TOAチーグルになったりならなかったりする夢
他短編
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私がシェリダンに引っ越してきて2年目を迎えようとしている、とても天気の良い日の事。
ベランダで洗濯物を干していると、集会所の方から走ってやって来る青いジャケットを羽織った銀髪の彼が見えた。
アルビオールのテスト飛行を明日に控えた、操縦士のギンジさんだ。
「どうしたんだろう。あんなに慌てて」
ギンジさんは忙しなく首を動かして、誰かを捜している風だった。
め組のおじいちゃん達でも探しているのだろうか。もしかして、何かの緊急事態かもしれない。
「ギンジさーん!何かあったんですか?」
ベランダの手すりから少し身を乗り出して声をかけると、ギンジさんは立ち止まってきょろきょろ辺りを見渡す。「上です、上」と補足すれば、彼はやっと私と目が合う事が出来た。
「ああっ、なまえさん!探してたんですよ!」
言ってギンジさんはにこりと笑う。一方の私はと言うと、まさか彼の目的が自分だとは予想外で小首をかしげた。
ギンジさんが家に来ると前もって知っていれば、少しは部屋を片付けていたのに油断していた。
だらしない事に、私は朝食のお皿を下げていなかった。それを急いでキッチンの流しにおいて、手早くテーブルを片付ける。
「ごめんなさい、散らかってて……」
謙遜でも何でもない事実。それなのにギンジさんってば「そうですか?きれいですよ」なんて本気で言うから、私は余計に困ってしまった。
普段は気にもならない空っぽの花瓶が、今はやけに寂しく思える。文字通り華がない。ああ、何か生けておけば良かった。
「急いでいたようですけど、私に用事って何ですか?」
「それがですね、実は紙飛行機の作り方を教えて欲しいんです」
そう言って、ギンジさんはテーブルに二枚の長方形の紙を置いた。私が彼の言葉を理解するのに要した時間は数秒。
「紙飛行機ですか?」
紙とギンジさんを交互に見る。紙飛行機ってアレだよね、小さい頃誰もがきっと折って飛ばした事がある、あの紙飛行機?
「ちびっこ達に頼まれたんです。でもパイロットのくせに紙飛行機が折れないなんて、言えないじゃないですか。だからなまえさんにコッソリ教わりたくて」
ギンジさんは照れくさそうに「お願いします」と頭を下げた。
彼が紙飛行機を作れないのはかなり意外だったが、分からない話でも無い。
私はシェリダンの生まれじゃないから、譜業と一緒に育ってきたようなギンジさんとは知識の種類や量も違う。私が紙飛行機を折ってヘラヘラ遊んでいた頃、彼はその工程をスッ飛ばして、きっともう譜業をいじっていたのだろう。
本当に、パイロットのくせに紙飛行機が折れないだなんて、少し変な話だ。
「なまえさん、すっごく笑いたそうな顔。ひどいなあ……」
どこか拗ねた口調のギンジさんが可愛くて、私は必死に「そんな事ないですよ」と否定したけれど、あまり説得力は無かった。
私の教えた紙飛行機が完成すると、ギンジさんはそれを興味深そうに改良し始める。向かいでぼんやり眺めている私は、不思議と幸せな心地だった。
「そう言えばギンジさん。明日アルビオールのテスト飛行なんですよね」
聞くと彼は暢気に「よく知っていますね」と言う。
常識も常識。アルビオールはシェリダンの街全員の希望であり夢なのだ。この街でその事を知らない人なんていない。
創世歴時代の遺跡で発掘された浮遊機関を搭載した、世界最新鋭の乗り物。そしてパイロットが、数分前まで紙飛行機が折れなかった、このギンジさんだ。
一体、空からの地上はどんな風に見えるのだろう。
でもきっと、どれだけ目をこらしても私なんて見えないんだろうな。そう思うと少しだけ悲しかった。
「いつかなまえさんも一緒に空へ行きましょう。おいらがどこへでも乗せて行ってあげますから」
「私を?そんな、無理ですよ。だって高いところって苦手だもの」
本当は、それ程苦手でも無い。でもそんな嘘をついてしまったのは、柄にもなくギンジさんの言葉に照れてしまったから。
かわいくない、かわいくない。
にこりと微笑んで「嬉しい」のたった一言も言えないなんて。
「怖くなんてありませんよ!何ならおいらがずっと手をお貸しします」
「そんな事してたら、ギンジさんが操縦出来ないじゃないですか」
「ああっ、それもそうですね。うっかりしていました」
後頭部を掻いて、ギンジさんは恥ずかしそうに笑う。じゃあどうしよう。そう真剣に考え始めた彼を見て、私はやっぱり幸福な気持ちだった。
「なまえさんの折った紙飛行機、もらっても良いですか?」
唐突に、ギンジさんは私の折った何の変哲も無い、典型的な紙飛行機を手に取った。
子供達に教えるために使うのだろうかと思っていると、彼は明日アルビオールに一緒に乗せていくと言った。
その変わりに私は、ギンジさんの折ったよく飛びそうな紙飛行機を貰った。どこに飾ろうかなと考えていると、急にギンジさんの表情が曇る。
「どうしたんですか?」
「……やっぱり持って行くのは止めます。せっかくなまえさんが作ってくれたのに、もし墜ちたら――」
「ギンジさん」
私は彼の名を咎めるように呼んで、言葉を遮る。彼の眉根が寄って、ギンジさんはやっぱり言葉を続けたそうにする。
でもね。ギンジさん。私はその先の事を口にして欲しくないんです。絶対に。
「お願いですから、縁起でもないこと言わないで下さい」
声が震えた。あまりに弱々しくて、自分でも驚いた。息を静かに吸って、気持ちを落ち着かせる。アルビオールはみんなの希望だけど、私はそれよりギンジさんの身が心配でならないのだ。
「なまえ……さん」
「……はい?」
「いえ、待っていて下さいね」
ギンジさんの言葉に、私は二つの意味を込めて「もちろんです」と答えた。
テスト飛行が無事に終わる事と、空へ連れて行ってくれる事を。彼はどっちの意味で口にしたのだろう。私のように、両方だと良いな(後者だと、尚嬉しい)
集会所の手前まで彼を見送って家に戻ると、そこにはギンジさんが折った方の紙飛行機だけが残っていた。結局私の紙飛行機は持って帰ってくれたみたいで、力が抜けてしまう程ホッとした。
――やっぱり持って行くのは止めます。
そう渋っていた時のギンジさんの表情を思い出すと、胸がぎゅうと痛んだ。
ああそうか。彼も少なからず自分の身を覚悟しているんだ。
子供達との約束を守りに、急いで私の所に紙飛行機の作り方を教わりに来た彼。それなのにギンジさんってば、私を空に連れて行く約束をして帰ってしまった。
未練を残さないためにここへやって来たはずなのに、未来へ繋がるものを作ってしまうなんて、やっぱりあの人は、どこかうっかりしている。
今度ギンジさんがこの家に来る時までに、もう少し女の子らしい部屋にしておきたい。食器はきちんと片付けて、テーブルの花瓶には花を生けて、そしてその横には、彼の作った紙飛行機を飾っておく事にしようと思う。
涙がこぼれ落ちそうな顔を上げて、私はギンジさんの折った紙飛行機を天井に向けて飛ばした。
たどたどしい未来を観せて end.
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