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寝ているわけでもなく、喧嘩しているわけでもなく。緊張でも遠慮でもない。三人で北斗の車に乗っているのに不思議な静けさと共に揺られていた。三月三日。外はまだ寒く、朝の日と穏やかな暖房に閉じ込められた車内はいつもならつい眠気に負けてしまいそうになるのに、珍しく翔太ですらはっきりと目を開けて、でも何かを見つめているわけでもなく、冬馬と同じようにただぼんやりと外を眺めていた。時折道を確認する程度の会話があって、ただ静かに、三人、同じ景色が走って過ぎるのをただ見ていた。

「次は冬馬くんの誕生日だね。その週一週間お休みなんでしょ」
北斗の誕生日に残り小さくなったケーキを食べながら翔太が言った。
「ああ。今年は高校の卒業式もあるから、大事に過ごせってプロデューサーが」
「へえ。流石だね。それで、冬馬はどんな素敵な予定を立てているのかな?」
「今日はお前の誕生日だろ…俺の話じゃなくてお前の話しろよ」
「俺はプレゼントに冬馬の予定が聞きたいな」
「おお〜っ!主役はそう言ってるよ、冬馬くん」
もごもごと呆れとも照れ隠しともつかない声をどもらせるが別に隠すようなこともないのでスケジュールを開く。
「一日が卒業式で、だからそれまでは学校に通う。最期だしな。それであとは…」
正直なところ、ほとんど何も書かれてない。説明するほどのものなど無くて指が止まる。冬馬の指が止まるのと別の理由で二人の視線が同じところで止まる。卒業式と並んで書かれた予定と、三日から先の空白。ふっと降りてきた沈黙を柔く解したのは北斗だった。
「お父さん、いらっしゃるんだね」
「あ、ああ。卒業式だけな…」
「本当に冬馬くんのお父さん忙しいね。でも次の日のお昼までなんだね。冬馬くん見送りに行くの?」
「まあ、一応は…」
そこ濁す必要ある?と翔太はからかってから、にっと笑った。
「冬馬くん。僕ね、この日お休みなんだー!」
「翔太も?俺もなんだけど、冬馬」
二人して楽しそうに冬馬を見つめる。尤も、二人が休みなことは今日が休みな時点でうっすら予想はしていたが。
「俺たちに祝わせてくれる?」
「行きたいところも欲しいものも今なら北斗くんが全部叶えてくれちゃうよ!」
「だからなんで北斗を祝いに来てるのに俺を祝う話になってるんだよ」
「俺はこうして冬馬と翔太を祝えることが一番の幸せだよ」
「冬馬くんがわがまま言ってくれないと僕のときわがまま言いづらくなっちゃうじゃん」
未だ埋まらない空白の上で賑やかに言い合いながら、ふと、一つ。思いついて一瞬、でもまだ少し、口にするのは躊躇われた。ほんの瞬きの機微を二人は察して冬馬の言葉を待つ。大丈夫、だとは思うけれどそれがただの思いつきなのかなんなのか、心が揺れて冬馬自身の準備が出来てなかった。
「ありがとな。…少し、待ってほしい」
「もちろん。俺は冬馬の大事な日に3人で過ごすことを選んでもらえることが何より嬉しいから。期待してるよ」
「これで冬馬くんが僕たち以外を選んだら冬馬くんに浮気されたーってみんなに言いふらしちゃうからね!」
最後の一口を食べて翔太が悪戯っぽく笑う。こうして誕生日の仮予約が取り付けられてほんの数日後。なんでもない、当たり前ではないけれど特別なものというわけでもない、3人での仕事の帰り道に両隣を歩く二人を見て、ふっ、と靄が晴れた。不意に足を止めた冬馬のほんの半歩だけ先に出た二人が何も言わずに冬馬を見た。ああ、どうしても今言いたいと思った。靄の先、何があるのかはよくわからないがまぶしくてあたたかなのが確かにある気がして、まだ重たい手を伸ばすように声を掛けた。
「なあ、誕生日、行こうと思ってたとこがあって」
次の言葉を待つ二人を交互に見て、目線を下げた。まだどこか重たさを引きずったままで走り出せずに声が詰まる。
「一人で行くつもりだった。でも、二人を連れて行きたいってこの前ふと思ったんだ。けど、やっぱり二人には関係ない事だし、正直どうかとは思うんだけど」
「もう、冬馬くんらしくないなあ。冬馬くん、どこ行きたいの?」
呆れも茶化しも含まない明るい翔太の声がまだほんの少しだけ背が低いままのところから覗き込むように聞こえて、目線が持ち上げられる。もう片側では北斗がふわりと柔らかく微笑んでいた。重さは未だ振り切れないけれど二人の間でなら、真っ直ぐに立って、一歩を前に進めると思えた。
「翔太と北斗と…行けたらって。………母さんのところ」
両側からあたたかさを感じて、いつの間にか二人に手を取られていたことに気付いた。知らぬ間に冷え切っていた指先が確かな力で握られて感覚が戻ってくる。
「行くよ」
何かの台詞かと思うぐらいに二人ぴたりと揃った返事は、全く作りものなんかじゃない素のままの二人のもので、それほどに当たり前に用意されてたのだと思い知った。


