体調不良シリーズ
名前変換
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今日はやたらと視界が歪むなと、起床した直後から感じていた。濃霧に囲まれたこの世界の中はもともと視界が悪かったが、視野が狭くなるのとは違う。明らかに空気が歪んでいたのだ。
心なしか身体も熱いような気がして、頭がふわふわして、真っ直ぐ立っていられない。この症状が何を意味するかなんて分かりきっていたけれど、仲間に負担をかけるのが嫌で、名前は現実逃避をしてしまった。
これくらいなら何とかなるはずと高を括って儀式に臨んだが、案の定すぐに後悔する羽目になった。
油断して薄着で寝るんじゃなかった、食欲がなくても必要な栄養はとっておくべきたったと、浮かんでは消えていく反省の数々。
過去の行いを変えられたらいいのに。エンティティならできるんじゃないか。そんな無茶な思考にたどり着いてしまったのも、もしかしたら高熱におかされているがゆえなのかもしれない。
(うう……もう無理、修理なんてしてられない……)
配線をいじる指先まで震えてきて危機感を覚えた名前は、うっかり爆発させてしまう前にその場を離れた。音を立てて殺人鬼に見つかってしまうくらいなら、修理は仲間たちに任せて少し休む方がマシだろう。
こういう時に限って他の仲間が近くにいないことに不安を感じるが、物陰に隠れてじっとしていれば殺人鬼の目も避けられるだろうし、みんなそのうち助けに来てくれるはず……
そんな希望的観測を胸に近場のオブジェクトの陰でしゃがみ込んだのを最後に、名前の意識が遠のいた。
頭の中で、空気が動くような音がする。いや、頭の中ではない、身体のすぐ横のあたりだろうか。さっきから、ふしゅーふしゅーと呼吸音のようなものが規則的に聞こえていて、何だかとても心地いい。
その音に聞き覚えがあるような、ないような、ふわふわとした意識では判断がつかなかった。
「……ん、」
薄目を開けて、名前は自分が眠ってしまっていたことに気がついた。
そして同時に違和感にも気づく。確か儀式の間でオブジェクトに寄りかかっていたはずなのに、なぜだか掛け布団に包まれている感触がするのだ。
「んん……? なんで……、」
わけも分からず寝返りを打った先に見えたのは、見覚えのある作業着姿と白いマスク。今まで何度も追いかけられたことのある殺人鬼がそこに座っていた。
微睡む意識の中で聞こえていた呼吸音の正体を理解して、咄嗟に飛び起きる。
「いやぁっ!」
「……!」
突然の名前の大声に、マスクの彼もビクリと肩を揺らす。
泣く子も黙る大量殺人犯に有るまじき情けない反応だったが、今はそんなことはどうでもいい。なぜ目の前に彼がいて、黙ってこちらを見下ろしていたのか。そして、見知らぬベッドが置かれたこの部屋はいったいなんなのか。パニックを起こしている名前の関心事はそれだけだ。
「ち、近づかないで……!」
震えながらベッドの際の際まで下がって距離をとる。今のシェイプからは殺気を感じないけれど、普段の彼を考えればいつ何をしてきてもおかしくはない。
警戒したそばから、大きな手のひらが伸びてきた。言わんこっちゃない。
その手には決して捕まるまいとさらに後ずさるけれど、これ以上後ろに下がれないことを名前はすっかり忘れていた。ベッドマットからはみ出した身体が、床に向かってぐらりと傾いていく。
「っ……」
衝撃に耐えるため固く瞼を閉じた彼女を包んだ、温かい感触。ゆっくりと目を開けてみると、作業着をまとった胸板がすぐ目の前にあって。どうやら今シェイプの両腕の中にすっぽりと収まっているらしかった。
そのまま力いっぱい締め上げられて殺されるなんてこともなく、ただただ優しく抱きとめられ、マスクに空いた穴の奥から綺麗な瞳に見つめられている。
何だろう、さっきまでの心配など空回りであったことを示すようなこの展開は。
状況がまったく掴めないけれど、この状態を意外にも心地よく感じている自分を名前は受け入れられずにいた。
平時より少しだけ速い心音も、穏やかに流れているように思える空気も、全ては熱に浮かされているせいに違いない。それか、具合の悪い時は人肌が恋しくなるあの現象のせいだろう。
でも、だとしたら、絡み合った視線をいつまでもそらせずにいるのはなぜなのか。彼の方も何か思うところがあるのか、名前の身体を抱くシェイプの手のひらに少しだけ力が込められる。
「よう、生存者の様子はどうだ? ……って、何してるんだお前ら……」
その時、絶妙なタイミングで姿を現したトラッパーにより、緩やかな空気は呆気なく砕け散ってしまった。特に人目を気にする様子のないシェイプを押し退けて、慌ててベッドの上に座り直す。
