他ジャンル
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
珍しく午前中で任務が片付いたとある夏の日のこと。一人で過ごすのも退屈だなと感じた私は、自分と同じように任務についていない暇人仲間を探して、アジト内をふらふらとしていた。
目的は意外と早く達成できた。ある人物の部屋の前でノックをしてみたら、返事をする声が聞こえたんだ。
嬉しくなった私は許可もとらずに彼の部屋に入り、起きた時のまんまであろう少し乱れたベッドの上にすとんと腰掛けた。
いつものように創作活動に打ち込んでいた彼が一瞬だけこちらを見た気がするけれど、特に咎められたりはしない。親しい者にしかできないやり取りだなと思う。
「いるとは言ったが、入っていいとはまだ言ってないだろ……うん」
「”まだ”ってことは、言うつもりだったってこと? なら、別にいいでしょう?」
「んー、まあそうだな……」
目線は粘土に向けたまま気だるげに話しかけてくるデイダラと、そのボヤキを華麗に受け流す私。こんな気の抜けたやり取りも、親しい間柄でないとできない芸当だろう。
デイダラとは、他のメンバーに比べてよく会話する方だ。暁に入って間もない頃は、彼のことを手先の器用な芸術バカで、怒ると結構怖くて、物事にこだわりの強い変な人だなと思ってた。でも同じ組織の一員として過ごすうちに、意外と世話焼きで、素直で、憎めないところがあるのだなということに気付いた。
そこからは、あっという間に距離が近づいたような気がする。私の警戒心が薄れたからかな。
デイダラのことをどういう目で見ているのだろうと、自分で自分が不思議になる時もたまにある。やんちゃなきょうだい? 気心知れた親友? それとも、恋愛的な関係に発展することも今後あり得るのだろうか。
……いやいや、それだけはないような気がする。
なぜかって聞かれてもよく分からない。分からないけど、色恋に関してだけはお互い別々に歩んでいくんじゃないかという予感がするのだ。
私は根拠もなく漠然とそう思っていた……はずなんだけど。
「あー……セックスしてぇな」
「ふ……?」
彼のその一言で、息をするように吐き出された四文字たらずのその言葉で、私の脳内にどしりと構えていたはずの彼のイメージがぐらぐらと揺れ動いた。
デイダラは友人に愚痴をこぼすような軽い気持ちで呟いたのだろうけど。一方、完全に不意をつかれて動揺してしまった私はというと、ふ? なんていう意味不明な言葉にならない声が漏れてしまって。
いや、待って待って、落ち着こう。もしかしたら私の聞き間違いだった可能性もあるじゃない。
だって私はちょうど、彼の部屋の窓辺にくくられているお手製の風鈴を眺めて、ぼーっとしていたところだ。粘土は焼いたら硬くなるから、こういうこともできちゃうのか……デイダラもなかなか乙なもの作るなぁ……なんていう考え事をしていたのだから。
ここは思い切って聞き返そう。
「えっと、デイダラ……」
「うん?」
「……今なんて?」
「だから、セックスしたいって言ったんだよ、うん」
「…………」
聞き間違いかもしれないという私の中の淡い期待は、あまりに呆気なく崩れ去った。しかもデイダラの方は特に表情を変えることもなく、またその単語を口にする。どうやらそわそわしているのは私の方だけで、その事実がさらに私の心を焦らせる。
何で急にそんな話をするの。そんなにさらっと、天気の話でもするみたいに。女の私に向かって。デイダラってそういう人だったっけ?
