鋭百
何の、話をしていたのだっか。
奇妙なほどにすっきりと、それでいてあたたかな目覚めだった。
目が覚めた百々人の目には、エンドロールでも何でもない、無意味なただ真っ黒な映像信号を映しているスクリーンだった。そうだ寝てしまって、とひとつ思い出して、瞬間。
鋭心の肩にもたれ掛かっている自分に血の気が引く思いがして、彼の様子を伺う余裕などあるはずなかった。
始まりはユニットで受けたインタビューの時に趣味の話題が出たことだった。インタビュアーが聞き上手で、のせられた秀がそこそこ熱く語った次に百々人がそれとなく簡潔にして鋭心に話を振ると、映画鑑賞と彼が答えたのだった。映画館でも自宅のシアタールームでも見ると話の流れでそう淡々と述べられた。
「家にシアタールームがあるってすごいですね。どんななんだろ。」
思わず気になって、というふうにインタビュー後に秀が何気なしに呟いたのがきっかけだった。
「来てみるか?丁度、二人の感想が聞いてみたい映画がある。」
眉見家のシアタールームとやらも気になるが鋭心の言う映画も興味が湧いたのは二人とも同じで、じゃあ早速と互いのスケジュールを確認しながら、脇目に見たプロデューサーがこちらを見て微笑んでくれたので、大丈夫、間違えてないと安心して眉見邸へお邪魔することとした。それが最初の鑑賞会だった。
鋭心の選ぶ映画は面白かった。ストーリーはもちろん、映像としても演出もどれをとっても素晴らしく、また映画が終わった後に3人で感想を言い合うとそれぞれ着眼点が違ってそれもまた面白かった。
それから何度か鑑賞会は開かれた。鋭心が薦めるものがほとんどだったが稀に秀が提案することもあった。相変わらずおよそ普通の家ではない眉見邸を訪ねるのは緊張するが3人で過ごすのは存外に楽しかった。
今日は集合が早く、そして選ばれた映画もやや短いもので、一通り感想を言い尽くしてもまだ外は明るく、しかし早めの解散としては納得できる時間で、特に長居する理由もない秀と百々人は帰路につくことにした。時間に余裕があると言って鋭心も見送りに出たのだった。
秀と道が分かれるところで解散するつもりだった。信号を渡った秀を二人で見送って、来た道を引き返す鋭心を見届けたらふらりとどこかで適当に時間を潰してから帰ろうと思っていた。まだあの家に帰るには早すぎるのだと心が落ち着かなかった。
「じゃあね。ありがとう、マユミくん。」
「ああ。」
にこやかに手を振ってみせるも鋭心は踵を返す素振りも見せず、百々人がもう一方の倍号を渡るのを見送るまで動かないというようだった。
「渡らないのか?」
「あー…」
返事を濁している間に信号が点滅する。もう今からは渡れない。真っ直ぐに問う鋭心をす術が無かった。
「まだ早いから。もう少ししてから帰ろうかなあって。」
「どこか行きたい所があるのか?」
「んー…考え中。」
鋭心の真っ直ぐすぎる視線が気不味かった。ふわりと答えれば、そうか、と短く返され、彼の眉が一瞬険しくなった。
「それなら、もう一本映画を見て行かないか?」
「……え?」
「今から見て丁度良い長さのものを選ぼう。どうだ。」問う鋭心の表情に先程の鋭さはなく、そしてその提案は甘美なものに聞こえた。
ざわついていた心がふっと軽くなった。
「いいの?」
「問題ない。」
「…それじゃあ、もう一回。お邪魔しようかな。」
そうして二人で来た道を引き返したのが二時間程前だったか。
ただ無意味に黒く薄く光るスクリーンに照らされて時間を確認しようなど、体が強張って動けそうになかった。
「百々人」
呼ぶ声が聞き馴染んだ優しい低音で息が詰まる。きっと気配で起きたことに気付いたのだろう。観念してゆっくりと鋭心の肩から頭を起こす。顔はまともに見られそうになくて、否、見られたくなくて俯いたまま身体を起こした。ごめんね、寝ちゃった、といつものように笑うつもりが焦りで強張った顔が上手く取り繕うことが出来なかった。
