TOAチーグルになったりならなかったりする夢
小さな世界(崩落編)
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しんと静まりかえった夜の空には、大きな満月と輝く星々。
自室の窓にカーテンを取り付けていなくて良かったと、ツキは改めて思った。もし取り付けていたなら、落日の頃にはカーテンを締め切ってしまい、きっとこの綺麗な夜空にも気づけなかっただろう。
夜のにおいがする。
そして真新しいような、それでいて涙がでそうなほど懐かしいにおい。
◆33:覚醒水準
「……いやいや、ちょっと待てよ」
息を大きく吐いた後、何かに気が付いたツキは怪訝に部屋を見渡す。おかしい。何かがおかしい。
さっきまで「カーテン無くてラッキー!綺麗な月に気付いたぜ!」と浮かれていた所だが、よくよく考えてみるとカーテンは随分昔に取り付けたはずなのだ。
異変に気付いたのはそれだけではない。
本棚の本も数が少なくなっており、いつも壁に掛けてある洋服も見あたらない。
「ここって私の部屋だよね」
今日は何故か体が鉛のように重くて、ひどく疲れている。信じられないことに、日中何をしていたのかも覚えていないほど重症だ。
ただ、疲労困憊でもツキは「何が何でも早く帰りたい」と懸命に思い続けていたのは記憶にある。
一番当惑している事は、こんもりと掛け布団がふくれあがったベッド。
本当にここが自室なのか疑わしくなったツキは扉の方へ移動して、もう一度くまなく部屋をチェックする。
家具の位置は間違っていない。所々物の変化はあるが、ベッド脇に見慣れたバスケットがあった。中にはアッシュが用意してくれたピンクのもふもふブランケットも入っている。
信じたくないが、ここはやはり自室のようだ。
「ひいっ!」
突然、ベッドでもぞもぞと布団が動いた。
ツキは扉に背中をぴたりとくっつけて固唾を呑む。これはもう、確実に誰かが寝ている。疲れの幻惑だと無視したいが、それを無視してベッドに入って誰かいたら……。それ以上は怖くて考えられない。
ええい女は度胸だ!と意を決し、ツキは恐る恐る声をかける。
「……あなたは、誰?」
蚊の鳴くような弱々しい声で問うと、その人物はまたもぞもぞと動いた後、ベッドから上体だけをむくりと起こしてツキと向き合った。
起き上ってきたのは、無防備な寝ぼけ眼のぼんやり少女。
ユフに似た目鼻立ちをしていて、ぴょんぴょんと寝癖のように跳ねた桜色をした髪型は見覚えがありすぎる。
月明かりだけしか無い部屋の中なのに、何故かそうした緊張感のない表情や色がはっきりと捉えられた。これも疲れの幻惑なのだろうか。
「ツキです」
ベッドで眠っていた人物は、ツキと同じ名を名乗った。
(わ、私……?)
そっくりさんだと流せるレベルではなく、間違いなく彼女は自分自身。
こんな事は非科学的であり得ない。まさかレプリカ?と思い浮かんで、背筋が凍った。
一体誰が、何のために。
そんな風にツキも相当驚いて困惑しているが、勝手にベッドで寝ていた自称ツキは、それ以上に動揺しているようだ。
眠っていたら急に誰かが声をかけてきたのだから無理ないよなあとツキは心の中で同情する。急に申し訳なくなり、茫然としてかける言葉を失った。
苦し紛れに目を伏せると、足元に真っ赤な色が飛び込んできた。普段、人間時は神託の盾の制服を着用している。けれど今は、真っ赤なフレアワンピース姿。
間の抜けたことに、今更自分が人間姿であることも自覚した。
(このドレスどこかで……)
思い返してみると、一つの不思議な体験に突き当たる。
以前、夜中にふと目を覚ました時に、ツキは同じようなワンピースを着た少女と短い会話をした事があった。
しかし、いくら目をこらしてもワンピースの彼女の鎖骨から上が鮮明にならず、最後までツキは彼女の正体が分からなかった。