名前はここが殺人鬼陣営の拠点なのだということを、今になってようやく理解した。
***
「まったく、お前らがそういう仲なのかと思って驚いちまったじゃねぇか……」
再び布団の中にもぐった名前の横で、飲料水やら濡れタオルやらをせっせと用意するトラッパーが溜め息をこぼす。そのさらに横にいるシェイプは、手を貸すでもなくその様子を凝視している。
言葉を話さないシェイプに代わり、名前がここにいる理由をトラッパーが説明してくれた。
どうやら儀式中にしゃがみ込んだまま意識を失ったところを、仲間の生存者よりも先に対戦相手だったシェイプが見つけてしまったらしい。ぐったりと目を閉じたまま動かない名前を横抱きにしたまま帰還したシェイプは、トラッパーいわくなかなかに不気味だったそうだ。
彼は口をきかないから何を考えているかは分からないけれど、切りつけてもいないのに苦しそうに横たわっていた生存者を見てどうすべきなのか分からず、持ち帰ってしまったんじゃないかとのことだった。
まるで物のような扱いだなと複雑な気持ちになったけれど、何にせよ一人で帰れそうにない私をここで看病してくれると言うのだから、その厚意だけはありがたく受け取ろう。……と、名前は諦め半分に無理やり納得した。重だるい頭で難しいことを考えたくはない。
「あの、ありがとうございます……」
「今回だけだろうし、気にすんな。生存者が殺人鬼に礼を言うってのも変な話だろ」
「……殺人鬼が生存者を介抱するのも変じゃないですか?」
「まぁそうだな。だから、さっさと治るように今は何も気にせず休んどけよ」
儀式の最中では考えられないような気前のいいトラッパーに、うっかり好意的な印象を持ってしまいそうになる。一時的とはいえ敵側の陣営に身を置くだなんて言語道断だと思っていたが、こういった普段なら見られない裏の部分を目の当たりにできたのはある意味で貴重な経験ではなかろうか。
殺人鬼の彼らとて、元は普通の人間だったということを思い出させる。
「……?」
一通りの看病道具を置いて部屋を出ていったトラッパーを目で追ったあと、ふと隣にいるシェイプの雰囲気がどこかピリピリとしているように感じた。言葉も行動も伴わない単なる雰囲気の話なので、特に根拠のない勘でしかなかったけれど。
そういえば、彼はトラッパーと一緒に出ていかなくてよかったのだろうか。儀式の予定があったりはしないのか。
「あの……私一人で大丈夫だよ。用があれば呼ぶから、別に付きっきりでなくても……、」
言葉を遮るようにして、白いマスクがゆっくりと左右に振られる。どっしりと構えた座り姿も相まって、看病は自分に任せておけとでも言っているかのように見える。
名前の心の奥底に、ベッドから落ちそうになったところを抱きとめられた時と同じような感情が流れ込んだ。むず痒いような、ふわりと浮き上がるような、何とも言えない妙な感覚だ。
その感情をハッキリと自覚するのは良くないことのような気がして、心に蓋をするようにシェイプの瞳から視線をそらし、サイドチェストの上に置かれた看病道具に目を向ける。水の入ったボロボロの桶や濡れタオル、氷嚢のようなものまで置いてある。殺人鬼である彼らが風邪を引くとは思えないのに、ここまで物が揃っているのは意外だった。
熱で普段より呼吸が荒いせいでやたらと乾く喉を潤そうと、ベッドに手をついて体を支え、飲み水が入ったアルミのコップに手を伸ばす。
その時、名前の目線をたどったシェイプが彼女が触れるよりも先にコップを持ち上げた。恐らく無理な姿勢で手を伸ばす彼女を見て、自分が渡してあげようとしたのだろう。
だが、慣れないことをして必要以上に力んだ彼の腕は、すでに伸ばされていた名前の腕とぶつかってしまう。
「きゃ、……っ」
コップが手を離れ、宙を舞った透明な液体がなすすべもなく名前の胸元に降り注いだ。少し遅れて、カランコロンとアルミの器が床を叩く。
ありがたいことに氷まで入れてくれていた飲み水も、被るとなると話は別だ。しかも、熱で火照った肌のせいで余計に冷たく感じた。
ヘマをした当人は、自分がしてしまったことにショックを受けているのか、それともただ突然の出来事に驚いているのか、そのまま固まってしまっている。
わざとじゃないのは分かっているし責める気はないけれど、このままだと風邪をぶり返してしまうかもしれない。
「えっと……そこのタオル、とってくれる?」
できるだけ穏やかに、これ以上彼の心を刺激しないように頼んでみると、今度は落ち着いて替えのタオルを差し出された。ひとまずほっと安堵する。