それから二日の夜から三人で冬馬の家で過ごして朝から出掛けることが決まって。仕事の時ほどではないが随分と寝起きのいい翔太に驚きながら北斗の車に乗り込んだ。途中で花屋と、その近くで少し食べるものを買ったが開けられることはなく、冬馬は両手で花束を抱えたまま、翔太がたまにその様子を盗み見てはもう一つの花束を真似るように抱えていた。
遠出という程でもない距離なのに、あまりに静かすぎる車内だったからか、着いたところが馴染みのない空気だったからか、随分と遠くへ来たような気がした。必要なものを両手に持って、二人の先を行き、静かに並ぶひとつの前で手を合わせてからゆっくりと膝をついた。二人も手を合わせてから、北斗が優しく声色で墓前の花に触れた。
「お花、きれいなのがまだ在るね」
「ああ。卒業式の前に父さんと二人で来たからな」
「だから冬馬くんもっと少なくていいって言ってたんだ。大きすぎちゃったね、北斗くん。僕、よくわからないんだけど、こういう時ってどうするの?」
「えっと、たしか…」
「追加の花瓶だね。俺が行こう」
軽く冬馬の肩を叩いた北斗が翔太にウインクをして来た道を戻った。少しの間、ぽかんと見送っていると翔太が隣にしゃがみこんだ。
「それじゃ、僕は何すればいい?」
「あ、ええっと、そうだな、まずは軽く清める。といってもつい一昨日きれいにしたばかりだから本当に軽くで充分なはずだ」
「そうなの?」
「ああ。元からきれいに管理されてるけど、一昨日気合い入れてすっげえきれいにしたからな」
笑いかけて、テキパキとまるで料理をするかのように慣れた手付きで冬馬が動く。ほんの少しだけ気を取られ、様子を伺うようにしていた翔太も、冬馬が動けば追うように手伝った。察して動くのは得意だった。それからすぐに北斗が花瓶を手に戻ってきて、元からある花も整え合わせて生けた。
「こんな感じでどう?」
花瓶が増え、来たときよりもずっと華やいだ様子に二人して感嘆の声を上げた。
「すごいね北斗くん。フラスタみたい」
「ほんとすげえな…いつも俺たちじゃ買わない花ばかりだから、なんつーか、その…」
続く言葉を探して、冬馬が墓石をぼんやりと眺めた。
「…よろこんでくれたかな」
「…!ああ、たぶん」
「こんなに華やかなんだもん。きっと、大丈夫だよ」
「そうだな」
ろうそくに火を灯して、冬馬が賞状筒を正面に置いた。
「一昨日は式の前だったから。ちゃんと卒業したぜって」
さらさらと線香を取り出してろうそくの火にあてる。ふわりと香りが広がった。
「ちゃんと見えてるのか、わからねえけどさ」
冬馬が目を伏せて手を合わせ、すぅ、と静かになった。続いて北斗が線香に火をつけて翔太と一緒に供え、冬馬を挟んで並んで手を合わせた。いつもと同じ並びなのに不思議な心地がした。長いような、短いような、しばらくそうした後、ふっ、と息をついてゆっくりと冬馬が顔を上げた。イヤモニを付けてる訳でもないのに耳元で冬馬のブレス音を聞いたような気がして、翔太と北斗が目を合わせた。冬馬はまだ正面を眺めていて、瞬きの度にぽつりぽつりと冬馬が戻ってきているようだった。
