想いへ名前をつけられたのはいつだったか
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この想いに名前を付けられたのはいつのことだっただろう。
最初は彼のことが嫌いだった。
高圧的で偉そうで、いつも上から目線でものを言う。
でもその"嫌い"はすぐに"好き"に変わった。
族長の命令でとはいえ、私が風の力を使いこなせるようになったのは彼のおかげだから。そして何より、彼は私の命の恩人だから。
リーバル様のことが好き。
でも、この"好き"は幼い頃の"好き"とは違う気持ちなんだ。
ある出来事を境にして、彼の姿を見かけるとつい目で追ってしまうようになった。
一言でも話せるととても嬉しくなるようになった。
彼が触れたところが熱くなるようになった。
あれは確か……そうそう、リーバル様が初めてお父上と一緒にマモノ討伐の任務に出た時…だったかな?
あの日、リーバル様の活躍を見させてもらおうと思い、こっそり後ろからついて行ったらライネルに見つかってしまったんだよね。
上位種のライネルは、攻撃さえしなければしばらくこちらの様子を伺うという習性があるんだけど、リーバル様がボコブリン達を一掃する姿を見ていてそのことに気づけず、矢が私の服を地面に縫い付けて初めて、ライネルの存在に気付いた。
腰が抜けて立てなくなる私に、弓を使う必要はないと判断したのか大剣に持ち替えじりじりと詰め寄ってきて、私には目をぎゅっと瞑って頭を抱えて小さくなることしか出来なかった。
「シナト!!」
想像していた痛みの代わりに、今よりも幾分か高めの私を呼ぶ声が振ってきて、そっと目を開けると、私を庇うようにライネルと対峙するリーバル様の姿があった。
今ならなんてことないだろうけれど、その時はリーバル様もまだまだ子どもで、ライネルなんかには到底適わないって分かっていたはずなのに私のことを守ってくれた。そのライネルを倒してくれたのはリーバル様のお父上だけれど、身を呈して私を庇ってくださった彼を、リーバル様を、生涯想い続けるだろう。…………………なーんて。今でも思い出すと胸がドキドキする。もうこんな昔のことはリーバル様も忘れてしまったかな…。
はぁ。
それにしても、彼のことはこうやってすぐに思い起こせてしまうのだから、どれだけ彼を好いているのだと自分で自分に呆れてしまう。
小さくため息をつき、散歩にでも行こうと自宅を出ると、広場で黄昏ているリーバル様を発見した。心
『浮かない顔してどうしたんです?』
「……無言で背後を取るなんて悪趣味だよ」
『私、ちゃーんと声掛けましたよ?今』
リーバル様の雰囲気につられないよう、ニッと口角を上げて見せた。
「…………。
……君の事を考えてたんだよ」
一瞬、ドキッとした。
私のことを考えていただなんて嬉しいな…。
けれど、リーバル様のことだ。きっと私の考えているようなこととは違うことを言っているのだろう。
『……私の事…ですか?』
「あぁ」
…となると、思い当たることとしては何があるだろう…。
顎に手を添え考える。
「ち、ちょっとシナト?何してるわけ?」
『え?私が何かしてしまったのかと思いまして。心当たりを探してました』
「心当たりって探すものじゃなくない??」
何故リーバル様は狼狽えているのだろう?
幼い頃から一緒にいて、だいぶ彼のことが分かってきたつもりではあったのだけれど、私もまだまだみたいだ。
あぁ、本当になんで私なんかが彼のことを好きになってしまったんだろう。
この年頃の普通の女の子が分からない。私がもっとちゃんとした普通の女の子だったなら、彼は私のことを好きになってくれたのだろうか。
私は私にしかなれないから、実際どうかなんてわからないけれど。
あるいは、私に女性としての魅力があれば、彼は私を受け入れてくれるのかな?
………いや、彼は何人もの魅力的な女性から求婚を受けているはずだし、そうとも限らないのかな?
もしかして、女性に興味がなかったりするのかな…。
それとも…リーバル様の中で、私はまだまだ子どもの頃のままで止まっているのかな…。
ちらりとリーバル様の顔を盗み見ると、なんとも言えない表情を浮かべる翡翠と目が合った。
『リーバル様…?私、やっぱり何か…?』
自分でも眉が八の字になっているのが分かる。
心当たりがあることと言えば、族長に「リーバルとお食べよ」ともらったイチゴ大福を1人でこっそり食べたこととか、リーバル様のお茶にポカポカ草の実を煎じて入れたことぐらいだけれど、これについてはもう謝って、彼も許してくれたはずなんだけれど…。
考えれば考えるほど分からなくなるなぁ…。
「シナト」
ふいに名前を呼ばれて顔を上げると、リーバル様はその長い指をビシッとこちらに向けて早口でまくし立てた。
「早く大人になってくれよ…。
出来るだけ早急にね!!」
早く大人になれと言われても…。
ぽかんと立ち尽くす私に背を向け、彼は空へと飛び上がった。
自分ではもう大人な気持ちでいる私に早く大人になれと言われても、自分のことながらすぐにどうにかなるとは思えない。
でも、彼の性格上きっと言わずにはいられなかったんだろうな…。
どのように接すれば彼に私の気持ちが伝わってくれるのか、正直分からない。
それに、仮に分かったとしても、そのことが原因でこの関係が終わってしまったらどうしよう…………。
そんなことを考えると、今の関係があるだけ…わざわざこの幸せな日々を壊さずとも良いのでは……と、せっかく名前のついたこの想いを、どうしようもなく忘れたくなった。
想いへ名前を付けられたのはいつだったか