洗礼
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あの爪の男に酷い抱かれ方をしてから、私のボロボロだったメンタルはついに音を立てて崩れ落ちた。
殺人鬼に「洗礼」を受けることがこの世界の掟だというのなら、最後まで耐えてみせるつもりでいた。でも限界だった。
幸いその後の儀式ではしばらく見覚えのある顔ぶれとの対決が続いたおかげで、洗礼を受けることはなく、私は仲間たちに手厚く守られながら無事に脱出する日々が続いていた。
特に、ナイトメア戦で私の恥辱を目の前で見ていたジェイクやデイビッド、ドワイトは、一緒に儀式を受ける時はほとんど付きっきりでいてくれる。彼らなりの、せめてもの罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。
女性陣は女性陣で、自分たちの洗礼の記憶が残っているからか、私の傷を刺激しないようにさり気なく支えてくれることが多い。
私が眠る時は常に誰かが隣にいてくれて、一人になりたい気分の時は一人にしてくれる。少しでも体調が悪そうに見えれば、すぐに駆け寄ってきて欲しいものはないかと聞いてくれたりもする。
風邪を引いたときの親のような対応にむず痒さを感じることもあるけれど、彼らのおかげで私は完全に潰れてしまわずに済んでいた。
「へぇー、それでセンパイたちとの絆が深まったってわけか」
私の話を黙って聞いていた男が、フラッシュライトを手のひらで遊びながら相づちを打つ。
ペン回しのように器用に回していたライトを私の手元に投げ渡して、彼は腰掛けていた窓枠から降りると、窓の外に顔を出した。雪のちらつく真っ白な世界の中に、黒いジャケットの後ろ姿が浮いている。
今回の儀式で、私は運悪く近場に仲間がいない場所に飛ばされてしまった。淡く積もった雪に音を吸われ、時が止まったような静寂の中に一人きり。
最近ずっと誰かに守られてばかりいたせいで心細く思いながらフィールドの端を歩いていたところ、この男に声をかけられたのだ。
今日霧の森に飛ばされてきたばかりの生存者だという彼は、少しチャラチャラとした印象の幼さの残る青年だった。
お面を被っていて表情こそ分からないが、怯えている私の手を引いてさっき見つけたばかりだという安全な隠れ場所まで案内してくれた、優しい人。外気の冷たさのせいもあってか、繋がれた手のひらの温もりはとても心地よかった。
「この部屋、外から見づらいし本当に誰も来なさそう……よく見つけたね?」
「ん? まあな。この世界に来る前は、入り組んだ建物とかでよく遊んでたおかげかもな」
「へぇ、私も地理に強ければなぁ……」
二階の窓から顔を出す。雪景色と濃い霧のせいで遠くへいけばいくほど白く霞んで、オブジェクトの輪郭がぼやけていく。幻想的な風景だ。
ここから見える発電機はまだ動いていないようだけど、他の仲間たちは反対側にいるのだろうか。
「ねぇ、あなたはこれが初めての儀式なんでしょ? 随分と落ち着いてるけど……、」
何気なく紡いだ自分の言葉にふと違和感を覚えてしまい、声が途切れた。
ここまであまり深く考えずにいたけれど、この霧の森にいきなり連れて来られて閉じ込められ、殺人鬼に追いかけられても冷静でいられる人間なんて、はたして存在するのだろうか。
もちろんメンタルが強い人間なんてこの世にはいくらでもいる。それでも、何もかもが不測の事態といえるこの世界の中で、まだ歳も若いであろう彼がここまでテキパキ動けることの違和感が拭えない。
その時、カチッ、と小さな金属音が響いた。
音につられて振り向くと、お面の彼は部屋の扉を背に立っていて、両手は身体の後ろにあるドアノブのあたりに伸びていた。
「ど、どうして鍵を閉めたの……?」
嫌な予感がしつつもそれに気づかないフリをしながら、震える声を絞り出す。
