DBD
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
しまった。うっかりしていた。
邪神エンティティの管理下であるこの森には、何か面白いスポットや変わった動植物が存在したりするんだろうか。そんな純粋な疑問の答えを探すため、私は拠点の周辺を散策していた……はずなんだけど。
つい植物観察に夢中になって目印も付けずにうろうろしていたせいで、気づけば拠点が見えなくなっていて。
「えっ、と……どっちから来たんだっけ……」
道中で摘み集めた花を握りしめ、うろうろと徘徊する私はかなり滑稽だろう。ある意味そばに誰もいなくてよかったかもしれない。
でも、このままだといつまでたっても拠点に帰れそうにない。いつも薪を集めたり水をくみに行く方角とはあえて逆を探索したのが仇になった。
普段誰も通らない場所に目印なんて置いてあるわけもなく、どこまで行っても似たような景色が続いている。
「はぁ……」
さて、これからどうするか。拠点が見えないほどの距離まで来てしまっているので、仲間が助けに来てくれるとは思えない。こういう時、太陽の位置で方角を知るというサバイバル術があるのは知っているけれど、あいにく霧の森では日が昇ることはないため使えない。
絶望的状況だ。下手をすると、このままここで一夜を過ごす可能性すら出てきた。
「……ん?」
限界の近い足を休めるため、木の根元に腰を下ろそうとかがみこんだ時のこと。
木と木の間、霧でぼやけてギリギリ見えるか見えないかのところに、薄っすらと建物のような影が見えた気がした。
まさか遭難者が見るような幻覚まで見えてきたのか……気が遠くなりそうだったけれど、道しるべも何もないこの状況、幻かもしれなくたってそれにすがるしかなくて。
ずっと握りしめているせいでしおれかけの花を手に、建物のようなものが見えた方へと向かう。ふらつく足で、一歩、また一歩と近づいていく。そうしてしばらく歩いていくと、幻覚だと思っていた建物の輪郭が少しずつハッキリとしていくのが分かった。
幻なんかじゃなかった。森の中を100%感覚だけでさまよい歩いていたけれど、実は回りまわってちゃんと拠点に帰ってきていたなんて。私の方向感覚も意外と馬鹿にできないかもしれない。
「よかったぁ……!」
だが、いざ茂みの向こうの敷地に足を踏み入れようとした時、私はふと違和感に気づいてしまう。
目の前にあるのは確かに拠点のはずなのに、いつもなら焚き火がたかれている場所に火がともっていない。いや、それどころか燃えカスのあとすら残ってない。
薪が置いてあるはずの場所には多種多様な武器のようなものが立てかけられている。どの部屋もカーテンが閉まりきっていて、漏れ出る明かりはやたらと薄い。
嫌な汗が背中を伝う。もしかして……いや、もしかしなくても、ここって……
(……逃げなきゃ)
私たち生存者が過ごす拠点によく似た別の建物があれば、それは敵側の陣営が身を置いている根城だと考えるのが妥当だ。だとすれば、ここにいるのはまずい気がする。
そろりそろりと後ずさりして、ある程度離れたところで一気に振り向いて走り出す。
「……!」
ドン、と鈍い音がなって、次に感じたのは不自然な浮遊感。何か大きなものにぶつかった。そう気づくと同時におしりに衝撃が走る。
痛みに閉じた瞼を開けると、一刻も早くこの場を去りたい私をおちょくるかのように、黄色いエプロンの男が目の前に立ち塞がっていた。
「あ……」と短く声が出たのを最後に喉が締まって、脚が震えた。自分より一回りも二回りも大きな身体をピクリとも動かさず、人皮マスクの奥からじっと私を見下ろすカニバルはとてつもなく不気味だ。
よりにもよって、まともに意思疎通ができるのか分からない殺人鬼と出くわしてしまうなんて。
殺される? いや、まさか。今は儀式の最中じゃないし……でも、もしかしたら。二転三転する思考がまとまらなくて、震えが全身に伝染して。
「あ、の……っ……」
それでも何か言わなきゃと思った。言わなきゃ、言い訳しなきゃ、本当に殺されるかもしれないから。
「あ、あのっ……えっと、……」
「…………」
「……こ、これあげる!」
混乱した末に咄嗟に差し出したのは、迷子になってからずっと握りしめていた花の束だった。自分でも何をしているのかよく分からないけれど、今はこれしかないと思った。
ふにゃり、と首をもたげた花たちに、彼の視線が落ちる。
「あの、私……実は迷子になって、自分の拠点に帰れなくなっちゃって……」
「…………」
「だから、その……別にあなたたちの邪魔をしようだとか、そういうんじゃなくて、あの……っ」
「…………」
「……あ、」
手の中のものが抜き取られた感触がして、顔を上げた。
小さな花びらが彼の大きな手に収まると余計に小さく見える。カニバルはしばらく手の中のそれを眺めたあと、くんくんと興味深そうに匂いをかぎ、そしてそのままそれをシャツのポケットに差し込んだ。
一応気に入ってくれた、ということだろうか。
「えっと、じゃあ……私はこれで……、」
どさくさに紛れてそっと横を通り抜けようとした途端、手首のあたりをぎゅっと握りしめられる。大声を上げたら、拠点の中の殺人鬼たちにも気づかれてしまうかもしれないというのに、「ひゃあっ!?」と情けない悲鳴が出てしまった。
慌てて口を塞いでも、すでに出てしまった声を取り消すことはできなくて。焦りと不安で涙が滲む。
「……?」
今度こそ殺されてしまう……そう思って身体を固くしていると、カニバルは掴んだままの私の腕をグイグイと引いた。それも殺人鬼たちが潜む拠点の方向ではなく、反対側の私が元来た道の方に。
「えっ、え……?」
何が起きてるのか分からずに困惑する私を、彼はそのまま引きずるようにして森の中を進み始める。
殺人鬼たちの根城から離れることができるのは一安心だけれど、なぜこんなことをするのか、私をどこへ連れて行こうとしているのかは分からない。
ずっと握られたままの手首も気になるところだけど、振りほどく勇気なんてなくて。体格の差も手伝ってか、はたから見たら親子のように見えるかも……なんて思ってしまい、急激に恥ずかしくなる。大きくて、意外にも柔らかい手のひらに包まれている私の手首が、少しずつ熱を持っていく。
しばらく連れられるままに歩いていると、少しだけ開けた場所に出た。カニバルの大きな足が先に草を踏んでくれるから鬱蒼とした場所でも歩けないことはなかったけれど、やっぱり広い場所の方が歩きやすい。
(……ん? あれ?)
