全てはここから
「エエェアアアアァァァ!!!!!!」
盾を構えて突っ走り、ボコブリン達を蹴散らした。
これで400だから、あとは大体600くらいか。
時間的にも余裕があるし、今回も楽勝そうだ。
敵の群れへと移動している最中、フィールドの端っこで待機させられているインパさんが目に入った。
戦いたくてしょうがないって顔をしている。
可哀想だけど、仕方ないよなー。
今のところこのマスターソードに攻撃力で勝てる武器はないし、それに何より、このプレイヤー俺のこと大好き過ぎて滅っ茶苦茶乱用してくるから。いや大好きなのかは知んないけど、なんで俺だけレベル90超えてんのさ。他の人達のレベルも上げてあげろよプレイヤーめ。
「シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!」
わ、クソッ、回避連発すんのやめろ!
時オカとかムジュラとかと違って別に移動速度早くなったりしないから!むしろ遅くなるから!
やがて撃破数は1000体を超え、勝利のファンファーレが響いた。
……はい、来るぞ。
「シュッ!」
回避、からのフィールドをただぐるぐると走り回り続けるこの無駄な時間。なぁプレイヤー、知ってる?この時間ってスキップ出来るんだよ?
俺の時に限ってこうして走り回されるので、他の人達は俺だけが高頻度で戦わされたりレベル上げされまくったりすることについてを羨まなくなった。いや別にレベルが高いから走らされてるわけじゃないと思うんだけど。
一瞬の暗転と同時に現れたエポナを追って跨り、俺が思う中で一番凛々しい顔で剣を構えた。
世界が暗転する。
スリープモードか。今日はこれで終わりみたいだ。
「リンク、お疲れ様です。やはり今日も愛されていましたね」
「あぁ、ありがとうございます、ゼルダ様。
愛だなんて、やめてくださいよ。違いますって。
…ところで、インパさん見ませんでした?」
ゼルダ様からタオルを受け取り汗を拭う。
プレイヤーのプレイ中に汗は流しちゃいけないからな。キャラクターは大変だ。
戦闘中に手に入れた妖精達のフードを半分渡そうとインパさんの場所を聞くと、訓練所に行ったという返事をいただいた。
「何かご用なら、私もインパに会いに行くのでついでに承りますが?」
と、さすが我が国の女王は懐が広い。が、そんな伝令兵みたいはことは一介の兵士(つまるところ俺)がするべきなのでやんわりと断った。
「いらん。
私は今回、それをもらうに見合った働きをしていない。
それに、それはお前が手に入れたものだろう」
いやそれはそうなんだけどさ。
そんなこと言ってたらあなたのところの妖精餓死しますけど。
ゲームシステム上はプレイヤーがフードをあげて妖精を育てることにはなっているが、それだけでは足りないので、みんなが一人ずつ、こういった裏の時間にフードをあげて育成している(ちなみに俺はプロクシィともう一人の計2人)。…のだが、フードは一度の戦闘で多くても3つしか手に入れられないことになっているから、わりと妖精達はみんな、ほぼ常に腹空かし状態だ。
それにしてもゲームマスターはひどい。ゲットできる妖精の数に対してのフードのドロップ数が圧倒的に少なすぎる。餓死はしなくてもこれでは可哀想だ。
それからかなりの時間が経った。
が、スリープモードはいつまで経っても解かれず、電池が切れそうになった頃に充電される、といった日々がしばらく続いた。
現実世界の時間にして一ヶ月弱。
訓練をしても強くなるわけではないからやる気が起きず、俺達キャラクターは全力で暇を持て余していた。
「いっそのこと電源切ってしまえばいいのに」
何人のすれ違いリンクが助けを求めて来て、そしてそのまま放置されているのだろうか。
これでは充電するだけ、すれ違うだけ時間の無駄だ。
「あー、もしかしてリンク、寂しいんでしょ。
私達はこのプレイヤーにそこまでの愛着は持ってないけど、リンクは今まで何度も一緒に戦って来たからね~」
俺の呟きにラナが反応した。
愛着無いって、案外酷いこと言うよな。まぁごもっともなんだけど。
適当に流して、俺は考えごとをするために誰もいないところへ
と向かった。
必然的にそれはフィールドになってしまうわけで、オフを満喫している魔物達がそこかしこにいる。
一人にはなれないが、話しかけられないだけいい。
リンク、寂しいんでしょ。
ラナの言葉が頭の中を巡って離れない。
いやいや、そんなわけないだろう俺。
単に、いつもやってるプレイヤーが急に来なくなったから少し驚いているだけだ。
そんな、俺が、たかだかプレイヤーの一人を恋しがるだなんて、そんなのありえない。
しばらくして、やっとスリープモードが解除された。
画面が開かれる様は、まるで立ち込める暗雲に差す一筋の光のようで、俺でさえやっと戦えることに喜びを感じてしまった。
しかし、予想というか願望というか、それらに反してプレイヤーが選択したのは俺ではなく、俺と同じ名を持つ"子ども"のリンクだった。それに伴いプロクシィはムジュラの方へと行ってしまう。
「……………は……?」
頬が引きつるのを感じた。
もちろんバトルには参加させられる。が、プレイヤーが使うのはあくまで子どもの方で、俺は予備軍だった。
「無双君どうしたの?いつにも増して荒れてるね。
強いのは良いことだけど」
「荒れてる?俺が?」
「今日のリンク、なんだかちょっと怖いな…。
だって……」
自分では気が付かなかったけれど、プロクシィに指摘されてダイナフォスの死体を未だに切り刻んでいたことに気が付いた。
「そんなことされてると気が散って邪魔だから、ラナと一緒に本拠地守るのをお願いしたいな。僕、ちょっとガノンドロフ殺ってくるから」
「…っ俺が!なんで!こんなこと!」
怒りを剣に込めてただただ振るった。
溢れ出る敵はそれでも尚尽きず、それがまた俺の怒りを増幅させて、負のスパイラルに陥っていたところ、能天気なラナがぽてぽてと近寄って来る。
「リンク、プレイヤーに命令されてるけど行かないの?」
「……俺、もうボイコットしてやるから」
「………へ?」
ボイコット?
