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「うわっ」
くん、と背後から髪を引っ張られて体がよろけた。事務作業を一区切りつけ、お茶でも淹れようかと立ち上がりかけた矢先に再び座布団へ引き戻される。
何事かと背後を振り替えると、いつの間にそこへ居たのやら、チップが漫然と寝転がっていた。畳に頬杖を付き、もう片方の手で私の髪先を弄んでいる。
「チップ!びっくりした」
「忍は気配を消せるからなァ」
自慢気に声を張るが、彼の目線は私の髪の毛先から離れない。くるくると指に巻いて、しゅるりとほどく。何が面白いのか、元来じっとしているタイプではないはずの彼が手遊びにご執心だ。
どうせ休憩しようと思っていた所だ。半身になって膝を崩す。見下ろしたチップの指先は何度も何度も黒い髪の中を舞う。
その手は私よりずっと大きくて、逞しい。
かさかさとした皮膚は所々豆になって盛り上がっており、戦闘で傷付いたのか切り傷の跡が白んで見える。破けた皮膚はたまに髪へ引っ掛かるようで、何本か解れて束から外れた。
「…楽しい?」
「ンぁあ、楽しいぞ。サキの髪は黒くてツルツルしてて綺麗だ。芯があって真っ直ぐで…アンサーや俺みたいに広がらねーんだな」
チップがふわりと瞳を細める。日本画やコロニーの紅葉を眺めている時のような穏やかな笑顔。修行をしたり戦ったり、"オカシラ"としてあちこちを駆け回る時の張り詰めた彼からは想像もつかない緩やかな空気。
チップが頬杖を付いていた腕を崩し、ずるりと頭を畳に預ける。行き場を失った腕がゆうるりと揺れ、私の腰に前腕がぶつかった。触れた位置が位置だけに驚いて腰を反らすと、腕が腰骨に沿って僅かにずり落ちた。そのままウエストで引っ掛かって止まる。
「良い髪だ。大事にしろよ」
チップはそんな私の動揺などまるで気付いていないようで、気にせず髪を鋤いている。
チップが一束を取って鼻へ擦り寄せ、目を閉じる。チップの呼気に合わせて彼の肩が揺れる。
「ツバキの匂いだ」
「チップのくれた椿油だよ」
窓から夕日が差し込んでいる。
チップの青白い肌がオレンジ色の光を帯びる。白く柔らかそうな髪が波間のように輝き、幾重もの影を作っている。
「チップも同じの使ってるの?」
そんなの、ただの口実だった。
覆い被さるようにチップの頭上へ屈む。ふわふわと揺れる毛先が頬に当たりそうなくらいまで近付くと、私と同じ椿の香がした。
椿の匂い、彼の転がる畳の匂い。ここへ来るまでに修行を終えてきたのだろうか、落ち葉と土の匂いもする。
犬や猫を撫でるようにわしわしとその髪を撫でてみる。それは長毛の猫のように柔らかで、しかし野良猫のようにごわついていた。
触れた地肌はすぐそこに頭蓋骨があるから固い。
ヘッドスパのように指の腹で強めになぞると、指の間を白い髪がすり抜けていった。
「好きだなぁ」
「何が好きだって?」
思わず口に出ていた独り言をチップが拾う。
彼の顔が見れるように少し体制を持ち直すと、私が被さった事で先程より多くの黒髪に埋もれた彼の瞳とかち合った。
真っ赤な瞳に白い睫毛。
色素を失ったそれらが私の作る影の中で煌めいていた。彼の薄い唇がすっと伸びて弧を描く。
「何が好きだってんだ?言ってみろよ」
「チップの髪と、目と…」
腰に触れていた方の手が持ち上げられ、私の頬を撫でる。
「手は?」
カサついた大きな手指はそのまま耳を捉え、親指が下唇をなぞる。もう片方の髪を掴む手に頭部を支えられた。
「手も、大好きだよ」
仰向けに寝転がるチップが私の頭を引き寄せる。
体を支えるために畳へ肘をつくと、私がチップを押し倒しているような体制になった。彼の細身ながらしっかりした胸筋は、下敷きにされても私の体重ごときではびくともしない。
「そんなモンだけか?」
パサ、と私の髪が重力に従って流れた。
黒い髪は畳にふわりと広がる白髪と重なって、簾のように余計な景色を隠してくれる。
その手に引き寄せられるまま、チップの顔へ近付いていく。赤い瞳は分かりきった返事なんてもう求めてはいないようで、自信に満ちた様子で真っ直ぐ私を見詰めている。
彼の西洋人らしい高い鼻に、私の鼻が触れた。青白い肌は透き通るように美しくて、いっそ不気味だと評する人間が居ても納得できる。
血色の悪い唇が薄く開いたのを見て、私は彼に身を預けた。
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