etc
冬馬くんとの出会いは高校2年生の時でした。
母親が見てた音楽番組をぼんやりと眺めていたはずなのに突然目が離せなくって。顔と声は鮮烈に覚えてたのに肝心な名前や歌の情報は全然覚えてなくて。私は受験生でしたのでその時は深く調べることをしませんでした。
冬馬くんとの再会はそれからすぐのことでした。同じように母親の見てた同じ音楽番組に、今度は三人グループで出てきたんです。テレビから聞き覚えのある歌声が聞こえて、ハッとして顔を見た瞬間、テレビの中の歓声と同じくらいの声が出て、誰かに対してこんなにもドキドキすることがあるんだって思いました。前回、あれほど鮮烈だったのに彼のことを何も知らなかった悔しさから、今度は絶対に忘れたくなくて食い入るように見ました。今でもハッキリと思い出せます。彼がカメラに向かって"Jupiter、天ヶ瀬冬馬です。今日はよろしくおねがいします!"と笑ったの。
それからは勉強の合間に冬馬くんのこと、Jupiterのことを調べ始めました。年下のかわいいほうが御手洗翔太くん。年上のなんだか冬馬くんとは全然別のドキドキがあってちゃんと見られないほうが伊集院北斗さん。冬馬くんは私と同い年で。同い年なのにクラスメイトの男子なんかとは全然比べものにならないくらい格好よくて。こんなかっこいい男の子が私と同い年なんだ、と思うとどんどんドキドキが抑えられなくなって。お母さんに交渉してライブに連れて行ってもらったり、CDや雑誌を買う為のお金を援助してもらうために必死になって勉強しました。冬馬くんたちJupiterはどんどんすごい勢いでいろんな番組に出たりしていて、あまり見すぎているとお母さんに怒られるから、怒られないぐらいの成績をとって、息抜きに見させてもらってました。その頃には同じJupiterのファンの友達がクラスにも予備校にもいて、休み時間にもずっとJupiterの話をしてました。予備校のすぐ近くでラジオの公開録音があったときはこんなに近くにいるのに教室で勉強なんかうけていられなくて友達と初めて予備校をサボって会いに行ったりしました。
そんなJupiterは、あるフェスの後突然事務所をやめてインディーズというのになってしまいました。私は今までアイドルとか、アーティストにこんなにのめり込んだことがなかったのでよくわからなかったのですが、詳しい友達はすごく泣いてました。話を聞いて、なんだかとても心配になりましたが、私は冬馬くんがどんな形でも歌い続けるって言っていたので大丈夫だと思っていました。
その後、友達が言っていた通り、Jupiterはテレビにも雑誌にも出なくなって、ライブも無くなり、あったとしても信じられないくらい小さな会場で、チケットなんか全然取れませんでした。でも、友達の話を聞く限りインディーズってこれからもっと大きくなるための下積みのようなものだと私は思ったので、冬馬くんたちが頑張ってるから、私も頑張ろうって思いました。
それから少しして、Jupiterの状況が良くなりました。新しい事務所に入ったらしいです。友達はインディーズよりはずっとマシだけど謎の事務所すぎて不安だと相変わらず嘆いてましたが徐々にJupiterに会える機会が増えてきて、そんな不安も無くなって、Jupiterに会える度に本当によかったって泣きました。
そんな中、私達は高校3年生になり、受験勉強もラストスパートとなりました。Jupiterの活動が活発になっていく以上に私の受験対策も切羽詰まったものになっていました。学校の北斗さんのファンの友達は専門学校に早々に合格していて、受験勉強をしなくていいから、私が勉強している間もJupiterのことを追いかけ続けていましたが、彼女は私が受験終わるまで冬馬くんのことも追いかけるから終わったら一緒に見返そうねって言って、私の勉強の邪魔にならない程度に話をしてくれて励ましてくれました。私は彼女が私の分まで冬馬くんを追いかけてくれてたから安心して受験勉強に専念できました。