「二人とも、ありがとな。花もすっげえ華やかに供えてもらったし」
「俺のほうこそ。冬馬のお母さんにご挨拶が出来て嬉しいよ。ね、翔太」
「もちろん。ちゃんと届いてるといいな」
はにかんだ翔太を見て、そうだな、と冬馬がひとつ前に出て墓石の文字をなぞった。
「…紹介したかったんだ。北斗と、翔太のこと。」
淡々と冬馬が紡ぎ出した。
「見えてんのか、届いてるのか、そもそもここにいるのかとか、…どこにもいねえとか、わかんねえからただ俺の自己満足って言ったらそうなんだけどな」
賞状筒をトン、と鳴らして指して続ける。
「高校卒業して、Jupiterが俺のこれからの生活のメインになるわけだろ。今までもいろいろあったけど、これからはもっと、たくさんいろんな事があると思うから。だから、今まで一緒にやってきて、これからもずっとこの三人でやっていくからって、……そう伝えたかったんだ」
スモークを焚いたステージの照明のように、冬馬の言葉が光って静かに煙に溶けた。冬馬が筒から手を離すのにあわせて、その手を煙が包んでそのまま色が見えなくなった。
「もちろん、俺もだよ」
「冬馬くんだけだと思ってた?」
笑いかけた二人に向き直って冬馬が目を見開いた。
「俺はこの先、歳をとってJupiterとして活動出来なくなった先でも、冬馬と翔太といたいと思っているよ」
「あはは、北斗くんプロポーズみたい!…でも、僕もおなじかな。冬馬くんが諦めない限り、ずっと一緒にいてあげる」
「諦めない限りって、俺が諦めるとでも思ってんのか?」
「冬馬くんしつこいから大変だなあ」
あーあと言って笑う翔太がおかしくて、嬉しくて。三人で笑い合ってから北斗が言った。
「そうだね、プロポーズか…誓おうか?」
「ち、誓うって何をだ!?」
「北斗くん、冬馬くんにはまだ誓いの言葉は早いみたい」
「そうだな、じゃあ、約束」
北斗が手を差し出すのを察して翔太が同時に重ねる。一拍、目を合わせてから冬馬が煙の中から手を伸ばした。三つ重ねて二人が笑ったのが合図に、言葉が走り出す。
「翔太と、北斗と」
「冬馬と、翔太と」
「北斗くんと、冬馬くんと」
「三人で、Jupiterで、いけるとこまで、いや、ずっとその先まで!」
「ずっと一緒に」
「一緒にいるよ!」
同時、三つ拳を握って突き合わせて空へ。見上げて吸い込んだ息が澄んでて心地よい冷たさに身体が醒める感覚がした。ぐっ、と突然翔太が脇腹から抱きついてきた。
「おわっ、なんだよ翔太!」
「よかった」
「は?」
「なんでもない!」
「そうだね、翔太」
「うわ、北斗まで!?」
北斗も二人に被さるように抱き締めてきて、誰とも顔を合わせるでもなく言った。
「…大丈夫ですよ」
背後で柔らかく揺らめく音を聞いた。

