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オレンジ色の光が、夜の闇を仄かに照らす。
パチパチと火の粉が弾ける音に包まれながら、私はとある女性との会話に花を咲かせていた。
ローリーと名乗ったその人は、レイス戦でふらふらになりながら出口にたどり着いた私に肩を貸し、焚き火のある広間に帰ってきてからもいろいろと手を焼いてくれた。彼女もほんの数週間前にここに来たばかりで、私の次に新米らしい。
彼女は私の様子をうかがいながら、退屈しないようにとここに来る前の自身の体験を話し始めた。
ここに来る前、自分はある一人の男に付け狙われていた。と、彼女はそう話し始めた。
手には一般的な調理包丁を持ち、作業着姿で、ハロウィンの仮装用のマスクを被った無口な殺人鬼。執念深く追いかけられ、今までの平凡な人生の中で一度も感じたことのないような恐怖を感じ、生きた心地がしなかったと震える声で彼女は言った。
私は時間を忘れるほど、ローリーの話を真剣に聞いていた。
「っ……」
今、目の前にある透明度の低い窓ガラスには、不気味な白いマスクが映り込んでいる。真後ろには、自分よりもずっと背が高い男の気配。震える私の身体を囲い込むようにして窓ガラスに張り付けられた両手のうちの片方には、血のついた包丁が握られている。
まさか話に聞いた殺人鬼がこの世界に来ているだなんて、そんなの聞いていない。
「生きた心地がしなかった」「本当に恐ろしい思いをした」
ローリーの言葉がエコーのように何度も何度も脳内に浮かび上がる。
迂闊だった。今回は運良く殺人鬼に一度も遭遇せずに、十分、二十分と時が過ぎていった。通電を終わらせ出口が開いた音を聞いて、すっかり気が抜けてしまっていた。
何かの手違いで今回は殺人鬼がいなかったんじゃないか。そんな呑気すぎる考えにまで至ってしまった哀れな自分を、本当に恨めしく思う。
気配を消すのが得意な殺人鬼が隠れているのかもしれない……その程度の発想が、どうして出てこなかったのだろう。
私はしばらく窓の外を眺めていた。遠くの出口から他の仲間が無事に脱出する姿を目で追いながら、自分もそろそろ出ようかな、なんて思っていた。
カタッ。真後ろから小さな物音がして、落ち着いていた心臓が飛び起きて、そこからはもう一瞬だった。
誰ひとり味方のいなくなった薄闇の舞台の中に、私はまんまと捕らえられてしまったのだ。
「あ……」
檻のように左右から囲む両腕が、じわり、じわりと少しずつにじり寄ってくる。恐怖で振り向くことさえできない私を徐々に追い詰めていく。
「ローリー……っ」
彼女はきっと、この世界ではまだこの男に出会っていない。出会ってしまえば恐ろしい思いをする。それなら、今この場にいるのが私でよかったのかもしれない。
そんなふうに思ったら、自然と彼女の名前が声になっていた。
名前を聞いた男の手がピクリと反応する。少し離れていた身体が、私の背中にぴったりと寄せられ、ますます逃げ場がなくなった。
「ひっ……!」
突然、身体を反転させられた。恐怖で俯く私の顔にかかる横髪が持ち上げられ、仮装用の白いマスクがグイッと近づいてくる。
鼻の先が触れてしまいそう。反射的に引こうとした身体が、背後の窓枠を軋ませた。
「何なの……」
彼からの返事はない。相変わらず、呼吸音がラバーマスクの内側を打つだけ。マスクの中からこちらを覗く瞳が、見慣れないものを品定めするかのように瞬いていた。
無言のまま両手が伸びてくる。その手は恐怖で動けずにいる私を抱き込み、近くのラグマットの上に座らせた。
目の前にかがみこんだ彼が作業着のファスナーを寛げ始め、緩んだ手から調理包丁が落ちた音にさえもビクビクと反応してしまう。
純粋に彼が「殺人鬼」として恐ろしいのももちろんある。だが、今私が恐れているのはそれだけじゃない。
「あなたも……私を抱くの……?」
マスクに空いた穴を通して、真っ直ぐな視線に射抜かれる。言葉を発さない彼にとって、きっとそれは肯定の合図なのだろう。
この不気味な男を相手にレイスと同じことをしなければならないことへの不安は、暴れ狂った拍動をますます加速させた。
***
「ふ、……っ、」
無骨な指が蛇のように身体を這って、みぞおちのあたりを上っていく。
膨らみに指が沈むたびに身体を震わせる私のことを、彼はどう思っているのだろう。獲物を捕えた捕食者のような高揚感に満たされているのだろうか。
首筋に埋められたマスクから、ふー、ふー、と規則的な呼吸音がわずかに聞こえる。
