北冬
いつからだろう。北斗からのコミュニケーションに違和感を感じ始めたのは。
ふとそう思って、ボトルを差し出す彼の目をまじまじと見てしまった。
「どうしたの、冬馬」
「いや何でもねえ…」
「北斗くーん、僕にもちょうだーい!」
「はい、翔太の分」
柔和に笑う北斗の横顔を目で追うが、特に変わった様子は無い。怪訝な目が返ってくる前に視線をボトルに移して流し込む。
「じゃあ俺は車をとってくるから。降りたところで待ってて」
二人の返事を聞いた北斗は先に控え室を出て行った。
「なあ、最近北斗ちょっと変じゃないか?」
「そう?いつも通りじゃない?まー、いつも変だけどねー北斗君は」
「そうだけど…なんつーか、やたら目が合うというかすごい見られているというか…」
基準があるわけでもなく、違和感の元もわからないのではっきりとした事が言えない。でもなんとなく、なにかが違う気がした。
「お前は最初からこう、寄りかかってきたりとかしてきてたから分かるんだけど、北斗はここ最近妙に距離が近い気がして…」
と言うと翔太は隠さず、うげぇと言いたげな顔をしていた。
「嘘でしょ冬馬君…」
「翔太なにか知ってるのか?」
「何も知らないよ」
けろりと言ってのけた翔太はバッグを持って冬馬を躱して控え室を出て行った。
「あ、おい!絶対何か知ってるだろ!」
冬馬もバタバタと荷物を持って、軽く忘れ物のチェックをしてから数歩遅れて翔太を追う。
「本当に何も知らないよ。北斗君から何も聞いてないもん」
「聞いてなくても翔太も何か変だって思ってるんじゃ」
「だーかーらー、何も変とか思ってないよ?これは冬馬君自身が答えにたどり着いてよね。僕は本当になーんにも知らないからね!」
「なんでお前ちょっと怒ってるんだよ…」
「別に?怒ってないよ、全然」
言い合いをしながら北斗が指定した場所に着いて足を止める。北斗の車はまだ来てなかった。怒ってないと言って黙ってしまった翔太の顔からは何も読み取れそうになかった。もごもごと居心地悪そうにしている冬馬を見て翔太が小さなため息をついた。
「ひとつアドバイスするなら、僕は冬馬君は少し自惚れてて浮かれてるぐらいがちょうどいいって思ってるよ」
「おい、なんだよそれ!」
「あ、ほら北斗君きたよ」
いつも通りに流れるように北斗の車に乗り込み、ミラー越しに北斗と目が合う。
「楽しそうに話してたね、何かあった?」
「別にー?冬馬君ってば新曲レッスンの前にソロのお仕事もあったのに元気すぎるでしょって思っただけ」
「またお前は適当なことを…」
目元しか見えない小さな鏡の中で北斗が柔く綻ぶのが見えた。それが不思議と暖かくて、掴みどころの無さに息をついて目を閉じた。
車が動き出してすぐに寝落ちたのは翔太じゃなくて冬馬だった。
「珍しいね。翔太、寝ないの?」
「僕まで寝ちゃうと北斗君つまらないでしょ。寝てる冬馬君を見てるのも面白いし」
翔太がにぃっと笑う。たしかに二人ともに寝られてしまうとより気を張るのも事実だ。そうだね、と返せば悪戯に笑う。
「完全に力尽きたってかんじだね。全然起きないや」
突付いたり、息を吹きかけたりと翔太が冬馬の様子を面白がる。
「こら、翔太。遊ばない」
「あはは、ごめんね。…北斗君、うらやましい?」
北斗はルームミラー越しに二人を見ず、前方に注意を払う。
「…冬馬から先に送ろうかな」
「え、なんで?僕は大丈夫だけど、遠回りじゃない?」
「早く家で休んだほうがいいかなって…」
「そんなに変わらないと思うな〜。それにすごい良く寝てるから早く起こすのもかわいそうじゃない?それとも、北斗君は冬馬君に車で寝られるのなんか嫌だったりするの?」
「そんなことないよ」
「だよねー!じゃあもうちょっと寝させてあげようよ。僕も北斗君の車で寝たあとってスッキリするし」
「そういう割には翔太の寝起きはあまり良くないじゃないか」
北斗がやや困ったように笑うと翔太はケロリと躱す。
「北斗君の車、静かで安心して寝られるんだよねー。冬馬君もそんな顔してる」
「それは光栄だな」
「でしょ?だからちょっとぐらい長く寝させてあげるのがちょうどいいはずだよ。ということで、いつも通りに僕の家から先によろしくね!」
そう言うと翔太は満足げにシートにもたれかかった。
翔太には敵わない、そう北斗が漏らすと翔太はため息を混ぜながら悪戯っぽく言った。
「何も知らない中学生は先に大人しくお家に帰ってあげる」
冬馬の眠りを妨げない穏やかな口調だったが、北斗の耳にはよく響いて聞こえた。