自分を落ち着かせようと必死に彼に関する記憶を寄せ集める。するとあろうことか、デイダラは私の緊張なんて知ったこっちゃないというように、そこからさらに語り始めた。
「さっき急に、最後にセックスしたのっていつだったかと思ってな、うん」
「へ、へぇ……」
「そしたらどんなに記憶をたどっても、ここ最近そういうことした記憶がねぇってことに気付いたんだよ」
「そう……」
「んで、それに気付いた途端ヤりたくなったってわけだ。人間って不思議だよな。それまで気にかけてなかったことでも、思い出した瞬間そのことで頭がいっぱいになるんだからな、うん」
「…………」
はは、なんて笑いながらお喋りを続けるデイダラ。それまで居心地の悪さの原因がイマイチ分からなかった私だが、彼の言葉を聞くうちに何となく分かってしまった。
私はきっと、彼を単なる芸術バカだと思い込みすぎていたというか。デイダラはアート追求以外の物事には一切興味がないのだと勝手に思い込んでいたのだ。彼とは恋愛には発展しないだろうと踏んだのも、恐らくその思い込みのせい。
でも彼だって人間なのだから、そういう欲求があっても不思議ではない。なのに、私の中ではそこがすっぽり抜け落ちてしまっていた。
理由さえ分かってしまえばなんてことはない。その思い込みを書き換えればいいだけだ。
しかしようやく自分の中の違和感と向き合えたところで、「名前? どうかしたか?」という訝しげな問いかけが聞こえてきて、また焦る。
まさか、デイダラにも人並みに性欲があるなんて思わなかった、などと口走るわけにはいかない。とりあえず誤魔化さないと。
「デ、デイダラって正直だね。でも、下心あるくせにそれを隠して言い寄ってくる人よりは、私はいいと思うなぁ……なんて……」
「…………」
「…………」
いったい何を言っているの、私は。
頭の中のことを悟られないように誤魔化そうとするあまり、噛み合ってるようで微妙に噛み合ってないことを早口でまくし立ててしまった。
デイダラは単に自分のセックスライフについて語っただけであって、誰かを誘おうとか言い寄るとかそんな話はしてなかったはず。それなのに、私の方からこんなことを投げかけてしまうなんて、これではまるで……
「それってつまり、名前が相手してくれるってことか? うん?」
「っ……!」
私の頭の中で考えていた言葉の続きがデイダラの口から出たことにより、いよいよ動揺を隠せない状態に。
今日ここへ来て初めてきちんとこちらを向いた彼の表情が、ニィっと悪戯な笑みを浮かべていることに気が付いて、既に遅いとは思いつつも必死に訂正する。
「な、なんでそうなるの! するとは一言も言ってないよ!」
「何でそんな必死になるんだ? 別に未経験ってわけじゃないんだろ?」
「なっ、……は!? け、経験のあるなしなんて関係ないし、そういう問題じゃないの! とにかくデイダラとは嫌!」
彼があまりにもこちらを弄ぶような問いかけばかり続けざまにしてくるものだから、私はムキになって全力で拒絶してした。それはもう、行為の拒否というより、デイダラの存在自体の否定と言ってもいいくらいの勢いで。
「あっ……」
ハッとした時にはもう、デイダラは不貞腐れたような顔をしていた。フン、と鼻を鳴らしてまた粘土の方を向いてしまった彼。「あの……」と呼びかけても無視されてしまい、さすがに言いすぎたかもと後悔する。
「…………」
「…………」
なんだか、すっかり変な空気になってしまった。つい先ほどまで、彼のことは恋愛対象として見ることはないだろうなんて呑気に考えていたはずなのに。今こんなにも胸が締め付けられるのはなぜだろう。
この痛みは本当に、言い過ぎたことへの申し訳なさからくるものなのかな。疑問に思いつつもその答えが見つかるのが怖いような、複雑な気持ちだ。
すっかり熱が集まってしまった頬を隠したくて、ベッドの上の枕に手を伸ばす。彼はそっぽを向いているし他に人はいないから、誰に見られるわけでもないけれど。
そのまま鼻から下を隠すようにしてぎゅっと枕を抱きしめると、ふわりと嗅覚を刺激するデイダラの香り。
普段は適切な距離を保っているせいで薄らと分かる程度だった彼の香りが、今初めてはっきりと感じ取れた。どこか安心するその香りに、くらりと目眩がする。だんだん変な気分になってきてこれ以上はまずいと思っているのに、離れることができない。
今日の私は、いったいどうしてしまったのだろう。いや、元はといえばデイダラがあんなことを言うから悪いんだ。私の心を揺さぶるような、軽率な発言をしてくるから。
お互い何も話さずに沈黙が訪れてから数分ほどが経っただろうか。同じ空間にいるのに、ずっと黙ったままでいるのが少しずつ苦痛に思えてきたちょうどその時、デイダラも同じように感じてたのか恐る恐るといった様子で声をかけてきた。
「なぁ、名前……」
「ん? なに?」
「その……名前は、オイラのこと……嫌いか?」
「え?」
どう見たって組織の中で一番仲がいい私たちなのに何を言い出すんだと思ったが、恐らく彼は数分前に私がしてしまった拒絶のことが引っかかっているのだろう。事実、私の言葉には棘があった。それも相当に鋭利なものが。
「えっと、さっきのこと……? ごめんね、言い方が悪かったよね……嫌いなんかじゃないよ」
「そうか……オイラも名前のこと、好きだ」
“好き”。
今度はその二文字が、頭の回転を狂わせる。私は何も、好きとまでは言ってないのに。ただ嫌いではないというだけであって。嫌いではない=好きだなんて、随分と都合のいい解釈じゃないか。
……と、頭の中でならぽんぽんと絶え間なく浮かぶ言い訳は、一つとして声にはならない。
「名前は、オイラに触れられるのは嫌なのか?」
「…………」
何でまたそういう話……そう思うのに、今の彼には何というか、有無を言わさぬ雰囲気のようなものがあって。私はさっきみたいに咄嗟にかわすことができなかった。
返事がない私の俯いた顔を、痺れを切らした空色の瞳が捉える。油断して少し下げてしまっていた枕を、もう一度鼻のあたりに構え直した。
もしかして彼は、またニヤニヤと意地悪な笑顔でも浮かべているのだろうか。垂れていた頭を少しだけ持ち上げて一瞥してみるが、意外にも彼は無表情に近い。
「……名前」
さっきから、名前を呼ばれてばかりな気がする。そして彼に自分の名前を呼ばれるたび、宙にふわふわと浮くような感覚になるのだ。身体もじんわりと熱くなる。
あれ……いつも、こんな感じだったっけ。デイダラから名前を呼ばれることなんて、これまでも毎日のようにあったはずなのに。私はいつも、どんな顔して返事をしていた?