声のトーンから判断すると、同い年くらいの女の子であったことは分かっている。
はっとして、ツキはここが「誰の部屋」なのかを理解した。
「……あー、あの時の、か」
「?」
レプリカでも何でもない。ベッドにいるかつての自分自身が、不思議そうに首をかしげる。やや険しい顔をしているのは、きっと目をこらしてツキの顔を見ようとしているのだろう。
全てが一本に繋がった。真新しいのに、涙がでそうなほど懐かしいにおいの理由。
どうやらここは、過去の自室らしい。
「ううん。会えて嬉しいよ、ツキちゃん」
謎が解けて昔の自分と出会えた事が純粋に嬉しくて、ツキはクスリと笑った。そのままベッドに歩み寄り、ふわりと腰をかける。
少しだけ「ツキちゃん」が警戒の色を見せたが、ツキは相手が過去の自分だと分かった以上遠慮するのをやめた。
ツキは徐々に思い出し始める。
この時代はマルクトからダアトへ戻ってアッシュと和解し、シンクの第五師団で新生活をスタートさせた頃。だから部屋にカーテンが無くて、本棚の本も少なければ、リグレットに譲って貰った洋服も飾っていないのも当然だ。
私はこの頃、きちんと幸せを実感できていたのだろうか。少なくとも、今の自分よりは幸せだったと思う。
未だ警戒してオロオロしている過去の自分に、ツキは聞いてみたいことを思いつく。
「教えてほしいの。あなたは今、幸せ?」
問うと案の定、漠然とした質問にツキちゃんは驚いてしまう。
「何でそんな事を聞くの?」
「聞きたいから」
深夜に侵入してきた不審者からの質問を投げやりにすることもなく、彼女は真剣に考え始めた。
聞いておきながらも、ツキは彼女がどう答えるのか知っていた。それでも本人から直接聞き出したかったのは、幸せだった自分を確立する意地とも言える。
「うん。幸せ」
晴れやかですっきりとした、何も迷いのない笑顔がそこにはあった。
鏡の前でにこりと笑った時に見るものとはまるで違う。目の細め方、口角の上がり具合。「彼女」が心から幸せを実感して満たされているのが、言葉からではなく笑顔で伝わってきた。
答えを知っていたはずなのに、予想外の事を言われたに等しい衝撃を受けた。
「ああ、そうか」
自然に笑うとは、こういう事なのか。この時代の自分は、とにかく新しい生活を笑って楽しんでいたのだ。
まだ体の不調は大きく見られなかったし、シンクやアリエッタ達とも対峙していなかった。
いつからこんな事になってしまったのだろう。少なくとも、こんなねじ曲がった悲しい未来は想像していなかった。
「ワンピースさんは違うの?」
不思議そうに見つめてくる過去の自分に、ツキは吹き出した。
「それって私のこと?」
ネーミングセンスの悪さにケタケタと笑いながら、頭の中にこれまでの出来事が走馬燈のように浮かび上がる。
旅の始まりは、導師イオンの救出。それからタルタロスでルークに刺されてしまい、ジェイド達と共に和平の使者となる。アクゼリュスの崩壊。 初めて見る魔界。世界を破滅に追い込むヴァンの思惑。
(そうだ、私は――)
急に、胸がつまったような息苦しさがツキを襲う。
最後に浮かんだ景色は海の中だ。きらきらした魚たちが逃げていき、どんどん冷たくて暗い場所に落ちていく。
目の前の彼女はこんなに幸せそうなのに、どうして私はこんな悲しい結末を招いてしまったのだろう。
彼女のためにも、私はもっと頑張らなければならなかったはずだ。
「ここは良いね。幸せそうで羨ましい、ずっとここに居たいよ」
震える声をどうにか隠しながら、ツキは立ち上がる。
皺にもなっていないフレアを整えて、最後の力を振り絞ってきれいに笑った。
ここにいてはいけない。ここは目の前の彼女が頑張る時代だ。
「その気持ち、ずっと忘れないでね」
「え?」
「アッシュによろしくね。あと、ユフ君にも」
何が何でもみんなのいるあの場所へ帰りたいけど、きっと私はもう彼らには会えない。
◇