「すまない。長く付き合わせてしまった。疲れていたのだろう?」
「ちがう。違うよ、マユミくん。これは僕がわるーーー」
彼の言葉を否定しようと顔を上げて、言いかけた言葉が間違いだと察した。勝手に寝てしまって悪いのは確かだが疲れていた訳では無い。正しく鋭心を否定するのには正直に白状するしかないと直感した。
「…キミの隣が、居心地良かったんだ。」
そう、寄りかかって寝てしまって、あまつさえ目覚めをあたたかく感じてしまった程には心地が良かったのだ。
言ってしまえば、ふっと強張りが切れてぼたりと涙が落ちた。こんなの、こんなんじゃあまるで告白みたいじゃないか。二人で道を引き返した時のあたたかく浮いた心地よさに縋るようにやたら手触りの良いソファに軽く爪を立てた。
「そうか、それなら良かった。」
心が柔らかく笑う気配がして、肩を優しく撫でられた。そのあたたかさに凪いだ心が、鋭心の言葉ですぐさま凍てついた。
「百々人、要るなら要るだけ俺を使え。」
「え、」
叫んでしまいたくなる衝動だった。同時に、ああ、もう元には引き返せないのだとカチリと何かが形を変えてしまう音が聞こえた。違う、違うんだよマユミくん。
おねがい、変わらないで、そのままでいて。そう泣いて抱き縋ってしまいたかった。どうせ変わってしまうのならいっそのこと。駄目元で泣いて縋ってしまえばそのままでいてくれるだろうか。そんなはず、ある訳がない。あの倍号での、変わってしまう前の色を思い出して涙が溢れた。背中をさする手の温度を感じることは出来なかった。自嘲気味に笑う自分は彼にどう映っているだろうか。
「ありがとう、マユミくん」
何が正しい言葉かはもうわからなかった。それはまさしく告白だった。
奇妙なほどにすっきりと、それでいてあたたかな目覚めだった。
目が覚めた百々人の目には、エンドロールでも何でもない、無意味なただ真っ黒な映像信号を映しているスクリーンだった。そうだ寝てしまって、とひとつ思い出して、瞬間。
鋭心の肩にもたれ掛かっている自分に血の気が引く思いがして、彼の様子を伺う余裕などあるはずなかった。
始まりはユニットで受けたインタビューの時に趣味の話題が出たことだった。インタビュアーが聞き上手で、のせられた秀がそこそこ熱く語った次に百々人がそれとなく簡潔にして鋭心に話を振ると、映画鑑賞と彼が答えたのだった。映画館でも自宅のシアタールームでも見ると話の流れでそう淡々と述べられた。
「家にシアタールームがあるってすごいですね。どんななんだろ。」
思わず気になって、というふうにインタビュー後に秀が何気なしに呟いたのがきっかけだった。
「来てみるか?丁度、二人の感想が聞いてみたい映画がある。」
眉見家のシアタールームとやらも気になるが鋭心の言う映画も興味が湧いたのは二人とも同じで、じゃあ早速と互いのスケジュールを確認しながら、脇目に見たプロデューサーがこちらを見て微笑んでくれたので、大丈夫、間違えてないと安心して眉見邸へお邪魔することとした。それが最初の鑑賞会だった。
鋭心の選ぶ映画は面白かった。ストーリーはもちろん、映像としても演出もどれをとっても素晴らしく、また映画が終わった後に3人で感想を言い合うとそれぞれ着眼点が違ってそれもまた面白かった。
それから何度か鑑賞会は開かれた。鋭心が薦めるものがほとんどだったが稀に秀が提案することもあった。相変わらずおよそ普通の家ではない眉見邸を訪ねるのは緊張するが3人で過ごすのは存外に楽しかった。
今日は集合が早く、そして選ばれた映画もやや短いもので、一通り感想を言い尽くしてもまだ外は明るく、しかし早めの解散としては納得できる時間で、特に長居する理由もない秀と百々人は帰路につくことにした。時間に余裕があると言って鋭心も見送りに出たのだった。