「…もしかして翔太、怒ってる?」
「まさか。怒るわけないじゃん。拗ねてもないよ?ただいい加減早くどうにかならなってくれないかなーって。二人とも僕からしたら分かりやす過ぎるのにハッキリしてくれないから、ちょっと面倒くさいなぁって」
翔太が話すのを聞いて、北斗は腹の中の空気を全て出し切るような長くて重たい息を吐いた。
「そんなに分かりやすかった?」
「主に冬馬君」
「そう…だよなあ…」
「でも北斗君も充分分かりやす過ぎるからね。冬馬君のこと言えないよ?北斗君、冬馬君に過保護になってるのに不自然なくらい二人きりになるのを避けてる。このままじゃ僕たち三人とも苦しくなっちゃうよ」
言葉の割にはもう先は見えているかのような、穏やかな口ぶりで翔太が言った。ここまで言えば、もう、といった様子で外を眺めていた。もう少しで翔太の家に着きそうだった。翔太が喋り出さない限り車内は静かなままだった。玄関が見えてきて、減速したところで翔太が運転席に身を乗り出してきた。
「北斗君ありがとう!冬馬くんと二人きりにしてあげる」
「翔太!」
驚いた声を出してすぐ、後部座席を見遣る。冬馬はまだ起きる様子はなかった。
「あはは、この調子じゃ何されても起きないかも!じゃあね、北斗君!また明日!」
コロコロと笑いながら逃げるように翔太が車を降りた。騒がしくしてたような気がしたがドアは静かに閉められた。
「冬馬、着いたよ」
扉を開けて声を掛ける。肩に優しく触れても起きる様子はない。仕方なく少し揺さぶる。
「冬馬、起きられる?」
「…ん……」
反応はあるがだいぶ深い眠りにいるようで、まだ起こすには足りない。お世辞にもちゃんとした睡眠をとるのに相応しいとは言えない環境で、それでもこんな顔をして眠れるのかと、妙なところで感心する。
額にかかる前髪を払って、輪郭をなぞろうとした手を止める。
このままでいいのか、このままではダメなのか。どちらにせよ息が詰まる思いがして、代わりに耳元で名前を囁くように呼んでみた。何も変わらない、降参だ。打つ手なし、と運転席に戻ってドアを閉めたところで冬馬が息を呑んだような気がした。ミラー越しに見えた冬馬の耳が赤いように見えたのは無視してエンジンをかけた。
ふとそう思って、ボトルを差し出す彼の目をまじまじと見てしまった。
「どうしたの、冬馬」
「いや何でもねえ…」
「北斗くーん、僕にもちょうだーい!」
「はい、翔太の分」
柔和に笑う北斗の横顔を目で追うが、特に変わった様子は無い。怪訝な目が返ってくる前に視線をボトルに移して流し込む。
「じゃあ俺は車をとってくるから。降りたところで待ってて」
二人の返事を聞いた北斗は先に控え室を出て行った。
「なあ、最近北斗ちょっと変じゃないか?」
「そう?いつも通りじゃない?まー、いつも変だけどねー北斗君は」
「そうだけど…なんつーか、やたら目が合うというかすごい見られているというか…」
基準があるわけでもなく、違和感の元もわからないのではっきりとした事が言えない。でもなんとなく、なにかが違う気がした。
「お前は最初からこう、寄りかかってきたりとかしてきてたから分かるんだけど、北斗はここ最近妙に距離が近い気がして…」
と言うと翔太は隠さず、うげぇと言いたげな顔をしていた。
「嘘でしょ冬馬君…」
「翔太なにか知ってるのか?」
「何も知らないよ」
けろりと言ってのけた翔太はバッグを持って冬馬を躱して控え室を出て行った。
「あ、おい!絶対何か知ってるだろ!」
冬馬もバタバタと荷物を持って、軽く忘れ物のチェックをしてから数歩遅れて翔太を追う。
「本当に何も知らないよ。北斗君から何も聞いてないもん」
「聞いてなくても翔太も何か変だって思ってるんじゃ」
「だーかーらー、何も変とか思ってないよ?これは冬馬君自身が答えにたどり着いてよね。僕は本当になーんにも知らないからね!」
「なんでお前ちょっと怒ってるんだよ…」
「別に?怒ってないよ、全然」
言い合いをしながら北斗が指定した場所に着いて足を止める。北斗の車はまだ来てなかった。怒ってないと言って黙ってしまった翔太の顔からは何も読み取れそうになかった。もごもごと居心地悪そうにしている冬馬を見て翔太が小さなため息をついた。
「ひとつアドバイスするなら、僕は冬馬君は少し自惚れてて浮かれてるぐらいがちょうどいいって思ってるよ」
「おい、なんだよそれ!」
「あ、ほら北斗君きたよ」
いつも通りに流れるように北斗の車に乗り込み、ミラー越しに北斗と目が合う。
