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short story

 




"実は俺、好きな人がいるんだ。"


全ては某SNSの、船橋のこの書き込みから始まった。
まあ、クラスの中でも所謂カースト上位の位置にいる船橋に気になる相手が出来たとなれば、こんなに話が広まったのも頷ける。もうすでに僕の通っている学校、特に僕達の学年の中で、結構な頻度で話題に上っている現状だ。

しかし、広まったのはそれだけではないようなのだ。
……どうやら誰にでも積極的に話せるあの船橋が、未だに彼と上手く話せていないらしい。きっと船橋をもてこずらせてしまう彼のことを、皆噂せずにはいられないのだろう。

そして同時に完璧人間と位置づけられていた船橋の人間味ある姿に、より魅力を感じたに違いない。タイムライン上には船橋を励ますメッセージが次々に増えていく。小さな画面に広がる温かい言葉の列に、全然関係ないはずの僕まで笑顔になってしまうほどに。

一応僕も船橋と同じクラスになったときにクラスの連絡網を知ってた方が便利だろう、との理由でクラスメイト伝いで有名メッセージアプリの方の交換はした。……が、何せ相手は学校の人気者。僕とはあまりにも世界が違う。そう考えたら気が引けてしまい、某SNSでは一方的に眺める専門になっている。

それにしても、だ。
話題の人物の一人である、『船橋が気になっている相手』とは一体誰のことなのだろうか。
書き込みをした当の本人だけでなく、船橋を励ましている他の生徒も決して名前を出していない。お互いに誰を指しているのか、分かっているからなのだろう。

取り敢えず僕なりに頭を使って必死に考えてみたものの、全く見当もつかない。……仕方なくクラスの友達にそれとなく聞いてみたが、皆こぞって話をはぐらかす。きっと船橋本人に聞け、と言いたいのであろう。

だが、ただのクラスメイトの僕が聞いていいものなのだろうか。……もしかしたら認識すらされてない、この僕が。
意気地無しな僕は、ただ手の中の画面を見つめることしか出来なかった。




 
***





"折角同じクラスなのに、どうしても照れてしまって話せない。……どうやったら自然に話せるんだ?"


昨日の夜、船橋がアップした書き込みだ。このところ表情が何処となく曇っていたのは、そのことを気にしていたからに違いない。短く綴られている船橋の辛そうな気持ちに、何だか僕までも辛くなってしまう。

僕も少しだけでも力になれたらいいのに……そうだ!僕もみんなみたいに、メッセージを送ってみればいいんだ。でも恥ずかしいから無難なものでいいかな…と初めて交換したメッセージアプリの画面を開く。

『最近元気ないみたいですが、何かありましたか?僕でよかったら、お話聞きます。』

何と送ろうかと数十分ほど迷ったが、完結に、そう送ってみた。
すると、すぐにメッセージが届いた。それだけでも十分びっくりしたのだが、送られてきた相手を見て更に驚いた。……船橋からだ。

『え』
『ふじおかだ』
『ありがとう』
『やっぱ藤岡、優しいよな』
『前から藤岡ともっと話したいなと思ってたんだ』
『その、迷惑じゃないなら、これからもメッセージ送ってもいい?』

あまり目立たない僕にもすぐにメッセージを読んでくれて、その上返信もちゃんとしてくれるなんて。さらに、もっと僕と話したいと言ってくれるとは……流石、人気者は違う。気遣いがすごい。思わず感心してしまった。
ともあれ、返信しなければ…。

『迷惑だなんて思わないです!僕も船橋とお話ししたいなって思ってたので、そう言ってもらえて嬉しいです。よろしくお願いします。』

そう返すと、またメッセージが届く。

『そっか』
『よかった』
『俺もめっちゃ嬉しい』
『あ!言い忘れてた!』
『俺に敬語使わなくて大丈夫だから!!もっと藤岡と仲良くなりたいんだ』
『でも、今日はもう夜遅いから、また明日会って話そう』
『おやすみ、藤岡』

(あわわわ……!!)

そのメッセージの破壊力に、思わず頬を抓る。ゆ、夢じゃない……!!それでも自然と頬が緩んでしまう。
画面の中の短い文字がこんなに嬉しいなんて、思ってもみなかった。少し不安だったけど、多分これでよかったのだろう。

その日の夜は、船橋とのメッセージの内容を思い出す度に胸がぽかぽかと温かくなり、鼓動が速くなる症状に悩まされた。
……僕はどうしてしまったのだろうか。




  
***





"アイツって、ほんと天然だな……そんなところも可愛いからいいけど。だからこそ、心配。俺があのとき話聞いてなかったら……そう思うと今でもゾッとする。もう少し警戒心を持ってくれ。"


今日の船橋の書き込みは、彼の性格に関する内容だった。
天然……?そもそも天然って何だろう?そう思い辞書を引くと、
【本人は無自覚だが、言動が一般の観点からずれ、とぼけていること。また、そのような人。】
と記してあった。

……そんなやつクラスに居たかな?考えてみても、そんな思い当たる人物は見当たらない。
それ以前に、この学校は他校より偏差値が高いことで有名な男子高だ。とぼけているような頭の悪い生徒なんかいる訳ないのだが……彼は一体何者なのだろう?

