洗礼
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遠くから乾いた穂が揺れる音がする。カサカサ、ザワザワ、耳に心地いい音に惹き付けられ、私は足音を殺しながら土を踏みしめた。
また、気づいたら知らない場所にいた。レイスに抱かれてから二週間、シェイプに抱かれたあの日からも数日が経ち、いつまでも消える気配のない焚き火を囲んで談笑していたはずだった。
まただ。また、いきなり知らない空間に飛ばされた。どうやらこの現象に何らかの前触れなどはないらしい。
さっきから私の頭の中には、あの日レイスが言っていた言葉が浮かんでは消えてを繰り返していた。
——ここに来たばかりの新入りはさ、みんなこうして抱かれるんだよ、ボクたちに。
今のところ、彼の言う通りの展開になっている。
抱かれるのは一人の殺人鬼につき一度だけなのだろうか。二度目に出会ったら、その時は容赦なくいたぶられてあのフックに吊られてしまうのだろうか。
「もし、今日の相手がまたシェイプだったら……、」
次は絶対に逃がさないと宣言されたくらいだから、あの包丁で背後から刺されるかもしれない。
そう続くはずだった声は、遠くから鳴り響いた機械音に遮られてしまった。
「え……?」
奥に見えた発電機に向かおうと、ちょうど畑の中に足を踏み入れた瞬間だった。
けたたましい機械音は止まることなく鳴り続け、よく耳を澄ましてみると、こちらに向かって近づいてきているようにも聞こえる。
離れなきゃと思うのに、脚がすくんで上手く歩けない。周りは植えられた作物で一応の目隠しになっているとはいえ、きちんと身を隠せる建物などはない。
ようやく歩き出せた時には、畑の端の作物たちが侵入者を避けるようになびいていた。間髪入れず、目の前に現れる回転する刃。速い。
「ひっ……!」
ほとんど反射的に身体を地面に転がした。ギリギリかわしたつもりだったが、倒れ込むと同時に焼けるような痛みが腕を襲う。チェーンソーの刃が掠ってしまったらしい。
殺人鬼がこちらを振り向いた気配を感じたが、痛みと恐怖で立ち上がれない。じわじわと赤く染っていく二の腕を服の上から抱き込む。
私が初対面だということに気づいていないのか、すぐにまたチェーンソーの起動音が響き出す。
掠っただけでこんなに痛いのに、これをモロに食らったら、きっと大変なことになる。
「う、っ……うう……」
「…………」
最悪の事態が頭を過ぎり、私は嗚咽を漏らしながら泣いてしまった。
機械音が止む。代わりに足音が近づいてきて、覚悟を決めたように閉じ切っていた目を開ける。
思ったよりもかなり近くに殺人鬼の顔があった。捨てられた子猫でも観察するみたいに、しゃがみこんで私の顔を除きこんでいた。
彼もレイスと同じように、顔に何かを被っているらしい。マスク越しに見える円な瞳が、ただ真っ直ぐに私のことを見つめている。
「……新入りだ」
ぼそりと一言だけそう呟くと、彼もレイスの時と同じように私を肩に担ぎあげた。
どうやら今回も、私はあの運命から逃れられそうにない。
畑の横の白い建物に入っていった時、階段の裏にあの日見たものと同じ地下室の入口が見えた。
またあそこに閉じ込められて身体をまさぐられるんじゃないかと怖くなったが、私を抱えた彼はそのまま階段を昇り始め、部屋の中に置いてある木箱の前に下ろされた。
「いっ……」
体勢が変わったことでまた腕の傷が痛み出す。二の腕を押さえつけた私を、彼は表情の分からない顔でじっとこちらを見つめている。
「……いたい?」
特に悪びれる様子もなく、抑揚のない声が投げかけられる。
「痛い……すごく」
「なんで?」
「え……誰だって怪我をしたら痛いでしょう……?」
「そっか、そうなんだ。アイツらもいつも痛かったんだ」
アイツらとは恐らく私以外の生存者たちのことだ。もしかして、彼はいつも相手がどう感じるかも分からずに生存者たちを斬り倒していたのだろうか。
言葉に詰まる。
