TOAチーグルになったりならなかったりする夢
小さな世界(崩落編)
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シェリダンの集会所には、中央に大きな歯車が回っている。
オブジェなのか実際何かを動かしているのかは分からない。普段目にすることは出来ない大時計の裏側を見ているような気分で、ツキとユフは興奮した。
この街はスイッチやシーソーなど職人の遊び心だらけで、こういった仕掛けがいくつもある。
だが今はその歯車を前にして、二人は冷や汗を流している。
◆29:タタル渓谷
「そんな風に心が狭いから、あの時単位を落としたんだ!」
「うるさいわい!そっちこそ仲間に売られたんじゃろが!文句を言うなら出て行け!」
語気を荒くしてシェリダン「い組」のイエモンとアストン、ベルケンド「め組」のヘンケンが睨み合う。
お互い大学時代からのライバル同士。こうして彼らは何かにつけて対立するのだ。
腰に下げている工具を今にも投げつけそうで、ツキは小さな体をますます小さくさせて、ユフの足に隠れた。仲裁役のタマラとキャシーは、対立に嫌気がさしたようで外へ出ている。
出会って間もない自分達がこの喧嘩を止められるわけが無く、ツキたちはただただその場に空気としていることし出来なかった。
「い組」のイエモンが、ふと集会場の入り口を見た。つられてツキとユフも振り返る。
ダアトから戻ってきたルーク達が、驚いた表情でこちらを見ていた。
「あー!何でツキたちまで!?」
どうやら彼らは、ツキとユフがシェリダンに来た経緯を知らないらしい。
「こいつらはわしらと一緒にシェリダンへ来たんだ。振動周波数の測定器も完成させたぞ」
ヘンケンが自慢気に言うと、アストンが「わしらの力を借りてな」と付け加える。すかさずヘンケンが「道具を借りただけだ!」と抗議。再び喧嘩勃発だ。
「げ、元気なじーさんたちだな……」
後頭部をかきながら苦笑したガイを見て、ツキも同意をこめて頷いた。
仲裁に入ったティアのおかげで落ち着いたイエモンが、完成した振動周波数の測定器をジェイドに託す。
測定後の作戦はこうだ。
結果を元に、地核の振動に同じ振動を加えて揺れを打ち消す。地核の圧力に負けずそれだけの振動を生み出す装置を作るとなると、単純に考えれば大仕事だ。
だが、この街の職人を甘く見てはいけない。
「その役目、わしらシェリダンの"め組"に任せてくれれば、丈夫な装置を作ってやるぞい!」
「いいや!360度全方位に振動を発生させる精密な演算機は、俺たちベルケンドの"い組"以外には作れないと思うねぇ」
「また始まったよ……」
ユフは頭を抱えた。世界に危険が迫っているこの時に、い組もめ組も無いというのに。このままでは埒があかない。
皆の説得で、彼らはようやく渋々ながらも協力することで同意した。
イエモン・アストン・タマラの「い組」が、地核の揺れを抑える装置の外側を造り、ヘンケンとキャシーの「め組」には演算器を任せる。
ツキとユフもルーク達と合流し、振動周波数を測定するためにタタル渓谷へ。
シェリダンへ戻ってくる頃には譜業機器の準備は整っているだろう。対立はするものの、彼らの腕は確かなのだ。
◇
タタル渓谷はバチカルの北東に位置するイスパニア半島にある。
そしてここは、ルークにとって始まりの場所。
彼は屋敷でティアとの間に起きてしまった超振動により、バチカルからここへ飛ばされてしまった。そこから、旅は始まったのだ。
感慨深い何かがあるのだろう。ルークもティアも、二人してぼんやりと遠くを見ている。
暫しセフィロトまでの道中、渓谷の景色を楽しむ。こう配のある坂道や浅い川を渡って、幸い恵まれている天気の良さも手伝い、気分はハイキングにでも来ているもの。