考えるほどに、私の視線は下を向いていく。
「名前はオイラのこと、嫌いじゃないんだろ?」
「それは……うん」
「なら、名前はオイラの頼み……聞いてくれるか?」
「頼み……?」
「もし今から五分以内にオイラが名前をその気にさせられたら……一度だけでいいから、相手してくれないか?」
反射的に顔を上げてしまった私の目に飛び込んできたのは、やっぱり真剣そのものな彼の無表情。私がどうせ本気ではないだろうと考えることを予想していたのか「オイラはこんなことふざけては言わないぞ、うん」とすぐに付け足された。
ふざけてなんかないって、そんなのは彼の表情を見れば分かる。だからこそ、私は上手く思考ができない状態になっているんだ。
真剣な眼差しで私を貫かないで。振り払うことができなくなってしまうような、そんな瞳で私を見ないで。
いっそイタズラやからかいで言ってくれていたらよかったのに。それならば、こんなにも思い悩むことにならずに済んだのに。
「相手、するって……付き合ってるわけでも……ないのに……」
途切れ途切れの か細い声で何とか苦言を呈すると、デイダラが立ち上がったのが視界の端に見えた。私の身体は、大人に叱られた時の子どもみたいに情けなくビクリと震える。
そんな様子に構うことなく距離を詰めるデイダラと目を合わせることができず、枕を抱きしめる手によりいっそう力が入った。
「どうした……? オイラが怖いのか?」
「そ、そんな……ことは……」
「だったら……こっち向けよ、うん」
「っ……」
ひたり、と彼の手が私の頬に触れる。夏だし、暑いし、手のひらの熱を感じてもいいはずなのに、思いのほか添えられた手はひんやりとしていた。
それはたぶん彼の手が冷たいわけではなくて、私の身体がすっかり火照りきっているせい。
彼が怖いわけじゃないのは、本当。でも自分の思考が、心境の変化が、怖い。自分で自分を受け入れられずにもがいているみたいな状態だ。
彼とはこういう関係でいたいと考えている「頭」と、彼の言葉や仕草の一つ一つに敏感に反応してしまう「身体」とがアベコベなんだ。でも、本当はとっくに分かってる。どちらが本心かなんて。
「例え恋人じゃなくても、二人が満足できればいいと思うけどな……オイラは」
言いながら頬にあった親指が唇へ滑り、まるで紅でも塗るかのように端から端へとなぞられる。
身体が熱くなりすぎたせいだろうか。世界がとろりと蕩けてしまったみたいにぼやけて見える。
デイダラとは色恋に関することはしないだろうって、これからも一定の距離を保つだろうって思ってたはずなのに、正直今のこの状況が心地いい。
五分なんて、とてもじゃないけどもちそうにない。私はデイダラを受け入れようとしてる。もっと、欲しい。
熱に浮かされた私の唇は、無意識のうちに「私も、そう思う」と紡いでいた。
「あ……」
肩に優しい重みを感じると、次の瞬間には背中は柔らかいベッドの上で。真っ白なシーツに私の髪の毛がぱらりと無造作に散らばり、覆いかぶさったデイダラの垂れた前髪が私の頬をくすぐった。
いざこうなってみると、不思議と嫌な感じはしなかった。窓から差すふわりとした青白い日差しが視界に映るもの全ての輪郭をぶれさせて、まるで綺麗な夢の中にいるみたいだ。
「名前……いいか?」
「ん……」
絞り出すような短い返事を合図に、ゆっくりと近付いてくる整った顔。そこへ狙ったかのように風がそよぎ、彼の長い前髪を軽く持ち上げる。透き通った碧が私を捕えて離さない。
やがて二つの影は重なる。その時、窓際から響いたチリンという風鈴の高い音が、甘い静寂の中に色を添えた。
5/13ページ