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「は……?」
「いやだから、俺たちそういう仲になったんだって」
ストーブに薪をくべながらジョーイの話に相づちを打っていたオレは、思わず自分の耳を疑った。
こいつは今、なんて言った? イライラをできるだけ顔に出さないように隣を振り向けば、ちゃっかりスージーの肩を抱くジョーイの姿が目に入る。
「……ま、いいんじゃねぇの、二人が幸せなら」
素直に口にしたつもりが思ったよりもぶっきらぼうになった気がして二人の様子を盗み見たが、特に気にしていないみたいだった。
オレっていつもこんなにぶっきらぼうだったか。いやそれとも、幸せ満開の二人にとっちゃオレの感情の機微なんてどうでもいいってことなのか。いずれにせよ、あまりいい気はしない。
もちろん、オレにだって仲間の幸せくらい祝ってやりたい気持ちはある。ただ、タイミングが最悪だった。
最近、ジュリーのやつが冷たい。話しかけても空返事ばかりだし、元々人に指図されるようなことは嫌いなやつだったけど、先月くらいからはオレの作戦を聞き入れもしなくなった。そんな状態だから、もちろんセックスだってしばらくしていない。
ジュリーが外の世界に行きたくてオレに近づいてきたことは、薄々勘づいてはいた。確かに、こんなよく分からない霧の森に飛ばされてしまってその夢が叶うことはなかった。でも、だからってあからさまに態度を変えられると正直グサッとくる。
ここにはオレらの邪魔をするウザい大人もいないし、好きな時に好きなことができる。それでいいじゃねぇか。オレがどんなにそう思っていても、どうやらジュリーはそうは思わないらしかった。
そんな状況が続いたあとの、さっきのジョーイの言葉だ。オレにはダメージがでかい。
これ以上二人がイチャイチャする姿を見たくなくて、乱暴に戸を蹴り開けた。
その直後、オレの視界は深い闇に包まれる。こんな時に限って儀式のお告げか。
のろのろとフィールドの端に向かいながら、オーモンド山に降り積もった粉雪を踏みしめる。今のこの気分じゃあ、走る気にもなれない。かといって、生存者とも顔を合わせずにあからさまにサボると、後が怖い。
とりあえずビビリな奴がそこらで見つかればラッキー程度の気持ちで、ひたすら外周を歩きながら索敵した。
(お……)
もう少しで一周するというところで、岩場の後ろに人影を見つけてしまった。アジア人の女だ。
何度か儀式で一緒になった記憶はあるのにほとんど姿を見かけないなと思ったが、なるほど、いつもこうやって過度な隠密行動をしてたってわけか。
ビクビクしながら辺りを見回す様は、シャイなアジア人というステレオタイプそのまんまだ。ジュリーとは正反対のタイプだな……ぼんやり考えてしまった頭を振って、オレは気配と足音を殺した。
こいつ一人でも吊ってしまえば、エンティティにどやされることはないだろ。
「っ!?」
背後から口を塞いでやると、喉のあたりからヒュッと小気味いい音を立てて、女は崩れ落ちた。腰を抜かしたらしい。どこまでビビリなんだか。
「そんなにビビんなって、ちょっと驚かせただけだろ?」
耳元に吹き込んだ声なんて聞こえていないのか、カタカタと震えながら座り込んでいた女がついに嗚咽を漏らし始めた。
極度の怖がりをあえて霧の森に誘いこんで反応を楽しむ……悪趣味なエンティティの考えそうなことだな。
少し哀れに思いつつも、オレは雪の上で縮こまる彼女を担ぎ上げた。この様子じゃ、どうせロクに抵抗はできないだろうと踏んでの判断だ。
「っ……ねぇ、吊らないで、やだっ」
だが、オレの判断は呆気なくハズレを引いた。
それまで泣きじゃくっていたはずの女は、担ぎ上げたその瞬間から反抗的な態度を取り始めた。
と言っても、暴力を振るうとか、武器で貫いてゴリ押しで腕から抜け出そうとするとか、そういうことはしてこない。ただ単に言葉で抗ってくるだけだ。面倒なことには変わりないが、それでオレが担ぐのをやめるとでも思ってるんだろうか。
「降ろしてよ、いやだっ……!」
「はっ、お前、殺人鬼にそれ言って意味あると思ってんの?」
