DBD
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「先生」
ああ、またか。と、ため息が出る。
振り返れば、予想通り澄ました顔をしてこちらを見据える女がいた。視線が会うなり首を傾げて微笑むその姿を好ましく感じたことなど一度もないと言うのに、彼女はいつもそうするのだ。
「私は君に”医者として”接した覚えはないんだが?」
素っ気なく吐き捨ててやれば、なぜだかよりいっそう口角が持ち上がった。
「いいじゃないですか、そういうロールプレイだと思えば」
ロールプレイ。得体の知れない霧の森に突然連れ込まれ、殺人鬼と生存者という役割を割り振られて日々血なまぐさい戦いを強いられている身で、なぜその言葉をそんなにも楽しそうに口にできるのか。全くもって分からない。
かつて天才心理学者として名を馳せた過去のある私だが、名前とマッチングするたび彼女の倒錯した思考に振り回されていた。
初めて出会ったころは特異な言動をするような女ではなかったように思う。が、いつからか顔を合わせるたびにこのような態度をとられるようになった。
「なぜ君は私を恐れない?」
いつまでも自分のことを「先生」などと気安く呼ばれるのは癇に障る。殺人鬼の矜恃として、生存者にはいついかなる時も恐怖の対象として見てほしいものだ。
「怖くないわけじゃないです。ただ、」
触れられる位置まで近づいた名前の指先が、話すために開口器具を外している私の唇に添えられる。
「ドクターさんって、すごくセクシーなので……」
一瞬何を言われているのか分からなくなりそうだった。右から左へ流れていきそうになった言葉を慌てて掴みとり、咀嚼する。
いつもの薄ら笑いを浮かべずに真剣な目をして言った彼女が、嘘をついているとは考えがたい。その事実が、なおさら私の頭を混乱させる。
「どういう意味だ」
「ただの正直な感想ですよ」
「……私に肉体関係でも求める気か?」
「それも悪くはないですけど……私はただ、素敵なドクターにお近づきになりたいだけです」
悪くはない、などと言っている時点で、あわよくばという気持ちが少なからずあるのではないか。そんなふうに思えたが、あえて口には出さなかった。
自分を殺すことを目的としている相手を目の前にして「お近づきになりたい」など、やはりこの女は普通ではない。一種の命乞いかとも考えたが、自分から私の方に出向いておいてそれはないだろう。
私も私で、こんな人間などさっさと地に伏せて吊ってしまえばいいのにそうしないのだから、ある意味でこの女と同類なのかもしれないが。
だが、私とていつまでも彼女一人に多大な時間を割くわけにはいかない。人を使って実験をするのは好きだが、自分が試されるのは御免だ。
今までは珍しいもの見たさもあって律儀に彼女との会話に付き合ってやっていたが、もうそろそろこの関係も終わりにしていいだろう。
「ところで、君は私に何か用でもあるのか?」
「え? 別に用というわけでは……、」
「なら、遊びに付き合うのは終わりだ。失礼する」
そう言って踵を返した途端、反対側に強く身体を引っ張られ、危うくバランスを崩しそうになる。
「だめっ、行かないで……!」
私の腕を両手で鷲づかんだ彼女の目は、今まで一度も見たことのなかった動揺の色が浮かんでいた。気味が悪いほどに丁寧だった口調も崩れ、明らかに取り乱しており、今にも泣き出しそうだ。
数秒後には、ハッとした様子で彼女は手を引っ込めた。
本当に反射的に起こしてしまった咄嗟の行動だったのだろう。言い訳も浮かばないのか、ひたすら足元を見下ろしている。
さすがの私でも全く予想だにしなかった展開だが、だからこそ面白くもある。途端に彼女に強い興味が出てきた。
なんだ、この女は何に突き動かされている? なぜこんなにも強迫的な態度をとった?
「……なぜ行ってはいけない?」
ストレートに問いかけてみても、彼女からの返事はない。
「私にここを離れられると、何か不都合でもあるのか?」
震える瞳がほんの一瞬こちらを見た気がするが、またすぐに俯いてしまう。
ほんの小さな動揺の一つ一つが鮮やかに状況を浮かび上がらせてくる。だんだん事情が掴めてきた。
「君にどんな理由があるかは知らないが、私には私の仕事があるんでね」
「っ……」
「さて、他の生存者たちを探しに行かなければ」
「……!」
わざとらしく立ち去ろうとしてみれば、頑なに地面を見つめていたはずの潤んだ瞳がとうとう真っ直ぐにこちらを見上げた。
その顔に、嗜虐心が刺激される。取り繕っていたものが剥がれ人の本心があらわになる瞬間というのは、どうしてこうも魅惑的なのか。口角が上がりそうになるのを必死に堪えるが、疼く身体を抑えられそうにない。
気がつけば衝動のままに彼女を壁際に追い詰めていた。
「は、離して……」
「私がここを立ち去ることを条件になら離してもいいが、本当にそれでいいのか?」
「な……、」
彼女の顔から血の気が引いていくのを、至近距離で眺める。カタカタと震え出した身体をすぐにでもめちゃくちゃに蹂躙してやりたい衝動にかられるが、今はまだ我慢だ。どうせ後でどうとでもできてしまうのだから。
「さしずめ、他の先輩サバイバー共に私を誘惑して足止めするようにとでも言われていたのだろう? それであんなにも媚びを売るような真似をしていたのか」
「……気づいたのなら、どうしてさっさと吊らないの……」
「この状況……ただ吊ってしまうだけでは面白くないと思わないか?」
「っ……」
逃げられないように太ももの間に膝をさし入れ、服の中に手を滑りこませる。
まだほんの僅かに残っていたように思う彼女の冷静さがあっという間に霧散する。泣き声を漏らしながら身体を捩る姿は、数分前ともはや別人だった。
「う、っ……や、あ、いやっ……!」
「なぜそんなにも抵抗する? 私とこういった事をするのは”悪くはない”のだろう?」
「ふ、……うっ、う……、」
「くく……そう、いい子だ……」
ねっとりとまさぐるうちに彼女の身体は力をなくしていき、私の膝に体重の大部分を預ける状態となっていた。もう逃げ出すことは不可能だろう。
もっとも、彼女が逃げ出せば私を隔離しておく役目も果たせないため、元より彼女はここを離れることなどできないのだが。
さあ、形勢逆転だ。
残された時間を存分に楽しもうじゃないか。
3/26ページ