彼が無言のまま近づいてくる。一歩、また一歩。
壊れたおもちゃみたいに脚がカタカタと震えて止まらない。そのまま座り込んでしまった私の頬を撫でた彼の手は、もうすっかり冷えてしまっていた。
「気づくのがちょーっと遅かったな?」
「うそ……あなたが……」
「そう、今回の殺人鬼」
フランクって言うんだ、よろしくな。と、おどけた様子で名乗る彼の姿がくしゃくしゃに歪んでいく。
「泣くなよ。心配すんなって、オレはあの変態オヤジと違って優しいぜ?」
彼の手の甲が伝い落ちる涙を拾うけど、何度拾い上げても私の涙は止まらない。
抱かれることへの不安ももちろんある。でも、それだけじゃない。彼が私をここへ連れ込むために仲間であるかのように振る舞い、騙したことが何よりも悲しかった。
「ほんとはもうちょい早くネタばらしするつもりだったんだけどさ」と、彼は言う。私があまりにも素直に信じてしまったものだから、言い出すタイミングを失ったのだと。
過去の洗礼によって傷心中だという私の話を聞いた彼は、本音ではどう思っていたのだろう。こんなになっても洗礼からは逃れられない運命の私を、哀れに思ったりしたのだろうか。
しゃくり上げながら縮こまる私の身体が、フランクの腕の中にすっぽりと包み込まれる。同情のようなマネはやめてと言いたかったのに、心とは裏腹に嫌悪感はしぼんでいく。寒さのせいであってほしい。殺人鬼の抱擁にすら安堵してしまうほど優しさに飢えているなんて、認めたくなかった。
「よーしよし、落ち着いてきたか?」
すっかり大人しくなった私の背中を、赤子をあやすようにポンポンと撫でられる。
「……ばかにしてるの?」
「してねーよ、泣いてる女を無理やり抱く趣味はないってだけ。そういうのは独りよがりになるより、お互い楽しい方が興奮するだろ?」
言葉の端々から感じられる人間臭さが、私の頭を混乱させる。他の殺人鬼と違い、見た目も私たち生存者とほとんど変わらないフランクは、まだ人間の情を忘れてはいないのだろうか。
でも、だからといって心まで簡単に預けてしまうのはやっぱり怖い。私と彼は違うのだから。生まれも、役割も、ここでの立場も、何もかも。
「…………」
慣れた手つきでブラウスのリボンが解かれ、流れるようにボタンが外されていく様を、私はただただ黙って見つめていた。
彼も自身のジャケットとパーカーの前を寛げると、明け広げられた胸元に私をそっと抱き寄せた。薄く筋肉のついた上半身が肌に吸い付いて、少しだけ速い鼓動の音がドクドクと流れ込んでくる。
「ん……、」
背中に添えられていたフランクの右腕が徐々に正面に移動して、私と彼の間を縫ってスカートの中に侵入し、脚の間に滑り込む。中指の腹が下着越しに割れ目をなぞって、敏感なそこを押し潰してはまた離れてを繰り返す。
震える唇をフランクの肩口に押し付けて固く目を閉じているのに、それでも隙間から甘い息が漏れ出すのを止められない。
私は誤魔化すように彼の首に両手を回した。
「ふ、っ……ん、ん……」
「気持ちいい?」
「は、……んん、わかんない……っ」
「そうか? 良さそうに見えるけどな」
下着のクロッチの部分が横にずらされ、熱を持ち始めたそこに冷え切った指先が触れた。温度差による刺激に思わず腰が跳ねる。
背中に宛てがわれたままの左手でまたポンポンと撫でられるが、いくら宥められてもこの強い刺激はおさまるはずがない。
止まることなく溢れてくる透明な蜜を絡めた指がぐちゅぐちゅと陰核を擦るたび、身体が力んで固くなっていく。脳の浮遊感と同時に、だらしなく開いた口の端を唾液が伝った。
「んっ、……ふ、あ、あっ、……やっ、だめ……っ」
「はっ、なに、もう限界?」
絶えず喘ぎ声が漏れる唇の代わりに、大袈裟すぎるほどに何度も縦に首を振る。
「ふぅん……どうする? このまま一発イっとく?」
