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「ねぇ……キミたちってさ、それでいいわけ?」
先程まで一緒に話をしていたヒルビリーが去ったあと、入れ替わるようにして背後から現れたレイスが少し呆れを含んだような声で言う。
状況的にも、関係的にも、レイスのいう「キミたち」というのがヒルビリーと名前のことを指しているのは間違いない。レイスの言わんとしていることを理解した上で、名前は何でもないふうな顔を作って首を傾げてみせる。
「それでいいって、なにが?」
「分かってるくせに」とボヤくレイスから、ヒルビリーが消えていった曲がり角に視線を戻す。塀に背中をもたれたまま「いいの」と明るく返す名前のその言葉には、誤魔化しも嘘も含まれていないことをレイスは分かっていた。分かっているからこそ、余計に二人のことが分からなくなっていく。
一柱の邪神が生殺与奪を握るこのくだらない箱庭の中、本来の生存者と殺人鬼の関係とは異なる新たな関係性を築いたのがヒルビリーと名前だった。
とはいえ、かれらが仲を深めることによってこの世界の秩序がすべてひっくり返ったりはしない。これまでと変わらず悪趣味で残酷な儀式は続いていく。それでも、敵どうしであるはずの二人が儀式の外で見せる仲睦まじい姿を見て、この鬱屈とした世界に住まう者たちの中で何かが変わったのは確かだ。
二人の行く末は他の殺人鬼たちも密かに注目していた。最初は興味本位で噂話に耳をそばだてていた程度だったのが、柄にもなく本当に親族のような気持ちで二人を見守る者まで出てくる始末。
そこまで入れ込んでいるわけではないものの、レイスも彼らの行く末が気になる者の一人だった。
だからこそ、いつまで経っても一定の距離から進展しない最近の二人を見てはやきもきしていた。他者の目から見ても明らかに思い合っているようにしか見えないのに、どうしていつまでも親友のような関係から動こうとしないのか、と。
「これでいいって言うけどさぁ……少しくらいはあったりするんじゃないの? ビリーと正式に恋人関係になりたいって気持ちがさ」
「んー……」
「……あれ、図星?」
肯定したわけでもないのに、核心突いたり! と途端に楽しそうな顔をするレイス。面倒臭い予感を感じ取った名前は、これ以上何も喋るもんかと唇を固く結んでふいっと顔を背ける。
日ごろどんなにからかっても暖簾に腕押しな名前の珍しい態度に、ここぞとばかりにニヤけた目線を送るレイスだったが、見つめて逸らしての攻防を続けていたちょうどその時、ヒルビリーが去って行った方向から別の殺人鬼が歩いて来ていることに気づく。「エヴァンだ」とこぼしたレイスの声に釣られて、名前も後ろを振り返った。
「トラッパー、どうしたの?」
「ああ。さっき向こうですれ違ったビリーからの伝言なんだが、あとで家畜小屋の敷き藁の回収を手伝ってほしいとか言ってたぞ」
ビリーという単語を聞いた瞬間、名前の口元は緩みかけたが、相変わらず隣からニヤニヤと凝視されているのを感じて慌てて表情に力を込める。
「ん、分かった。けど、なんでさっき話した時に伝えてくれなかったんだろう……私さっきまでビリーと話してたんだよ?」
「あー……なるほどな、それでアイツああ言ってたのか」
「え、なんて?」
「楽しすぎて一番大事なこと言うの忘れてたとか何とかって。たぶん、お前と話すのが楽しくて用事を伝え忘れたんだろうな」
「…………」
こんなの、ニヤけずにいられるわけがなかった。名前の頭の中にはトラッパーが言葉にした以上の情報がぶわっと溢れ、まるで自分自身の目で見てきたかのようにリアルなヒルビリーの姿が何度も再生された。
意外さはない。ヒルビリーにはそういう少し抜けているようなところがあり、付き合いの長い名前は当然彼のそんな一面も知っている。でも、だからこそ、新しい側面を知った時とはまた別の愛しさが込み上げてくる。
ニヤけるだけに留まらず、ふふ、と小さく笑い声まで漏らしてしまった名前に、突き刺さる二つの視線。それをさらりと交わすように駆け出して、「じゃあ行ってくるね」と手を振りながら、名前はその場を後にした。
取り残されてしまったトラッパーとレイスが、無言のまま顔を見合わせる。言葉にして確かめずとも、お互い似たような感情を抱えていることは明らかで。一呼吸おいて吐き出した小さな溜息が重なった。
「……あれでまだ付き合ってないって言うんだからビックリだよね」
