君は気づかないシリーズ
異性が羨ましいと思う日が年に何回かある。別になりたい訳じゃない。単純に羨ましいだけ。
ようするに、だ。……勝手に手が動いてたんだよ。
***
「広瀬!俺、今から用事があるから、ちょーーーっと待たせることになるけど……終わったら一緒に帰ろーぜ!」
「あー……もしや、アレか?」
「おう!B組の女子に渡したいものがあるから、って言われててさー」
「はいはい。自慢乙」
「ちっげーよ。俺の用事じゃなくて、どーせどっかの誰かさんに、だと思うけど?」
「……はあ?」
「まあ取り敢えず!いつものとこで待ってて!」
「おー……って、もう行ったのかよ」
"友人"の背中が見えなくなったのを確認し、俺は廊下でひっそりと溜め息を吐いた。
全てはこのイベントに乗ってしまった自分のせいなのだが、鞄の中身を思い出すとどうも気が重い。
今日は、2月14日。
所謂、バレンタインデー。
やたら女子が張り切るイベントの一つ。友チョコと言ったものがあるのも、盛り上がる理由なのかもな。
……そんなことも相俟って、柄にもなく渡してもいいかなって思っちゃったんだよ。
前回のアイツの誕生日には直接は渡さなかったし、友チョコぐらいだったら別に大丈夫だろって。
だから、さ。
アイツがモテる、ってことを気にも留めてなかったんだ。
学校にアイツが来てから次々に渡される箱やら袋やらを見て、もう、言葉が出なかったわ。薄々気づいていたが、ここまでとは……。
当然ながら、チョコも結構貰っててさ。
俺は、渡すのをやめた。
待ち合わせ場所の図書室に着き、日当たり良好な窓側の席に座る。ここは、俺のお気に入りの場所だ。
ああ、そういや以前蒼山に「お前、どっかで待っててって言うと、いっつも図書室の日当たりが良い席にいるよなー」って笑われたっけ。
ちらり、と鞄の中に入れっぱなしになっていたチョコの包みを見る。うん、改めて見ても無駄に気合い入っているこれは自分でも引くレベルだわ。……今日は司書さんが遅く来るらしいってことが分かってたから、ここで渡そうと思ってたのに。
あーあ。これは家に帰って食べるしかないな……。頑張って手作りしたことを考えると何とも虚しい。
「…………ははっ。俺、ほんと女々しすぎ……」
少し滲む視界に気づかないふりをして俺は目を閉じた。
***
「…………広瀬!」
「……ん」
「ひーろーせー!おーい、起きろって。さすがにこれ以上寝てると風邪引くぞー?」
「うるせえよ、それぐらい分かってる……」
「いやいやいや。絶対分かってねーだろ」
どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。
苦笑いを浮かべる蒼山を横目にスマホの画面を見ると、既に十七時近くになっている。と、言うことは約一時間くらい俺は寝てたのか。そして、コイツはついさっきまで可愛いB組の女子とイチャイチャしてたんだな。そう思ったら、無性にイライラしてきた。
……俺はただ寝起きが悪くて不機嫌になってるんじゃないんだよ。コイツは一生分からないと思うけど。
「もういい時間だし、帰るかー……って蒼山どうした?」
薄暗い外を見て、慌てて鞄の中にスマホを入れて立ち上がる。
が、なぜか蒼山は動かない。強張った表情のまま、どこか一点を見つめたままだ。
え、コイツのこんな表情今まで見たことないんだけど。……俺、何かした?
考えてみたものの、やはり訳が分からない。首を傾げていると、蒼山はイライラした口調で俺の鞄の中を指差した。
「………………なあ。これ、何」
蒼山の視線の先には例のもの。そう、俺がコイツのために作ったチョコ。背中に時期外れな冷たい汗が伝うのが分かる。
「……こ、これは、あの、な」
「なあ、誰から貰ったんだ?」
うわあああどうしよう鞄の中だから見つかることがないし大丈夫だろうと思ってた結果がコレとかもう俺の胸中バレバレなんじゃ……って、は?…………貰った?
「い、いや、これは違っ」
「違わねえよ!言い訳はいいから早く誰から貰ったか言え」
ちょっ、え、コイツ、もしや俺が誰かに貰ったと思ってる!?
てか、何でかめちゃくちゃ怒ってるし、初めてこんなに怒ってるとこ見た……じゃなくて!
「これは、貰ったものじゃなくて!」
「……はあ?じゃあ何でこんな手の込んだ包みが入ってんだよ!」
「だ、だから、これは!」
「あ"?」
「……っ、だから!蒼山にあげようと思って、俺が作ってきたやつなんだってば!!」
チョコの包みを押し付けつつ半ばやけくそに叫ぶと、さっきの言い合いが嘘のように静まり返った。
「……え」
「…………」
「…………マジか」
「………………マジです」
「え、っと、ありがとー?」
「……おー。あーあ……絶対渡さないつもりだったのに……」
「ちょっ、何でだよ!?」
「俺を一時間近くほっといて、女子とイチャイチャしてた馬鹿には教えませーん」
「はあー!?イチャイチャなんかしてねーし!つーか、お前が寝てたから起きんの待ってただけだし!!」
「なっ……はよ起こせよ馬鹿!馬鹿山!!」
「無理矢理語呂合わせんな!!」
誰もいない図書室で息が切れ切れになるぐらい言い合って。ほんと俺ら一体何してんだか。
そう思ったら、今まで悩んでたことが馬鹿らしくて、何だか可笑しくて。
目が合うと、どちらともなく笑みが零れた。
***
「でもさー。広瀬から貰うことなんてないと思ってたから、正直マジ嬉しいわ。ありがとな!」
「…………ふーん。そりゃ良かった」
「おう!……あ、ホワイトデー期待してろよ?」
「はいはい。それにしても今日さみーな」
「そうか?じゃあ、雪降んのかな!」
「いや、ここ滅多に降らねーじゃん」
「いやいや、分かんねーよ?奇跡的に降るかも!」
二人で並ぶ帰り道。嬉しいことを言ってくれるから、つい変ににやけてしまいそうで頬を噛み締めて我慢した。隠せない朱くなった頬を寒さのせいにもした。
……だって、コイツは知らない方がいいことだから。
俺にとっても知られたくないことだから。
今日も俺はこの"友人"に気づかれないよう、ひっそりと恋心を募らせるのだ。
end……?
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