地核到着後にタルタロスの振動装置を起動させて甲板へ向かうと、上昇気流を生み出すための譜陣が「侵入者」によって消されていた。
地核から脱出するにはアルビオールに乗って、譜陣を補助出力にする必要がある。予めイエモン達が用意してくれていたこの譜陣が無ければ、脱出は不可能。
ユフ達はやむを得ず侵入者を撃退し、急いで譜陣の修復作業に入った。
「ツキは大丈夫かな……」
そばにいたガイが、甲板中央で行われている修復作業を眺めながら呟く。
甲板に残っている譜陣の痕跡をもとに、ティアがルークへ指示を出していた。
ジェイドが全身のフォンスロットを開いて生成した音素の塊が、ルークに抱き上げられたミュウの炎によって移動して、新たな譜陣を描いている。
単純そうな作業だが、少しでも光の玉がずれてしまうと始めからやり直さなければならない。
彼らの集中を妨げないように、ユフは半歩ガイに近寄った。
「ツキは心配ないと信じたい。だってあの時助けに――」
「いや、そうじゃなくて。ほらさっきの」
ガイはちらりとイオンの方へ視線を移す。彼は静かに涙を流しながら、地核の下を見渡していた。ガイが何を案じているのか、すぐユフは理解する。
先ほどの侵入者――シンクの件だ。
「難しいな。言ってしまえばツキもショックを受けるだろうし、後で大佐に相談しないと」
「ジェイドは何て言うだろ」
「分からん。でもあいつが言う事はいつも、腹が立つくらい正しい」
だから、きっと大丈夫だ。
言ったユフは、修復作業をしている三人に再び視線を戻した。
地核の景色は、何色もの光がきらきらとオーロラのように移り変わる。
元気なツキと再会できた時はまず、地核はまるで虹の中にいるみたいだったと話そう。彼女の負担を考えると地核に関して話せることは、これ以外に思い浮かばなかった。
気に掛かる事と言えばもう一つ。ツキが海へ落ちてしまった時、誰よりも一番に動いたルークの事だ。彼にあれだけの瞬発力があっただろうか。
「俺もタタル渓谷でアニスが崖から落ちそうになった時、女性恐怖症の事も忘れて無意識に体が動いたよ」
火事場の馬鹿力ってやつだ、と照れくさそうに言ったガイは会話を繋げる。
「もしくはアイツの仕業かもな」
誰の事だとわざに問わなくても思い浮かぶ。アッシュだ。ルークの体を通して、アッシュが動いた可能性も考えられる。
でもなぁー、と唸ったユフは首をかしげる。
「アッシュなら目もくれずに、飛び込みそうな気がする」
言ってみて、いかにもアッシュがそうする景色が目に浮かぶ。けれど実際、ルークは海に飛び込まなかった。だとすればルークの「単独行動」と認識した方が自然な気もする。
ざらざらとした居心地の悪いものが、ユフの喉につっかえている。そのまま彼はこほんとわざとらしく咳払いをした。
「ルークにとってツキは大切な仲間の一人だとは分かってる。でも、誰よりも先にツキを助けようとした行動。すなわち、その原動力は何だと思う?」
「ユフにしては、えらく質問が回りくどいな」
珍しい事もあるもんだとガイは感心ぶって笑った。
「ルークはツキが好きなのか、って言いたいのか?」
「わー!わー!わー!」
耳を塞いでユフはうずくまった。女子かお前はと、足元にいる彼を見下ろしたガイは人知れず溜息をつく。度を過ぎたシスコンぶりはやはり困りものだ。
「ツキだって恋の一つや二つしないと可哀想だぞ」
「分かってるよそれくらい……」
一向に答えが出ない不毛な議論に終止符を打ったのは「集中しなさい!」と、修復作業を行っているティアの大喝。ルークに発せられたものだったが、急な事に二人は体をびくつかせて驚いた。
「ちっくしょー!うまくいかねぇぇえええ!」
頭を掻きむしったルークは、駆け足で譜陣のスタート位置へ戻る。
甲板の端で二十代前半のメンズが恋バナをしているとは気づきもせず、修復作業テイク4が始まった。
33:覚醒水準 end.