TOAチーグルになったりならなかったりする夢
voice(過去編)
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明日全てが終わる。終わらせる。
楽しみだけど、寂しくもある。
全ては、明日。
そう思っていた。そう信じてた。
当たり前のように明日は来るはずだと。
「……寒っ」
暦の上では春だというのに、北風が肌をさす。雪でも降りそうな曇天が、ユフを憂鬱にさせる。
都会でも田舎でも無い、自分が生まれ育った街。それを一望出来る揺るやかな坂道を、ユフはゆっくりと歩きながら、自転車を押して登っていく。
忙しなく動く車や人。昼間だと言うのに天気の悪さからか、照明のついた家々があった。
あぁこれが自分のいる世界で紛れもない現実。
そして、ここは一人の少女が絶望した街。
「いつまで経っても慣れねぇよ、ツキ」
自転車のカゴの中で揺れる白い花を、ユフは愛おしそうに見ながら坂を登り切った。
涙が出そうだと思うくらい、北風がつめたい。
それが嫌という程に彼を現実と分からせるのだった。
◇
神託の盾騎士団本部内にある、とある学者の一室。無造作に積み重なっている本や散らばる譜業。
部屋の主でも何処に何があるか分からない。そんなカオスと化した部屋の中で、唯一整頓されてあったのは、実験台の上だった。
◆01:ゼロ
ほんの一瞬のまばたきの間に世界が変わってしまった。という体験をした人が、この世の中にはどれだけいるのだろうか。
(――えっ、何で目の前に鉄格子?)
本当に、まばたきしている間に何かが変わってしまったのか。はたまた数分、あるいは数時間気絶してしまい、それに気づかず今こうして瞳を開けたという状況なのか。
どちらにしても、ツキの顔を引きつらせる状況には変わりなかった。
瞳を開ける前は、こんな景色ではなかったはず。そう思い、ツキは己の身に起こった事を回想するが、全くと言って良いほど思い出せなかった。
彼女の目に映る鉄格子の間からは、散乱している部屋の様子が見てとれた。勿論その場所に心当たりなんてあるわけがなく、そもそも鉄格子ってコレ何の冗談ですか?と猛抗議したいところ。
そう、ツキは狭い檻の中に閉じこめられていた。
(どう考えても捕まってるって状況……。え?でも、何で?)
首をひねって自問したが、頭は不自然なほど真っ白で、近況を思い出せない。
ツキは鉄格子にそっと触れようと手を伸ばすと、視界に入ってきた自分の「手」に驚愕した。
(ぬぁんじゃこれ!?)
全体的に丸っこい手先に、桜色のフサフサとした毛。いかにも獣のそれで、人としてのあるべき「手」とは言い難いものだった。
ちょこちょこと短く生えている指を折り数えてみたり、グーチョキパーをしてみたり「フレミングの左手の法則!」とかワケの分からない事までも試してみた。
(あはは……、嘘でしょ?)
やはりこの見慣れない動物のような「手」は、自分の意思のままに動くのだ。つまりこれは……と、暫く考え込んでみたツキだったが、答えは至極簡単。
認めたくはないが、この動物の手は紛れもない自分のものだった。
今度は自分の頬をさわってみる。すると手と同じように、フサフサとした柔らかな毛の感触。そのまま輪郭に沿って頭部をなぞってやると、大きな耳のようなものが、だらりと下に垂れている。
ここまで来て言うのも今更という話だが、明らかに人間の形成をしてない。
目が覚めたら檻に入っていて、しかもあろうことか動物化。
(あは、あははっ……。どういう事これ?)
ツキは既に驚愕の域を通り越して、もはや失笑するしかなかった。
原因は全く掴めず、思い当たる節もない。ひとしきり「何でだぁー!?」と悩み狂ったツキだったが、当然それに答えてくれる人もいない。
(でも、とにかくこの捕獲されている状況はマズいよね)
もしかすれば何か人体実験をされたのかもしれないと、ツキの頭に仮説が立つ。可能性はゼロに近いだろうが、否定も出来ない。
とりあえず百歩譲って動物化した事は仮に、あくまでも仮に、認める事にした。
ツキは見慣れない己の短い丸っこい手を、格子へと伸ばす。そっと前に押してみると、施錠されていなかったのか難なく格子は開いてしまった。
(うっそ!?鍵くらいつけようよ)
不用心だなぁと思ったが、難なく抜け出せるのだから、素直にここは感謝しておくことに。
そして自分を捕獲したであろうおマヌケな捕獲者さんに脱走を詫びつつ、おぼつかない足取りで檻から出た。
脱走後まずツキが気になったのは、部屋の汚さ。典型的な学者の部屋と言った所だろうか。だが今立っている一畳程の台の上だけは、唯一片付いていた。
置いてある物は、自分が捕まっていたケージと同じものが3つ並んでいるだけ。ケージは小型犬が余裕で入る大きさだ。
向かって左はツキが脱出したため格子は開いているが、真ん中と右は閉まっている。
突然、微かな声が聞こえてきた。
「……帰りたいよ」
「え?!」
空耳かと疑ったが、確かに声はケージの中からだった。まだあの中には自分以外に誰かいるようだ。ツキはしっぽをブルブルと震わせながら、恐る恐る真ん中のケージに近づく。
「だっ、誰かいますかー?」
格子越しに覗いてみると、奥の方で僅かに何かが動いた。ものすごく凶暴な動物だったらどうしようと思い、極度のビビリなツキは声をかけてすぐにケージと間合いを取る。
しかし奥から現れたのは、顔以上に大きな長い耳。そしてそれに反して短い手足。オレンジ色の毛並みに、クリクリっとした大きな目をした動物だった。
(か、カワイイ!もうゼッタイにNot凶暴!)
ぬいぐるみのようなそれは、ツキの警戒心を一瞬にして奪った。
「お願い、ここから出して!」
ぬいぐるみは、格子越しにツキに向かって訴える。
「え!?あ、はい!」
可愛さにぽわんと夢中になっていたツキはすぐさま我に返り、慌てて施錠をといて解放した。隣のケージも開けようと中をのぞき込んでみたが、そこは既に空っぽ。
「そっちのはもう、連れて行かれちゃった後だよ」
ケージから出てきたぬいぐるみは、大きな耳を揺らしながら、寂しそうに言う。
「連れて行かれた」と言う言葉にツキは背筋がぞくりと震えた。やはりここは何かの実験室で、自分たちは捕らえられていたのだと思った。人間から動物に変えられてしまったに違いない。
ならば目の前にいるこのぬいぐるみ、もとい動物も――
「あなたも人間だったの?」
「人間?私達は元からチーグルよ」
「ちーぐる?」
聞いたことの無い単語だった。ツキは首をかしげる。
「それより、見つかる前に早く逃げよう!」
チーグルと名乗ったぬいぐるみはぴょんと軽々しく実験台から飛び降りて、床に散らばる本の上に着地した。
「うわわ、待ってチーグルさん!」
状況がイマイチ飲み込めないままのツキも、確かにここに長居すべきでは無いと判断し、遅れないように追いかけた。
01:ゼロ end.
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