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身体の中心をえぐる摩擦と熱と、荒い息遣いだけに五感を支配されながら、覚束なかった快楽がついに輪郭を現わそうとしたまさにその瞬間だった。
「あ、……っ、んん……!?」
私の背中に添えられていたはずの手のひらで急に口を塞がれたものだから、勢い余って壁に後頭部を打ってしまった。
カサカサとした手のひらの感触が唇に当たって少し痛い。儀式の最中にあれだけ電撃を放っていれば、皮膚もそれに耐えられるような質感に変化するんだろう。
壁の向こうから仲間たちの声が聞こえる。なるほど、だから彼は最中にいきなり口を塞ぐなんてことをしたのか。案外この部屋の壁って薄いのかな……なんて、ぼんやり考えていたらいつの間にか声は止んでいた。
「……最後までいけたか?」
「引っ込んじゃった」
だから、もう一回。言葉を付け加えようと口を開いたのに、声になるよりも早くドクターはモノを抜いてしまう。連れないんだから。でも、彼はそういうひとなのだ。乗り気じゃない時は相手をしてくれない。例え行為の最中だろうとそれは同じこと。
そんな彼の性格は、三度目のセックスを終えるまでの間に理解した。悪く言えば「冷たい」ということになるのかもしれないけれど、それくらいの方が気が楽だし、都合がいいのも事実だった。不満はない。
「ああ、そうだ……頭は大丈夫か?」
衣服を整えていた手が止まる。
壁にぶつけた後頭部のことを心配しているんだろうけど、その言い方だとまるで私の頭がオカシイみたいに聞こえるじゃないか。もっと他に言い方あるでしょうとわざと呆れた表情をしながら振り返ってみたら、彼は薄ら笑いを浮かべていた。なんだ、本当にそういう意味を込めて言ったのね。
そうですよ、どうせ私は命を狙ってくる相手と身体を重ねてしまう頭のおかしな人間ですよ。心の中でついたはずの悪態も、なぜか彼には筒抜けらしい。そっと腕を引かれて、まだ明け広げたままの胸元にすっぽりと包まれる。私が彼の胸筋にベタ惚れなことを知っていてこういうことをするんだからタチが悪い。
「悪かったですねー、おかしな人間で」いつもより感情を薄めた低い声でそう言えば、「悪いとは言ってないだろう」と返ってくる。ちょっとくらい申し訳なさそうにしてくれたっていいのに。そんな彼に惚れてしまった私も悪いのかもしれないけれど。
「……好き」
「ああ」
「愛してる」
「知っている」
「ドクターは?」
熱のこもった目で見上げれば、静かに唇を塞がれる。言葉にするのが苦手なだけ。彼も同じ気持ちでいることを私は知っている。愛情の確認をした時にだけ与えてくれる口づけが、彼なりの好意の印なのだ。
不満はないなんて言ったけど、やっぱり嘘。ほんの少しくらいはある。
私はいつか彼自身の言葉で愛を囁いてほしいと思ってる。拒絶されるのが怖くて、その気持ちを伝えたことはないけれど。
「それじゃあ、また研究所に当たった時まで」
「ああ」
ドクターがこうして意図的に見逃してくれるのも私だけだというのに、いつの間に私はこんなにも貪欲になってしまったんだろう。
何事もなかったように、他の三人よりも遅れてゲートを出た……つもりだったのだけど。
拠点に帰ってみると、みんなの視線がやたらと刺さる。これが単なる私の被害妄想だとか思い込みなら良かったのだけど、明らかに空気が変だ。
黙って焚火に当たっていたらクローデットが近寄ってきた。
「ハーイ」
「お疲れ、クローデット……どうかした?」
「えっと、」
一度言葉を切って横目で仲間たちの方を伺ってから、こちらに向き直る。
「その、レリーで何かあった?」
「……何かって?」
「特に何ってわけじゃないんだけど、名前、いつもレリーに当たると一人行動し始めちゃうから心配で……」
「…………」
恐る恐る言葉を選んでくれているのが分かる。たぶんドクターと何をしているのかまではバレてない。でも、最近レリーに当たるとドクターがいつまでも自分たちを探しに来ないこと、そしてその時には必ず私の姿も見えなくなることくらい、とっくに気づいているはずだ。いつかはこうなると分かっていた。
クローデットは優しいから私のことを傷つけないような言い方をしてくれているけど、もしかしたら本心は彼女の肩越しに見える疑いの目をした彼らと同じなのかもしれない。
そんな目で見ないでよ。冷えた目で見られて嬉しく思うのは、ドクターが相手の時だけなんだからね。
「声かけてくれてありがとう。でも、心配しなくても大丈夫だよ。キラーと共闘しようだとかみんなを裏切ろうなんて、そんな器用なこと私にはできないし、考えてもいないから」
クローデットの表情が一瞬だけ図星を突かれた時のそれに変わったのを見逃せる器用さも、私は持ち合わせていなかった。
ありがとうなんて、心にもないこと言ってしまったけど許してほしい。だってあなたのさっきの言葉も、本心を隠すための糖衣だったんでしょう? 優しさは本物だったのかもしれないけれど。