俺の発言に目を丸くしたラナは、すぐにキッとした目つきになった。
「いい加減にしなよ!自分がメインじゃないからっていじけて、挙句の果てには仕事を放棄して!
どんな形であっても、プレイヤーと一緒に戦うことが私達の誇りなんじゃないの!?」
「っ……!」
珍しく怒鳴るラナに、自分が今まで何をしていたのか、何をしようとしていたのかに気が付いた。
けれど、心の中のモヤモヤはどうしても消えなかった。
「リンク、何か事情があるに決まってるんだから、とりあえずバトル中は真剣にやろう?
ごめん、強く言って」
「…いや……俺も悪い」
幸いにも、このあとはずっとメインがムジュラの奴でサブ無しのバトルだったので、バトルが終わると俺はそのままハイラル平原を立ち去った。
どんな形であっても、プレイヤーと一緒に戦うことが私達の誇りなんじゃないの!?
どんな形であっても…って…。
「そんなの、良いように使われているだけじゃないか…。
俺さえいればクリアなんてわけないのに」
なんで急に俺はメインから外されてしまったんだ。
ここまで育てて来たのは他でもないプレイヤーで、俺の強さを知ってるのもプレイヤーただ一人なのに。
なんで…。
「まるで恋しているようですね、リンク」
背後から近付いてきた気配に顔をしかめた。
今は一人になりたいんだけど…。
俺には一応兵士という立場があるので、文句は顔にも口にも出さないが。
「恋って…そんな顔も性別も分からない奴にそんなこと思いませんよ」
「まあ!
では、顔や性別さえ分かればありえるということですね!」
「それはっ……分からないですけど…」
「ふふ、冗談ですよ。
隣、いいですか?」
返事をする間もなくゼルダ様は隣に腰掛けた。
聞くなよ。
しばらく沈黙が続いた後、ゼルダ様は思い出したように「あ」と呟いた。
「そういえば、今ムジュラの仮面のリンクが着々とレベルを上げているそうですよ」
「………それがどうしたんです?」
「気付きませんか?」
何が言いたいんだこの女王様は。
考えてもやはり答えは分からず、遠慮気味に首を横に振ると、ゼルダ様は「マジかよこいつ!ありえねえ!」とでも言いたそうな顔になった。
「飽きられたわけではありませんから、安心してください」
そんな風に微笑みかけられても、何故根拠もなくそんなことが言えるのだろうと、やはり意味が分からなかった。
それから数日経ってムジュラが俺と同じくらいのレベルになった頃、プレイヤーはまた俺を使い始めた。そして、今までは割りと適当に選ばれていたサブはムジュラで固定になった。
「無双君、今日もよろしく」
「ああ」
「にしても、僕、強くなって来たでしょう?
プレイヤーが頑張ってレベルを上げてくれたんだ。スロースターターだったからって。
これでやっと君と肩を並べて戦えるから嬉しいな」
「……スロースターター?」
俺の疑問に、ムジュラは一瞬キョトンした後腹を抱えて笑い出した。
「あはは!覚えてないの?
アドベンチャーの冒険マップで、無双君が僕のことを開放してくれたのに!」
ムジュラ曰く、マップの中でも特に一番端っこにいたから、必然的にも開放するのが一番最後になってしまったのだそうだ。
正直、ただただひたすらに戦い続けてきただけだから、いつどこで誰を開放したのかなんて把握しておらず、気付いたら人が増えていた、という今思えばとても適当な認識の仕方をしていた。
「……あ………?」
プレイヤーが俺を使わなくなったのも、突然サブとして選ばれたのも、全ては、一番スタートが遅かったムジュラを育てるため?
じゃあ、ということは…。
「俺、飽きられたわけじゃなかったんだ……」
俺の呟きに、またムジュラは爆笑していた。
でも、今はそんなことはどうでもいい。
良かった。
本当に…。
顔も見えないプレイヤーに抱いた気持ちに気付くのはまだまだ先の話だけれど、きっと、そのきっかけはこの一件だったんだろう。
全てはここから