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あなたとこうして触れ合っていると、このほの暗い霧の森の景色すらも明るく鮮やかに見えてきます。
前に一度、そんなふうに言ってみたことがあった。
その時のあなたはどんな反応をしてくれたんだっけ。
言葉を返してくれたなら、きっと記憶に焼き付いていたと思う。見たことのない表情を見せてくれたのなら、忘れることなんてできなかっただろうに。
そのどちらのすべも持たない彼は、時々私の記憶から溶け落ちてしまう。
殺人鬼の拠点と生存者の拠点のちょうど中間あたり、背の高い木々に囲まれた森の奥で、私たち二人は向かい合っていた。私が彼にどうしても会いたくなった時、よくここに呼び出して密会をする。
敵対している者どうしでなければ、わざわざ両陣営の拠点から一番離れた場所を選ぶ必要はなかったのかもしれない。でも、そんなありもしない「もしも」を考えたって仕方がない。
「ねぇ、処刑人さん……」
筋肉質な肩に添えた指を滑らせる。凹凸を感じながら二の腕へ、関節へ、そして手首を経て手のひらへ。手袋越しに指を絡めると、彼もやんわりと握り返してくれた。
「私、時々分からなくなるんです……どうやってあなたとの愛を確かめればいいんだろうって……」
泣くつもりなんかなかったのに、言葉にするうちにどんどん声が震えてしまって。涙がこぼれないように瞼を閉じると、繋いだ手のひらに力が込められた。慰めてくれているんだろうか。
でも、彼に優しくされればされるほど、私の負の感情は高ぶっていくばかり。
「っ……私、もっと欲しいんです……あなたが欲しい……」
「…………」
「じゃないと、時々すごく不安になるんです……足りないんです、今のままじゃ……」
まるで私を安心させようとするみたいに、繋いでいた手をそっと引かれて、促されるままに彼の胸に頬を埋めた。
温かくて、心地いい。でも、不気味なほどに静かだった。体温があって、触れた感触は確かに人間の身体そのものなのに、限りなく人に近いその胸元からは心音が聞こえない。
やっぱり彼は私たち人間とは違うんだ……と、嫌でも思い知らされる。
きっと私は、人間と同じように求めてしまうから苦しくなるんだと思う。人間がしてくれるように愛の言葉を囁いてくれることを、笑顔を向けてくれることや涙を見せてくれることを、蕩けるようなキスをしてくれることを渇望してしまうから、叶わないことが苦しくなる。
でも、そういう欲求が溢れてしまうのは仕方のないことなんだ。だって私は人間なんだから。
「……抱いて」
絞り出すような掠れた声に、彼の身体がかすかに揺れた。
「言葉もキスもくれないのなら、抱いてください……今、ここで」
望んでもできないことを懇願したって仕方ない。だったら、できることの中で最上級のものをねだればいい。
すでにぴったりとくっついている身体をぎゅうぎゅうと押し付けるようにして、ほら早く、とアピールする。でも彼は動かない。突然の要求に困惑しているのか、それとも自分たちにはまだ早いと拒否しているつもりなのか、白い手袋に包まれた手のひらで私の背中をぽんぽんとするだけ。
それが何だか虚しくて、悲しくて。ついに私は自分を抑えきれなくなった。
痺れを切らして彼の手を取り、触れてほしい場所へと誘導する。鎖骨のあたりに手のひらを置いて、下へ、下へ。柔らかい膨らみにたどりついた時、指先がピクリと反応を示してくれて、たったそれだけのことが私をひどく興奮させた。
最初は誘導してあげていた手のひらも、少しずつ自らの意思で動き出す。
吐息と一緒に漏れる悩まし気な声。その声をもっと聞きたいとでも言うように、服の内側に指先が滑り込んでくる。
「あ……、っん……」
力の入らなくなった身体が草の上に寝かされた。情事をするのに相応しくない場所だということなんて、この際どうでもよかった。
地面を覆う植物の青臭い匂いも、葉についていた細かな水滴が服に染みていく不快な感覚も、どうだっていい。それよりも、今はただあなたに触れられて、揺さぶられて、心の穴を埋めてしまいたい気持ちの方が強いから。
横たわる私に触れる処刑人さんの手つきは、産毛を撫でるかのように優しく、繊細で。声が漏れるたび、例えそれがよがり声だとしても、私が無理をしていないか、苦しくないかを伺うような様子を見せる。
「は、……んん……もっと、強くしてもいいですよ……」
促してみてもその手に力がこもることはない。本当なら嬉しいはずの気遣いや優しさに、何となくもやもやしてしまうのはどうしてだろう。
その感情に対する答えが出ないまま、柔らかな刺激は脚の間に向かって降りていく。
薄手のスカートがふんわりとたくし上げられて、無防備な状態になったそこに指が伸びる。触れるか触れないかのところで一度ぴたりと止まって、思い出したように白い手袋が脱ぎ捨てられ、今度こそ秘部に触れた。
「……あ、っ」
布越しに触れられているのが嘘のよう。高ぶった神経がほんの小さな刺激すらも過敏に拾い上げるものだから、軽くなぞられているだけなのに腰が引きつってしまう。
