結婚願望
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『リーバル様は結婚したいとか思わないんですか?』
「…………は……?」
矢は的よりも大きくはずれ、そのまま後ろの木へと刺さった。あーあ、変なこと考えるから。
的に向かって弓を引きながらこの場に似つかわしくない質問をしてきた彼女の名はシナト。風の巫女だか何だかの生まれ変わりらしい。族長に護衛を任されたために、渋々といった形で四六時中一緒にいるわけだけど、一体何からこんなちゃらんぽらんを守るって言うんだろうね?
ま、それはともかく、本来であれば彼女はただ僕に守られていればいいわけなんだけど、このお転婆娘がお淑やかに日々を過ごせるはずもなく、せがまれ頼まれ、仕方なく弓の扱い方を教えている次第だ。
全く、面倒くさい…。ま、僕に弓の使い方を教えてもらいたい気持ちも分からなくはないけど。
『…リーバル様?』
そう言えば、いつからシナトは僕のことを様付けで呼ぶようになったんだっけ。子どもの時は確か呼び捨てだったはずだけど。
……あぁ、僕がリトの英傑に選ばれた時だったか。名前の呼び方なんて別にどうだっていいけど、あのシナトが族長に言われるまま素直に様呼びするとは思いもしなかったし、それにまさか敬語も流暢に話せるなんて思わなかったから、あの時はとても驚いた記憶がある。
小さい頃からずっと一緒にいたはずなのに、なんだかんだ彼女のことは全然知らないな。
何の脈絡もないこのタイミングでこんな馬鹿みたいな質問をしてくる辺り、彼女も僕のことは何も分かっていないのだろうけど。
『おーい?リーバル様ー?』
「あのさ、答えの分かりきった質問なんてしないでくれる?」
『あ、そうですよね。思わないですよねー』
だって明らかに結婚とか面倒くさがりそう。
ぼそりと呟きながらシナトは的に向き直り弓を構えた。
失礼だな。
確かに女という生き物は男よりも面倒くさそうだけど。
でも、
「君となら、してみたいね」
僕が教えた通りに弓を引くシナトの後ろで小さく最初の質問に答えれば、彼女の長い耳がぴくりと揺れた。それと同時に、放たれた矢は的のかかる木にすら届かず地面へと突き刺さった。
ばっと勢い良く振り返るシナトの顔はやや赤い。別にわざわざ聞かせようと思って言ったわけじゃないけど、どうやらしっかり聞こえていたらしい。
初めて見るシナトの反応に僕の加虐心がくすぐられる。人を苛めるのが特別好きなわけじゃないが、こんな初々しい反応を見せられたら誰だってからかいたくなるだろう。
うん。きっと僕だけじゃないはずさ。
「何してんの。矢が的を射抜くその瞬間まで集中は欠くなと何度も言ってるだろ」
『だ、だってリーバル様がっ…!!』
「僕が何?何かした?」
素知らぬ顔で問えば、更に顔を赤くして彼女は言い淀んだ。
なんだこれ。やっぱりシナトは面白いな。
彼女にはたぶんばっちり聞こえていたと思うけど、例え僕が言った言葉だとしても、自分がそれを口に出すのは恥ずかしいだろうね。
相当悔しいのか、彼女は赤面したまま涙目でこちらを睨みつけてくるが、正直逆効果だと思う。こういう面も含めて面白いんだよね。
『っ…何でもないです……』
「ははは、精進しなよ?」
『…私の事、からかってません?』
「僕はそんなに暇じゃないよ。ただ、君にはまだ早いというだけさ」
『なんですかそれ…』
だってそうだろう?君は未だに僕のことを、ただの幼馴染か英傑の一人かぐらいにしか思っていないのだから。
頬を染めるようになったのは大きな進歩だとは思うけど。
大体、鈍感過ぎるんだよね。昔から結構アプローチしていたつもりだったけど、どれもこれも華麗にスルーしてくれちゃってさ。僕が他の女の誘いを断ることにも何の疑問も持たないし、彼女の頭の中には一体どんな花畑が展開されているんだか。
「君が大人になったら教えてあげるよ」
この調子だとそんな未来一生来なさそうだけどね。
彼女が僕の気持ちに気付くのが先か、痺れを切らした僕が無理矢理シナトに教え込むのが先か。
……僕にも予測出来ないな。
ぶつぶつと文句を言いながら弓の練習を再開する。ま、彼女にとっては色恋事よりこっちの方が大事かも知れないし、それならそれでまあいいけどさ。
いつかきっと、君を僕のものにしてみせるから。
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