「それはっ……お願い、どうしても嫌なの……」
「知ったこっちゃないな」
しばらく似たような問答が続いて、女の言葉を一つ一つ丁寧に叩き落していった。フックの前まで来ても彼女はうるさいままだったが、吊ってしまえばこっちのもの。
だが、肩に担いでいた身体を両手で抱え直そうと体勢を変えた時だ。オレの服を鷲掴んだ彼女は、それが最後の希望とばかりに「何でもあなたの望むことをするから」とポツリと口にした。
“何でも”という言葉を聞いて、動きを止めてしまった自分が情けないと思う。でも、言い出したのはコイツだ。ジュリーのやつが冷たくて欲求不満だったオレに向かって、全てを受け入れるかのような発言をしたこいつが悪いんだ。
オレはそうやって何度も何度も自分に言い聞かせた。
***
「何でもするんじゃなかったのか?」
小さな小屋の中心で、乱れた胸元を隠す女がしゅんと俯く。
まあ、何となく予想はついていた。何でも望むことをするだなんて、殺人鬼相手に本心で言う人間がいるはずがない。追い詰められて咄嗟に出てしまっただけだろうって。
案の定、小屋の中に連れ込んで衣服をはだけさせると、彼女は拒否反応を示した。
だが、ここで見逃してやるつもりはない。せっかく最高のタイミングでいい玩具が手に入ったのに、手放してしまうのはもったいなさすぎる。
血の匂いの染み付いたお面に手をかけて、下を向く女の顎を持ち上げた。
「ん、……っ」
すっかり下がった体温との対比でやたらと熱く感じる粘膜を夢中で貪った。乾いていた唇が唾液でびちゃびちゃになるころには彼女もようやく諦めがついたらしく、オレのキスに必死になって応えていた。
こんなまともなキスをしたのはいつぶりだ? キスってこんなにも気持ちいいものだったか?
久々の熱感にだらしなくのめり込んでいったオレは、ついうっかり気を抜いてしまったんだと思う。
「は、っ……ジュ、リー……」
「……え?」
直前の自分の声で、蕩けていた意識が覚醒した。
しまったと思っても、一度口から出た言葉をなかったことにすることなんてできやしない。いきなり赤の他人の名前を聞かされた女がキョトンとした顔でこちらを見つめてくる。
相手は恋人でも何でもない一人の生存者だとはいえ、行為中にその場にいない女の名前を口にしてしまうなんて、何よりもみっともないことをやらかしてしまった自分に腹が立つ。儀式前からずっとジュリーのことを引きずっていたせいだ。
「あ、の……ジュリー、って?」
行為をやめて背を向けたオレの後ろから、控えめな問いが投げかけられる。その分かりやすい気遣いは余計に傷を深くするってのに。
その瞬間、心の奥のところでギリギリ耐えていたものがプツンと切れた気がして、もう何もかもどうでもよくなった。
本当は話すつもりなんか微塵もなかったジュリーとのことを、背を向けたまま、ヤケクソで、後ろにいる生存者の女に洗いざらい話してやった。威厳ある殺人鬼が生存者の女に対して何やってんだか。
普段は自分を殺す立場の相手にいきなり失恋話なんか聞かされた女が、どんな表情をしているのかは分からない。ドン引きしてる可能性だってある。でも、そんなことはもうどうでもいい。どうでもいいんだ。
全部話し終わって、さあ何とでも言いやがれと思いながら、オレはまた彼女の方を振り向いた。平手の一発でももらう覚悟はできていたし、もう既にその場に女がいない可能性も考えた。
だが、自暴自棄になっていたオレを待っていたのは、まったく予想もしていなかった温もりだった。
彼女の腕が、胸が、頬が、オレの身体を包み込んでいる。その身体はなぜだか少しだけ震えていて、オレを慰めているというよりは、崩れ落ちてしまいそうな自分自身を支えるためにやっているふうだった。
「……抱いていいよ」
「は?」
「思いっきり、抱いてほしい」
「……フン、同情かよ」
「そうじゃないの……いいから抱いて、お願い」
“お願い”……ほんの数分前までまったく違うお願いをしていたはずの彼女の姿と、今目の前にいる彼女の姿が重ならない。オレの何が彼女をここまで変えさせたのかさっぱり分からない。何か企んでいるのか?
