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僕は………何だ……?
誰だ………。
僕は一体誰で、今誰と戦っているのか。
どこか見覚えのある大きな弓を誰とも分からない相手に向かって引いた。
視界に入った自分の手は禍々しい光を放っている。何故だか分からないが、自分の手だと言うのにひどい嫌悪感を覚えた。
僕は何故彼らと戦っているのか。
どうしてもその理由を思い出せないけれど、何故だかそうしなきゃいけないような、そんな気がする。
ただひたすらに矢の雨を降らせ、新たな援軍がやってきてもすぐに蹴散らした。
僕を相手にしようだなんて100年早いよ。……あれ、なんでだろ。記憶も根拠もないのにそんなことを言う自信があった。
新たに矢をつがえ、援軍を率いる長とでも言おうその相手を見据える。
『リ……リーバル……!』
日も当たらない鬱蒼とした森の中、彼女の姿だけがくっきりと見えた。懐かしさを感じたその顔は困惑と憐憫に歪む。
『あぁ…っ!…なんてこと…!貴方も、だったのね……』
僕も…?
……あぁそうか…。思い出した…。
僕は……そうだ、ここではない別の世界、厄災ガノンによって蹂躙された世界線から呼ばれたんだった…。
あぁ…。こんなことなら思い出さなきゃ良かったよ…。ひどい記憶だ。
最後に見たのはユリネ、君の顔でも何でもなく、風のカースガノン─この僕を殺したヤツの醜い笑みだったのだから。
『私……貴方とは戦えないわ……っ!』
この世界の占い師は、厄災ガノンによって滅ぼされた世界線から僕らを呼んだ。世界をあるべき姿に戻すとか言っていたっけ。
カースガノンに取り込まれた僕ら英傑達の骸は、どろどろとした怨念の絶望や憎悪などの負の念に汚染されていた。
女神ハイリアの加護があったとは言え、英傑や勇者を失って過ぎた100余年という長い年月により、ついに怨念は僕らの高潔な魂をも蝕まみ、そして抗う術もなくもう1つの世界線であるこのハイラルに、英傑達の怨念として召喚されたのだった。
「……………」
声は出なかった。
ユリネは別の世界でもやっぱりユリネで、死ぬ前に一目会いたいという叶わなかった願いはここで果たされた。それなのに、彼女と会話をすることは許されないみたいだ。
立ちなよ。
そんなの君らしくない。
武器を手にしたまま戦意喪失するユリネ。
僕はそんな彼女を前にして武器を構えることしか出来なかった。
『…リーバルっ…!』
僕が惚れた唯一のヒトが、この戦場のど真ん中でそんな簡単に跪くだなんて、そんなの許さないよ。
『ッ…!』
宙を裂いた1本の矢は、彼女の背後から音もなく忍び寄る魔物へと突き刺さった。
『リーバル貴方…』
僕らを縛る占い師の力は強いけれど、ちょっとぐらいは反抗したって良いだろう?