たまたま私の視界に入った、大きな木。森の中ならどこにでも生えているような普通の木なのに、私の視線はその大木に釘付けになった。
太い根元のすぐそばの草むらが、一部分だけ丸く潰れてしまっている。それは紛れもなく、私が森の中を迷子になっていた時に休憩するために座っていた場所だ。
つまり、本来私がいるべき生存者側の拠点に少しずつ近づいているということ。
もしかして、と今さらになって気づく。彼は私のことを殺そうとしているわけでも、誘拐しようとしているわけでもなく、拠点まで送ってくれようとしているんじゃないだろうか。
でも、どうして。そんなことをして、彼の方にメリットなんて何もないはずなのに……
そこまで考えて、数分前の自分の苦し紛れな行動を思い出す。
(まさか……あの花のお礼のつもり……?)
握りしめられてクシャクシャな花だったけれど、そういえば彼は気に入った様子でシャツのポケットに入れていた。
今まで彼のことは、不気味なマスクを被った残忍な殺人鬼としか思っていなかった。でも言葉を上手く話せない様子や、相手が誰であれ良くしてくれる者に対して従順である様子から考えると、もしかしたら彼の精神はかなり幼いままなのかもしれない。
それを知ったところで恐怖が完全に消えるわけではないけれど、私の中に今まで感じたことのなかった感情が生まれつつあるのが分かった。
「ねぇ……送ってくれるの? ……どうもありがとう」
そっと投げかけた感謝の気持ちにも、彼はいつもの唸り声のようなものを返すだけ。
でもその後、手首を握る手のひらにそっと力が込められて、言葉がなくとも心は通じ合えたような気がした。
***
「あっ……」
繋がれている手首がじっとりと汗ばんできたころ、周囲の景色が少しずつ見覚えのあるものになってきた。
霧の奥に建物の輪郭が薄らと見える。近づいていくと、焚き火の燃えかすや薪置き場、張られたロープにかかる洗濯物も見えてきて。ああ、ようやく帰ってこられたんだと思った。
物置の裏の方からか、薄らと仲間たちの話し声がしている。カニバルを連れて近づけるのは茂みの手前までだろう。
彼も同じように考えたのか、敷地の中に入る前に握りしめていた手のひらが離れていく。
すっかり熱くなった手首を撫でるそよ風が心地いい。
「それじゃあ……」と向き直る私の目を、少し高い位置から見下ろす彼。
「……あ。お花、気に入ってくれたみたいでよかったよ」
本当はプレゼント用じゃないし、くたくたになっちゃってたけどね……と、心の中でひっそりと言葉を足して微笑みかける。
彼は思い出したようにシャツのポケットを一瞥した。普段は飾りっけのないシャツに色が添えられていることがよほど嬉しいのか、言葉にならない声を出してうんうんと頷いている。
あれ、こうして見ると本当に子どものようで可愛いかも……
なんて、見惚れるようにぼんやりしていた私の視界が、不意に真っ暗に塞がって。
「えっ……?」
全身を包んだ、不器用な温もり。少しだけ痛くて柔らかいそれが、ハグだということくらい分かってはいるけれど、突然のことに頭が追いつかない。
「な、なっ……」
落ち着け、私。これは彼なりの感謝の印なんだ、そういう表現方法なんだ。というか、欧米文化ではわりと普通のことじゃないか。欧米出身の仲間たちともよく交わすものじゃないか。今さら恥ずかしがることなんてないはずだ。
……でも。と、頭に浮かぶ暗示の数々を心が呆気なく否定する。
いくら彼の精神は子どもだと言っても、肉体は大人のそれなわけで。見上げるほどの大きな背と、腰に回るたくましい腕に、身体中が一気に火照っていく。それに加えほんのりと香る血と汗の匂いが、余計に生々しさを感じさせる。
こんなの、照れるなと言われても無理に決まってる。
「っ……」
しばらくして満足したように離れていった彼が、不思議そうに私の顔を見つめる。
——どうしてそんなに真っ赤になっているの?
無邪気な瞳がそう言っているように思えて仕方なくて、私はたまらずそっぽを向いた。
20/26ページ