彼は体格や声から考えて、子どもというわけではないだろう。それなのに、彼と言葉を交わすと、まるで幼い子どもと接しているかのような錯覚に陥る。
極端に語彙が少なく、常識すらも通用しないこの感じ。ものすごく違和感を覚えるが、恐怖のせいか上手く思考がまとまらない。彼の手には、今もしっかりとチェーンソーが握られているのだ。変に刺激してまた切りかかられたらと思うと、怖くてたまらなかった。
いっそのこと早く事を済ませて、この緊迫した状況から抜け出したい。なるべく抵抗の意思を見せず、どうぞ、といったふうに両手を床の上に置く。
それでこちらの意図は伝わるかと思ったのだが、当の彼は首を傾げて目を瞬かせるのみ。
「えっ、と……シないの?」
焦れったさで思わず口にしたけれど、何だか自分がとんでもないことを口走っている気がしてきて顔が熱くなっていく。
「しないの、って、なに?」
「何って、ほら……エンティティ様? に言われてるんでしょう? 新入りへの洗礼のこと。だから私をここに連れてきたんだよね……?」
レイスの言葉を思い出しながら、覚えたての単語を混じえてたどたどしい説明をする。
「言われた。でもおれ、よくわかんない。セックス、とか……抱く、とか……」
その言葉でようやく確信した。彼はやはり、肉体の成熟度に見合った精神を持っていない。そうなった原因は私には分からないけれど、何か事情があることは間違いないだろう。
かといって、洗礼自体を避けることもきっと不可能だ。エンティティとやらが常に見下ろしているらしいこの世界では、私たちの行動は筒抜けのはず。逃げ出した結果もっと惨いことをされるなんてことになったら、そっちの方が辛い。
と、ここで一つ引っかかることがあった。洗礼は何も私だけが特別に受けるものではなく、この世界に入り込んだばかりの新入り全員が対象になるはずなのだ。
「……ねぇ、今まではどうしてたの?」
「今まで?」
「新入り全員が受けるものなら、私以外のみんなも洗礼を受けたわけでしょう?」
「……前の新入りは、せっくすは目をつむって50数えることだっていった。その前の新入りは、手をにぎるのが抱くってことだっていった。みんないうことバラバラで、おれ、わからなくなった」
「…………」
知識が極端に浅いのをいいことに、彼が過去の生存者たちにまんまと騙されてきたのだということは、火を見るよりも明らかだった。そして彼は、そのことに気づく知識さえも持ち合わせていない。
今のところ、洗礼を免れたことで殺された生存者の話は聞かない。つまり、これはこれでエンティティから見て面白い展開だったから見逃しているということだろうか。
胸がきゅっと締め付けられた。目の前の無知な彼は、敵である生存者だけでなく、自分の親玉にまで馬鹿にされ、からかわれているのかもしれない。
彼はチェーンソーで切り倒そうとしてきた張本人なのに、私たち生存者を追い詰める殺人鬼なのに、私は彼に同情してしまった。本当に、こういうところは自分の長所であると同時に短所だとも思う。
覚悟を決め、震える指で自分のシャツのボタンを外し始めた私を、目の前の彼がどんな感情で見ているのかなんて知りたくもない。あさっての方向に視線を落としつつ、スカートの中身も見えやすいように脚を広げた。
「セックスっていうのは……こことか、こことか、たくさん撫でるの……」
胸元の膨らみと脚の間を自分の手でするすると触れてみせると、さっきまでキョトンとしていた彼の目に、一瞬だけ光が灯ったような気がした。
「なでると、どうなる?」
「えっと……気持ちいいよ」
「きもちいい?」
「うん、もっともっとってなるの」
「もっと……」
チェーンソーを床に置いて空いた手のひらが伸びてくる。思わずビクッと身体を震わせると手の動きが止まってしまったから、「いいよ」とシャツを左右にまくって改めて促した。
少し冷たくてカサカサした指先が、胸の曲線を確かめるように左から右へ滑っていく。その仕草があまりにも繊細すぎて、これだと気持ちいいよりもくすぐったい。チェーンソーを軽々と振り回していたパワフルさはどこへいったのか。