「楽しそうに話してたね、何かあった?」
「別にー?冬馬君ってば新曲レッスンの前にソロのお仕事もあったのに元気すぎるでしょって思っただけ」
「またお前は適当なことを…」
目元しか見えない小さな鏡の中で北斗が柔く綻ぶのが見えた。それが不思議と暖かくて、掴みどころの無さに息をついて目を閉じた。
車が動き出してすぐに寝落ちたのは翔太じゃなくて冬馬だった。
「珍しいね。翔太、寝ないの?」
「僕まで寝ちゃうと北斗君つまらないでしょ。寝てる冬馬君を見てるのも面白いし」
翔太がにぃっと笑う。たしかに二人ともに寝られてしまうとより気を張るのも事実だ。そうだね、と返せば悪戯に笑う。
「完全に力尽きたってかんじだね。全然起きないや」
突付いたり、息を吹きかけたりと翔太が冬馬の様子を面白がる。
「こら、翔太。遊ばない」
「あはは、ごめんね。…北斗君、うらやましい?」
北斗はルームミラー越しに二人を見ず、前方に注意を払う。
「…冬馬から先に送ろうかな」
「え、なんで?僕は大丈夫だけど、遠回りじゃない?」
「早く家で休んだほうがいいかなって…」
「そんなに変わらないと思うな〜。それにすごい良く寝てるから早く起こすのもかわいそうじゃない?それとも、北斗君は冬馬君に車で寝られるのなんか嫌だったりするの?」
「そんなことないよ」
「だよねー!じゃあもうちょっと寝させてあげようよ。僕も北斗君の車で寝たあとってスッキリするし」
「そういう割には翔太の寝起きはあまり良くないじゃないか」
北斗がやや困ったように笑うと翔太はケロリと躱す。
「北斗君の車、静かで安心して寝られるんだよねー。冬馬君もそんな顔してる」
「それは光栄だな」
「でしょ?だからちょっとぐらい長く寝させてあげるのがちょうどいいはずだよ。ということで、いつも通りに僕の家から先によろしくね!」
そう言うと翔太は満足げにシートにもたれかかった。
翔太には敵わない、そう北斗が漏らすと翔太はため息を混ぜながら悪戯っぽく言った。
「何も知らない中学生は先に大人しくお家に帰ってあげる」
冬馬の眠りを妨げない穏やかな口調だったが、北斗の耳にはよく響いて聞こえた。
「…もしかして翔太、怒ってる?」
「まさか。怒るわけないじゃん。拗ねてもないよ?ただいい加減早くどうにかならなってくれないかなーって。二人とも僕からしたら分かりやす過ぎるのにハッキリしてくれないから、ちょっと面倒くさいなぁって」
翔太が話すのを聞いて、北斗は腹の中の空気を全て出し切るような長くて重たい息を吐いた。
「そんなに分かりやすかった?」
「主に冬馬君」
「そう…だよなあ…」
「でも北斗君も充分分かりやす過ぎるからね。冬馬君のこと言えないよ?北斗君、冬馬君に過保護になってるのに不自然なくらい二人きりになるのを避けてる。このままじゃ僕たち三人とも苦しくなっちゃうよ」
言葉の割にはもう先は見えているかのような、穏やかな口ぶりで翔太が言った。ここまで言えば、もう、といった様子で外を眺めていた。もう少しで翔太の家に着きそうだった。翔太が喋り出さない限り車内は静かなままだった。玄関が見えてきて、減速したところで翔太が運転席に身を乗り出してきた。
「北斗君ありがとう!冬馬くんと二人きりにしてあげる」
「翔太!」
驚いた声を出してすぐ、後部座席を見遣る。冬馬はまだ起きる様子はなかった。
「あはは、この調子じゃ何されても起きないかも!じゃあね、北斗君!また明日!」
コロコロと笑いながら逃げるように翔太が車を降りた。騒がしくしてたような気がしたがドアは静かに閉められた。
「冬馬、着いたよ」
扉を開けて声を掛ける。肩に優しく触れても起きる様子はない。仕方なく少し揺さぶる。
「冬馬、起きられる?」
「…ん……」
反応はあるがだいぶ深い眠りにいるようで、まだ起こすには足りない。お世辞にもちゃんとした睡眠をとるのに相応しいとは言えない環境で、それでもこんな顔をして眠れるのかと、妙なところで感心する。
額にかかる前髪を払って、輪郭をなぞろうとした手を止める。
このままでいいのか、このままではダメなのか。どちらにせよ息が詰まる思いがして、代わりに耳元で名前を囁くように呼んでみた。何も変わらない、降参だ。打つ手なし、と運転席に戻ってドアを閉めたところで冬馬が息を呑んだような気がした。ミラー越しに見えた冬馬の耳が赤いように見えたのは無視してエンジンをかけた。
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