体調不良シリーズ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ここ最近は儀式の頻度が高かったから、今日は久しぶりに音楽でも聴きながらゆっくりしようと思っていた。それなのに、エンティティのやつめ、伝達もなく急に儀式に呼び出しやがって。
天から見下ろしているであろう神様に不機嫌さを隠すこともせず、オレは真っ白な地面をわざと音を立てながら踏みしめた。
「ん……?」
この鬱憤は、全て生存者のやつらにぶつけてやる。そんな企みを胸に外周を見て回っていると、ふと、岩の陰からはみ出ている何かが目に入る。
遠くてよく見えないが、棒のような物に見えなくもない。生存者がフラッシュライトを置いたまま忘れていったのか? それとも私物の落とし物か?
とりあえず確かめるだけ確かめてみようと、オレは岩場に近づいた。そして、あと数メートルというところまで来た時、ようやくその物体の正体を理解した。これは棒切れなんかじゃない、人の手だ。
儀式が始まってからまだ誰も切りつけていないはずなのに、なぜこんなところに生存者が倒れているのか。好奇心に身を任せ、岩の裏を覗き込む。
(ああ、こいつか……)
おかしな格好で雪の上に寝転んでいたのは、名前という名の女の生存者だった。こいつはビビりなのか、フィールド内を無駄にうろちょろしていることが多く、顔を見かける機会が多い。ある意味で思い入れの強い生存者かもしれない。
それにしても、こいつはなぜこんなところに寝ているんだ。いや、もしかしたら寝ているように見えるだけで、これは罠だったりするのか。ラッキー、なんて思って馬鹿正直に彼女を担ごうとした殺人鬼に、至近距離からライトを当てようと企んでいる……とか。
だって、いくら何でもおかしすぎる。開始早々こんなところで無防備に倒れているなんて。
「…………」
考え込んでいても仕方ない。どちらにせよ、ここで無駄な時間を過ごせばこっちは不利になるばかりだ。さっさとアクションを起こしてしまおう。
万が一飛びかかられても大丈夫なように、念のため武器を構えながらオレは彼女の肩を揺すった。
「おーい、起きろよ……なあ……」
だが、一向に起きる気配がない。たった今気がついたが、彼女の呼吸は穏やかかつ規則的で、完全に睡眠中のそれだった。
「おいおい、マジで寝てんのかよ……って、酒臭っ!」
隣にしゃがみ込んだオレの鼻を刺激した、尋常じゃないほどのアルコール臭。その瞬間、全てに合点がいった。
どういう経路かは知らないが、どうやら生存者どもはどこかで酒を手に入れたらしい。この世界で嗜好品が手に入るのなんて稀中の稀だ。どうせ、嬉しさで浮かれて飲みすぎてしまったとかだろう。
めんどくせぇ……素直に感情を吐き出したオレの声に、彼女はパチリと目を開けた。
あれだけ揺すっても起きなかったのに何でだよ。そう思いながら立ち上がると、名前もふらふらとしながら上半身を起こした。視線がかち合う。
「…………」
「な、何だよ……」
「リージョン……フランク、だ」
「お、おう。起きたなら鬼ごっこするか?」
まあ、その状態じゃまともに逃げられないだろうけど。そう続けようとした言葉は、彼女の突飛な行動に遮られる。
油断していたオレの腰に、突然二本の腕がするりと巻きついてきた。しかも酔いつぶれているくせにやたらと力が強く、逃げ出そうにも逃げ出せない。
フランク、フランクとうわ言を繰り返しながら抱きついてくる姿に不気味さを覚えたオレは、何とか離れようと身体を捩る。暴れられたのが気に食わなかったのか、名前は冷えきった手のひらを服の中に差し込んできた。
不意をつかれた自分の口から出た「ひぃっ」という声が、この上なくダサくて、情けなくて。一瞬で心に深手を負ったオレは、彼女のハグを大人しく受け入れるしかなかった。
「んんー、フランク、フランク……」
心なしか満足したような声に変わった彼女が、スリスリと頬ずりをし始める。オレは立ち上がってて、彼女は目の前に座り込んでいて。その状態で抱きつかれて頬ずりをされると、何というかその、場所が大変よろしくない。
だが、今この女に何を言っても無駄だろう。抵抗して今度はズボンを下ろされたりなんかしたら、それこそ永久に立ち直れない。
幸い、今はそういう気分になれないせいか中心部分は無反応だし、ここは放っておこう。
「ふらんく、ふらんくー……」
「あー、はいはい……」
「リージョンのフランクだぁ……」
「そうだな、フランクだ」
「…………」
「……? どうした?」
