狩人
ぼちぼち話して少しずつ打ち解けてきた中、不意にラビが足を止めた。様子もさっきまでのおどおとした空気はどこへ行ったのか、警戒を前面に押し出したかのような険しい顔つきで辺りを見渡すのがわかる。
「…ラビ…?」
「…しっ。聞こえるんです…異質な響きが」
ぽかんとする私を置いて、彼女が耳を細やかに動かしながら辺りの音を伺うのが分かる。武器を持つ手は不安からではなく、臨戦態勢を取ろうとしているのか強く握りしめられている。
暫くすると私の方へ向き直り、向こうです、と手で方向を指し示しながら彼女が話し始めた。
「川の方…ですか?」
「ですね…通りで討伐依頼が出るわけですよ…」
やや面倒臭そうに溜息をついたと思うと、適当に茂みをかき分けながら歩き出したので、私もその後を大人しくついて行く。
彼女が面倒臭そうにした理由は分からないが、あの言葉自体は私にも分かる。実際、オーガが討伐依頼として上がるのはかなり稀で、暴れていて危険だから、というような身に迫るような緊急性がない限りは基本的に出てこない種族なのだ。なら今回は何故、と言われれば、彼女の指し示した先の川は各地をつなぐ水の大動脈だから、というのが答えだろう。大動脈、と呼ばれるだけあって人や物の往来も多い為、やむを得ず依頼を出したと言う感じだろうか。
「…」
オーガの姿が近くに見えてきた頃合いで、彼女が再び足を止めた。そこから暫く静かに何かを考えていたと思うと、手に持つ武器をそっと構えて力を込め始めるのが見えた。
途端、オーガの周りを白い靄が包み込み始める。オーガも異変を察知したのだろう、警戒するように辺りを見渡し始めた。…恐らく、彼女が使ったのは防御系を弱体化させるデバフステータスの付与だろう。
「…ミアさんは、攻撃が被弾しない位置にいてくださいね」
「分かってますよ。大丈夫です」
私からの答えが強くて驚いたのか、彼女の動きが一瞬止まる。が、すぐに正面のオーガへ意識を移した後、後衛は頼みます、とだけ私へ告げて、先陣を切るようにオーガの元へ歩き寄って行くのが見えた。
そのままオーガの隙をつき、大きな氷柱にも見える氷の槍を作り出して打ち出した。…氷槍はオーガの脇腹を貫き、かなりのダメージを与えているようだ。
勿論オーガもこれで気付かないわけがなく、棍棒を片手に彼女へと突進して来る。危ない、と防御系のバフステータスを彼女へ付与すると、少し戸惑いつつもお礼を言ってくれた。
「あっ、ありがとうございます…!」
「良いんですよ、それより来ます」
「!」
オーガが振り下ろす棍棒を、こなれた様に彼女が躱す。かと思えば一瞬の隙を突いて、思い切り腹部へ蹴りを打ち込むのが見えた。…それも相当強いのか、オーガが大きく隙を見せる。
そんな絶好のタイミングを逃そうとはしないのか、ここぞとばかりにさらにデバフステータスを付与していくのが見える。その内容は私が分かるだけでも速度低下、物理攻撃力低下、抵抗力低下…と、短時間であるにも関わらず、付与された数はまあまあ多い。
しかし、オーガもやられっぱなしではいない。それらのステータス低下を吹き飛ばしたのか、という勢いでこちらへ突撃をしてくる。…速度低下なんて、本当にかけたのか疑わしいレベルである。
しかし彼女本人は慣れているようで、躱しつつ次の一手を打ち込むタイミングを坦々と伺っている様子だった。
「…すごい…」
「…ふふ、ちょっと楽しくなってきた…気がします…」
「ラビ?」
その中で何かが彼女のトリガーでも引いたのか、次第に楽しそうな笑い声を上げ始めるのが見える。よく分からないが余程楽しんでいるのか、とぼんやり思ったのも束の間、不意に見えた横顔に思わず目を奪われてしまった。
…初めや先程までの印象とは全く違う、僅かな狂気をはらんだ目と微笑み。どこか不敵な印象と圧を与える表情だなと感じる反面、ぞくっとするような不思議な心地よさが私の中を駆け巡る。ずっと見ていたい、なんて言うのはおかしいというのも分かっているけれど、それでもそう思わずにはいられない。
「…血に塗れた兎、ですか…」
無意識のうちに手がかすかに震え、持つ杖をぎゅっと握りしめる。不思議と、ぞくぞくする感じと募っていく高揚感が心地良く、久しぶりに心からの笑みを漏らしてしまう。
「…ふ、ふふ…っ、素敵です…!!」
「!」
「…貴女が戦いに酔狂する姿が堪らなく素敵だから、私はさらに狂えるように補助しますね…ふふ…」
初めてみた顔では無いはずなのに、彼女の顔には強く惹かれる気がする。…いや、ここまでの姿は見たことがないかもしれない。だからこそ、彼女の別名が一人歩きしてしまっている節もあるのだろう。
そうこうしているうちに、オーガも暴れる体力が尽きたのか大人しくなる。そのチャンスを突いて、彼女が武器でオーガの心臓を一突きしてしまうのが見えた。
…途端、オーガの胸から大量に血が湧き出て流れてくる。オーガも必死に生き延びようと、最後の力を振り絞って彼女へ棍棒を振り下ろしてくるのが見えた。
私が咄嗟に危ないと言うより、彼女が棍棒を持つ腕を武器で切り捨てる方が早かったらしい。苦しみ呻きながら、オーガが地べたへへたり込み足掻くのが見える。それも次第に静かになったと思うと、彼女は軽くつついたりして反応がないかを確認し、ほっと息を吐きだして私の方へ向き直ってきた。