それでも、裏がありそうだからとここで賢く引き下がれるほど、オレは大人じゃなかった。
ちぎれた糸を結ぶみたいにどちらからともなく唇を寄せあって、促されるままに柔らかそうな肌に触れる。冷えた指先が温かい肌に吸い付いて沈むたび、徐々に、徐々に、口の端から漏れる吐息が激しくなっていく。
「……フランク」
「え……?」
「オレの名前。呼んで」
「フランク……、私は、名前……」
愛撫を続けながら、名前、と彼女の名前を復唱したその瞬間、暗くて深い穴の奥に魂が吸い込まれていくような感覚がした。オレは取り返しのつかないことをしているんだと、今になって理解が追いつく。
心のどこかでわいた諦めにも似た感情から必死に目をそらしながら、彼女の湿った下着の中に指を滑り込ませた。
抱いても構わないと自分から申し出た彼女は、その言葉通りにオレの身体も感情も受け入れ、甘く喘いで、ひたすらに乱れた。
もしも小屋の窓が外されていない状態だったら、きっと何も見えないくらいに真っ白に曇っていたと思う。それくらい、狭いボロ屋の中は二人の熱気で満たされていた。
乾き切っていた心がジワジワと満たされていくのが分かる。その感覚がたまらなくて、オレは自分の中心で脈打つ塊を、彼女の中に入れては抜いてを狂ったように繰り返した。
「フランク、フランク、っ……!」
教えてやったばかりの名前を、彼女の切羽詰まった声が何度も呼ぶ。ぐちゅぐちゅという粘液のエロい音に混じりながら、オレの壊れかけだった心を繋ぎ止めるように、何度も、何度も。
そんなものを終始聞かされたら、持つものも持たなくなる。彼女も彼女で普段なら有り得ないようなこの状況に過剰な興奮を覚えたのか、オレが呆気なく果てるのとほとんど同時くらいに背中を反らせて腰を震わせた。
行為を終えてからも、窓の外には相変わらず粉雪がちらついている。その見飽きた光景は、この山では一年のほとんどが陰鬱な冬だという事実を十分すぎるくらいに突きつけてくる。
床に転がるオレの耳に聞こえてくるのは、二人分の荒い呼吸と、微かに吹きすさぶ風の音。時間の流れが妙にゆっくりに感じる。
「なぁ……何で急に抱かせてくれる気になった?」
心地いい沈黙をあえて破り、オレは聞きそびれていたことを彼女に投げかけた。
だんだん呼吸が落ち着きつつある彼女だったが、その問いに答えてくれるまでには結構な時間がかかった。
「……別に、大したことじゃないよ」
「いいから教えろって。オレも全部話したろ?」
「ただ……私も、あなたを利用させてもらっただけ」
「……? 何だそれ、どういう……」
「私もね、少し前に失恋したの」
彼女の”理由”についてはオレなりにいろいろ考えてはいたものの、実際の理由は全く予想だにしていないものだった。言葉を失ったオレを一瞥して、彼女は言葉の先を続ける。
「フランクとジュリーさんみたいに付き合ってたわけじゃなくて、勝手に片想いしてた仲間がいたんだけど……」
「……気持ちを伝えたのか?」
「ううん……他の仲間と付き合ってたの。私、全然知らなかった……ごめんね、勝手にあなたと自分を重ねて……」
「…………」
気の利いた言葉が何も浮かばなくて、ただただ彼女の潤んだ瞳を見つめた。彼女もそれきり黙り込んでしまった。
今この場所に、名前の想い人とやらは来ているのだろうか。名前がやたらと吊られたくないと抵抗していたのは、その相手が救助に来てしまったら苦しくなるから、だったのか?
