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少しでも動くとすぐに汗が滲んでくる。かと言って、黙っていれば涼しいというわけでもない。結局風がないのだから、どう足掻いても暑いのだ。
ふざけないでよ、こんなの聞いてない。そう何度も心の中でボヤいては、私はその度に空を見上げた。
暑さで途方に暮れているわけではない。空の上にいるであろうエンティティを睨みつけているだけだ。
「ねぇ、ジェイク……霧の森にも四季ってあるの?」
近くで隠密行動をしていたジェイクにたまらず尋ねる。彼の特徴的なボサボサヘアも、今は汗でへたって潰れてしまっている。
「まあ、何というか、エンティティはたまに余計なリアリティを求めることがあるんだよな……」
「リアリティ……?」
「そう。たまにこうやって気温だけをいじって季節感を演出したりする……確か、前にもあった」
「そんな……」
発電機の方へ歩いていくジェイクに聞こえないくらいの声量で、もう一度「ふざけないでよ……」と低くこぼした。
霧の森に連れてこられるメリットなんていうものはほとんどない。だけど一つだけ、現実世界とは違って楽な部分もあった。それは、太陽の昇らないフィールドが多く、どの場所も気温が比較的穏やかだということだ。それなのに。
「どうしてせっかくの長所を潰しちゃうの……?」
もはや怒りというよりは泣き言に近かった。
やけくそになってカーディガンを脱ぎ捨てようとして、でも汗で張り付いて脱げなくて、そんな些細なことにもイライラしてしまう。
もういい。エンティティがその気なら、こっちはこっちで座り込みをしてやる。走り回る気力がなくなるほどに気温を上げたエンティティが悪いんだ。ざまあみろ。
……なんて、よく考えると自分が不利になるだけの歪な作戦を胸に、地面にぺたりと座り込む。
そんな私を嘲笑うかのように、すぐ後ろからカチカチと金属器具が動かされるような音が聞こえてきた。
「あ……」
顔を真上に向けてみると、こちらを見下ろす瞳と視線が重なった。
心なしか背後の彼が私を見る目は、哀れみだとか呆れの感情を含んでいるようにも見えた。
「何も真後ろに仕掛けなくても……」
「随分と思考力が落ちているようだったから、これでも引っかかるんじゃないかと思ってな」
「思考力……?」
「座り込みがどうとか間抜けなこと言ってたろ」
しまった、声に出てたんだ。今さら気づいたところで、聞かれてしまったものを取り消すことなんてできない。ただでさえ暑くてたまらない首元が、一気にかあっと火照っていく。
何か言い訳をしようと彼の方を振り向いた時、私はある違和感に気づいてしまう。こんなにジメジメで蒸し暑いのにも関わらず、なぜだか目の前のトラッパーの身体には汗の一滴すらも浮かんでいない。
ラバーエプロンからチラリと覗く胸元や、逞しい両腕、太い首筋までじっくり見ても、やっぱり彼はいつも通り。
「おい、何をジロジロ見てる?」
「トラッパーは暑くないの……?」
「ああ、俺ら殺人鬼は普通の人体とは違うからな……平気らしい」
「…………」
きっと今の私は、この世の恨みつらみを全て溶かし込んだかのようなおぞましい目付きになっているんだろう。トラッパーの引き気味な態度を見れば分かる。
「……、義務がある……」
「は?」
「あなたには、私を涼しくさせる義務があると思う」
「……大丈夫か、お前?」
「大丈夫じゃないよ……このままだとまともに逃げることもできないし……」
「俺からすれば単なるラッキーだけどな」
「なっ……ひどい、ひとでなし!」
「殺人鬼にそれを言うか?」
このまま逃がしてなるものかと、背を向けて立ち去ろうとしていたトラッパーの腰にしがみつく。もはやどっちが殺人鬼なのか分からないような行動に、彼は困惑し始めた。
それはそうだろう。このまま私に抱き締められていれば、儀式を進めることができない。そうなれば、彼はエンティティにどやされることになるのだから。
「ねぇお願い、一番涼しそうなところに連れて行って! ここはあなたの持ち場なんだから、心当たりあるでしょう?」
「しつこい奴だな……俺じゃなく仲間に頼ったらどうだ?」
「生存者側はみんな私みたいにバテてるかもしれないし、無理なの……!」
潤んだ瞳で見上げながら必死に懇願を続けていると、彼の身体から徐々に力が抜けていった。
「……たく、仕方ねぇな……謝礼として、あとで俺の望むことを何でもすると約束できるか?」
「します、します……! ありがとうトラッパー!」
腰元にへばりついたままの私を立ち上がらせて、彼はマップの奥に向かって歩き出した。私はその後ろを少し離れてついていく。
私はてっきり、彼の今までの経験から一番気温の低そうな場所に連れて行ってくれるものだと思っていた。あまり湿気のない場所だとか、鉄製の冷たい何かが置いてある場所だとか。
だが、フィールドを進むにつれて私を出迎えてくれたのは、言いようのない違和感だった。そしてその違和感は、決して暑さによる思い違いではないことを知る。トラッパーの巨体越しに見える木々は、明らかにいつものマップにはないものだった。
「え、これって……?」
足を止めた先に広がっていたのは、見たこともない広場のような空間と、その横に備え付けられた古びた水道。後ろを振り返ると確かに普段通りのマクミラン・エステートなのに、この端の一帯だけがいつもと違っている。
「たぶんだが、気温を上げるだけだとお前らがバテるだろうなと思ってエンティティが用意したものじゃないか?」
