TOAチーグルになったりならなかったりする夢
小さな世界(崩落編)
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翌日、ユフが集合場所のロビーへ行くとアッシュとルークが口論していた。
寝坊してきたルークに対し「よくいつまでも眠れるものだ」と、時計を見て呆れ返っているアッシュ。一方のルークは「自分が寝坊した原因は誰も起こしに来なかったからだ」と言い張っている。
そのやり取りを微笑ましく思いながら、ユフは壁にもたれて外の景色を見た。西の方に薄い雲はあるが、それなりに晴天と呼べる青空。雨になる心配は無さそうだ。再び視線を完全同位体の二人に戻す。
「寝過ぎでそのうち、脳が溶けるんじゃないのか」
「そっちは口が曲がるんじゃねーの?つか、それ言うならツキだろ。どうせまた今日も最後だろうし」
「屑とツキを一緒にするな!」
◆26:Slowpoke
アッシュはロビーを見渡した。ルークの予想通りツキの姿はまだ無い。大方、まだ眠っているに違いない。慌ただしい出来事が続く中、彼女は日常である仮眠を削っていたのだ。
むしろよくベルケンドまで保った方だと、アッシュは思う。一言も「眠い」と漏らさなかった彼女は、きっと今頃泥のように眠っているのだろう。起こしに行く気にはなれなかった。
「いやぁー、遅くなってすみません」
集合していなかったのはツキだけでなく、ジェイドも同じだった。彼は宿の外から戻って来るなり、揃っている人数を確認する。
ツキがまだ揃っていない事をユフが指摘すると、張り付けたような笑みで返すだけだった。
そこにアッシュは引っかかりを感じる。普段の彼であれば「またツキですか」と嫌味の一つや二つを、零しそうだと言うのに。
「それで、何か分かったのかジェイド?」
ルークが問うと、ジェイドははっきりと頷いて肯定した。そして彼はおもむろに「地核をご存知ですか?」と一同に問う。ナタリアがたどたどしくも「記憶粒子が発生している惑星の中心部……ですわよね」と答える。優秀な回答だった。
「本来静止状態にある地核が激しく振動している。これが魔界の液状化の原因でしょう」
思い切りはしょったような説明だったが、理解はしやすかった。ジェイドはそのように言葉を選んだのだろう。
だがいざ原因が分かったとしても、なかなかピンとは来ないもので、暫く各々が何かを思案していた。
「それならどうしてユリアシティのみんなは、地核の揺れに対して何もしなかったのかしら」
言いながらティアは、右頬に手をやって首をかしげた。ユリアシティ出身の彼女らしい、もっともな疑問だ。
ユリアの預言に詠まれていないからと言う理由もあるだろうが、それが一番の原因だとは考えられない。
「預言に無かったのも理由の内でしょう。しかし一番の原因は揺れを引き起こしているのがプラネットストームだからです」
プラネットストーム。
地核の記憶粒子が第一セフィロトのラジエイトゲートから溢れ出し、第二セフィロトのアブソーブゲートから、再び地核へ収束する。これがプラネットストーム。
創世歴時代にサザンクロス博士によって提唱され始まった、人工的な惑星燃料供給機関だ。
「恐らく当初は、プラネットストームで地核に振動が生じるとは考えられていなかった。実際、振動は起きていなかったのでしょう」
「長い時間をかけて出来たひずみが、地核を振動させてんだろうな」
ジェイドの言葉を引き取ったユフは、髪をいじりながら何でもない風に言う。
一同の中で唯一壁に身体をあずけている彼は、話に耳を傾けているだけで会話に参加していないように見えたため、突然口を挟んだ事にアッシュは少し驚いた。
「ん?俺おかしいこと言った?」
