鋭百

「えーしんくん、ヌードデッサンさせて」
「そうきたか…」
百々人の言葉に肯定でも否定でもない返事をする。まさに全くの予想外で、美術に関する乏しい知識をかき集めながら、逃すまいと裾を掴み捕らえて真剣な顔で見上げる百々人の手元に広がる無数の迷いの跡に理には適っていると理解し始めるものの、素直に腑に落とせないのは百々人の表情にほんの少しだけ、いいことを思いついたというような無邪気な好奇心めいたものが混ざっていながらも、その無垢さに似合わないと感じる衝撃の単語だった。
「もちろん固いものじゃなくていいよ、本を読んだりとか、映画を見てたりとか、自然にしてていいから。…さすがにダンス練習とかはやめてほしいけど。」
「裸で踊るわけがないだろ」
「それはそれで見てみたいけどね」
ひらりと笑いながら百々人は裾を掴んでいた手を放した。掴むものを無くした手は描き散らかした紙の上に転がって、そこにずるりと沈むように百々人が伏せる。
ほんの些細なことでも手助けができることがあればなんでもしてやりたいと思って声を掛けたのは本当だ。求められたのなら応えたい。あまり深く考えまいと蓋をするように息を吐いた。
「分かった、どうすれば良い?」
百々人に掴まれていた裾に手をかけると、軽く叩くように止められた。
「ちょっとまだ待ってて」
広げていた紙を真新しく改めて、鉛筆を持ち直す。空気をも張り替えられたかのようで、息が冷たく、重くなる。用意を整えた百々人の表情は、全てを見透かさんとする純粋な真剣さだけだった。
「じゃあ、お願いします。」
声色はどこまでも柔らかいのに見開かれた眼差しが刺さるようだった。紙の上で芯先が滑る音に、試験の始めを告げる声を聞いた気がした。一問目から分からない問題にあたったみたいに手が止まる。百々人が紙に見たものを映す音を聴いていると、見定めるような視線に刺される。脱いで、と口にはしないが眼がそう指示していた。分からないなりにも応答しなければと一枚一枚衣服を脱ぐ。衣擦れの合間を裂くように鉛筆の音が聞こえる。腕や服で視界が遮られる合間も視線が途切れないのを感じる。別に百々人の前で裸になることが初めてではないが、こうして一挙手一投足、身体の隅々までを観察されるのは初めてで、まるで眉見鋭心という個体に点数をつけられているような心地がした。肌の全てを白日に晒して漸く百々人が口を開いた。
「ありがとう。楽にしてていいからね、本とか読む?」
掛けられる言葉と共に視線も向けられているのに百々人と目が合わない。どのぐらいかかるかは分からないが長くなる予感にとりあえずその場に座り込むことにした。
「今特に読みたい物は無い。気にせず続けろ」
はた、と百々人の手が止まる。目があって少し考えた様子の後、覚悟を決めたかのようにわかったとだけ返事をした。眼をカメラのように動かしている百々人が自分という個体をどう評価するのか。そちらの方がずっと興味がある。その過程を観察したいと、気付けばポーズは決まっていた。
7/7ページ