これならすぐにでも満たしてもらえそうだ。嫌な思考や心の隔たりも、すぐに忘れられる。
さあ早く、もっとたくさんちょうだい……逸る気持ちが嬌声をどんどん大きく忙しなくさせるから、それに乗せられて彼の手つきも徐々に性急になっていく。
きっと少しだけ焦ってしまったんだと思う。あるいは、膨らんでいく私の期待に応えようとしてつい指先に力が入ってしまったのかも。
充血して赤く腫れた突起に、爪の先が一瞬強く沈み込んだ。
「いっ、……!」
案の定、強すぎる刺激は快感を通り越してしまって。反射的にあげた声に、彼はこちらの方が驚くくらい大げさに身体を震わせた。言葉や表情はなくとも私の様子を不安げに伺っているのがよく分かる。また胸の中がやもやと濁っていく。
そういえば、今の関係になってから彼はずっとこんな調子かもしれない。
儀式の時はあんなに執念深くて貪欲なのに、二人きりの時に欲を見せてくれたことは一度もない。さっきも抱いてほしいと懇願した私にためらうような仕草を見せたし、もっと強くしてという要求にも頑なに応えようとしなかった。
「私……あなたになら、酷いことをされても構わないのに……」
いっそ殺人鬼らしく残虐な扱いをしてくれてもいい。いつまでも何も貰えずに心が乾いてしまうくらいなら。
ほんの出来心でぽつりと呟いたつもりの言葉は、音のない森の中に思ったよりも大きく響いた。
「……? 処刑人さん?」
私の言葉を聞いた途端、凍りついたように彼の動きが止まる。
どうしたんだろう……不思議に思って伸ばした手はそっと捕らえられ、力強く引き寄せられて、あっという間に彼の腕の中へ。
手袋越しでも十分に感じられていた手のひらの熱が、今度は直に背中に触れる。そこで私は、彼の手が小さく震えていることに初めて気がついた。
「どう、したんですか……?」
問いかけてみても、何も聞こえていないようだった。ただひたすらに私の身体を包み込み、それでもまだ足りないと、縋るように何度も何度も両手に力を込める。
まるで、私自身が口にした言葉から私を守ってくれているみたいだった。
かたかたと震える両手で必死に抱き寄せて、この身体は大切なものなんだ、壊してしまってはいけないんだと、言語を使わずに何とか伝えようとしてくれているのかもしれない。
「……っ」
一般的な人間である私と、体格もよく人間ではない彼とでは、パワーバランスが釣り合わない。もし彼が本気を出せば、私なんて軽々と潰されてしまうだろう。
彼は一歩間違えば私に痛い思いをさせてしまうということに、いつも怯えているのかもしれない。自分が持って生まれてしまった肉体が、自分の恋人を簡単に傷つけてしまえるというのはどういう感覚か。彼の立場になってじっくりと想像してみたことはあっただろうか。
自分自身を押さえつけて、制約を課して。私が彼からの人間じみた愛を渇望していたのと同じように、彼自身も十分に愛を伝えられないことに苦しみを感じていたのだとしたら。
私が求めることを叶えてやれないというもどかしさだって、与えてもらえない寂しさと同じくらい辛いだろうに、いつまでもそのことに気づいてもらえずに……
「……、処刑人さん……っ」
彼だって、きっと苦しかったんだ。今になってようやく気づいた。
それなのに私は自分の感情ばかりを押し付け、自分が得られないものばかりに目を向けて。挙句の果てには酷いことをされてもいいだなんて軽々しく口走ってしまった。
「ごめんなさ、い……ごめんなさい、……私、あなたの気持ちにずっと気づかなくて……っ」
「…………」
声が詰まって、また泣きそうになる。こんな不安定な私を突き放すこともなく、何度でも背中をぽんぽんと撫でてくれる処刑人さんの手は、優しくて温かい。
試す必要なんて最初からなかったんだ。キスができなくたって、表情が見えなくたって、情事が思うように進まなくたって、私はちゃんと愛されている。
「……愛してます、処刑人さん……心の底から」
今度は私が彼の手を捕まえて、見せつけるように冷えた唇を押し付けた。唇どうしで触れ合えないのなら違う場所にキスをすればいい。愛情の形は一つじゃない。例え他と違ったって、それは不十分だということにはならないんだ。
普段は触れられない手指の地肌が愛おしくて、ゆるく舌を這わせながら噛みつくように口づけを落とす。
されるがままに大人しくしている彼の指先が少しずつ熱く火照ってきた。こういった小さな変化は、彼にとっての表情の代わりとなる。よく見て、感じて、私も流されてしまえばいい。
「あ、……」
身体を擦り寄せて気づく、中心部分の確かな硬さ。
私の声に甘みが戻ってきたのを確認するなり、また優しく寝かされて。月明かりを背にこちらを見下ろす三角頭が、続けてもいいか、という意思を問うように小さく揺れた。
私は無機質なピラミッドを見つめながらそっと首を縦に振る。
愛を試すためでなく、今ある愛を深めるために。
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