今までハイラル軍を相手に共に戦っていたというのに、突然反旗を翻した僕に周囲の魔物は驚きが隠せないようだ。
あぁ、やっぱこうでなくちゃね。
怨念しか詰まっていないというのに胸が高鳴るのを感じた。
『貴方も共に戦ってくれるのね』
いつの間にかユリネと背中合わせになるように戦っていたみたいだ。
どのくらいの間そうして戦っていたかは分からないけれど、周りにはもう僕以外の魔物はいなくなっていた。
「痛い…!母ちゃん…!」
「こっちにも医療班頼む!」
「歩ける者は歩けない者の手助けをするんだ!」
ハイラル軍によって占拠された魔物の拠点には多くの怪我人が運び込まれていた。
元々僕らと戦っていた人達は、僕が彼らを手助けするのを見ていたからか何も言わなかったけれど、新たに運び込まれて来た人達は、僕のこの禍々しい姿を見て襲いかかって来てはユリネに止められた。
『貴方は…本当にリーバルなのね…。信じたくはなかったけれど…………本当に死んでしまったのね…』
ユリネの指示で、拠点の裏に僕とユリネは2人きりとなった。
どうやら、彼女は僕のことを "この世界線で死んだ僕" だと勘違いしているようだ。
僕がこんな雑魚魔物達に遅れをとるわけがないだろうと笑い飛ばしてやりたかったが、如何せん声が出ないため仕方なくため息をついた。
彼女は昔からそうだ。僕や仲間のこととなると視野が狭くなるし、下手に純粋なものだから敵でも何でもすぐに言葉を信じてしまう。…だから、今こんな勘違いをしているのもきっと、誰かの言葉を素直に信じてしまったがためなんじゃないか。
それに、この迷いの森ではこの世界線の僕はもちろん他の英傑達も見ていないし、そんな報告は受けていない。
ここで死んだわけじゃないのにここに僕の霊がいるのはおかしいだろう。
「ユリネ!離れろ!!」
刹那、風を切る音と共に複数の矢がその場に突き刺さる。
英傑の証である空色のスカーフをなびかせて、そいつは地上へと降り立った。
全く…自分のことながら本当に空気が読めないね。
『え…リーバル…?生きてる…?』
「ちょっと!ヒトを勝手に殺さないでくれるかなぁ!」
僕らの間に割って入ったそいつは、ユリネを庇うようにして弓を構えた。
ユリネは困惑に満ちた表情で彼と僕とを見比べる。
あれ…。
この世界線での2人が結ばれているのはなんと言うか…当たり前だというのに、何故だか心がざわつく。
そんなの考えもしなかったのに、胸の奥底からあいつへの憎悪が溢れてきた。
僕は最期の時にユリネに会うことも叶わなかったのに。……って、多少はそんな気持ちが僕の魂にこびり付いていたのかも知れない。
そんな些細な嫉妬心がガノンの怨念と共鳴でもしてこんな強い憎悪へと変貌したのだろうか。
ああ、なんて醜い。
でも、それ以上にこの世界のリーバルが憎い。
心の奥深くから溢れた負の感情は、更なる怨念となり僕を支配する。
憎い。こいつを蜂の巣にしてユリネを僕の物に。……いや待て、僕はいったい何を…。
ユリネをこいつから救ってあげないと…違う、待て、そんなこと僕は思ってない!
早く。早く!オオワシの弓を構えるんだ!!違う!やめろ!僕に指図するな!!!!
「なっ!?」
『ッ?!リーバルッ!!!』
腰に携えていた風切羽の剣を素早く抜き取り自らの首へと滑らせた。
先程のようには自由が効かない体も、武器を抜くことに関しては抵抗がなかった。…この剣で僕が彼らに挑むとでも思ったのかい?
はは。ざまーみろ。
僕の高潔な魂がこうも醜く犯されるだなんて耐えられるもんか。
そんなこと、絶対に許さないよ。
『……っ…リーバル……』
その場に倒れ込みどろどろと溶けだすこの体をユリネは抱え起こす。怨念の瘴気に毒されることも厭わないとでも言うのか。
彼女を制止するもう1人の僕の声を聞かない強情さを見ると、やっぱり僕の世界の彼女と同一人物なんだなと思った。
『…どうか安らかに……』
ああ……。
死ぬ前にユリネに会いたいという願いがここに来て叶うだなんて。とんだ皮肉だよね。
でもま、この世界に召喚されなかったら叶わなかったことだし、尾羽の先っちょくらいはあの占い師に感謝してやってもいいかも。なんてね。
何の未練もないと言ったら嘘になるけど、もう、いいかな。
このまま…。愛しい君の腕の中で消えてしまうのも悪くない。
「君も幸せになりなよ」
君に伝えることは叶わないけど、精々祈っててあげるよ。
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