ご機嫌な様子でオレの下半身に顔面を擦り付けていたはずの名前が、急に黙り込み俯いてしまった。抱きしめる腕からも徐々に力が抜けて、手のひらで口元を覆っている。
まさか、と嫌な汗が滲み出る。
「お、おい……、」
「うう……き、気持ち悪い……っ」
やっぱりだ。嫌な予感は当たってしまった。
泥酔状態になるほど酒を飲めば、そりゃ気持ち悪くもなるだろう。それにこの世界に来てから久々の飲酒だろうし、身体が上手く処理できてないんじゃないか。
彼女の顔色は相当悪いように見える。一応外とはいえ、オレの縄張りでもあるこのフィールド内で吐かれるのは、さすがに勘弁してほしい。
「う、う……っ、ふらんくぅ……」
「しっかりしろよ……オトナだろ?」
祈るような気持ちを込めて背中をさすってやる。
何でオレがオトナの世話をしてやらなきゃならないんだって気持ちもなくはない。でも今は、ここまで関わってしまったら捨ておく訳にもいかないだろって気持ちの方が強かった。
そんなふうに甘っちょろいことを思ってしまうのは、集団のリーダーなんかやってるせいだろうか。
少し落ち着いてきた彼女に肩を貸してやり、オレたちはフィールド中央のコテージへと向かった。途中で他の生存者に見つかることはなかったが、もしかしたらどこからか見られていて、生存者を介抱する姿を怪訝に思われたかもしれない。だが、そんなことは別にどうでもよかった。
「はぁ……仕方ねぇ、火つけるか」
詳しくは知らないが、冬のロシアでは大量のウォッカをあおった後に路上で凍死する人間が後を絶たないと聞いたことがある。帰宅途中に酒の力で眠ってしまい、そうなるらしい。
他の生存者を追っている間にこいつもそんなふうになられたら、エンティティに何て言われるか。自分の不注意で一人捧げられませんでした、なんてオチだけは絶対に避けたかった。
適当に薪を数本ぶち込んで、火を灯す。
肌寒かった部屋の中心からじわじわと熱気が漂ってくる。ここでなら少しくらい目を離しても凍えることはないだろ。
「んじゃ、オレはちょっと行ってくるから、アンタはここで……、」
と、振り返った先に、さっきまでいたはずの名前の姿がなかった。
「えっ……?」
ストーブに火をつけた一瞬の隙に、そこまで遠くに行ったとは考えにくい。
キョロキョロと建物の中を見渡してみると……いた。カウンターの横あたりで何かコソコソとやっている。
「おい、何して……」
駆け寄ったオレの目に飛び込んできた光景に、一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまった。
彼女は下に履いている衣服のボタンを外すと、キュロットとタイツのウエスト部分に親指をつっこんで、そのまま下ろし……って、いやいやいや、待ってくれ。
「ちょっ、はぁ!? おまっ……! な、ななな何してんだっ……!?」
「んん、トイレ……」
「ばっ……、待て! ここはトイレじゃねぇよ! つっても、ここにトイレなんてねぇし……っ、ああもう、こっち来い!」
結局、気づけばオレたちは元の岩場に戻っていた。
裏側で用を足しているであろう名前に、「終わったか?」なんて聞いている自分の立場がよく分からなくなってきた。今回の儀式はいったい何なんだ。
彼女のことを捨て置けないなんて思った過去の自分を殴りたい。前言撤回だ。こんな女、例えエンティティにどやされる結果になったとしても、そのまま放っておくんだった。
「ふらんくー、拭くものがないよぉ……」
「っ……雪にでも染み込ませとけ、馬鹿っ」
「ん、分かった……」
数秒後、「ひぇ、冷たっ」なんていう声が聞こえてきて、否が応でも雪の塊が彼女の温かいそこに当てられる光景を想像してしまう。
さっきは頬ずりされたって無反応だったくせに、中心部分が今になって若干の反応を示していることに腹が立つ。こんなんじゃあ、他のヤツらを追うことだってできやしない。
ふらふらと戻ってきた名前に膨らんだそれが見えないよう、少しだけ身体を傾けて顔をそらす。そうしたら、オレの具合なんて知る由もない彼女がピッタリとその身を寄せてきた。上目遣いで「し終わったよぉ、フランク」なんて微笑んでくるから、たまらなくなって。
案外、ヘベレケな状態の名前って可愛いかも、悪くないかも……そう思ってしまったオレは、やっぱり彼女と違ってまだ子どもで、単純すぎるんだと思う。
オレはこんなに掻き乱されてるのに、名前はきっと今日の出来事なんて覚えていないだろう。何事も無かったかのように儀式を終えて、拠点の焚き火に当たりながら酔いから覚めるんだ。
それって、ちょっとズルくないか。
3/3ページ