欺いてでも生きていけ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あれから間もなくして、あの日の戦いを見ていたと言うハイラル王に、リンクと、そして私も、ゼルダ姫様の近衛として抜擢されることとなった。
リンクは選ばれて当然だとは思う。ところが、昇進したいと常々思ってはいたが、まさか私も近衛として選ばれるとは思わなかった。
新米兵士がたった1つの戦いを経て近衛兵に昇格するとは……大躍進だな。
母さんやあの子達に伝えたら驚いてくれるだろうか。それとも喜んでくれるのだろうか。
もしかしたら…心配されてしまうかもしれないな。
何にせよ、どこかで1度家に帰りたいものだ。
よくよく聞いてみると、この昇格には理由があった。
この間の平原での戦い以外にも、この国全土で魔物が大量に出現しているらしい。古に封印された魔王だかなんだかが関係しているとも聞いた。そいつの封印は年々弱まっていて、近々完全に解けて復活するだろうという予言が、国付きの予言師から出されているのだそうだ。
それで、その魔王とやらが復活した時に備え、あらゆる準備をするためにゼルダ姫様が国中を回るからと、取り急ぎで護衛の騎士が必要になったのだと。
任務とは言え家族をおいて遠出をするのは些か抵抗があったけれど、皆に楽な暮らしをさせたいという気持ちから護衛の話を受け入れた。
ゼルダ姫様やリンク達と行動を共にし、いくつか分かってきたことがある。
姫様は努力家で、責任感が強く、そして真面目だ。
姫様が訓練所にお姿を現した日などは、決まって食堂が姫様の話で持ちきりになっていたが、男ばかりの空間だからか下世話な話ばかりが持ち上がっていた。その中でよく聞こえてきたのが「出来損ないの姫」「無才の姫」という心無い言葉だった。
確かにまだ姫様は封印の力とやらに目覚めていないようだけれど、それでも努力を怠ったことはないし、自分の責を別の形で果たそうともしている。
彼女は…尊敬に値する人だ。
近衛となったからには、ゼルダ姫様を軽んじる輩から守ってあげたい。
姫様は、古代の遺物の調査や研究などに携わっているからなのか勘が鋭く、私が女だということもすぐに見破られてしまった。幸い2人だけの時に言われたため誰にも聞かれてないとは思うが、誰にも伝える気はなかったというのに理由を話さざるを得なくなってしまった。
今では話して良かったと思ってはいるけれど。
リンクの方は、戦闘技術が並のものではない上に、剣だけでなく槍でも両手剣でも弓でも、私の見た事のない武器でさえも上手く使いこなせる器用さを持っていることがわかった。
全ては元々の才能やセンスのおかげだと思われがちのようだが、旅の途中で人知れず鍛錬を行っているところはよく見かけたし、きっと昔から努力を続けて来た結果こうして今実っているのだろう。
涼しい顔をしていることが多い上に本人もあまり自分のことを話さないから、きっとそれで誤解を生んでいるのかもしれない。
変に器用なくせに、人との関わり方においてはそこそこ不器用だなんて、私が言えたことではないが難儀な話だ。
それなのによくも私に構うことができたなと思わなくもないけど、元々人の事を放っておけない優しい性格なのだろう。
盾で弾き返すあの技を教えて欲しいと頼んだ時には快く引き受けてくれ、私がある程度習得するまで付き合ってくれたりと面倒見もよく、あれ以来色々な技術を教えて貰っている。
『…………』
リンクへの小さな好意は、旅が進む中で少しずつだが確実に積もっていった。
ゼルダ姫様への尊敬の念も、同じように少しずつ。
今まで友達も恋人もほとんどできたことがなかったから、恋だの愛だのの確証はないが、親愛以上の感情を2人に持っていることだけは確かだ。
けれど、旅も終盤を迎え、幾度も戦いの日々を共有する頃には、姫様のリンクを見る目が変わっていっていることに気が付くようになった。
信頼と、親愛。いや、それ以上の、それこそ私がリンクに寄せているような、それ以上のような。
それはリンクの方にも同じことが言えた。ゼルダ姫様への接し方は最早ただの姫と騎士ではない。愛と言うより……忠信。
恋や愛よりももっと強く太い何かで結ばれているかのような、まるで生まれながらの使命だとでも言うような。
本当はずっと前から信頼関係を築いていたのではと思うほどに、二人の間に強い絆を感じてしまう。
リンクは何も気付いていないようだが、私はこの2人を傍でずっと見てきたのだから。
接した期間は長くはないけれど、密度のある時間を共に過ごして来たのだから。
この2人の間に割って入ることはできない。
2人と接すれば接するほどに、痛いほどよく分かった。
「クヌギは、リンクに想いを告げないのですか?」
『……え、は?』
心臓が跳ねた。今手に何かを持っていたら、きっと落としていただろう。
姫様の目を見つめ返しても、その質問の意図は分からない。私が姫様を見て察したように、彼女もまた私の態度を見てそう判断したのだろうが…。言うなれば恋のライバルにこんなことを聞くのは何故なのか。先を越されるかという不安なのか、純粋に私のことを考えてなのか…。姫様のことだからきっと後者かな。
『私は……リンクに何も伝えるつもりはありません』
「…あなたが女性であるということも?」
『…………はい』
姫様がそうだったように、きっとリンクも、私が女であろうとなかろうと態度は変わらないだろうし、秘密だって守ってくれるだろう。
けれど、この想いと同様に自ら真実を告げることはしない。
私は、姫様には幸せに生きて欲しいと思う。いや、幸せになるべきだ。
そのためには、私という障害があってはいけないのだから。今までもこれからも、リンクの中で私は男のままであり続けるべきだ。きっと、お互いその方がいい。
初めてできた友人を騙し続けるのも気持ちを押し殺すのもつらく苦しいけれど。それでも、これからも2人と共にあれるように。
自分自身の心さえも…欺いてでも生きていこう。
欺いてでも生きていけ