「ごめんね」と小さくつぶやいて、クローデットが私のもとを去っていく。
ああ、どうしよう、いよいよ本格的に孤立してしまうかも。彼女以上に私に気を遣ってくれそうな人なんて他にいただろうか。生存者たちの顔を一人ひとり思い浮かべていく。でも、五人目くらいでやめた。あまりにもくだらないから。
早くドクターに会いたい。結局、最後に行きつく思考はそれだった。
あのひとに惚れてしまったせいでこうなったのに。あの日、やけくそで彼に投げかけた甘い言葉のせいで。しかも何の間違いか、その言葉を彼が受け入れてしまったせいで……
それでも私は後悔なんてしない。この惨たらしくて光のない狭い箱庭の中で、すべてが私たちを蹂躙し支配してくる世界の中で、自分で道を選べたことはこの上ない幸福だと思うから。
その道がいばらの道でも構わない。どうせ最初からこの世界に希望なんてない。
***
「あれ……」
何度目かの目覚めのあと、数日ぶりにまたレリー記念研究所に飛ばされた。ようやくあの日の傷と孤独を癒してくれる場所に来られた。そう思ったのだけど、いつも彼と落ち合う部屋の中に愛しい姿はなかった。
ああ、そうか。今日はあの日なのか。皮肉にも彼が目の前にいないことで冷静なままな私はすぐに勘づいた。
彼らキラーには十回の儀式につき一度、エンティティのもとに強制召還されてそれまでの儀式の評価をもらう日があるのだという。
普段はエンティティに反発しがちなドクターもこの箱庭から追放されるのだけは御免らしく、評価という名の仕置きを食らった直後だけは私のことをほっぽって儀式に集中するのだ。
よりによって今までで一番会いたい日と重なってしまうなんて、運がない。
「いいよ、別に……この部屋にいられるだけで落ち着くから……」
一人ぽつりとこぼした声が、思ったよりもずっと虚しく響く。言葉が誰にも拾われない瞬間ってこんなにも辛いものだっけ。孤独ならいつも拠点で感じているはずなのに、どうしてこんなに……
一度意識してしまうともう駄目だった。切なさは温かい水となって、一つ、二つと頬を流れていく。嗚咽を漏らさなかっただけ偉いと思う。他の仲間たちにも、ドクターにも、こんな私の姿は見られたくない。声だけは絶対に漏らしてはいけないんだ。
意味もなく部屋の中を歩き回りながらすすり泣いていると、視界の端に小さく光る何かがちらついた。何だろう。この部屋に光を強く反射するものなんて置いていなかったはずだけど。
見覚えのない何かに興味を引かれるままに、机の方へと歩いていく。銀色に輝く小さな棒のようなものがある。鍵だ。それも、私たち生存者が儀式のたびに喉から手が出るほどに欲する、ハッチを開く鍵。
彼からの贈り物だとすぐに理解して拾い上げる。
よく見ると、隣に手書きのメモのようなものも置かれていた。少しだけ癖のある、抜きの部分がやたらと尾を引くその文字は、間違いなくドクターが書いたものだった。
『今日は相手をしてやることができない
だが、君はいつものようにここに来るだろう
詫びになるかは分からないが、くすねた鍵を置いておく
愛している』
「あ……」
愛している。
彼の口から言ってほしくて、でもねだることはできなくて、ハッチの鍵なんかよりもずっとずっと欲しかった言葉が、文末に確かに書いてある。
止まりかけていた涙がポロポロと溢れ出す。今この場所に彼はいないのに、心はこんなにも温かい。
「まどろっこしいなぁ……ふふ」
誰にも見られる心配のない薄暗い部屋の中で、泣きながら小さく笑った。
とっくに読み終わった短い文章をまた頭から読み返す。一言一句声に出しながら、最後の一言だけ大げさに感情を込めて、ゆっくりと。
これを書いている時のドクターの姿を想像するだけで、身体の奥から熱が湧いてくる。部屋の中に漂う仄かな薬品の臭いを嗅ぎながら、彼の手つきを真似るようにして自分の身体に指を這わす。そのまま倒れこむようにベッドに寝ころぶと、古びたパイプが瀕死のネズミみたいな音を立てた。
生存者たちを吊り終わった彼がここに戻るまで、このまま待っているのもいいかもしれない。
あまり長居するとまた仲間たちに疑いの目を向けられるだろうし、エンティティだっていつまでも私たちの仲を大目に見てくれるとも限らないけれど。
でもそんなこと、私にはもうどうでもよかった。
「んっ、あ……、どくたー……」
一生懸命に利き手を動かしながら、反対の手で胸ポケットの中にメモを押し込んだ。このメモは捨てられない。この世界で寿命を迎えることがあるのかは知らないけど、私の息が止まるその時まで、ずっと肌身離さず持っていたい。
今、私の心臓の真上で、彼が書いた「愛してる」の文字が鼓動に揺られている。
握りしめたままの小さな鍵は、私の熱が移ってすっかりぬるくなっていた。
ああ、早く迎えに来て。今度こそ私を絶頂に導いて。
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