衣服ごしに胸をまさぐられただけで吐息が漏れてしまう私とは対照的に、彼は清々しいほどに落ち着いていて、力の差を感じずにはいられない。
「んっ……」
服の上から胸の頂点を探り当てられ、少し掠めただけで声が出る。気を良くしたのか、彼はそのまま服の中へと手を滑り込ませ、ブラジャーを強引に引っ張った。
身をよじる私を宥めるように膨らみを手のひらですっぽり包まれ、中心を親指で押しつぶされる。
脳が、肌が、ピリピリと痺れてくる。
「ん、っ……うぅ、やだ、待って……、」
全身が熱に包まれて、心の底まで焼けてしまいそうで怖くなる。思わず彼の手を握り中断させると、意外にもその手が振りほどかれることはなかった。
止めさせたのは私自身なのに、え? という目で見てしまう。彼も手を掴まれたまま、私を見つめ返す。
だが、彼はただ言葉の続きを待っていただけで、行為をやめようと思ったわけではないらしい。
助かったと思ったのも束の間、男は私がその先に何も口にしないことが分かると、すぐに愛撫を再開した。
「あ、……あっ……」
こんな状況だというのに、少しずつ自分の声に甘みが帯びていることに嫌気がさす。
恐怖のドキドキだと思っていたものは、実は興奮のドキドキだったのだろうか。分からない。
せめて彼がレイスのように会話のできる相手だったなら、と思ってしまう。常に話しかけられていれば余計なことを考えずに済むのに、目の前の彼は夢中で私の胸を撫で回すばかり。嫌でも快感だけに意識が集中してしまう。
「ひ、っ……!」
マスク越しなのが煩わしくなったのか、彼は口元の部分を捲りあげると、首筋を直に舐め始めた。生暖かい吐息とぬるぬるした粘膜が、デコルテへ、乳房へと移動していく。
徐々に体重をかけられて、気づけばラグマットの上に組み伏せられていて。舞い上がった埃の臭いがどんな場所で行為に及んでいるかを自覚させるけれど、今となってはそれさえも興奮材料になってしまう。
「あっ、あ、……んっ……!」
胸元をまさぐっていた手のひらがスカートの中に滑り込むと、ぴちゃぴちゃと響いていた唾液の音に男の性急な呼吸音が混じり始めた。
はっ、はっ、と息の上がった獣のような呼吸音に、少しだけほっとしたような気持ちになる。殺人鬼と逃げる者、という圧倒的な力量差に怯えていたけれど、なんだ、彼だって性的な興奮を覚えれば息が乱れるんじゃないか。殺人鬼といえども同じ「人間」じゃないか、と。
精神的な距離が近くなったように錯覚したことで、表情に緩みが出てしまっていたのかもしれない。まるでこちらの心情を読み取ったかのように、膨らみを撫でていた手のひらにグッと力が込められた。
「や……い、たいっ……!」
こぼした苦言を聞き入れる様子はなく、今度はスカートの中をまさぐっていた手が乱暴に下着をむしり取る。強い力で太ももを開かれて、わずかに芽生えていた余裕が霧散する。忘れていた恐怖が一気に蘇った。
彼ら殺人鬼だって私たちと同じ人間なんじゃないかなんて、一瞬でも思ってしまった自分が馬鹿だった。
口には出さずとも、動作が語っている。彼にとって私という人間は、紛れもなく「獲物」なのだと。
「や、やだっ……! ふ、あっ……ごめんなさ、っ……あ、あぁっ!」
あらわになった秘部を熱い舌で擦られる。強い快楽と恐怖の板挟みにされ、何が何だか分からなくなる。
じゅぷ、と突起が吸われる快感に腰を引き攣らせながらも、そこを噛みちぎられてしまうんじゃないかという不安にも打ちのめされて。
そんな状態なのに、ジワジワと絶頂の気配を感じつつある自分が情けない。
「あ、あっ、だめっ……は、あっ!」
股の間にしゃぶりつく彼の頭を手のひらで押さえつける。力を込めてみても、今度は手を掴んだ時のように簡単に引いてはくれない。それどころか、より一層強い力で太ももにしがみつかれた。逃げられない。
「あ、やっ……むりっ、いく……いきそ……っ!」
いよいよ限界を突き抜けようと視界が白みかけた途端、狙ったように刺激が止む。
絶頂を迎えられずに力が抜けていく脚を支えられ、ぼんやりしながら息を整える私の耳に、ジッパーを下げる音が聞こえた。
唾液と分泌液でベタベタになったそこに宛てがわれた硬い塊は、早くそこに入りたいとばかりに脈打っている。ぐっと押し付けられて、それだけで分かる質量の大きさに怖くなって、拒むように身体が力んでしまう。
何度か押し付けてもなかなか上手く入らないそれを、彼はしばらく見下ろしていた。何かを思いついたように、一度元に戻したマスクをまた捲る。露出した唇が近づいてくる。
「ん……、」