視線に気付き、ユフは髪から手を放し口元に添える。どことなく、ツキと仕草が似ていて腹が立った。わざとで無いから、殊更に。
それでもジェイドの話は、構わず進んでいく。
「地核の揺れを止めるにはプラネットストームを停止しなくてはなりません。そうなると、譜業も譜術も効果が極端に弱まり、音機関も使えなくなる。外殻を支えるパッセージリングも完全停止です」
「打つ手がねぇじゃんか……」
挙げられていく問題を聞いてルークは肩を落とした。アッシュはジェイドに視線を向ける。
「プラネットストームを維持したまま、地核の振動を停止出来ないのか?」
「流石アッシュ、目の付け所が良いですねぇ」
言いながらジェイドは、小脇に抱えていた禁書を右手に持ち直す。言わずもがな、ダアトでイオンが託してくれた物だ。地核の振動を停止させる草案が、これと言うわけだ。
セフィロト暴走の原因が分からない以上、液状化を改善して外殻大地を降ろすわけにはいかない。つまりこの禁書は、ユリアの預言と反しているため、これまで教団に封印されていたのだろう。
「液状化の改善には禁書に書かれている音機関の復元が必要です。この街の研究者の協力が不可欠ですね」
「だがこの街の連中はみんな父上とヴァンの息がかかっている」
「……ち、父上ぇ!?」
ルークが叫び、ピタリと場の空気が凍った。先ほどのユフでは無いが、何かおかしな事を言ったかと、アッシュは眉間に皺を寄せる羽目となった。
「何だ!?何がおかしい!」
「へぇ~。アッシュってやっぱり貴族のおぼっちゃまなんだっ!」
身体をくねくね動かしながら、アニスはからかうように笑う。アッシュ自身、失言した自覚はこれっぽっちも無かったが「おぼっちゃま」と呼ばれた事に抵抗以上のものを感じた。
お腹を抱えて一番笑っているユフを代表で睨み付けて、彼は背を向ける。すかさずナタリアが「どこへ行きますの!?」と、声をあげた。
「……散歩だ!話は後で聞かせてもらうから、お前らで勝手に進めておけ!」
言い放って、アッシュは行くあても無く宿を出た。だからこいつらと関わるのは嫌なんだ。心の中で悪態を付きながら、彼は適当に時間を潰せる場所を探す。
小さなスロープを上がりながらぼんやりと景色を眺める。行く場所は全く思いつかない。
「待ちなさい、アッシュ」
ジェイドだった。彼は宿を出て追いかけて来たものの、入り口の傍から動かない。スロープを上がりきっていたアッシュは、仕方なく降りることにして自ら数メートルの距離を戻った。
「絶好の散歩スポットを、お教えしましょう」
いたく真面目にジェイドが言ったもので、アッシュは呆気にとられた。だからと言って彼が本気で散歩スポットを提案するわけでは無い事も分かっている。
「音機関研究所の医療室はご存知ですか?」
「ああ、知っている」
「そうですか」
にこりと笑みを作って「では」とジェイドは退散しようとする。アッシュは慌てて彼を呼び止めた。何だってそんな場所に行かなければならないのか。
睨み付けて見上げると、ジェイドはまるで気分を害したと言わんばかりの冷ややかな表情に変わった。
「ツキもツキですけど、いつまでもそんな向き合わない態度では感心しませんね」
見下ろしてくるジェイドの視線は怒っているような、呆れているような、とにかく不愉快な感情が複雑に混じり合っていた。
一瞬でも気を抜けば、戦いて体がすくみ上がってしまう程の眼力でジェイドは言い放った。貴方もツキも臆病です、と。
「二人の秘め事、根本的な理由は一緒だと思いますよ。それに今更、信頼を失う間柄でも無いでしょうに」
「うるせぇな」
「とにかく迎えに行ってあげなさい。きっと喜びますよ」
アッシュは沈黙する事しか出来なかった。一体、ジェイドはどれ程の手札を見てきたのだろうか。少なくとも、自分は誰であろうと見せた事が無かったはずなのに。