TOAチーグルになったりならなかったりする夢
小さな世界(レプリカ編)
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ティアの家にあるセレニアの花畑に、大きな譜石――ヴァンの墓碑を置いたのは一カ月前の事だ。
薄暗い室内の天窓からわずかに差し込む光量でさえ、紺碧の塊は刃のように妖しく輝く。
ティアは用意していた花束を手向けると、膝を折って祈りをささげる。彼女の艶めく後ろ髪から距離を取り、ツキは一連の慣れた動作を見守るのが日課となっている。その背中はいつも不自然なくらいまっすぐで、余計に脆さを感じてしまうのだ。
◆48:まぶたの裏側
「だめね、ずっと同じことを考えてしまうわ」
気丈を振る舞いながらも、ティアの声は自身に呆れていた。極端で酷悪な選択しか出来なかったヴァンと、唯一ティアだけが淀みない家族の情で繋がっていた。ツキとユフが同じように持つ結晶を、彼女は今も悲境のなかで愛している。
ツキはユリアシティへ来た理由の一つを、改めて胸の内でなぞる。
ヴァンとリグレットを失ったティアを、一人きりにしたくなかった。傷ついたアッシュが「チーグル」と過ごして気が紛れたように、同じことを彼女にしてあげたいと思ったのだ。
けれど、どうだろう。実際その手ごたえはふわふわとしている。
彼女は理解できないヴァンの思想に憤ったり、寂しさから思い出を語ったり、時には感謝をも静かに口にしてきた。それでも独り言の領域を侵さない話しぶりは、まるで心の整理を立ち聞きしているようであった。
もちろんそれでも良いのだが――。ここへ来たツキ自身の「メリット」の比重が大きくなるのは本意ではない。
ティアが振り返ると、やっとツキは彼女の膝元に近寄った。やわらかく、日常のやり取りが戻る瞬間。
「この花束、ダアトでアニスと選んだの。彼女もツキのこと、すごく心配していたわ」
『アニスが?』
「テーブルにアニスから預かった手紙を置いてあるから読んでね。私はもう少しだけ――ここに残るわ」
そう言ってティアは静かに立ち上がり天窓を仰いだ。何かを精一杯振り切ろうとしているような、そんな覚悟の真最中にも思える。
たった一か月そこらで、癒える傷では無い。明確な区切りが出来ていないのは、ツキも一緒だった。
花畑にティアを残し、ツキは二階へと上がる。アニスからの手紙を読む前に、寝床にしているキルト付きのバスケット――ティアが買ってくれたケテルブルクの民芸品だ。そこに保管しているリングの上に、咥えていた花をそっと置く。心が追いついていない、中途半端な弔いだ。
『どう祈ったら良いんだろう……』
シンクについて。ツキは未だに、彼の行方を聞かされていない。もう会えない現実の中にいると見当付けるのが自然であるが、視界は乾いて滲まない。再会できる望みを抱いている証拠だった。
はらりと落ちた一枚の花弁をツキは手に取って顔に寄せる。これは当分、忘れられない香りになりそうだ。
どうしてアニスとティアは、この花を選んでくれたのだろう。
「――ツキ?」
ためらいがちな声で呼ばれ、ふいを食らったツキは思わず花弁を背中に回す。階段から登って来たばかりのルークとミュウが、きょとんとした顔で見ていた。
「ツキさん!おひさしぶりですの!」
わっと表情を明るくしたミュウが、ぴょこぴょことボールのように跳ねる。一カ月ぶりの再会だ。驚いていたツキも、その笑顔につられる。
『びっ、びっくりした!急にどうしたの!?』
「今日はツキさんとティアさんに、会いに来たですの!」
『そうなんだ、嬉しいなあ!あっ、ティアには会った?下の花畑にいるんだけど――』
そう言いながら、ツキはミュウから視線をルークへ向ける。腰に手を当てむすっとしている表情に「しまった」と後悔したがもう遅い。
「おいツキ!そこにソーサラーリングあるんだから、それ付けて喋れよ!」
『そ、そうでした……』
丁寧に花を降ろしリングをくぐろうとすると「なあ、」とルークが話を続ける。
「ツキ、最近アッシュに会った?」
ふわりとリングが浮き上がる。思い当たる節が無く、ツキは首を横に振る。
「ううん。ティア以外に会える人いないし、毎日食べては寝ての繰り返し」
「ひどいな」
「ご主人さまと一緒ですの!」
「う、うるせぇ!」
ミュウの失言にふふっと笑って、ツキは詳しい話を促した。
「今アッシュを探してるんだ。何かあいつから聞いてない?鍵とか、声の事とか……。外殻大地を降下させた時は、どんな様子だった?」
ルークは早口で、かなり焦っているのが分かる。とは言え、ツキにはまるで心当たりが無かった。ラジエイトゲートでやけに疲れている様子だったのは覚えているが、それは仕方のない事だろう。そもそもアッシュは、自分の状況を逐一報告するような性格では無い。
「ごめんね、私もアッシュが何をしているか知らないの」
「えっ!?あいつツキに黙って行動してるのか?」
「それは私が影響されやすいから――」
ツキはむずむずと尻尾の辺りがかゆくなる。ここは暴かれたくない弱みだ。ルークは奇妙な二人の関係に「信じらんねぇ……」と頭を掻いて困り果ててしまった。
「それよりルーク、ティアに会ってあげてよ。下の花畑にいるから」
「ああ。って、ツキは降りねえのかよ」
「私は……ちょっとチーグル同士、ミュウと内緒話がしたいので」
さっとリングを外して会話を強制終了させる。「へいへい~」とルークはじと目で階段を下りて行った。足音が遠ざかった所で、ツキはミュウに向き直る。
「ツキさん、ボクにないしょ話ってなんですの?」
『えっと、ルークはこの一か月本当に元気だった?なんか顔色が良くないから……』
ぴょこぴょこと揺れ動いていたミュウの耳が、ぴたりと止まった。どうやら思い当たる節があるらしい。
「みゅぅう。本当は、ずっと悲しそうでしたの」
『悲しそう?』
「はいですの。居場所がないって、言ってましたの……」
目に見えて沈んでいくミュウを見ていたら、いかにルークがふさぎ込んで生活を送っていたか想像がついた。彼はバチカルにはアッシュが戻るべきだと望んでいたが、本音は別の所にあるとツキは思う。
あの屋敷にいては、何をするにしても「アッシュの代わり」を意識せざるを得ない。裏を返せば、意識しておけば良いという事でもある。公爵家の人間としての立ち振る舞いを強いられることは、ルークに確かな役割と居場所が与えられることと同義なのだ。
本当にそれが、ルークの望んだ生き方なのか。絶対にそうでは無いとツキは言い切れる。ポーカーのリベンジを計画した彼の無邪気な笑顔と、今は似ても似つかない。
なんて歪なはまり方だろう。こんなことで得られる安心感は、毒にしかならないのに。
『ルーク、屋敷に戻ってずっと辛かっただろうなあ。ガイさんはマルクトだし、ナタリアも公務で忙しそうだし……』
「ご主人様ずっと一人きりですの。それにみなさんからのお手紙も、お屋敷の人に隠されてたですの」
『あっ……。なんか、色々と察してしまった』