ある時、冬馬くんも大学受験のために対策勉強中だと言ってたと彼女から聞きました。北斗さんも大学に通っているし、絶対に将来役に立つからちゃんと通いたいって言ったそうです。ただでさえ高校も行ってアイドルもしているのに受験勉強までするなんて、本当に冬馬くんはすごいなと思ったし、忙しい冬馬くんも頑張ってるのだから普通の高校生の私はもっと勉強頑張らなきゃと思いました。その話を聞いた直後の模試で、伸び悩んでた志望校判定が一気に良くなったので冬馬くんのおかげで頑張れたなって思いました。
第一志望校の受けられる試験は全部受けなさいという予備校からのアドバイスで、推薦入試に行った日、会場で冬馬くんを見かけました。心臓が止まったかと思いました。運命かもしれない、冬馬くんと同じ学校に通えるかもしれない、冬馬くんにアイドルも受験も応援してますって伝えたいって思いましたが、冬馬くんの周りには軽く人集りができていて、なんてデリカシーのない人達なんだろう、と思って私は自分の席に向かいました。あの人集り全員を蹴落として私が合格して、絶対に同じ学校に通ってやると思いました。その日の試験は全身が今までにないぐらいにバクバクしていて、あまり覚えていません。後日、私には合格通知は来ませんでしたが別の学部で冬馬くんが合格したことを知りました。世界がぐにゃりと歪んだような気がして苦しくなりましたが、まだ、チャンスは残っているから、絶対に合格して同じ学校に通ってやると改めて思いました。それから一般入試まではあっという間でした。
結果から言うと、私は第一志望に合格できませんでした。泥の中に落とされたようでした。私の部屋には今まで集めた冬馬くんのポスターやグッズがたくさんあって、見ていられませんでした。散々泣いて、暴れ回って、両親に取り押さえられて怒られ、しばらくは親と部屋をいれかわって過ごすことになり、布団に潜り込んで割れたスマホでSNSを見てました。私のTLには学校と受験とJupiterしかなくて、どこもお祝いの言葉しかなくて、どこにもやりきれない気持ちが溢れて、笑顔の彼の写真の投稿にリプライを飛ばしていました。
[冬馬くんに私の席を奪われした。アイドルってだけで合格出来ちゃう冬馬くんが許せないです。ずっとファンで応援してましたがもうできません。]
冬馬くんの学部と私の志望してた学部は違くて冬馬くんが合格しても私の枠が奪われたわけではないことぐらいは分かってました。頭では分かってましたが心が納得できてませんでした。自分が許せなくて、自分が許せない理由を全部冬馬くんにぶつけてました。あの時予備校をサボらなければ、ライブに行かなければ、休み時間も無駄話なんかせずに勉強していれば。あの会場で冬馬くんなんか気にせず受験できていたら。Jupiterなんかに、冬馬くんなんかに夢中になってなければ。泣き疲れた翌朝、友達からメッセージが来ていましたが返信することができず、そのままスマホを放り投げて布団に篭もりました。
[最低。落ちて悔しいのは分かるけど冬馬とあんたは関係ないでしょ!?しかも冬馬に直リプ飛ばすとか本当ありえない もう一生関わらないで]
受験が終わった私にはやることなんか何もなくて、高校も卒業式までほとんど登校日もなく、ただ時間だけが過ぎました。家族は浪人してまた受験してもいいと言ってくれましたがその気にはなれず、合格したランク下の大学に通う手続きをしました。私のアカウントはそれはもう燃えに燃えました。あー燃えてるなー、とぼんやり思いながらアカウントを消して、壁紙を変えようとしてアルバムにはJupiterしかいなくて削除していって。全部消したつもりでもずっと狭い世界で生きてきた私には嫌でもJupiterの情報が入ってきて。さすがトップアイドル様と妬んでまた泣いて。
卒業式を迎える前のある日、自分の部屋に入るたびに癇癪を起こしてまともに片付けが出来ない私に、母親が私の友達を呼びました。捨てるぐらいなら全部彼女に引き取ってもらおうという話でした。あの一件以来連絡をとっていなかったので、また怒ってくるようならこの溜まりに溜まった嫌味をいくらでもぶつけてやろうと思ってました。しかし彼女は私の部屋に入るなりごめんねと泣きだしました。彼女はケースが割れたCDや破れかけたポスターを丁寧に集めました。私が引き出しから乱雑に放り出すのを泣きながら止めるので、私は座って他にどこに仕舞っているのかを伝えて、彼女が一つ一つ確認を取ってくるのを適当に返事していました。確認で見ているだけでも苦しくて悔しくて悲しくて当たり散らしたくて嫌味な返事をしましたがその度に彼女も泣いていました。物が片付いていくにつれ段々と素っ気ない返事になりました。随分とすっきりした部屋で、彼女は大きくなった荷物を纏めながら言いました。