「は? アイツらまだくっついてないのか?」
「みたいだよ。ビリーのこととなるとあんな顔するクセに、別にいいの、だってさ」
「別にいい、ねぇ……」
先ほどまで名前が寄りかかっていた塀に背中を預け、何だかな、と空を見上げるトラッパー。からかう相手がいなくなったことで退屈になったレイスも、同じように空を見上げた。
エンティティが作り上げた空想世界の空は、現実世界と違って雲にも星にも動きがない。いつ見上げても同じ場所に同じ塊があって、この世界でそれなりの時間を過ごしている二人にとってはすっかり見慣れた景色だった。
そんな広いようで狭い変化のない空模様を、まるでヒルビリーと名前のようだなとぼんやり思いながら、二人はしばらくの間じっと濃紺を見上げていた。
名前がコールドウィンドファームの芝生を踏みしめるころには、ヒルビリーは家畜小屋の中で作業を始めていた。聞き慣れた足音に振り返るその表情に見た目の変化こそあまりないけれど、共に過ごした時間の長い名前には喜びに満ち溢れていることが分かる。
「お待たせ。敷き藁だよね? 道具取ってくるね」
「うん、ありがと」
納屋の農具置き場の中、箱の中から飛び出たいくつもの柄の中から一つを選んで引っ張り出す。三つ又の金属がカラカラと音を立てながら錆びた姿を現した。
柄の下の部分がほんのりとカビて緑がかっているのがピッチフォーク。もう何度もここで手伝いをしている名前には、柄だけで農具の種類を見分けることくらい朝飯前だ。
まるで自分の農場かのようにテキパキと動く名前も、最初から効率よく動けたわけではない。見知らぬ農場での慣れない作業は、生前の知識で補えるような生易しいものではなく、仲良くなったばかりのころは軽い気持ちで手伝いたいと言ってしまったことを少しだけ後悔した。
頭の容量の大部分を農業知識の暗記に費やしてうわの空で過ごしたことや、疲労から寝ぼけ顔のまま儀式に挑んでひどい目にあったこともあった。
それでもヒルビリーに喜んでほしいからと、来る日も来る日も、時には名前の方から頼み込むような形で農場に通った。そんな積み重ねがあったからこそ、今の手際の良さがある。
大好きなひととの共同作業がこんなにも楽しく心地のいいものだなんて、ヒルビリーと出会う前の名前は知らなかった。付き合ってもいない、身体的な接触もほとんどない、同じ作業を共にこなしつつのんびりと過ごすこの関係が、万人にとっていいものであるのかは分からない。だが、少なくとも今の名前はとても幸せだった。
ずっとこの時間が続いたらいいのにと、日々そんなふうに考えている。
そう、このまま、ずっと……
「……え?」
さて始めるぞ、と農具を敷き藁に突き刺したその瞬間、柄を掴む手首をぎゅっと握られる感覚がした。自分の身に何が起こったのか、理解するまで時間がかかってしまった。
初めて触れる、ヒルビリーの肌の感触と熱。不意打ちなのもあってなのか、手首を握られているというたったそれだけのことで、名前の胸の真ん中がどくどくと暴れ出した。
「どうしたの?」と絞り出した五文字は、大げさなほど震えてしまっている。
「これ、つけた方がいい」
空いている方の手で尻ポケットから取り出された、一組の軍手。危険なことをするわけでもないのになぜ? と困惑する名前の胸元に、「つけて」と念押ししながら差し出される。
「えっと、ビリー、私なら大丈夫だよ? いつもしてる作業だし、軍手なんてなくても……」
「油断するのよくない……ここ、危ないものいっぱいだから」
「どうして急に、そんな……」
「分かんない……分かんないけど、おれ……、」
最近は、名前に小さな怪我もしてほしくないっておもう。
尻すぼみにそう言って苦しそうに胸元を握りしめる彼を見た時、名前は今までに感じたことがなかった胸の痛みをハッキリと感じてしまった。そしてその痛みは、きっとヒルビリーが今感じているものと同じものだと、そう思った。
怪我をしてほしくない、気をつけてほしいという気持ち自体は、友人相手でも芽生えるものだ。でも、友人を相手に、刃物や重機を使うわけでもないのに、あんなに苦しそうな姿を見せる者はそういないだろう。ましてや「殺人鬼」が、そんな……
軍手を受け取ってもらえて満足げな様子のヒルビリーを横目に、名前の頭の中では、あの時のレイスの言葉が浮かんでは消えてを繰り返していた。「少しくらいはあったりするんじゃないの? ビリーと正式に恋人関係になりたいって気持ちがさ」……脳内のレイスが再三問う。