口ではこちらの意思を尊重するかのような問い方をしておきながら、刺激を送る手を一切緩めないフランク。
すでに限界が目の前まで迫ってきている私は腰をモジモジとさせるけれど、彼の指はその動きに合わせて執拗にイイところを追ってくる。逃げたいのに逃げられない快感に涙が滲んだ。
「ふ、……ん、うっ……あっ、待っ、」
「待たない。イきたいだろ? 一回良くなっとこうぜ」
「〜〜〜〜っ!」
すぐに足の先から頭のてっぺんまで貫くような快感がきて、声も出せずに全身が波打った。
窓の外の景色みたいに頭の中が真っ白に飛んで、ふわふわで、チカチカして、脳が溶けてしまったみたいに何も考えられなくなる。
脱力した私をあやすようにまた背中をポンポンし始めた彼に、もう最初のような違和感を感じなくなっている自分が怖い。
預けるのは身体だけ、心の距離はちゃんと保ったままでいよう……そう決意したはずなのに、だんだん私と彼との境界線が曖昧になっていくのを感じる。
どうしよう、どうしよう。彼は殺人鬼で、私は生存者。どんなに優しく抱かれようとも、これは単なる「洗礼」で、恋人どうしの愛の交わりじゃないのに。
私の不安など知りもしないフランクが、せっせとズボンのベルトを緩めている。このまま最後まで進めてしまったら、私はどうなってしまうんだろう。
一旦心を落ち着けないと。頭ではそう思うのに、それを伝える言葉は喉につかえたまま出てくることはなかった。
「座ったままでいいか? やり方分かるよな?」
「……う、うん」
「んじゃ、もうちょい勃たせるから待って」
「……っ」
すでに真上を向いている陰茎が下着の中から引っ張り出され、フランクの手の中で上下に扱かれる。先走りでてらてらと光る頂点から鳴る、くちゅ、くちゅという卑猥な水音に、心臓がショートしそうなほどに暴れ狂う。口の中に溜まった粘ついた唾液を飲み込んだ。
ほらこっちだ、と彼の手に招かれるままに身を寄せる。愛液に塗れた下着を脱ぎ捨て、硬く張りつめたものの上にまたがって、穴の真下にくるように手で支えながらゆっくりと腰を落としていく。
「はぁ……、あっつ……」
彼の甘美な吐息につられて、私も徐々に息が乱れる。襞をめくり、肉を割って、熱い塊が私のお腹の中を埋めていく感覚だけで頭がいっぱいだった。
私は主体的に相手を求める快感を、一番思い出してはいけないタイミングで思い出してしまったのかもしれない。鉤爪の男に身体の隅々まで蹂躙され、尊厳までも踏みにじられ、涙が枯れそうになったこのタイミングで、限りなく人の姿に近い彼によって対等なセックスに興じてしまえば、心が揺れ動くのも無理はない。
エンティティとやらが、それを承知の上でわざとフランクをマッチングさせたとしか思えなかった。この世界の創造主だというのなら、自分の余興のために都合のいいセッティングぐらいできるだろう。
その仕向けにまんまと堕ちてしまった私は、今こうしてフランクの上にまたがり、与えられる刺激に骨抜きにされてしまっている。
私のこの惨めな姿を、空の上からどんなふうに見ているのだろう。
「……め、だよ、……り」
「ん?」
「だめだよ、やっぱり……こんなの……」
「はあ? 何だよ、ここまできて」
「だ、だって……こんなふうに、されたら、っ……お願い、もっと痛くして、酷くしてよ……っ」
快感に蕩けていたはずの私がいきなり被虐的なことを言い出して、彼は一瞬押し黙ったけれど、すぐに何かを察したように「ああ」と低く呟いた。私の耳元に白いお面がぐっと近づけられる。
「こんなに優しくされたら、好きになっちゃいそう……ってか?」
「あ、……」
ふつふつと湧き上がるみっともない心情なんて、彼はお見通しだったらしい。
でも、これでやっと突き放してもらえる……そう思ったのに、腰を掴んだ彼の手のひらは私の身体をより深く引き寄せた。
「……なっちゃえば?」
「へ……?」