「ごめんね、私あんたの悔しさを全然分かってあげらんなくて…あんたがこんなに冬馬のこと好きで、あんなに頑張ってたの知ってたのに。この前ね、ライブ行ってきたの。でね、そこで、冬馬がね、今まで頑張ってきたことも今頑張っていることも全部無駄じゃないからって。………私さ、私がもう関わんないでって言ったからあんたに直接届かなかったのかなって…冬馬はあんたのこともちゃんと応援してくれてるのに私が余計なこと言ったから………ごめん…本当にごめんね……!」
号泣しだす彼女と反して私は急に感情が何処かへ行ったような気がしました。ごめんねって、何に対して?私?それとも冬馬に?いけしゃあしゃあと綺麗事を並べる冬馬も冬馬だけどそんな綺麗事をあんたこんなにも易易と信じるんだ?おめでたいよね、ほんと。普通の人間がどんなに努力したって結局選ばれた人には勝てないんだって冬馬が証明したんじゃん。よく言うよ。一生綺麗事の上でおままごとでもしてれば?…。
「…私のほうこそ、ごめん。すごくショックで……………ごめん、でもやっぱりまだJupiterは無理」
腹の中で渦巻いていた事を呑み込んで淡々とそれだけ伝えました。これ以上自分が嫌な奴にはなりたくありませんでした。言ってしまえば選ばれなかった人間の醜さが現れてもっと惨めな気持ちになるだろうと思いました。彼女は泣きながら荷物を抱えて出ていきました。玄関を出るまで何度も何度もごめんと繰り返してました。
大学に入って私の環境は一変しました。アルバイトを始めたり、サークルに参加したりしました。志望校よりランク下の大学だったからか、周りよりも良い成績を取り続け、教授に気にかけてもらえたりしました。相変わらずトップアイドルの話は耳に入りましたが毎日が忙しくて次第に気にならなくなりました。忙しくても充実した大学生活はあっという間に過ぎました。人並みに励んでたある日、私は教授に呼び出されました。それは、私が思い描いていた以上の道への推薦状の話でした。それから私の人生はめまぐるしく景色が変わりそれなりに心が折れることもありましたがそれ以上に充実感がありました。
そんなある日、同窓会に参加しましました。例の友達とはJupiterを知る前から仲が良かったこと、事情を知ってるから地雷を踏んでこないこと、なんだかんだで気が合うと改めて思い、元通り話せてました。私が彼女に今の私の話をしたところ、彼女は目を丸くしました。私がその先生に出会えたのはこの学校に入ったからで。この学校に入ったのは予備校の薦めだったけれどターニングポイントといえば、まあ。今までの努力の積み重ねは勿論紛うことなく自分の力だったけれど、彼の影響は決して無関係とは言い難くて。でも彼のおかげとは言いたくはありませんでした。
彼女は緊張したような顔で、今の私にどうしても見てほしいものがあると言いました。見てやっぱり無理だったら殴っていいし、なんでも奢るから、という彼女の話に私は乗ることにしました。
『みんな!今日は来てくれてありがとな!』
画面の中で、見知った人達がなんだか懐かしいところに居るような気がしました。もう随分とライブには行ってませんでした。音楽にあわせて周りと一緒に騒ぐ感覚がまず懐かしくて、あの時の怒りは既に風化してはいたものの心に引っかかるものがずっとあったので、とりあえずでも見流すことが出来るかどうかも不安がありましたが、一度ステージが始まってしまえば目が離せなくなっていました。そういえばそうだったなあと、一度目が引き付けられてしまえば、始まってしまえば、それまであった不安とかモヤモヤを否が応でも吹き飛ばして楽しませてくれたのが、彼らのステージだったなあ、とぼんやり思い出しました。