鋭百
気怠い朝だった。どことなく重たい身体を仕方なく起こして時計を見る。午前十時半。時計の表す時間にしては薄暗すぎるな、とぼんやりとその数字を眺めながら、ノイズが聞こえることに煩わしさを感じ、カーテンの隙間から窓を見やると、無数の水滴とその向こうに重たい空が見えた。
ため息をついて、昨夜招いた人の名前を呼ぶ。人の気配が返ってこなくて、気持ちが騒つく。焦燥と苛立ちが混ざって部屋中を探すも誰も居ない。洗って片付けられた食器も畳まれたタオルも自分の物だがそんなことした覚えも頼んだ記憶も無くて余計に腹が立つ。どこにも誰も居なくて最後、玄関には自分の靴だけが揃えられていて。裸足でそれを履いて、扉を少しだけ開く。傘立てには見慣れた乾いた傘が一本と、抱き切ってないビニール傘が一本。どうしようもなく腹が立って長く息を吐く。ガチャガチャと余計な音を立てて扉を締め、乱雑に靴を脱ぎ散らかす。ぺたりと裸足がひんやりと少し湿気を帯びた床に張り付いて、うんさりともう一度ため息が出た。冷えた部屋の空気に頭が冴えて、ほんの少し反省して靴を揃えた。
「マユミくん昨日どうやって帰ったの?」
次の日、彼を見つけて一番にまず聞いた。少し驚いた様子でこちらを見て、何かを考えるように一度目線を逸らして、観念したように口を開いた。
「俺が起きた時には小雨だったから、あまり長々と邪魔をするのも百々人を起こすのも気が引けて黙って出てしまった。だが、礼も言わずに出て行ったのは失礼だった。すまない。…何かあったか?」
「あるよ。小雨でもまだ雨降ってたんでしょ。なんで傘持っていかなかったの?
コンビニで二人で買ったやつ置いていったでしょ?」
「…そんな気にする程降ってはいなかったからな」
その間が、その眼差しが、口調が、嘘なのか本当なのかは分からなかった。実際にどのぐらい降っていたのかなんて調べようも無いし調べても意味は無さないのは明らかだ。でも。
「なに、それ。じゃあ泊めた意味ないじゃん」
あの夜、土砂降りの帰り道に二人して折畳傘が壊れた。傘なんか意味がないぐらいに降っていて、他の誰かを頼る選択肢も浮かばない僕たちは気休めに傘を一本だけ買って、なんとか逃げ込める距離にあった百々人の家で様子を見ることにした。その時よりかは幾分か雨が弱まっていたにしても、結局濡れて帰らせることになるんだったら。あまつさえ、余計な気を使わせることになるんだったら。
「百々人の善意を無下にしてしまってすまない。泊めてもらったのは感謝している。ありがとう。」
……僕はマユミくんにどうして欲しかったんだろう?内側に曇り空よりも不確かで重いものが溢れ出そうで押し込めるように乾いたビニール傘を突きつけた。
「あげる。これは、マユミくんが持ってって。」また少しの間をあけて、わかった、と声がしたのを見上げた瞬間、ああ、また間違えたと芯が凍えた。
ため息をついて、昨夜招いた人の名前を呼ぶ。人の気配が返ってこなくて、気持ちが騒つく。焦燥と苛立ちが混ざって部屋中を探すも誰も居ない。洗って片付けられた食器も畳まれたタオルも自分の物だがそんなことした覚えも頼んだ記憶も無くて余計に腹が立つ。どこにも誰も居なくて最後、玄関には自分の靴だけが揃えられていて。裸足でそれを履いて、扉を少しだけ開く。傘立てには見慣れた乾いた傘が一本と、抱き切ってないビニール傘が一本。どうしようもなく腹が立って長く息を吐く。ガチャガチャと余計な音を立てて扉を締め、乱雑に靴を脱ぎ散らかす。ぺたりと裸足がひんやりと少し湿気を帯びた床に張り付いて、うんさりともう一度ため息が出た。冷えた部屋の空気に頭が冴えて、ほんの少し反省して靴を揃えた。
「マユミくん昨日どうやって帰ったの?」
次の日、彼を見つけて一番にまず聞いた。少し驚いた様子でこちらを見て、何かを考えるように一度目線を逸らして、観念したように口を開いた。
「俺が起きた時には小雨だったから、あまり長々と邪魔をするのも百々人を起こすのも気が引けて黙って出てしまった。だが、礼も言わずに出て行ったのは失礼だった。すまない。…何かあったか?」
「あるよ。小雨でもまだ雨降ってたんでしょ。なんで傘持っていかなかったの?
コンビニで二人で買ったやつ置いていったでしょ?」
「…そんな気にする程降ってはいなかったからな」
その間が、その眼差しが、口調が、嘘なのか本当なのかは分からなかった。実際にどのぐらい降っていたのかなんて調べようも無いし調べても意味は無さないのは明らかだ。でも。
「なに、それ。じゃあ泊めた意味ないじゃん」
あの夜、土砂降りの帰り道に二人して折畳傘が壊れた。傘なんか意味がないぐらいに降っていて、他の誰かを頼る選択肢も浮かばない僕たちは気休めに傘を一本だけ買って、なんとか逃げ込める距離にあった百々人の家で様子を見ることにした。その時よりかは幾分か雨が弱まっていたにしても、結局濡れて帰らせることになるんだったら。あまつさえ、余計な気を使わせることになるんだったら。
「百々人の善意を無下にしてしまってすまない。泊めてもらったのは感謝している。ありがとう。」
……僕はマユミくんにどうして欲しかったんだろう?内側に曇り空よりも不確かで重いものが溢れ出そうで押し込めるように乾いたビニール傘を突きつけた。
「あげる。これは、マユミくんが持ってって。」また少しの間をあけて、わかった、と声がしたのを見上げた瞬間、ああ、また間違えたと芯が凍えた。