くだらない妄想ばかりが頭をよぎる。また時間の進みがゆっくりになった。
その日、それ以上何もないまま別れを告げたオレたちは、次の儀式で一緒になった時も、その次の時も、顔を合わせるたびに身体を重ねてしまった。
少ない人数で共有された秘密は、共有した者たちの絆を深めるという話をどこかで聞いたことがある。オレと名前の関係はまさにそれだと思った。
同じ痛みを抱えた者どうしで傷を舐め合い、やり場のない欲求を慰め合う。たったそれだけの行為がこんなにもオレたちを魅了する。
エンティティのヤツもこの意外な展開を楽しんでいるからか、特に罰を与えられることもなくて、そのことが余計にオレたちを助長させた。
だが、所詮は違う立場の者どうしの一時の馴れ合いだ。その事実を乗り越えることは、想像以上に難しかった。
こんなにも求めあって、見つめあって、確かにその手を掴んでいるはずなのに、届かない。何かが足りない。
彼女のイイところだって、もう完璧に把握していて的確に攻められる。性器以外の性感帯がどこなのかだって分かっているし、行為中に言われて喜ぶ言葉もたくさん知っている。
それでも、やっぱり足りないんだ。
そのポッカリと空いた心の穴は、何度キスをしても、エッチをしても、二人ではいつまで経っても埋めることができなかった。
出逢った場所が違っていれば、こんな思いはせずに済んだのだろうか……そんなふうに思ったりもした。
でも、そんなの誰にも分からない。名前にも、オレにも。
***
「ねぇ、お願い……私を刺して、フランク」
ちょうど十回目の行為を終えたあと、オレの下で胸を上下させる彼女がとうとうそんなことを口にした。
エンティティに特別な許可をもらうことで行える、メメント・モリ。彼女はそれを自分に行ってほしいのだと言った。いつまでも終わりの見えないこの甘ったるい地獄を、キッパリ終わりにしたいからと。
下半身は繋がったまま、泣きそうな顔をしている名前を力強く抱きしめる。鼻をくすぐるほのかに甘酸っぱい彼女の匂いも、すっかり嗅ぎなれたものになってしまった。
「名前はいつも”お願い”ばっかだよな……一つくらい、オレのワガママを聞いてくれてもいいんじゃねぇの」
「……うん、いいよ、最後だからね」
最後。その言葉を聞いてみっともなく引き止めそうになってしまった感情を誤魔化すように、オレは彼女の身体に刻まれた赤い印を指先でなぞる。
「……この世界では、オレ以外のやつと付き合わないでほしい」
「……これから先、ずっと?」
「ああ、ずっと。オレも誰とも付き合わない……ジュリーとも復縁しないからさ」
「……ん、分かった」
これまでの名前のワガママなんかとは比べ物にならないような呪縛を、彼女はあっさりと承諾して、ふにゃりと力なく微笑んだ。
目頭から滲み出たもので視界がぼやける。まぶたの上に溜まったそれがこぼれ落ちるよりも先に、オレはおどけた白いお面で表情を覆い、震える手でナイフを握りしめた。
与えられた役を演じきれないまま、この演目の幕は降りる。さっさと記憶に蓋をして、終わりにしよう。永遠に。
威勢のいい覚悟とは裏腹に、高く上げた両手を彼女の肌に振り下ろすまでには、やたらと長い時間がかかってしまった。
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