思い出すだけで、まだわだかまりは残っていたので、目は離せなくなっていたけれどあの頃のように楽しんではいませんでした。画面の中の彼らは私が夢中になって追いかけていた記憶と同じ姿で、最近街中で見かける姿に比べてとても幼く見えました。懐かしい曲を何曲か、古いカサブタを引っ掻くような気持ちで眺めたあと、ステージが明るくなって彼らがめいめいに話始めました。私の隣では恐らく何度も見返しているであろう例の彼女がまるで最前列にでもいるかのように熱中していました。私はというと、何年か前の記録映像をテレビで見ているような気持ちで、奢られたスイーツをつまみながら眺めてました。
それまで画面の中で何を喋っていたのか、聞いてるようで聞いて無かったので全く覚えてないのですが、彼に握られたマイクが吸った息の音を拾ってから、不思議な感じがしました。あの頃のような目が離せない懐かしい感覚とはまるで違いました。
『知ってる人も多いと思うけど、俺達Jupiterは今までずっと順調だったわけじゃなくて、ファンのみんなにも心配をかけちまった時もあった。でも、今までのみんなの応援があって俺達は今日、このステージに立ててる。…本当にありがとな。
こうしてステージに立っていると、ステージに立てなかった日のこととか、みんなに会えなかった時とか、ただがむしゃらに頑張っていただけの時とか含めて全部、今まで無駄だったことなんて無かったと思うんだ。いつでもそう思うことがあるけどステージだと特にな。
俺はこの春から大学に通うけど、これも絶対無駄にはならないから、中途半端にはしねえし、だからといってJupiterの活動を疎かにするようなこともしねえ。全力でやってやる。それは俺が頑張ってきたことが無駄だったことは無いって知っているから、全部全力でやりたい。
俺のことはここにいるみんな、翔太と北斗、裏にいるスタッフさんたち、それから今日ここに来れなかった人達も、たくさんの人が応援してくれてて、そんな俺がステージで何を言ったって全部綺麗事だって思われるかもしれない。でも、これは俺の事実だから伝えさせて欲しい。』
彼は両手で強くマイクを握りしめて、一呼吸おいて瞬きをしました。ほんのつかの間の仕草なのに強烈に眩しく見えました。
『みんなが今まで頑張ってきたことも今頑張っていることも全部無駄じゃねえから、今上手くいかなくて苦しい思いをしてても、絶対に未来に繋がるから…繋がるんだって証明してみせるし、そう伝わるまで俺も頑張るから……俺がそこにみんなを連れて行く。ついてきてくれ、今までのファンも、これからのファンも全員だ。一人ひとりに届くまで、俺はステージに立ち続ける。だから、見ていてくれ。』
彼の言葉は少し上擦っていました。笑顔というよりは強い決意の表情でこちらを見据える彼の顔はやはりどうしても幼さが残っていました。あの日、自分勝手な八つ当たりの的にした相手は綺麗事を堂々と言えるほどに幼く、でも私が一生敵わない強さを既に持っていました。そして、あんな理不尽を言った私にも時を越えて言葉を届けに来ました。彼から目を逸らして耳を塞いだ私に、もしかしたら今までも、ずっと。
私は会場にいるような、いや、冬馬が目の前にいるような心地がしていて、隣からティッシュを手渡されてはじめて我にかえりました。ずっと彼に対して氷柱立っていた心が解けて暖かく瞼から溢れて出ていきました。私が今更、何度、どう謝っても意味がないことは分かってましたが、ぼたぼたと涙を流しながら謝り続けました。画面の中の彼はやはり眩しくて、それでいて強くて優しい笑顔で私に応えてくれているように思いました。
あの一件は当時ファンの間で相当燃えていたらしく、しばらくは肩身の狭い思いをしていた友人も今はもう忘れ去られて落ち着いたから大丈夫だよと、次のライブに誘われました。
久しぶりにJupiterに、冬馬くんに会いに行きます。きっと私は一生、彼に対して後ろめたさを抱えたままだと思います。でも、これからはそれ以上に感謝の気持ちを彼に贈りたいと思います。
大好きな冬馬くんへ
ありがとう
