あなたに笑顔を
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出会いは突然なものだった。
川の岸辺で涙する私を、ゾーラ族の彼は川の中から顔を出して見上げていた。
「キミは何故泣いているんだ?」
水の音など全然聞こえなかったために、声をかけられたことに驚き肩が跳ねてしまった。
恥ずかしい。いつからいたんだろうか。
『…気にしないでください。目にゴミが入っただけですから』
「昨日もキミはここで泣いていたな。ここらへんはやたらとつむじ風が起きるから仕方がないのか」
『え、えぇ…。そういうわけなので、心配せずとも大丈夫ですよ』
心配しなくても良いと笑顔を向けるも、昨日も見られていたということを知り心の中で動揺してしまった。
ここはつむじ風が起きやすいとか、そんなことは全然、20年間暮らしてきて今初めて知ったことだけれど、私にも都合が良いので頷いておく。
なんでもいいのだけど、とりあえず納得して早くどこかへ行ってほしい。
私の願いをよそに、彼はスイスイと私のいる岸辺へと近寄ってきて、慌てて涙を手で拭った。
「どんな理由であれ、泣いている女性を一人には出来ないゾ」
『…優しいんですね』
「そうか?普通だと思うゾ」
普通でないことをこうして当たり前のように普通と言いのけられるあたり、きっと彼は性根から優しいヒトなのだろう。
……あの人も…昔はこのヒトのように優しかったなぁ…。
「……どうかしたか?」
『あっ…!い、いえ、少し考え事をしていただけです』
あの人のことを思い返すとついつい感傷的になってしまう。そうしてまた泣きそうになるのに、傷付かないように忘れようとしているのに、どうしたって彼を忘れることができない。よくもまぁ毎日こうも同じ勢いで涙が出るものだと、正直自分でも感心している。
ゾーラ族の彼は先程よりも近い距離で私を見上げながら首を傾げた。
ああいけない、笑顔を絶やさないように気を付けないと。
「オレはシド!ゾーラ族の
ここで出会ったのも何かの縁だ!良ければキミと話がしたい!」
『は……えと……私でよければ…』
正直、今のように気持ちが不安定な時は、スッキリするまで一人でただひたすらに泣きたいけれど、私が答える前から既に川からあがって来ていた彼を前にしては拒否の言葉など言えなかった。
彼は私の返事に喜び、隣に座って名前を尋ねてきた。
『アイです。よろしくお願いします、シド王子』
「堅苦しい!シドで良いし敬語もいらないゾ!」
『分かりま…分かった。よろしくね、シド』
こんなに気の良いヒトに出会ったのは初めてだ。まるで初対面ではないみたい。
彼からはたくさんのことを教えてもらった。この川の上流に彼らゾーラ族の里があること、彼らがどうやって寝るのか、何が好物なのかなど、聞いてもいないのに教えてくれることがほとんどだったが、そんなことも気にならないほどに楽しかった。
敬語を崩すことに抵抗はあったけれど、彼の話し方とか雰囲気とか、彼の醸し出す何もかもが友好的で、それでいてこちらへの気配りも忘れていなくて、なんだか、段々これが自然なことのように感じられてくる。その所為か、ついつい促されるままにこちらのことも開示してしまっていて、気付けばもう日が暮れてきていた。
『ごめんねシド、私、もう帰らないと…』
「ああ!もうそんな時間か!
キミと話すのが楽しくて気付かなかったゾ!時間が立つのは早いな!」
彼は高くバク宙するとそのままくるりと一回転して着水し、顔を出した。
すごい…。突然の跳躍にびっくりしたけれども、その華麗な動きに思わず拍手が出てしまう。シドは誇らしげに胸の前で拳をつくり、ニッと歯を見せて笑った。
『ありがとう。あなたと話せて楽しかったよ』
「アイ!オレもキミと話せて良かったゾ!
オレは明日もここにいる。暇だったなら顔を見せに来てくれ!」
『…うん。じゃあまた明日、だね』
「ああ!また明日だ!」
彼と話している間は話に夢中になれるので、あの人のことを考えなくて済むから楽だ。そして何より楽しい。
彼も同じ気持ちなようで、この関係はしばらく続き、次第に次の日の約束をしなくとも二人共自然とここへ集まるようになった。
「そういえば、キミの住む場所はここから近いのか?」
私があげたりんごをかじりながら彼は目だけをこちらへ向ける。どうしたんだろう。今まで住む場所なんて特に興味を示さなかったのに。
『んー、まあまあかな。遠くもなく近くもなく。楽だから馬で来てるけど』
「そうなのか。
…いや、キミのことは何でも知りたいと思ってな。
何故ならキミは、オレの最高の友だからだ!」
『……うん』
何でも知りたい、か…。
私だってシドには、私の事は何だって知っていてほしい。心から友達だと言える、初めてのヒトだから。
受け止めてくれるかな、ううん、たとえ受け止めてもらえなくてもいいや。私が話したいだけなんだから。
『シド、私ね…初めて会った時、あなたに嘘をついたの』
本当は、目にゴミが入ったんじゃない。つむじ風が吹いたわけでもない。
悲しかったから泣いていた。泣いてスッキリしたかった。
2年間同棲していた彼氏は私の知らない女の人と一緒に出て行った。「へらへら笑ってんなよ気持ち悪い」だなんて吐き捨てて。私の笑う顔が好きだと言っていたからいつも笑顔で過ごそうと心がけていたのに、私は一体どうすれば良かったんだろうか。
もう平気だと思っていたけれど、無意識の内に泣いていたようで、落ちた涙が私のスカートに染みをつくっていた。
『ごめんね、シドには関係ないのに…勝手に喋って勝手に泣いて………ごめん…』
流れる涙を自分の意思ではどうしようも出来ず、せめてシドに心配はかけまいと、出来る限りの笑顔をつくる。
「オレはキミの笑顔が好きだゾ!太陽のようで綺麗だ!
ああ!最高だゾッ!」
ぽん、と頭に手が乗せられる。彼の手はとても冷たいのに、どうしてか心地の良い暖かみを感じた。手の冷たい人は心が暖かいというけれど、本当だったんだね。
「言い方に問題があるが、その彼とやらの言うことも一理あるゾ。
キミは初めて会った時から無理して笑いすぎだ。
もちろん、そんな笑顔も良いとは思うが、やっぱりオレはキミのありのままを見たい。笑顔で本当の心を隠すなんてことはしなくてもいいんだ」
ストン、と、胸に何かが落ちてきた。それと同時に涙は勢いを増して、もう前なんか見えないほどに視界はぐちゃぐちゃになっていた。
きっと、私はずっと誰かにそう言ってほしかったのかも知れない。無理して笑わなくてもいいと、ありのままの私でいていいのだと。
手の甲で涙を拭い、隣に座る彼を真っ直ぐに見上げ、笑顔を返した。心に溢れた優しい気持ちを全て込めて。
作り物なんかじゃない、本当の私の笑顔を。
『ありがとう、シド』
「!
アイ、やっぱりキミは最高だ!」
私を見て彼も笑った。
もう、笑顔を作らなくても大丈夫な気がする。これからは、きっと自然に笑える。
あなたのおかげだね、シド。
あなたに会えて良かった。あの時出会ったのが、あなたで本当に良かったよ。
声をかけてくれてありがとう。友達だと言ってくれてありがとう。私の、本当の心を見つけてくれてありがとう。
私達は二人で笑い合った。
あなたに笑顔を