いつの日か君に
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翌日、開店前の掃除のためにドアを開けると、昨日の男が店のすぐ前に立っていた。驚きのあまり一瞬ドアを閉めかけたが、昨日の男だと認識して踏みとどまった私の瞬発力を褒めて欲しい。
「ふーん、小さい店だね」
『あんたはいちいち口が軽いよね』
まだ時間でないことは伝えたが、掃除しながらでもいいとのことだったため店内に招き入れた。
「あんたではなくリーバルだ」と怪訝そうに眉をしかめたその男──リーバルは、私が床を掃いて陳列棚を拭き、壁にかけられた弓達一つ一つにはたきをかけるその間、店内の弓をじっくりゆっくりと、時には手に取りながら眺めていた。
掃除の傍ら時々リーバルの方を盗み見ると、まるで子どものようにキラキラと目を輝かせていた。
言い回しは嫌な奴だけど、悪い奴ではなさそうだ。弓を見る目もあるようだし。
「それで、この弓を作った人はどこに?」
『嘘でしょまだ信じてなかったの?』
「だって信じられるわけないだろ?僕と大して歳も変わらなそうな女の子がこんな…素晴らしい弓を作ってるだなんて」
『そ…れはありがとう…』
真っ直ぐな目で私の弓を褒めてくれるものだから、照れくさくて視線を外してしまった。疑われてるというのに口角が上がってしまうのを抑えられず、もう遅いけれど手で口元を隠した。
「疑って悪かったよ」
信じられないならそれはそれで別にもう良いかなとも思い始めた頃だった。リーバルは急に私のことを信じると言い出したのだ。藪から棒に何かと思えば、来店したお客さんへ勧める弓の選択やアドバイス、そしてその人それぞれに合わせた弦の変更、調整などの正確さを見て信じざるを得ないと判断したらしい。
リーバルも人に謝罪の言葉を言えるんだなと思った瞬間だった。
あれからリーバルは定期的に来店してくれるようになった。さすがに毎日とはいかないものの、少なくとも週に一度は来てくれている。
矢の補充や弓の修理は勿論、この前なんて村の子ども達にプレゼントするからと、練習用の小さな弓をいくつか作って欲しいと頼まれたりもした。
あの時はいつも来てくれるからと値引きしようとして「技術を安売りするな」と怒られてしまったっけ。
本人は否定するが、村で私の弓を使うことが結果的に布教となっているようで、リトの村から遥々買いに来てくれるお客さんも増えた。
なんと言うか、リーバルのおかげでこの店は成り立っていると言っても過言ではなさそうだ。
「カニアはなんで弓矢の専門店なんてやろうと思ったわけ?」
新しい弓を作ってる最中、しばらく作業を黙って眺めていたリーバルから質問が飛んできた。一度手を止め彼を一瞥するも、リーバルは未だ私の手元を見つめていたため作業を再開した。
『私、子どもの頃は東のハテノ村で暮らしててさ』
「へぇ、ハテール地方の?」
『そ。親が農業を営んでてね』
手を動かしたまま幼少期のことを話した。
思えば、中央ハイラルに来てすぐの頃に叔母夫婦と師匠に話して以来、こうして過去のことを話す機会はなかったな。
5歳の時のある出会いがきっかけだった。
あの頃の私はとにかく落ち着きがなくて、親や村の大人達の目を盗んでは村から少し離れた場所に冒険と称して遊びに行っていた。
あの日は、オブリー平原の真ん中に大きな岩を発見して、それで何を思ったのか上によじ登ってしまった。それがイワロックだとは知らずに。その時は魔物と言っても精々ボコブリンを遠くから見かけるだけで、あんなに大きな魔物なんて見たこともなかった。だから、上に乗った時に大きく揺れても「動く岩だ!」なんて馬鹿みたいにはしゃいでしまったんだった。
今思えば本当に馬鹿過ぎて笑ってしまう。聞いているリーバルも小さく吹き出したほどだった。
それでも全然危機感なんてものはなく、完全に立ち上がったイワロックに振り落とされてやっと、私は事の重大さに気付いた。気付いた時には視界一面空で、あ、これは死んだ、って思ったものだ。
その時に助けてくれたのが、私が弓の店を出すきっかけとなった人だった。いつまでも衝撃が来ないと思ったら、羽ばたくその人の背中の上にいつの間にか乗っていて、現状を理解できないまま少し離れた場所へと下ろされた。「ここに隠れているように」と念を押してからその人はイワロックへと向かっていき、そしてあっという間に倒してしまったのだった。
あの時の弓裁きと言ったら……力強いのに華麗で、とてもキラキラして見えたのを覚えてる。
初恋…と言うと少し大袈裟かな。年上の男性に魅力を感じるのは女の子なら誰しもそうだ。ましてや命まで救われているのだから。恋心よりは憧れや尊敬の方が近いけど。
その人は仕事でハテール地方まで来ていたらしく、何日かハテノ村に滞在するからと、時間がある時には私に弓を教えてくれた。
おじさんおじさんと呼んでいたため名前は分からない。あの時聞いておかなかったことを今も後悔してる。それでも、姿はずっと覚えているからもし今会ったらきっと分かるはずだ。
『そういえば、リーバルはどことなくあの人に似てるかも。羽の色はあんたと違って白だったけど』
「白?……えっと、それは何年前の話だって言ったっけ?」
『丁度20年前だね』
「20年前……」
『え!もしかして知ってるの?』
ぼそぼそと意味深に呟くリーバルについ期待の眼差しを向けてしまう。けれど、リーバルは若干言葉を濁した後に「いや、知らないね」と否定した。
少し怪しい気もするが、問い詰めたところで素直に話す奴でもないし、今日は一先ず見逃してやろうかな。
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