母親が見てた音楽番組をぼんやりと眺めていたはずなのに突然目が離せなくって。顔と声は鮮烈に覚えてたのに肝心な名前や歌の情報は全然覚えてなくて。私は受験生でしたのでその時は深く調べることをしませんでした。
冬馬くんとの再会はそれからすぐのことでした。同じように母親の見てた同じ音楽番組に、今度は三人グループで出てきたんです。テレビから聞き覚えのある歌声が聞こえて、ハッとして顔を見た瞬間、テレビの中の歓声と同じくらいの声が出て、誰かに対してこんなにもドキドキすることがあるんだって思いました。前回、あれほど鮮烈だったのに彼のことを何も知らなかった悔しさから、今度は絶対に忘れたくなくて食い入るように見ました。今でもハッキリと思い出せます。彼がカメラに向かって"Jupiter、天ヶ瀬冬馬です。今日はよろしくおねがいします!"と笑ったの。
それからは勉強の合間に冬馬くんのこと、Jupiterのことを調べ始めました。年下のかわいいほうが御手洗翔太くん。年上のなんだか冬馬くんとは全然別のドキドキがあってちゃんと見られないほうが伊集院北斗さん。冬馬くんは私と同い年で。同い年なのにクラスメイトの男子なんかとは全然比べものにならないくらい格好よくて。こんなかっこいい男の子が私と同い年なんだ、と思うとどんどんドキドキが抑えられなくなって。お母さんに交渉してライブに連れて行ってもらったり、CDや雑誌を買う為のお金を援助してもらうために必死になって勉強しました。冬馬くんたちJupiterはどんどんすごい勢いでいろんな番組に出たりしていて、あまり見すぎているとお母さんに怒られるから、怒られないぐらいの成績をとって、息抜きに見させてもらってました。その頃には同じJupiterのファンの友達がクラスにも予備校にもいて、休み時間にもずっとJupiterの話をしてました。予備校のすぐ近くでラジオの公開録音があったときはこんなに近くにいるのに教室で勉強なんかうけていられなくて友達と初めて予備校をサボって会いに行ったりしました。
そんなJupiterは、あるフェスの後突然事務所をやめてインディーズというのになってしまいました。私は今までアイドルとか、アーティストにこんなにのめり込んだことがなかったのでよくわからなかったのですが、詳しい友達はすごく泣いてました。話を聞いて、なんだかとても心配になりましたが、私は冬馬くんがどんな形でも歌い続けるって言っていたので大丈夫だと思っていました。
その後、友達が言っていた通り、Jupiterはテレビにも雑誌にも出なくなって、ライブも無くなり、あったとしても信じられないくらい小さな会場で、チケットなんか全然取れませんでした。でも、友達の話を聞く限りインディーズってこれからもっと大きくなるための下積みのようなものだと私は思ったので、冬馬くんたちが頑張ってるから、私も頑張ろうって思いました。
それから少しして、Jupiterの状況が良くなりました。新しい事務所に入ったらしいです。友達はインディーズよりはずっとマシだけど謎の事務所すぎて不安だと相変わらず嘆いてましたが徐々にJupiterに会える機会が増えてきて、そんな不安も無くなって、Jupiterに会える度に本当によかったって泣きました。
そんな中、私達は高校3年生になり、受験勉強もラストスパートとなりました。Jupiterの活動が活発になっていく以上に私の受験対策も切羽詰まったものになっていました。学校の北斗さんのファンの友達は専門学校に早々に合格していて、受験勉強をしなくていいから、私が勉強している間もJupiterのことを追いかけ続けていましたが、彼女は私が受験終わるまで冬馬くんのことも追いかけるから終わったら一緒に見返そうねって言って、私の勉強の邪魔にならない程度に話をしてくれて励ましてくれました。私は彼女が私の分まで冬馬くんを追いかけてくれてたから安心して受験勉強に専念できました。