「……これがあるのを知ってたのに、私のお願いを無視しようとしてたの?」
「いや、最初はこれが何のために用意されたものなのか分からなかった。お前が暑い暑いと縋りつく姿を見て使い道を思いついたんだよ」
「ひゃっ」
思い切り捻られた蛇口から、ものすごい勢いで飛び出した水が頭上に降り注ぐ。
いつもの私なら服が濡れてしまったことに怒るところだが、今はむしろ嬉しかった。
気温は高いのに地面の中はそうでもないのか、それともエンティティの力で調整されているからか、蛇口から出る水は程よい冷たさで。汗でベタベタだった身体に心地いい冷水が染み渡る。
「んー、冷たくて気持ちいい!」
「服はそのままでいいのか?」
「服も汗でベタベタだったし、このままでいいかな」
下着になるとでも言い出した時のために密かに水圧を調整してくれていたのか、服のままでいいと伝えた途端、降り注ぐ水の量が増した。
本当に雨が降っているみたいな水量に、つい子どものようにはしゃいでしまう。広場のタイルに跳ね返る水滴を蹴散らし、両手を広げてくるくるとその場を回るこの姿は、殺人鬼の彼の目にはどう映っているのだろう。
急に冷静になって蛇口の方を振り向くと、彼がいない。
あれ? と思いつつもぼんやりしていると、背後から突然「こっちだ」と声がして。振り向いた瞬間、両手にすくった水を顔のど真ん中にぶちまけられた。
「ちょ、っ……何するの……!」
「油断したな」
「うう……まさか、トラッパーがこんなことしてくるなんて思わなかった……」
「仕返しはしなくていいのか?」
仮面の間から覗く得意げな口元に、悔しさが込み上げてくる。急いで蛇口のところまでいって自分も水をすくい取り、真っ白な仮面目がけてぶちまけようとした。だが、さすがはいつも巧みな動きで生存者を追い詰めてくる殺人鬼。私が放った水しぶきなど簡単に避けられてしまい、ますます悔しい気持ちになった。
いつの間にやらここが儀式の間だということも忘れ、私は彼とのじゃれ合いに夢中になっていた。
最初はあんなに迷惑そうにしていたにも関わらず、何だかんだで彼もこの珍しい状況を楽しんでいるようだ。私と違って暑さが苦ではないはずなのに、お互いビシャビシャになるまではしゃいでしまい、ふと我に返って噴き出した。
「お前、全身びしょ濡れだな。大丈夫か?」
ラバー素材が水を弾くトラッパーと違って全ての飛沫を吸い取ってしまう私の衣服は、もはや乾いているところがないくらいに濡れている。
「あ……ほんとだ、中までびっしょりかも……」
「っ……おい、」
「え?」
重たくなったカーディガンを脱いだ途端、急に彼の目線がそれて。肌に張り付くブラウスにくっきりと下着の色やラインが浮き出ていることに遅れて気づき、慌てて胸の前で手を組んだ。
せっかく涼しくなった身体に少しだけ戻ってきた熱がもどかしい。はしゃいでいた時、実はちょっとだけ恋人どうしみたいだなんて思ったことは、このまま忘れてしまいたかったのに。何だか意識してしまう。
「ごめんなさい」と呟いた声が、何に対してなのかは分からない。しばらくして返ってきた「ああ」という短い返事も、どこか気の抜けたものだった。
パタパタ、ポツポツ。
草の上を叩く水音が、さっきよりも大きく感じるのはどうしてだろう。
気まずい空気を変えたくて口を開きかけた時、トラッパーの大きなため息が聞こえてきた。
「……?」
大きくてボロボロな手のひらに肩を掴まれ、引き寄せられて、仮面越しの綺麗な瞳から目をそらせなくなる。
「こんな姿を見せつけて……お前も望んでると解釈してもいいってことか?」
「えっと、望んでる、って……?」
真っ直ぐに私を見下ろす瞳が細くなる。
「お前、さっき自分が言ったことは覚えてるか?」
「何のこと?」
「涼しくしてやる謝礼として、あとで俺の望むことを何でもすると約束できるか、って聞いたよな? その時お前はなんて答えた?」
「します……って……、」
仮面の奥の唇が、ゆっくりと弧を描いた。
……いや、まさか。いくら何でもそれはないだろう。彼の言葉や態度がパズルのピースみたいに繋がって、一つの答えが浮かび上がったけれど、私はそれを慌ててかき消した。
「あ、あの……いったい何をすれば……?」
「……言ってほしいのか?」
くっつきそうだった身体が、さらにぐっと引き寄せられる。
「っ、待っ、えっと……、談合……とか?」
「いや、そういうのは元々好みじゃない」
肩に置かれていた手が頬に伸びてきて、包み込むように柔らかく上下する。
「う、あっ……、ざ、雑用とか、話し相手とか、武器の手入れとか、そういう……っ、」
「いいや、どれもくだらないな」
頬を撫でていた親指が唇をなぞり、反対側の手が仮面にかけられる。
「本当はとっくに分かってるよな?」と、痺れを切らした彼に耳元で囁かれて、もうとぼけることなんてできなった。
「あ、の……さっきは、その……暑さで頭がぼんやりしてたから、判断力が……」
「悪いが、こんなものを見せられたせいで今は俺も判断力が鈍っていてな」
「あっ、……」
言葉とは裏腹に悪びれる様子のない指先が、ピッタリと張り付いたブラウスの上を這っていく。
いまだ頭上に降り続ける水滴は美しく、幻想的で。ここでするのも悪くはないかも……なんて、元々鈍りかけていた私の思考をドロドロに溶かしてしまう。
「お願い、優しく、……っ」
縋るようにこぼれた言葉は、言い終わるよりも前に彼の唇に飲み込まれた。
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