「好きになっちゃえばいいんじゃねぇの、その方が楽しめるぜ?」
「……ひっ、ああっ!」
彼の言っていることに頭での理解が追いつかないまま下から腰を打ち付けられ、思考が弾け飛ぶ。
そんな無責任なことを……と、ようやく言葉が浮かんできても、お腹の中をグリグリと貪られる快感にすぐにかき消されてしまい、結局口から出てくるのは甘いよがり声ばかりで。
ぐちぐち、ぱちゅぱちゅ、絶え間なく肌がぶつかり合って、振り落とされないように必死に彼の身体にしがみつく。しがみついたことで密着して、さらにお腹が気持ちよくなる。
「あ、あっ、やぁ……おく、っ……むりっ……!」
「なに、そんなにここがイイの?」
「や、……あぁあっ!」
私が声を上げれば上げるほど、フランクの動きはいっそう激しくなっていった。最後の足掻きで腰を浮かせようとすれば、それはさせないとばかりに力強く抑えつけられ、一番奥をこじ開けられる。
入れる前でさえあんなに大きかったものが、私の中を出入りするたびにさらに膨らんでいく。
私だけじゃなく、フランクの胸元からも興奮の汗が滲み出て、動くたびに擦れる上半身までもが気持ちよくなって、頭がクラクラした。
その時、すぐ横にある仮面の奥の唇からも薄らと嬌声が漏れていることに気づいてしまった私は、もう水面には浮き上がれないと思った。
いっそこのまま、哀れに溺れてしまえばいい。彼の律動に合わせて、自分の腰も上下させる。
「は、……自分から動いちゃって、……やっと楽しくなったのか?」
「んっ、もう……分か、んないっ……ただ、欲しい、欲しいの……フランクが……!」
「っ……へぇ、こういう時に名前呼んじゃう? オレ、ほんとに我慢できなくなるよ?」
「いいっ……ちょうだい、もっとちょうだい、フランク……っ!」
「っ、あーあ……知ーらね、」
瞬間、ガンガンと頭にまで響くような揺さぶりに変わる。ああ、さっきまでもあんなに気持ちよかったのにあれでも手加減してたのかな、と思わせるような激しい突きに、生理的な涙が流れた。
身体の全てが性感帯になったみたいに、何もかもが気持ちよくてたまらない。律動に合わせてぶしゅぶしゅと大量の潮が噴き出してしまい、脚の付け根までびしょ濡れだ。中途半端にはだけただけの衣服が汚れてしまうことなんて、もう気にしている余裕もなかった。
限界がすぐ近くまで来ている。フランク、フランク、とバカみたいに繰り返す自分の声までもが遠くに聞こえる。
快感の波に飲まれて溺れてしまった私は、最後にはまるで本当に水底にいるような心地だった。
***
「どう? 忘れられそう?」
横になりながら息を整える私の頭上から、フランクの声がぼんやり聞こえる。
その問いは、前回の洗礼でできてしまった傷に対してのこと? それとも、行為中あなたに抱いてしまった感情のこと?
聞き直す気力も勇気も、今の私には残っていない。
衣服を整え終わった彼が立ち上がる。振り返らずにドアの方に向かっていく後ろ姿に胸がチクチクと痛んで、もう何も用なんてないのに「フランク」と呼び止めた。
「なに?」
彼の表情の一切をつつみ隠す憎たらしいお面が、控えめに私の方を振り返る。
「……っ、何でもない」
何か言わないと彼は去ってしまう。でも、こういう時に何を言えばいいのか分からない。そうやって迷った末にポツリと口から出たのは、結局中身のない言葉だけ。
これ以上彼を見ていたら涙がこぼれてしまいそうで瞼を閉じると、鍵を開ける小さな金属音が聞こえた。音につられて再び瞼を持ち上げた時には、彼の姿はそこにはなかった。
堪えていた感情が、頬を伝って床を濡らして。その時になってようやく、さっきの彼の問いかけが後者の意味であっただろうことに、哀れな私は気づいてしまった。
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