「こんなに自然豊かな土地だと、伝説の生き物に出会えそうですね」
イオンの体調を気遣って何度目かの休憩中、彼は花々に群がる蝶や蜂を見て穏やかに笑う。
見たことがない鮮やかな青色の蝶に、ツキも目を奪われた。
『見て見てアニス!すっごくキレイな蝶がいる!』
あまりの珍しさに、すぐ傍にいたアニスの足をたたいて、ツキは蝶の方を指し示した。
すると彼女はポカンとした顔でその蝶を見る。
「えっえっ?幻の青色ゴルゴンホド揚羽!?捕まえたら一匹当たり400万ガルドの!」
「エンゲーブのリンゴが10万個買えますね」
ジェイドの言葉に、ぴくんとツキの両耳が止まる。
セフィロトを見つける前に、とんでもないものを発見してしまった。リンゴ10万個は一度に食べきれないから、可能な限りお腹いっぱい食べて、その後はジャムを作るのも良いかもしれない。
「お手柄だよツキ!追いかけてこっちにおびき寄せて!」
「みゅっ!」
了解!と素早く回り込んで、リンゴ10万個相当を追いかける。穏やかな渓谷の景色のおかげで、全員少しばかり気が緩んでいた。
まるでその隙を突くように、突然地面が縦に揺れる。
『ぎゃっ!』
ツキは立っていられず、べたりと体を地面に這わせて、咄嗟に木の根にしがみ付いた。崖側にいたアニスの身体が後ろに傾くのが視界に映る。
「やっ……!」
『アニス!』
滑落から間一髪の所で草に捕まり、何とかアニスは地面との衝突を免れた。だが重力には逆らえず、徐々に彼女の身体は下へと落ちていく。一番に来たティアが、急いで彼女の腕を掴んだ。
次いで来たのはガイ。しかし彼は、極度の女性恐怖症。女性に触ることも、近寄ることも出来ないのだ。
アニスはガイの方をじっと見上げ、そして次には落ちる覚悟をして目を強くつむった。
ツキは自分に出来る精一杯の事を考えた。でもそれは無駄だった。チーグルのこんな小さな身体では、引っ張り上げることは物理的に無理だ。
アニスが落ちてしまう。恐怖で身体が急激に冷えた。
「アニス!」
叫んだのはガイ。ティアと同じように、彼はアニスの腕を掴んで力強く引っ張り上げて救出した。
出会った頃、女性陣から握手を求められただけで後ろに飛び引いたあの彼が――。
待っていればゴルゴンホド揚羽が迷いこんでしまいかねないくらい、あんぐりと開いたツキの口は、暫く閉じることは無かった。
尻餅をついて、ガイは自分の震える両手を見つめる。
その震えは、女性恐怖症の症状では無いような気がした。感極まってなるような類だと、ツキは思う。
「ティア、ガイ……ありがとう」
アニスは二人に頭を下げた。ティアはまだ混乱しているようで、気遣うようにガイを見る。
震えがおさまって、ガイは立ち上がった。自分の症状のせいでアニスに大事が無くて良かったと、心から安堵しているのが分かる。
「やーん!アニスちょっと感激っ」
語尾にハートマーク入りで、アニスは体をクネクネと動かす。以前、ルークにこびを売っていた頃の、あの態度だ。
『すごい!格好良かったー!』
「ガイさん頑張ったですの!ツキさんも格好良いって――」
ミュウが言いきるうちに、ユフがミュウを抱き上げた。余計な通訳でフラグを立てなくてよろしい!と、彼はツキ用のお菓子、リンゴチップスをミュウに与えて口止めする。
けれどガイには伝わってしまったようで、くすぐったそうにツキを見て笑った。
「そう言えばガイはマルクトの貴族でしたねぇ。きっと国庫に資産が保管されていますよ」
ジェイドは楽しむようにささやく。ツキはアニスの瞳の奧に、金貨が見えた気がした。
「ガイ!いつでも私をお嫁さんにしていいからね!」
「……遠慮しとくわ」
ガイが言うと、今度はどこかで馬のような鳴き声が響いた。
全員、警戒して周りを見渡す。
すると、またもやアニスがゴルゴンホド揚羽を見つけた時のように「ユニセロス!」と大声を出した。