だが、いざタオルを受け取ろうと手を伸ばすと、避けるように引っ込められてしまった。
「え……」
困惑する名前の濡れた上着に手をかけるシェイプ。脱げということだろうか。「脱げばいいの?」と問うても彼は何のアクションもとらなかったが、否定しないということは肯定なのだろうと解釈した。
首を横には振るのに、頷くことをしないのはなぜなのか。彼のポリシーが理解できずモヤモヤとしながらも、名前は指示通り羽織っていたカーディガンのボタンを外し、もう一度タオルに手を伸ばす。
が、やっぱりその手は再び引っ込められてしまう。
シェイプの目線は、いまだ名前の上半身に釘付けのまま。確かに、上着だけでなく中に着ていたブラウスも結構濡れてしまっている。もしかしたらそれも脱げという意味なのかもしれないけれど、さすがに敵陣営で下着姿を晒すのは抵抗があった。
ここは彼の意図に気付かないふりをしてやり過ごすべきだろう。首を傾げて、すっとぼけてみせる。
すると、痺れを切らしたらしいシェイプの手がついに胸元まで伸びてきて、ブラウスの襟を乱暴に掴んだ。
「ひ、……分かった、脱ぐ! 脱ぐから……!」
ここまできたら、もうほとんどヤケクソだった。
どうせ今ここにはシェイプ以外は誰もいないのだし、言葉を話さない彼ならここで見たものについてペラペラと言いふらす心配もない。下着ごと引きちぎられるくらいなら、自分から脱いだ方がマシだ。
布団で隠しながらブラウスのボタンに手をかける。チラチラと彼の様子を伺うが、布団を被りながらの脱衣を特に咎められることはない。
どうやら本当に濡れた衣服を脱いでほしかっただけで、下心などはないみたいだ。そこは安心した。
布団から腕だけを出して脱ぎ終わったブラウスを枕元に置くと、シェイプはようやく満足したらしい。そこまではよかったのだが……
なんと彼は、下着姿の名前を包む布団の中にタオルごと手を突っ込んだ。
「……っ!?」
そのまま手探りで胸元を拭き始めた彼は、熱のせいで赤らんだ頬がさらに茹で上がってしまった名前のことなどお構いなし。首元やデコルテだけに留まらず、下着のカップに乗った柔らかい膨らみの上を通り、その中心の谷の部分にまで下っていく。
薄いタオル越しに太い指先が押し付けられるたび、吐息混じりの声が薄らと漏れてしまう。そのたびに耐えるように唇を噛み締めた。
漫画のように頭から煙が出るんじゃないかと思うほどに、体温が急上昇していく。でも、彼は真心で介抱してくれているのだから、これくらい我慢しなくては……そう自分に言い聞かせる。
「っ……」
静かな室内に響く呼吸音が、やたらと大きく感じる。最初はよくある錯覚だと思った。でも、違った。
私の耳元にある彼の口から漏れる息は、明らかに平常時のそれとは異なっていた。ハッ、ハッ、と短く刻むような、それでいて大きいその呼吸が何を意味するのか。それが分からないほどウブではない。
下心はないはずだなんて思い込んでしまった自分は相当な馬鹿だと名前は思った。メンタル面に様々な問題を抱えてはいても、シェイプだって一応大人なのだ。プライベートゾーンに触れればそういう気分になってもおかしくない。
正直、ほっとしている自分もいた。介抱されているだけなのに、そのしぐさから性的な意図を勝手に感じとって興奮してしまうなんて情けない……そう思っていたけれど、興奮を感じていたのは自分だけじゃなかったのだから。
余すところがないほどにひたすら撫で回したあと、ようやく拭き終わったらしい。彼の温かい手が布団の中から抜き取られた。空いた隙間から入り込んだ冷たい空気が肌を撫でて、毛が逆立ち、全身がふるりと震える。
「……くしゅっ」
小さなクシャミが呼び声になったかのように、シェイプが布団ごと名前を抱きしめた。
散々胸元をまさぐられた後だからか、恥ずかしい気持ちはほとんどない。それよりも、新たに湧き上がってきた感情から目をそらすのに必死だった。彼の大きな身体をまとう温度は思った以上に心地よく、ずっとこうしていたい、もっと甘えたいなんて思ってしまう。
とろりと蕩けた感覚のせいか、部屋の奥の廊下からコトコトと足音が響いていることにも気がつかずにいた。
「悪い、今は食い物がこれしかなかったんだが……、」
シェイプの肩越しに目が合ったトラッパーの手から、丁寧に包装された保存食らしきものが滑り落ちる。
自分はこれからも変わらず彼らのことを”殺人鬼”として見ることができるのか。正直、胸を張ってYESと言うことはできないかもしれないと名前は思った。
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