「もう少し、強くしてもいいよ……」
「うん」
産毛をなぞるようにしていた手つきが、少しずつ揉む仕草へと変わっていく。やわやわと握る指が、自分の胸に沈んでは戻る。新しく買ってもらった玩具をいじる子どものような拙い手つきが、逆に性的な興奮を刺激して、私の身体は緩やかに火照っていった。
自分でブラをずり下げ、頂点があらわになると、彼の視線はそこに釘付けになった。好奇心のままに触れる指が、今までに感じたことのない刺激を与えてくる。
無知な相手と行為に及んでいることからくる仄かな罪悪感など、もはやスパイスでしかない。
「ねぇ、お願い、こっちも……」
たまらず下着を脱ぎ捨てる。クロッチ部分の小さな染みから秘部に向かって伸びている透明な糸が、古びた床に線を引く。
すごく淫らで、卑猥で、この上なくいやらしい光景だ。でも、そういうふうに感じているのは恐らく私だけ。その事実にすら、どうしようもなく興奮してしまう。
胸とは違ってグロテスクな見た目をしているからか、彼はさっきよりも慎重にそこに触れてきた。
ぴちゃ、ぴちゃと水音を立てて、彼の乾いた指先をとろとろとした液体が濡らしていく。
「は、あ……」
本当はもっと触ってほしいのに、強すぎる刺激につい腰が引ける。
そのことを咎めるように、くちゅり、割れ目をなぞる指がクリトリスの頭を掠めて、頭の中が白く飛んでしまいそうになる。私の限界が徐々に近づいていた。
彼の方はどうだろう。さり気なく中心部分に視線をやる。
薄汚れたジーンズに包まれたそこは、明らかに平常時とは異なる膨らみを持っていた。そのことがたまらなく嬉しく感じる。私はすっかり彼に入れ込んでしまったらしい。
「あっ、……ねぇ待って、もういいから、」
指じゃなくてそっちのでイかせてほしい。そう続けようとしたのだけど、私のそこを撫でる彼の指は一向に止まらない。
すぐにでも限界を超えようとしている身体が、予想外の刺激の延長にたまらず震える。
「え、あ……ま、待って……もういきそうだから……!」
「なに、それ?」
遮ろうと伸ばした手は、空いている方の手で絡めとられてしまう。慌てて腰を引こうとすれば、鷲掴むように押さえつけられた。
自分への刺激で頭がいっぱいになっていて気づかなかったけれど、彼は彼で、今にも破裂しそうなほどに呼吸を荒らげている。
「あ、んっ……気持ちよ、すぎてっ、変になるの……!」
「へんって?」
「ん、う、からだっ……あ、つくてっ、震えて……は、ああっ」
「わかんない……わかんないけど、それ、見たい。見せて」
「あ、あ、あっ……! やぁ、だめ……もう、っ……!」
身体に力が入った瞬間、顔をぐっと近づけられて、絶頂に達している私の表情をこれでもかというほど至近距離で眺められてしまった。だけど、そんなこと気にしてられないくらいに気持ちよくて、何度もガクガクと腰が震えて。
身を寄せたことで、下腹部に当たっている硬いものが生き物のように脈打っていることに気がついてしまう。
私ばかりが気持ちよさそうにしているのを見てもどかしくなったのか、彼は起ち上がったそれを私に押し付けるように、ぐりぐりと腰を突き出している。
彼にそういった知識はないはずなのに。本能的なものなのだろうか。
何にせよ、このままここで終わるのはフェアじゃない。そして何より、今となっては私自身も彼のそれが欲しくてたまらない。
「ズボン、脱いで……今度は一緒に気持ちよくならない?」
「ん……」
さっきまでの強引さが嘘のように、従順にベルトに手をかけた彼。布ずれの音と共に目の前に姿を現した赤黒いそれは、大きく腫れた先っぽから涎を垂らすようにだらりと汁を滴らせている。
みっともなく喉が鳴る。私の仕草の一つ一つの意味を彼が知らなくて本当によかった。
背を預けていた木箱の上に腰掛けて、脚を広げたまま持ち上げて。「それ、ここに入れるの」 つま先でツンツンと彼の中心をつついてやると、唸るような声を出して、獣のように飛びかかってきた。
「あっ、……ああっ!」