ある時、冬馬くんも大学受験のために対策勉強中だと言ってたと彼女から聞きました。北斗さんも大学に通っているし、絶対に将来役に立つからちゃんと通いたいって言ったそうです。ただでさえ高校も行ってアイドルもしているのに受験勉強までするなんて、本当に冬馬くんはすごいなと思ったし、忙しい冬馬くんも頑張ってるのだから普通の高校生の私はもっと勉強頑張らなきゃと思いました。その話を聞いた直後の模試で、伸び悩んでた志望校判定が一気に良くなったので冬馬くんのおかげで頑張れたなって思いました。
第一志望校の受けられる試験は全部受けなさいという予備校からのアドバイスで、推薦入試に行った日、会場で冬馬くんを見かけました。心臓が止まったかと思いました。運命かもしれない、冬馬くんと同じ学校に通えるかもしれない、冬馬くんにアイドルも受験も応援してますって伝えたいって思いましたが、冬馬くんの周りには軽く人集りができていて、なんてデリカシーのない人達なんだろう、と思って私は自分の席に向かいました。あの人集り全員を蹴落として私が合格して、絶対に同じ学校に通ってやると思いました。その日の試験は全身が今までにないぐらいにバクバクしていて、あまり覚えていません。後日、私には合格通知は来ませんでしたが別の学部で冬馬くんが合格したことを知りました。世界がぐにゃりと歪んだような気がして苦しくなりましたが、まだ、チャンスは残っているから、絶対に合格して同じ学校に通ってやると改めて思いました。それから一般入試まではあっという間でした。
結果から言うと、私は第一志望に合格できませんでした。泥の中に落とされたようでした。私の部屋には今まで集めた冬馬くんのポスターやグッズがたくさんあって、見ていられませんでした。散々泣いて、暴れ回って、両親に取り押さえられて怒られ、しばらくは親と部屋をいれかわって過ごすことになり、布団に潜り込んで割れたスマホでSNSを見てました。私のTLには学校と受験とJupiterしかなくて、どこもお祝いの言葉しかなくて、どこにもやりきれない気持ちが溢れて、笑顔の彼の写真の投稿にリプライを飛ばしていました。
[冬馬くんに私の席を奪われした。アイドルってだけで合格出来ちゃう冬馬くんが許せないです。ずっとファンで応援してましたがもうできません。]
冬馬くんの学部と私の志望してた学部は違くて冬馬くんが合格しても私の枠が奪われたわけではないことぐらいは分かってました。頭では分かってましたが心が納得できてませんでした。自分が許せなくて、自分が許せない理由を全部冬馬くんにぶつけてました。あの時予備校をサボらなければ、ライブに行かなければ、休み時間も無駄話なんかせずに勉強していれば。あの会場で冬馬くんなんか気にせず受験できていたら。Jupiterなんかに、冬馬くんなんかに夢中になってなければ。泣き疲れた翌朝、友達からメッセージが来ていましたが返信することができず、そのままスマホを放り投げて布団に篭もりました。
[最低。落ちて悔しいのは分かるけど冬馬とあんたは関係ないでしょ!?しかも冬馬に直リプ飛ばすとか本当ありえない もう一生関わらないで]
受験が終わった私にはやることなんか何もなくて、高校も卒業式までほとんど登校日もなく、ただ時間だけが過ぎました。家族は浪人してまた受験してもいいと言ってくれましたがその気にはなれず、合格したランク下の大学に通う手続きをしました。私のアカウントはそれはもう燃えに燃えました。あー燃えてるなー、とぼんやり思いながらアカウントを消して、壁紙を変えようとしてアルバムにはJupiterしかいなくて削除していって。全部消したつもりでもずっと狭い世界で生きてきた私には嫌でもJupiterの情報が入ってきて。さすがトップアイドル様と妬んでまた泣いて。
卒業式を迎える前のある日、自分の部屋に入るたびに癇癪を起こしてまともに片付けが出来ない私に、母親が私の友達を呼びました。捨てるぐらいなら全部彼女に引き取ってもらおうという話でした。あの一件以来連絡をとっていなかったので、また怒ってくるようならこの溜まりに溜まった嫌味をいくらでもぶつけてやろうと思ってました。しかし彼女は私の部屋に入るなりごめんねと泣きだしました。彼女はケースが割れたCDや破れかけたポスターを丁寧に集めました。私が引き出しから乱雑に放り出すのを泣きながら止めるので、私は座って他にどこに仕舞っているのかを伝えて、彼女が一つ一つ確認を取ってくるのを適当に返事していました。確認で見ているだけでも苦しくて悔しくて悲しくて当たり散らしたくて嫌味な返事をしましたがその度に彼女も泣いていました。物が片付いていくにつれ段々と素っ気ない返事になりました。随分とすっきりした部屋で、彼女は大きくなった荷物を纏めながら言いました。