「…うん、これでおしまいです」
「…ラビ…?」
「…しっ。聞こえるんです…異質な響きが」
ぽかんとする私を置いて、彼女が耳を細やかに動かしながら辺りの音を伺うのが分かる。武器を持つ手は不安からではなく、臨戦態勢を取ろうとしているのか強く握りしめられている。
暫くすると私の方へ向き直り、向こうです、と手で方向を指し示しながら彼女が話し始めた。
「川の方…ですか?」
「ですね…通りで討伐依頼が出るわけですよ…」
やや面倒臭そうに溜息をついたと思うと、適当に茂みをかき分けながら歩き出したので、私もその後を大人しくついて行く。
彼女が面倒臭そうにした理由は分からないが、あの言葉自体は私にも分かる。実際、オーガが討伐依頼として上がるのはかなり稀で、暴れていて危険だから、というような身に迫るような緊急性がない限りは基本的に出てこない種族なのだ。なら今回は何故、と言われれば、彼女の指し示した先の川は各地をつなぐ水の大動脈だから、というのが答えだろう。大動脈、と呼ばれるだけあって人や物の往来も多い為、やむを得ず依頼を出したと言う感じだろうか。
「…」
オーガの姿が近くに見えてきた頃合いで、彼女が再び足を止めた。そこから暫く静かに何かを考えていたと思うと、手に持つ武器をそっと構えて力を込め始めるのが見えた。
途端、オーガの周りを白い靄が包み込み始める。オーガも異変を察知したのだろう、警戒するように辺りを見渡し始めた。…恐らく、彼女が使ったのは防御系を弱体化させるデバフステータスの付与だろう。
「…ミアさんは、攻撃が被弾しない位置にいてくださいね」
「分かってますよ。大丈夫です」
私からの答えが強くて驚いたのか、彼女の動きが一瞬止まる。が、すぐに正面のオーガへ意識を移した後、後衛は頼みます、とだけ私へ告げて、先陣を切るようにオーガの元へ歩き寄って行くのが見えた。
そのままオーガの隙をつき、大きな氷柱にも見える氷の槍を作り出して打ち出した。…氷槍はオーガの脇腹を貫き、かなりのダメージを与えているようだ。
勿論オーガもこれで気付かないわけがなく、棍棒を片手に彼女へと突進して来る。危ない、と防御系のバフステータスを彼女へ付与すると、少し戸惑いつつもお礼を言ってくれた。
「あっ、ありがとうございます…!」
「良いんですよ、それより来ます」
「!」
オーガが振り下ろす棍棒を、こなれた様に彼女が躱す。かと思えば一瞬の隙を突いて、思い切り腹部へ蹴りを打ち込むのが見えた。…それも相当強いのか、オーガが大きく隙を見せる。
そんな絶好のタイミングを逃そうとはしないのか、ここぞとばかりにさらにデバフステータスを付与していくのが見える。その内容は私が分かるだけでも速度低下、物理攻撃力低下、抵抗力低下…と、短時間であるにも関わらず、付与された数はまあまあ多い。
しかし、オーガもやられっぱなしではいない。それらのステータス低下を吹き飛ばしたのか、という勢いでこちらへ突撃をしてくる。…速度低下なんて、本当にかけたのか疑わしいレベルである。
しかし彼女本人は慣れているようで、躱しつつ次の一手を打ち込むタイミングを坦々と伺っている様子だった。
「…すごい…」
「…ふふ、ちょっと楽しくなってきた…気がします…」
「ラビ?」
その中で何かが彼女のトリガーでも引いたのか、次第に楽しそうな笑い声を上げ始めるのが見える。よく分からないが余程楽しんでいるのか、とぼんやり思ったのも束の間、不意に見えた横顔に思わず目を奪われてしまった。
…初めや先程までの印象とは全く違う、僅かな狂気をはらんだ目と微笑み。どこか不敵な印象と圧を与える表情だなと感じる反面、ぞくっとするような不思議な心地よさが私の中を駆け巡る。ずっと見ていたい、なんて言うのはおかしいというのも分かっているけれど、それでもそう思わずにはいられない。
「…血に塗れた兎、ですか…」
無意識のうちに手がかすかに震え、持つ杖をぎゅっと握りしめる。不思議と、ぞくぞくする感じと募っていく高揚感が心地良く、久しぶりに心からの笑みを漏らしてしまう。
「…ふ、ふふ…っ、素敵です…!!」
「!」
「…貴女が戦いに酔狂する姿が堪らなく素敵だから、私はさらに狂えるように補助しますね…ふふ…」
初めてみた顔では無いはずなのに、彼女の顔には強く惹かれる気がする。…いや、ここまでの姿は見たことがないかもしれない。だからこそ、彼女の別名が一人歩きしてしまっている節もあるのだろう。
そうこうしているうちに、オーガも暴れる体力が尽きたのか大人しくなる。そのチャンスを突いて、彼女が武器でオーガの心臓を一突きしてしまうのが見えた。
…途端、オーガの胸から大量に血が湧き出て流れてくる。オーガも必死に生き延びようと、最後の力を振り絞って彼女へ棍棒を振り下ろしてくるのが見えた。
私が咄嗟に危ないと言うより、彼女が棍棒を持つ腕を武器で切り捨てる方が早かったらしい。苦しみ呻きながら、オーガが地べたへへたり込み足掻くのが見える。それも次第に静かになったと思うと、彼女は軽くつついたりして反応がないかを確認し、ほっと息を吐きだして私の方へ向き直ってきた。
「…うん、これでおしまいです」