心の準備、なんて概念が野生児のようなこの男にあるはずもなく、無我夢中で腰を押し付けられる。初めての挿入がそう簡単にいくはずもなく、無理やりに繋がろうとするものだから、当然痛い。
痛い痛い、と言葉にすればその瞬間こそわずかに動きが治まるのだけど、またすぐにグッと力ずくで押し進められる。
私は、なんて相手と事に及んでいるのだろう。今さら後悔したところで、もう後になんて引けないのだけど。
「ん、う……っ、」
「ぬるぬる、熱い、あったかい……」
すっかりご満悦な様子の彼のモノが、お腹の中で震えているのがよく分かる。
「は……お願い、しばらくこのままでいて、慣れるまで……」
「慣れる……どれくらい?」
「はぁ、はっ……もう少し、だけ……」
ここまで教えた通りに事を進めてくれていたからと、私は油断しすぎていた。少しの間だけ身体を落ち着けようと完全に脱力した途端、お腹の中に収まる彼が一気に最奥に打ち込まれた。
「っ……!」
息が詰まり、跳ねた身体に合わせて木箱がガタガタと床を打つ。
「できない、我慢、無理っ」
「あっ、あっ……待っ……だめだめ、もっとゆっくりっ……!」
彼の繰り出すそれは、もはやピストンと呼べるのかも分からない歪で不規則な打ち込みだった。ぐりぐりと子宮口を押し潰されたかと思うと、限界まで引き抜かれ、一気に奥まで入れられて。基礎知識が一切備わっていない、本能のままに行われる動作。
困ったことにその緩急が意外にも心地よくて、私はじっくりと時間をかけながら着実に絶頂へと導かれていった。
***
遠くからブザーの音が聞こえる。
私がキラーと身体を重ねている間に、どうやら他の仲間たちがさっさと発電機を通電させ、出口を開けているらしい。
私はまだ木箱にもたれかかったまま、動けそうにない。性行為のせいで酷い腰痛に襲われるなんて、生まれて初めてだ。そういうのはフィクションの中だけの過剰設定だと思っていた。おかしな姿勢を無理にキープしていたのがアダになったのだろうか。
私の目の前で、一人の男が私のことを心配そうに見つめている。
本来は敵どうしなのだから、事が済んだならさっさと立ち去ってしまえばいいのに、ヘトヘトになった私のことを律儀に心配してくれている。
「……ねぇ、」
「なに」
「あなた、名前は何ていうの?」
「……おれ、名前ない」
「え?」
「ヒルビリーって呼ばれてる」
「…………」
ヒルビリー。確か、田舎者の白人に対する蔑称だったか。
よく見ると彼は、身体のいたるところがおかしな捻れ方をしている。そして、多くの人が幼い頃に教育されるはずの「性」に関する知識のなさ、年齢に見合わないたどたどしい言葉遣い。
彼が一体どんなふうに育てられたのか、想像にかたくない。
「……おまえ、優しい」
「……そんなことないよ」
「でも、他のやつらと違う」
「それは……、そうかも」
事実、こうして彼に話しかけられることは苦痛じゃないなんて思ってしまう。粘膜接触を行ったことで情が芽生えてしまうだなんて、何だか思春期の子どものようで情けない。
だけどこの関係も、私があそこのゲートから外に出るまでだ。次に会う時には、彼は握りしめたチェーンソーで容赦なく私に斬りかかる。
その時のことを想像して、頬に伸びてきた彼の手のひらを思わず掴んで止めてしまった。
はみ出し者の彼にとって、私の親切は今まで感じたことのない温かなものだったのだろう。このかさついた大きな手で、今までどんなに欲しくても届かなかった愛情をようやく手に入れたんだ。例えそれが仮初のものだったとしても、彼はきっと……
「……あのね、ヒルビリー」
「ん?」
「私はね、名前っていうの」
「名前……」
ああ、ダメ。これ以上はダメなのに。
結局私は、握りしめた彼の手を自分の頬に押し当てていた。人皮のマスクの奥で、円な瞳が瞬いている。
「ごめんね」
ぽつりと呟いたその言葉の意図が、首を傾げる彼に上手く伝わったとは思えない。
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