「ごめんね、私あんたの悔しさを全然分かってあげらんなくて…あんたがこんなに冬馬のこと好きで、あんなに頑張ってたの知ってたのに。この前ね、ライブ行ってきたの。でね、そこで、冬馬がね、今まで頑張ってきたことも今頑張っていることも全部無駄じゃないからって。………私さ、私がもう関わんないでって言ったからあんたに直接届かなかったのかなって…冬馬はあんたのこともちゃんと応援してくれてるのに私が余計なこと言ったから………ごめん…本当にごめんね……!」
号泣しだす彼女と反して私は急に感情が何処かへ行ったような気がしました。ごめんねって、何に対して?私?それとも冬馬に?いけしゃあしゃあと綺麗事を並べる冬馬も冬馬だけどそんな綺麗事をあんたこんなにも易易と信じるんだ?おめでたいよね、ほんと。普通の人間がどんなに努力したって結局選ばれた人には勝てないんだって冬馬が証明したんじゃん。よく言うよ。一生綺麗事の上でおままごとでもしてれば?…。
「…私のほうこそ、ごめん。すごくショックで……………ごめん、でもやっぱりまだJupiterは無理」
腹の中で渦巻いていた事を呑み込んで淡々とそれだけ伝えました。これ以上自分が嫌な奴にはなりたくありませんでした。言ってしまえば選ばれなかった人間の醜さが現れてもっと惨めな気持ちになるだろうと思いました。彼女は泣きながら荷物を抱えて出ていきました。玄関を出るまで何度も何度もごめんと繰り返してました。
大学に入って私の環境は一変しました。アルバイトを始めたり、サークルに参加したりしました。志望校よりランク下の大学だったからか、周りよりも良い成績を取り続け、教授に気にかけてもらえたりしました。相変わらずトップアイドルの話は耳に入りましたが毎日が忙しくて次第に気にならなくなりました。忙しくても充実した大学生活はあっという間に過ぎました。人並みに励んでたある日、私は教授に呼び出されました。それは、私が思い描いていた以上の道への推薦状の話でした。それから私の人生はめまぐるしく景色が変わりそれなりに心が折れることもありましたがそれ以上に充実感がありました。
そんなある日、同窓会に参加しましました。例の友達とはJupiterを知る前から仲が良かったこと、事情を知ってるから地雷を踏んでこないこと、なんだかんだで気が合うと改めて思い、元通り話せてました。私が彼女に今の私の話をしたところ、彼女は目を丸くしました。私がその先生に出会えたのはこの学校に入ったからで。この学校に入ったのは予備校の薦めだったけれどターニングポイントといえば、まあ。今までの努力の積み重ねは勿論紛うことなく自分の力だったけれど、彼の影響は決して無関係とは言い難くて。でも彼のおかげとは言いたくはありませんでした。
彼女は緊張したような顔で、今の私にどうしても見てほしいものがあると言いました。見てやっぱり無理だったら殴っていいし、なんでも奢るから、という彼女の話に私は乗ることにしました。
『みんな!今日は来てくれてありがとな!』
画面の中で、見知った人達がなんだか懐かしいところに居るような気がしました。もう随分とライブには行ってませんでした。音楽にあわせて周りと一緒に騒ぐ感覚がまず懐かしくて、あの時の怒りは既に風化してはいたものの心に引っかかるものがずっとあったので、とりあえずでも見流すことが出来るかどうかも不安がありましたが、一度ステージが始まってしまえば目が離せなくなっていました。そういえばそうだったなあと、一度目が引き付けられてしまえば、始まってしまえば、それまであった不安とかモヤモヤを否が応でも吹き飛ばして楽しませてくれたのが、彼らのステージだったなあ、とぼんやり思い出しました。思い出すだけで、まだわだかまりは残っていたので、目は離せなくなっていたけれどあの頃のように楽しんではいませんでした。画面の中の彼らは私が夢中になって追いかけていた記憶と同じ姿で、最近街中で見かける姿に比べてとても幼く見えました。懐かしい曲を何曲か、古いカサブタを引っ掻くような気持ちで眺めたあと、ステージが明るくなって彼らがめいめいに話始めました。私の隣では恐らく何度も見返しているであろう例の彼女がまるで最前列にでもいるかのように熱中していました。私はというと、何年か前の記録映像をテレビで見ているような気持ちで、奢られたスイーツをつまみながら眺めてました。