よりによってなぜ今そのセリフが浮かんでくるのかとモヤモヤする。でも、その理由は誰よりも名前自身が一番よく分かっている。
その後、名前は藁をかき集める間ずっとヒルビリーの姿をチラチラと目で追ってしまっていた。普段と何も変わらないタンクトップ姿の彼が、やけに素敵に見えるのはなぜなのか。
やっぱりレイスの言う通り、自分はヒルビリーとの関係の発展を心の片隅では期待しているのかもしれないと、名前はこの時初めて実感した。
きっとヒルビリーも同じように思っているはず。その推測が、名前にわずかな期待を抱かせてもいた。
だが、名前の期待とは裏腹に、軍手を渡された時のような接触や気遣いをそれ以降は特に見せられることもなく。ヒルビリーの方はすぐにいつもの彼へと戻ってしまったため、結局真意は分からずじまい。
帰り際、「お疲れさま」と言ってくれたヒルビリーに返した笑顔は、ぎこちないものになっていたかもしれない。でもきっと、彼は名前のその微妙な表情の違いには気づかない。昨日までは可愛らしいと思っていたそんな彼の特性が、今は悩みの種になってしまっている。
意識すればするほどに、その場に留まったままでいるヒルビリーとの距離が離れてしまうような気がした。
ほんの些細なキッカケ一つで、もっともっとと欲が出てきて必死になるなんて……名前の心の奥底には、そんな虚しさばかりが広がっていた。
*
「……で、自分の心に嘘をつくのが辛くなって、そんなに凹んでるってわけ?」
殺人鬼陣営を囲む塀に背中を預け、三角座りで項垂れる名前を見下ろしながら、レイスが弱った心を容赦なくつつく。
あのヒルビリーとの接触事件から数日後。一人で悩み続けることに限界を感じた名前は、誰でもいいから話を聞いてくれとレイスのもとを訪ねたわけだが、さっそく人選を後悔していた。
「どうせレイスには私の気持ちなんて分かんないですよーだ」なんて不貞腐れてみれば、「いや、君から話振ってきたんでしょ」と冷静に打ち返される始末。
「素直に告白してみたら? 案外すんなり受け入れてもらえるかもよ?」
「そ、それは……ちょっと……うう……」
もごもごと口ごもる名前の頭上に、レイスとは別の大きな溜め息が降り注ぐ。
「……ねぇトラッパー、レイスってば冷たいと思わない?」
「いや、今のため息はレイスに対してじゃないんだが……」
「ええ? ひどい、トラッパーまで私がヘタレだって言うの?」
「いや、そうとは言ってないだろ……」
腹立たしさをバネに勢いよく立ち上がった名前の耳に、トラッパーの言葉が最後まで届くことはなかった。本気で怒っているわけではなかったが、ムッとした顔を作って交互に二人を睨みつける名前。きっとまた二人はため息をつくのだろうと踏んでの行動だったが、何やらレイスとトラッパーが目配せをし始めた。
「……ん?」
名前の疑問符をよそに、レイスがトラッパーの顔をじっと見つめ、その視線に対してトラッパーは小さく首を振る。サインを送り合うピッチャーとキャッチャーのような二人の様子に首をかしげる名前だったが、二人のことだからどうせ何のことなのか教えてくれないだろうと不貞腐れ、くるりと背を向けた。
「おい、もう帰るのか?」
「うん、今日はもういいよ……聞いてくれてありがと」
ヒラヒラと気だるそうに手を振りながら、小さくなっていく名前の後ろ姿。ほとんど茶化しただけだというのにしっかりとお礼を伝えられ、トラッパーもレイスも、何とも言えない気恥しさを感じた。
またあの時のようにぽつりと置き去りにされてしまった二人。「ったくよぉ」とつぶやきながらポリポリと頭を搔くトラッパーに、レイスは「よかったの?」と問いかける。
「……何がだよ」
「何って、エヴァンも同じこと考えてたんでしょ、さっき」
「…………」
塀に背中を預けて見上げる空は、やっぱりいつもと同じ景色だ。星の位置も、雲の薄さも、色彩も、何一つ変わらない。
「……いいんじゃねぇの、ビリーからも同じ相談を受けたなんて、わざわざアイツに伝えなくても」
「伝えない方が面白いから?」
「いや、というより、そのうち気づくだろ……今のアイツらなら」
「えー……そうかなぁ? 万年両片思いのあの二人が?」
「ああ」
トラッパーが視線を下げる瞬間、代わり映えがなかったはずの夜空の星が一つだけ大きく瞬いた気がしたが、慌てて見上げ直してみても、もう一度瞬くことはなかった。
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