そう言えば、あの日以来仲良くなったはずの船橋に、今日怒られてしまったのだ。そのときに言われた言葉も、"もっと警戒心を持った方がいい"だったな。
隣のクラスの男子に「話がある」と言われ、呼び出し場所の体育館裏に向かおうとしたことが何か不味かったのかもしれない。でも、どうせ話と言っても委員会の用事とかだったと思う。
けれどあの船橋に凄い形相で止められてしまい、結局行かなかった。
そのとき言われてしまったのだ。
「……藤岡はもっと警戒心を持った方がいい。優しい人ばかりじゃないんだ」と。

よくよく考えてみれば、僕は保健委員なのだから関係ない話だった、と改めて気付いた。もしかしたら、厄介事を押し付けられていたかもな。
どんな人にも気遣いが出来るなんて、やっぱり船橋は凄いや。

(……あ。まただ……)

そして相変わらず、僕は船橋のことを思うと鼓動が速くなるだけでなく、だんだん胸が苦しくなってくる症状に悩まされている。
……僕は何かの病気になってしまったのかもしれない。




  
***





"アイツのことを名前で呼びたいけど、やっぱ本人の前では恥ずかしくて無理だ……。でも、いつかきちんと顔を見て、呼べるようになりたい。"


この書き込みを見たとき、船橋の気持ちが共感出来ると同時に、正直彼が羨ましくて仕方無かった。僕も何度心の中で、船橋の名前を呼んだことか……。
勿論、本人に向かって何度も名前を呼ぼうと努力は、した。けれどいざ本人の前に立つと、なんだか恥ずかしくなってしまって、結局名字で呼んでしまうのだ。

きっと僕だけだ。船橋のことを『拓也』と、下の名前で呼ばないのは。
ここのところ船橋と一緒にいることが多くなり、ようやく友達と言えるような存在になれたと思う。それなのに、なぜか声が震えて肝心な三文字が言えなくなってしまうんだ。……僕は情けないやつだ。

そして同様に、僕自身も船橋から一度も、名字以外で呼ばれたことがない。クラスメイトなのに、一度も。
でも仕方ないんだ。彼にとっては、僕はただのクラスメイトの一人でしかないのだから。

だから船橋から大切に思われているであろう彼のことが、どうしても羨ましくて、妬ましくて仕方無いのだ。
なれるものなら、彼になりたかったーー最近よくそう思ってしまう。
……そんなことをしても、船橋は彼じゃないと駄目だと分かっているのにな。




  
***





"沢山悩んだけど、やっぱ俺、アイツのことが好きだ。今日の放課後、告白しようと思う。"


この船橋の書き込みを目にした時は、悲しくて、苦しくて、その場から消えたくなるほど辛かった。
人気者の船橋のことを、きっと彼も悪く思っていないはずだ。
さぞかしお似合いな二人だろうな……そう思うと、画面に並んでいる文字が涙で滲み、だんだん見えなくなっていく。

ここ最近、船橋が仲良くしてくれていたからって、少しいい気になっていたのかもしれない。とうの前から、僕の方を向いてくれる訳ないって分かっていたのに。

(……ああ、なんだ。そっか……やっと分かった)

そして僕はなんて滑稽なんだろう。
本当に意気地無しで、正真正銘の馬鹿だ。
……今ようやく船橋への気持ちに気づくなんて。

でも、もう遅すぎる。
この気持ちに気付くのが遅すぎた。今さら伝えても、お互い顔を合わせるのが辛くなるだけだ。
うん、僕が船橋への自分の気持ちを押し殺せば済むことだ。
今は上手く笑えなくても、きっといつかは二人を祝福出来るようになるだろう。

(……大丈夫、大丈夫。きっと出来る。)

誰もいない教室に、最終下校時刻を知らせるチャイムが響く。窓の外に広がる茜色の空を見つめながら、僕は帰り支度を始めた。
書き込みで言っていた時間は丁度今ぐらいかな。
今頃船橋は彼の隣にいて、二人で笑いあっているのだろうか。
……僕の知らない彼と。

(……幸せになってね、船橋)

鈍く痛む心には気付かないふりをした。




















 
「藤……い、いや、優太っ!」

「……へ?なんで……」

全く予想していなかった人物の登場に、思わず目を丸くする僕。
そんな僕の様子を見て、なぜだか顔を綻ばせる相手。
しかし、すぐに再び緊張した表情に戻し、こちらを真っ直ぐに見つめながら言葉を続けた。

「……あのさ。ちょっと、優太に聞いて欲しいことがあるんだ」

さっきまであんなに遠くで聞こえていた人の声が、今は全く聞こえない。ただ、船橋の声だけが頭の中でゆっくりと響く。
窓から僕らを照らす夕日が、いつもより優しく感じたのは気のせいだろうか。


『船橋の好きな人』が誰なのか僕がようやく気付くのに、あと少し。





end.




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