それまで画面の中で何を喋っていたのか、聞いてるようで聞いて無かったので全く覚えてないのですが、彼に握られたマイクが吸った息の音を拾ってから、不思議な感じがしました。あの頃のような目が離せない懐かしい感覚とはまるで違いました。
『知ってる人も多いと思うけど、俺達Jupiterは今までずっと順調だったわけじゃなくて、ファンのみんなにも心配をかけちまった時もあった。でも、今までのみんなの応援があって俺達は今日、このステージに立ててる。…本当にありがとな。
こうしてステージに立っていると、ステージに立てなかった日のこととか、みんなに会えなかった時とか、ただがむしゃらに頑張っていただけの時とか含めて全部、今まで無駄だったことなんて無かったと思うんだ。いつでもそう思うことがあるけどステージだと特にな。
俺はこの春から大学に通うけど、これも絶対無駄にはならないから、中途半端にはしねえし、だからといってJupiterの活動を疎かにするようなこともしねえ。全力でやってやる。それは俺が頑張ってきたことが無駄だったことは無いって知っているから、全部全力でやりたい。
俺のことはここにいるみんな、翔太と北斗、裏にいるスタッフさんたち、それから今日ここに来れなかった人達も、たくさんの人が応援してくれてて、そんな俺がステージで何を言ったって全部綺麗事だって思われるかもしれない。でも、これは俺の事実だから伝えさせて欲しい。』
彼は両手で強くマイクを握りしめて、一呼吸おいて瞬きをしました。ほんのつかの間の仕草なのに強烈に眩しく見えました。
『みんなが今まで頑張ってきたことも今頑張っていることも全部無駄じゃねえから、今上手くいかなくて苦しい思いをしてても、絶対に未来に繋がるから…繋がるんだって証明してみせるし、そう伝わるまで俺も頑張るから……俺がそこにみんなを連れて行く。ついてきてくれ、今までのファンも、これからのファンも全員だ。一人ひとりに届くまで、俺はステージに立ち続ける。だから、見ていてくれ。』
彼の言葉は少し上擦っていました。笑顔というよりは強い決意の表情でこちらを見据える彼の顔はやはりどうしても幼さが残っていました。あの日、自分勝手な八つ当たりの的にした相手は綺麗事を堂々と言えるほどに幼く、でも私が一生敵わない強さを既に持っていました。そして、あんな理不尽を言った私にも時を越えて言葉を届けに来ました。彼から目を逸らして耳を塞いだ私に、もしかしたら今までも、ずっと。
私は会場にいるような、いや、冬馬が目の前にいるような心地がしていて、隣からティッシュを手渡されてはじめて我にかえりました。ずっと彼に対して氷柱立っていた心が解けて暖かく瞼から溢れて出ていきました。私が今更、何度、どう謝っても意味がないことは分かってましたが、ぼたぼたと涙を流しながら謝り続けました。画面の中の彼はやはり眩しくて、それでいて強くて優しい笑顔で私に応えてくれているように思いました。
あの一件は当時ファンの間で相当燃えていたらしく、しばらくは肩身の狭い思いをしていた友人も今はもう忘れ去られて落ち着いたから大丈夫だよと、次のライブに誘われました。
久しぶりにJupiterに、冬馬くんに会いに行きます。きっと私は一生、彼に対して後ろめたさを抱えたままだと思います。でも、これからはそれ以上に感謝の気持ちを彼に贈りたいと思います。
大好きな冬馬くんへ
ありがとう
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