と向き合う事になった時、先の少年は気を悪くしたのか俯いてソファで隣に座る男の陰に隠れるように僕と距離をとってしまった。
初対面の子供に悪い事をしてしまった罪悪感はあれど、事故でもあるのでその態度には少々不服だ。
来客の向かいに母と座り、一呼吸置く。いつも明るく溌剌としている母が珍しく緊張しているようでリビングを漂う空気が張り詰めるのを感じる。
口火をきったのは、来客の男だった。
「はじめまして。私はコルト・ベックマン。彼はルディ・ベックマン。私の息子です。」
少年と同じく金髪に深い湖のように輝く翡翠の瞳をしていることから外国人とは分かっていたがそのなりからは信じ難いほど流暢な日本語の挨拶が聞こえ目を見開いて驚いた。
母に太ももを叩かれて慌ててこちらも挨拶をする。
「はじめまして!加藤明宏です!こっちは母の春子ですっ!」
母の緊張が伝染したのか語尾が変にはねた。母はそんな僕にため息をついたが、コルトさんがクスリと笑うから母の緊張が和らいだのを感じた。
「明宏、私を紹介する必要はないわよ。彼を呼んだの私なんだもの。あんたは本当に馬鹿ね。」
「春子、明宏くんは聞いていた通りで快活明朗な子だね。」
春子そっくりだ!彫りの深い目許にシワを寄せクスクス笑うコルトさん。母も僕を詰りながら、その顔は嬉しそうに紅潮している。まるで、少女のようにコロコロと笑うものだから察した。
コルトさんは母の恋人だと―。

「そろそろちゃんと紹介するわね。コルトさんはドイツで日本製品を使ったホテル事業を展開する会社で長年働いるの。何度か来日していて、うちの着物…主に浴衣を買付けてくれててね、去年の暮れかしら?日本支店をもつことになって、代表として異動してくる事になったの。」
「そして、こちらでの生活にある程度慣れた今、そろそろ大切な人と時間を永く共有したいと思ったんだ。後、ずっと仕事ばかりで息子に寂しい思いばかりさせてしまったから、誰かの温もりが感じられる家に帰る幸せを与えたくてね。」
いつの間にかコルトさんがテーブルの上に置かれた母の手を包み僕にまっすぐ向き合って話した。
母が父と別れて以降、独りで店を切り盛りし遊びに出かけたりなどせず常に良い母であり店主として気を張り続けてきた事は僕が1番知っている。きっと、母は寂しかったと思う。人一倍陽気で僕以上に篤実…真っ正直な人だからそんな姿見せまいとしてきたと思う。
僕が二人を否定する事なんて出来るわけがない。
「2人ともまどろっこしいなぁ!結婚するつもりなんだろ。いいよ僕は!でも、コルトさん、ひとついや、3つ約束して下さい。」
「何かな?」

一つ、母を哀しませない。

一つ、ルディを何よりも優先する。

最後に、月に1度必ず母と外出する事!

コルトさんは最後の約束を聞いて、大きく頷くとそれはそれは晴れやかに笑って
「神に誓おう。」
なんてカッコイイ事言ってくれたし、気丈な母が僕に背を向けて泣いている姿が見えたからもう何も言うまいよ。
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