風が吹いて賞状筒が音を立てて揺れたので片付けて出ることにした。花束を置いて行くので片付けるものは少なく、手早く纏めて最後にもう一度手を合わせた。三人同時に顔を上げて立ち上がると、冬馬が持つものが無いことに気が付いた。北斗と翔太がそれぞれ持っていた。
「来るときに冬馬が全部持ってたからね。帰りは俺が」
「いや俺が持つ…」
「冬馬くんの卒業証書は僕が預かりまーす!」
「あっ、おいコラ翔太!」
追う冬馬の手をクルリと躱したかと思ったらその手を翔太が握った。
「いいからいいから」
もう片手は北斗の空いてる片手に取られてそちらも同じく握られた。
「そういうこと」
「は…はァ!?」
両手を繋がれて気恥ずかしいのに北斗と翔太が楽しそうに笑い合うのでなんだか言う気が失せて、手ぶらだった両手を塞がれたまま来た道を戻った。途中、ふと、気になって振り返ったが瑞々しく花が咲いているだけだった。
この場に全く馴染まない北斗の車に戻ってきて、トランクに荷物を詰める流れで手が開放されたと思ったら先に後部座席に乗り込んだ翔太が冬馬を中へ引きずり込んだ。
「うおわぁっ!?」
「いいから冬馬くんちょっとこっち」
「いいなあ翔太。俺も混ざろうかな」
「いらっしゃい北斗くん!」
よっ、と脚を折り曲げて北斗が後部座席に乗り込んで扉を閉める。冬馬を真ん中に挟んで反対側の翔太は広々とシートを使って冬馬にもたれ掛かった。また両手が二人に握られる。外ではあまり感じなかったが中でこうしていると全員の手指が冷えているのに気がついた。
「なんなんだよ二人して…つか翔太、狭い。もっと詰めろ」
「我慢して」
「はぁ?」
北斗は何も言わずに笑うだけで、翔太もそれから少し黙った。握られた手に体温が戻ってきてそれぞれ力が込められた。
「冬馬くんが知らない人に見えた」
ぽつりと翔太が呟いた。
「北斗くん見てた?冬馬くんさ、お清めするのもお供えもすごい慣れててさ。ここに来るまでのやけに静かすぎる冬馬くんとか…僕、知らなかったから」
ぽたぽたと手の甲に落ちてきたものは気のせいではなくて、でもなんで翔太がとは言う気にはならず応えるように同じぐらいの力で柔く握り返していた。鼻を鳴らした翔太が目頭を冬馬の肩に擦りつけた。
「冬馬くん、お線香の匂いがする」
翔太が言うと北斗が反対の肩に頭を預けてきた。
「ああ、本当だ」
「全然冬馬くんに似合ってないよ」
「そうだな」
「…!北斗まで」
「ごめんね冬馬、少しだけ」
二人して冬馬の両肩で涙を流し始めたがどちらを見ても表情は伺い知れず、正面にあるルームミラーにも冬馬しか映ってなかった。じんわりと握られた両の手が暖かだった。
「似合わないよ、全然。全部冬馬くんに似合ってないのにさ。冬馬くんに馴染んでいるのが、僕……ねえ、なんて言えば言いのかな…わかんないよ…」
ぐずるように言い出した翔太がグリグリと頭を押し付けてぎゅうっと手を握った。掛ける言葉を探しながら、ぼんやりとまだ一回り小さい少しだけまだ丸みの残っている手を眺めていた。
「………馴染んでしまうほど、冬馬のなかで全てが当たり前になってしまっていることが、悔しくて悲しいけれど、そう思ってしまうこと自体が俺達のエゴでしかなくて、…それも悲しい。その時の冬馬に寄り添えたらとか、今勝手に泣き出してしまっているのも。でも、冬馬がこうしている俺達を受け入れてくれて、嬉しいとも思っているんだ。それも全部、エゴなんだけど」
北斗が口だけで笑う気配がした。
「うん、嬉しいんだ、冬馬。本当に、言いようがなくとても悲しいのに、三人でこうしていることを冬馬が選んでくれたことが嬉しいんだ……俺も、うまく言えないな…」
翔太が応えるように手を握り、それから北斗も指を迷わせながら手を握った。
「難しいな、言葉にすると全部安っぽくなる」
悔しそうに北斗が漏らし、ぽたりと熱い雫が肩を濡らした。冬馬の奥底から何かこみ上げてくるのに形にならず、両手を握り返すと二人の少し泣き腫らした目があった。目があって、じんわりとあたたかいのが、何とも言えなくて、何か言おうと開いた唇で息を飲んだ。二人の眉間がそれぞれに綻んで、また肩に隠れて顔が見えなくなった。翔太が鼻を啜って、目を肩に擦り付けずに流したのを手の甲で受けた。
「冬馬くん、誕生日おめでとう」
上手に絞り出せず濁った声で、翔太がぽたぽたと手の甲に落とすように言った。
「朝一番にお祝いしようと思ってたんだ。でも、なんだか、…なんだろう………でも、いまの冬馬くんをお祝いできてよかった」
ああ、と息を吸った北斗が肩に頭を寄せたまま笑った。
「俺からも祝わせて欲しいな。誕生日おめでとう、冬馬。……翔太に先を越されてしまったね」
北斗の声は震えていて、それは笑ったからというだけではないことは確かだった。ありがとな、とぎこちなくとも返そうとしたのに情けない声が不意に漏れて、視界が滲み出すのを止められなくなった。吸い込んだ息が内側でこみ上げて満ち満ちてたものを溢れ出させてゆく。ようやく紡ぎ出せたありがとうは溢れ出てゆくものに混じってぶつ切りになって落ちていったが二人が拾い上げるように両手を繋いで応えてくれた。