秀と道が分かれるところで解散するつもりだった。信号を渡った秀を二人で見送って、来た道を引き返す鋭心を見届けたらふらりとどこかで適当に時間を潰してから帰ろうと思っていた。まだあの家に帰るには早すぎるのだと心が落ち着かなかった。
「じゃあね。ありがとう、マユミくん。」
「ああ。」
にこやかに手を振ってみせるも鋭心は踵を返す素振りも見せず、百々人がもう一方の倍号を渡るのを見送るまで動かないというようだった。
「渡らないのか?」
「あー…」
返事を濁している間に信号が点滅する。もう今からは渡れない。真っ直ぐに問う鋭心をす術が無かった。
「まだ早いから。もう少ししてから帰ろうかなあって。」
「どこか行きたい所があるのか?」
「んー…考え中。」
鋭心の真っ直ぐすぎる視線が気不味かった。ふわりと答えれば、そうか、と短く返され、彼の眉が一瞬険しくなった。
「それなら、もう一本映画を見て行かないか?」
「……え?」
「今から見て丁度良い長さのものを選ぼう。どうだ。」問う鋭心の表情に先程の鋭さはなく、そしてその提案は甘美なものに聞こえた。
ざわついていた心がふっと軽くなった。
「いいの?」
「問題ない。」
「…それじゃあ、もう一回。お邪魔しようかな。」
そうして二人で来た道を引き返したのが二時間程前だったか。
ただ無意味に黒く薄く光るスクリーンに照らされて時間を確認しようなど、体が強張って動けそうになかった。
「百々人」
呼ぶ声が聞き馴染んだ優しい低音で息が詰まる。きっと気配で起きたことに気付いたのだろう。観念してゆっくりと鋭心の肩から頭を起こす。顔はまともに見られそうになくて、否、見られたくなくて俯いたまま身体を起こした。ごめんね、寝ちゃった、といつものように笑うつもりが焦りで強張った顔が上手く取り繕うことが出来なかった。
「すまない。長く付き合わせてしまった。疲れていたのだろう?」
「ちがう。違うよ、マユミくん。これは僕がわるーーー」
彼の言葉を否定しようと顔を上げて、言いかけた言葉が間違いだと察した。勝手に寝てしまって悪いのは確かだが疲れていた訳では無い。正しく鋭心を否定するのには正直に白状するしかないと直感した。
「…キミの隣が、居心地良かったんだ。」
そう、寄りかかって寝てしまって、あまつさえ目覚めをあたたかく感じてしまった程には心地が良かったのだ。
言ってしまえば、ふっと強張りが切れてぼたりと涙が落ちた。こんなの、こんなんじゃあまるで告白みたいじゃないか。二人で道を引き返した時のあたたかく浮いた心地よさに縋るようにやたら手触りの良いソファに軽く爪を立てた。
「そうか、それなら良かった。」
心が柔らかく笑う気配がして、肩を優しく撫でられた。そのあたたかさに凪いだ心が、鋭心の言葉ですぐさま凍てついた。
「百々人、要るなら要るだけ俺を使え。」
「え、」
叫んでしまいたくなる衝動だった。同時に、ああ、もう元には引き返せないのだとカチリと何かが形を変えてしまう音が聞こえた。違う、違うんだよマユミくん。
おねがい、変わらないで、そのままでいて。そう泣いて抱き縋ってしまいたかった。どうせ変わってしまうのならいっそのこと。駄目元で泣いて縋ってしまえばそのままでいてくれるだろうか。そんなはず、ある訳がない。あの倍号での、変わってしまう前の色を思い出して涙が溢れた。背中をさする手の温度を感じることは出来なかった。自嘲気味に笑う自分は彼にどう映っているだろうか。
「ありがとう、マユミくん」
何が正しい言葉かはもうわからなかった。それはまさしく告白だった。
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