想像よりもずっと柔らかい唇が、私のそれを夢中で食む。喘いだせいで少しかさついた表面を熱い舌で舐められて、また唇どうしが重なって。
どうしよう、心地いいかもしれない、なんて。
彼のことが怖い気持ちはなくならない。だけど、少なくとも今すぐに死の恐怖と直面しなければならないような緊張感は、確実に薄れていった。
「ん、んんっ……」
身体が緩んだのを見計らい、彼の中心が私の秘部を割っていく。ほんのりと感じる鈍い痛みに目を瞑り、唇の感触だけに意識を向けた。
くちゅ、ぐちゅ……口元からも性器からも聞こえてくる淫猥な水音が脳を溶かす。根元まで入ってしまえば感じるのは快感のみで、乾いていたはずの唇の端に、興奮で溢れた唾液が伝った。
リップ音を立てて唇が離れると、ゆっくりと律動が始まる。目元に空いた穴から真っ直ぐに私を見据える彼は、腰を浅く動かしては私の表情の変化を観察した。
「あっ、……!」
反応のいい場所が見つかるなり、急に上体を起こして私の腰を両手で鷲掴む。さっきまでの穏やかさが嘘のように子宮を揺さぶるような激しい動きに変わった。
「あ、あっ! ま、って……ああっ、あっ!」
十分に濡れていたおかげで痛みはなくなった。けれど、その分全ての感覚が快感のみに支配され、身体中が性感帯になったみたいにビリビリする。
大きすぎる彼のものが奥の部分を突いて突いて、擦って、揺らして。
お腹の奥が熱い。どうしようもなく気持ちいい。
「あっ、あっ、おく、いい、……ん、ああっ、もっと、もっとぉ……あぁっ!」
理性が壊れてしまったみたいに、いつの間にか必死に彼を求めていた。理性だけじゃない、恐怖も不安も、まるでそれらを感じるための器官が全部塞がれてしまったみたいだった。
恐怖と快感という両極端な感情に入れ替わるように襲われた私の脳は、すっかりバグってしまったのかもしれない。
こつ、こつと子宮口にぶつかる熱い塊が、私の全部を蕩けさせる。
もはや送りつけられる感覚だけを素直に感じ取ることしかできない私は、彼の首に両手を回して、ただただ喘いだ。
お預けを食らっていたオルガズムが、すぐ目の前にチラついている。
「あ、あっ、いく……! んんっ、いくいく、いっちゃう……ああっ、あっあっ……!」
最後の最後に一番奥をこじ開けるように押し付けられ、私は待ち望んだ感覚の海に溺れて、弾けた。
彼も一緒に果てたらしく、中に収まる陽根が震えているのが分かる。同時に注ぎ込まれた体液が、お腹の中に微かな熱を点した。
ゆっくりと萎えたものを抜き取った男の唇が言葉を紡ぐように動いているのが見えるけど、強烈な疲労感に動くことができない。私は彼の訴えに耳を傾けることもなく、欲望のままに瞼を閉じた。
誰かが、頭の中にいる。
何かを語りかけている気がする。
ボソボソと小さな声が脳内を行ったり来たりして、大きくなったり小さくなったりを繰り返している。
何? 何を言っているの?
痺れを切らして問いかけた瞬間、薄らとボヤけていたはずのその声は、突然輪郭を取り戻した。
——次は絶対に逃がさない。
「っ……!」
急に意識が覚醒して、私は飛び起きた。
下はコンクリート。どれくらいの時間ここに横たわっていたのかは分からないが、身体のあちこちが悲鳴を上げていた。
周囲を見回すが誰もいない。目の前には口を開いたハッチがあり、あの男が眠りに落ちた私をここまで連れてきたのだと察した。
どうやらさっきの声は夢の中で聞こえたものらしいが、何だか腑に落ちない。根拠はないけれど、あれが夢だとは思えなかった。
とはいえ、ここでうだうだ考えていても仕方ない。事は済んだのだから、さっさとキャンプに戻った方がいいだろう。
身体を起こそうとコンクリートに腕をついた時だった。ついた腕の肘下から手首にかけて、真っ赤な文字が書いてあることに気がついた。
Say hello to Laurie
ローリーによろしく……腕にはそう書いてあった。
これを書いたのは、間違いなくハロウィンマスクを被ったあの男だ。
身体中の血の気がサッと引いていく。夢の中で聞こえた「次は絶対に逃がさない」という言葉は、きっと私が眠りに落ちる寸前に彼の唇が紡いだ言葉そのものだったのだろう。
あの時彼女の名前を口にした私もまた、彼の「特別」となってしまったのかもしれない。並々ならぬ執着が生んだ悲劇に、無関係だったはずの私も巻き込まれてしまったのだ。
にじり寄る絶望感に苛まれながら、私は風音が鳴り響くハッチの中に飛び込んだ。
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