どのぐらいそうしていただろうか。三人で寄り合っていた車内は暖かくなっていて、少し頭がぼんやりとしていた。
「さて、そろそろ動こうか。冬馬、他に行きたいところは?」
「あーそうだな…でも卒業前に学校の奴らと大体行ったな…」
「えー、無いの?つまんないなー」
「そういえば冬馬、スーツは用意してある?行くんだろ、大学の入学式」
「あぁ、あるぜ。合格してすぐ近場で揃えたのが…」
言い切る前に北斗の目が細められて、翔太が面白がるのを察した。
「よかったらスーツを仕立てに行かないか?」
「面白そう!」
「絶対ェ高いとこ行くだろ…あるので充分だ」
「勿論俺からのプレゼントとして贈るつもりだけど」
「さっすが北斗くん!僕も選んであげるよ!それに冬馬くん大学行くのバレてるんだから良いの着てくれないとJupiterのイメージがわるくなっちゃうよ」
そう言われると返す言葉が無かった。言い返せないでいると二人が楽しそうに笑った。
「これも衣装だと思って」
「あまり高すぎるものにするなよ…」
笑って返した北斗が運転席について、ルームミラー越し二人を見た。
「早速向かいたいところだけど…一旦冬馬の家に帰ろうか」
突然の提案にぽかんとしていると北斗が振り返って自分の目元を指差した。
「Jupiterの三人が泣き腫らした顔で歩いてたらエンジェルちゃん達が大騒ぎになるだろ?」
「そ…そんなに赤いか…?」
「冬馬くんが一番真っ赤じゃない?ちょうど良かった!僕ちょっとお腹空いてきたんだ〜」
「翔太も冬馬と同じぐらい赤いよ。擦ったんだろ?」
「北斗くんだって真っ赤だからね!」
「じゃ、冬馬の家に行って三人で顔を洗ってご飯食べてまた出ようか。それでいい?冬馬」
「おう!いいぜ」
二人の目が赤くなってる理由の全部はわからないが冬馬に向けられたあたたかなものであることは分かる。こそばゆくて、名残惜しくもあって、こうしていつもどおりの話をしているのがなんだかおかしくて。赤いと言われたところが少し熱くなるのを引っ込める。車が動き出して、冬馬の着信音が鳴った。メッセージの送り主を呟くと隣の翔太が無遠慮に覗き込んでくるのを構わずに画面を開く。冬馬より先に情報を把握した翔太が運転してる北斗に爛々と語りかけていた。

《冬馬さん、お誕生日おめでとうございます》

《誕生日プレゼントというのもなんですが、今日誕生日の冬馬さんに先にお伝えします》

《Jupiterの単独ライブの開催が決定しました!場所は―――――





その日、それは一回り大きい会場、一際大きな歓声の中心で。冬馬は小さなマイクを両手で握って瞳を開いた。







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まだ小さく幼い手にそのボールはまだ大きすぎるものだった。
プレゼントとして手に入れた少年の宝物は子供用のものではなくてプロが使う物と同じ本物のサッカーボールで、クリスマスから少年なりに大事に扱われており今日も両手に抱えて遊びに出て行った。
そろそろ帰ろう、母親が告げる夕方の公園を少年が駆けた。ボールについた土を軽く払って、袋に仕舞う。袋に入れても紐が長くて引きずってしまうのでやはり大事に両手に持った。
手を差し出した母親の手を取ろうと片手にボールを持とうとするもバランスを崩してまた両手を塞いだ。ボールを持とうと笑いながら語る母親の提案を自分で持てると少年は得意げに断った。少しの距離を並んで歩いて、母親がやはりボールを持とうと言うのを今度は少しむすくれて少年が答える。困ったようにごめんね、お母さんがどうしても手を繋ぎたいのと笑いながら母親は少年に目線をあわせて言った。
「今の冬馬と手を繋げるのは今日しかないから」
ね。おねがい。むすくれていた少年もふんと鼻を鳴らしてお願いならしかたないとボールを渡して手を繋いだ。ボール大事にするねと母親は笑って手を握った。




公園にいこう、そう言われて少年はボールを手に取ってすこし考えるようにして止まってから元の位置に戻して母親の手を取った。母親が不思議そうに聞けば、いいとだけ強く答えた。玄関先でほんの少しの言い合いをして、少年は言った。
「まだ、かたっぽの手だけでもてないから、じぶんでまだもてないから今日はいい!」
言葉を詰まらせた母親に少年はすぐに大きくなって自分で持ってやると得意げに息巻くので、母親は頭を撫でて手を繋いだ。その日は公園と、少し遠回りして静かな喫茶店に行った。周りは大人ばかりで少年は少し大きくなったような気がした。




ひとつだけお菓子を選んでいいと言われて買い物カゴにお菓子をまぜる。たくさんの野菜に混ざって潰れてしまわないか心配でやはり取り出して自分で持った。会計をして、自分で持つかどうか問われた少年は元気に答えて手に取った。少年が箱を眺めている間に詰め終えた母親に行こうと促されて片手を伸ばして、母親が両手に買い物袋を下げているのに気がついた。何も言わず、何も言われず、ただ並んで少し歩いて、少年は片方の袋を引いた。持つ、と言うからそのまま片方を持たせようとするも少年の片手では持ち上がるわけがなく、お菓子を1番上に入れて両手で持とうとしたがまだ立ち上がらなかった。
「じゃあ、少しだけ手伝ってほしいな」
母親と少年で買い物袋の持ち手を片方ずつ持つことにした。二人で持てば重くなかったが間で揺れるお菓子の箱が大きく重たそうに見えた。




少年は買い物カゴを見ながら、献立を推察しては言い当てられずにいた。カゴが重くなりすぎる前にレジへ向かう。一つの買い物袋に収められて、母親が持とうとするのを奪うように引いた。袋はサッカーボールよりずっと大きく重たかったが、両手で抱えて持てるぐらいだった。
「おれが持つ!」
少年の元気な声はよく響いて、周りの大人が微笑ましいというような視線が向けられた。ふんすと息巻いた少年は見せつけるように袋を抱えながら歩き出し、戸惑う母親にどうだと言わんばかりに笑ってみせた。まだ小さな少年を少し骨張った母親が追いかけた。






その日、少年はたくさん、ずっと、離されるまで手を両手で握っていた。毎日のように手を繋いでいたような気がするのに、久しぶりに手を繋いだような気もした。
「おれ、かたっぽだけで袋持てるようになったんだぜ」
片手で握れる手を両手で握っていた。






花束は重さの割にはまだ少年には大きすぎて両手で抱えて父親の後を歩いた。力を込めて持つものではないから逆に疲れた。疲れた身体に慣れない煙と匂いが滲みた。




「これと…これだろ?俺が持つぜ」
少年は父親が用意したものをひょいひょいと手に取った。慣れたもので、ちゃんとまとめればひとつの籠に収まり、あとは花束だけを片手に抱えて歩き出す。
「親父も疲れてるだろ。いいから行こうぜ」
少年はよく晴れた石畳みの道を先に歩いた。








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