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今日は殺人鬼の気配を全然感じないな、なんて思いながら、発電機の配線を繋いでいく。初めての頃はあんなに苦戦していたはずの発電機修理も、今ではすっかり板についていた。
元の世界に帰りたいと思うこともある。いつまでも明けない夜に寂しくなったこともある。
そうやってモヤモヤを抱えていた私の気持ちが晴れたのは、ここに来てひと月がたった頃だった。
こんな私に懐いてくれたひとがいた。いつもメソメソしながら仕方なしに発電機をいじっていた私が、「こんなはずじゃなかったのに」とぽつりと呟いた声を、そのひとは聞いていたらしい。突然背後から声をかけられて、意識が飛んでいきそうなくらい驚いたっけ。
彼がなぜ私の言葉に反応を示したのかは、顔を合わせるたびに少しずつ言葉を交わしていくことで理解した。彼もまた、「こんなはずじゃなかったのに」という出来事に苛まれた結果、ここの住人となったのだ。
懐かしい記憶に想いを馳せていると、目の前の発電機がカチンと鳴って眩い光を放った。もう修理が終わってしまった。
考え事の続きはキャンプに戻ってからゆっくりしよう。そう思い、背後の扉から外に駆け抜けようとした時、私はそこにあった何かと衝突した。
「いっ、……?」
仲間とぶつかってしまったかと思い、慌てて謝ろうとしたのだがそこには誰もいない。
目の前には確かに明け広げられたドアがあり、進路を阻むものは何もないように見える。
恐る恐る近づいてそっと伸ばした手が何かに触れた。カサカサとした布の感触と、仄かな温もり。
手首が捕まれ、引っ張られて、見えない何かに抱きすくめられる。
「……レイス」
子どもを宥めるような声で名前を呼ぶ。すぐに返ってきた「なに?」という返事は、心做しか嬉しそうに聞こえた。
「噂をすれば……ってやつだね」
「? ボクのこと噂してたの?」
「噂というか、考えてたの。レイスと初めて出会った時のこと」
「ふうん……名前ってそんなにボクにメロメロなんだ、嬉しいな」
抱きしめる腕に力が込められる。相変わらず彼の姿は消えたままなので、何だか不思議な感覚だ。
目線を上げて顔があるだろう場所を見つめるけれど、どんなに目を凝らしてもやっぱり何も見えない。彼も今、こちらを見つめているのだろうか。
「ねぇ、いつからここにいたの?」
「名前が発電機を見つけて、周囲を警戒し始めた時から」
「なるほど、最初からね。見てたなら言ってくれればよかったのに」
くすくすと笑うと、彼は「名前が驚く顔が見たくて」と無邪気に言った。
こうして彼と言葉を交わす時、彼が姿を現すことはない。決まりを作ったわけじゃないけれど、彼と心を通わせるようになってから自然とそうなっていった。
たぶん、気をつかってくれているんだと思う。殺人鬼と仲睦まじくしているところが他の生存者たちに見つかって、仲間外れにされないように。
寂しい気持ちはもちろんある。だけどこれは仕方のないこと。この儀式において、彼は私を殺すひとで、私は彼から逃げるひと。キラーとサバイバーの恋なんて、本来許されるはずのないものなのだから。
レイスの細い腰に手を回す。見えないのに確かに感じる温もりは、私の心を穏やかにしてくれる。発電機が全て通電してしまうまでの僅かな逢瀬だけど、この時間が何よりも好きだ。
髪の毛をゆるゆると撫でられて、愛されているんだなと、シンプルにそう感じた。
「名前」
「? ……ん、」
いつの間にマスクを外したのか、顔を上げるなり熱い唇を重ねられた。ちゅ、ちゅ、と角度を変えながら何度も吸われて、舌先を舐められる。粘膜の熱と、生温い息が感覚を痺れさせ、溶かしていく。
頭がふわふわしてきたところで、「えっちな顔」とボソッと言われたものだから、身体の芯が火がついたように熱くなった。
「……ズルい」
「何が?」
「私はレイスに顔を見られてるのに、レイスは私に顔を見られなくて済んでる……」
「ふふ、見たい?」
「えっ……、」
てっきり軽くあしらわれるだけだと思っていたから、素っ頓狂な声が出てしまった。
レイスの素顔はまだ見たことがない。気になるけれど、何だか怖い気もする。
そんなジレンマに苛まれ真剣に悩んでいると、頭上から「ぷっ」と吹き出しす声が聞こえてきた。それはやがてケラケラと楽しそうな笑い声に変わっていき、彼の大きな身体も震え出した。
「もう……からかっただけ?」
「ごめん、表情がコロコロ変わる名前があまりにも可愛かったから」
言いながらまた後頭部を撫でられて、それだけで直前の意地悪を許せてしまう私は、相当に現金な人間かもしれない。でも、幸せなんだもの。こんなたわい無いやり取りでさえ。
この狂った世界の中で小さな幸せを噛み締めることくらい、エンティティ様とやらも許してくれるはず。
仕切り直しのつもりで彼の透明な胸元に頬を寄せる。ほんのり香るすえた匂いと、微かな心音が心地いい。
うっとりと目を閉じる。程なくして私の肩を彼の両手がそっと掴み、身体を離された。
どうしたの? と視線で示すが、返事がないまま私の身体が宙に浮く。慌てて伸ばした手は上手いことレイスの衣服を掴んだらしく、何とか転げ落ちずに済んだけれど。
そのまま何事もなかったかのように、私を抱きかかえたまま歩き出したレイス。「どこに行くの?」と聞いても、またもや返事はない。
というか、この状況はまずいんじゃないだろうか。まだゲートが通電していない状況で、私は攻撃を受けてもいないのにレイスに抱えられ、堂々とフィールド内を移動している。
もし他の仲間に見られでもしたら……
「ねぇ、待ってレイス……誰かに見られたら、私……、わっ!」
小さな丘の上に登ったかと思えば、その一番高いところで降ろされた。急に地面に足がついたものだから腑抜けた声が出てしまう。
ふと、透明な身体越しに、あるものが視界に飛び込んできた。20mほど先に、Lの字を逆さにしたようなオブジェクトが見えたのだ。ハッとして周囲を見渡してみると、そのオブジェクトは至る所に点在しており、最初に見たものの他にも二つ視認できた。
……肉フックが落ちた三つの処刑台。それは、自分以外の生存者が既に生贄になった事実を物語っていた。
背後でカンカンと鐘の音が鳴る。ゆっくりと振り返り、ようやく姿を現した彼と視線が重なる。
「やっと気づいた? もう他の人間は捧げ終わってたんだよ。早くキミと二人きりになりたくて」
そう言って、レイスがこちらに右手を差し出す。
ところどころに血の跡が残るその指には、どこから摘んできたのか、一輪の花が握られていた。先っぽが紫色に染まった可愛らしい花びらが、月明かりに照らされて薄く輝いている。
「レンゲソウって言うんだって」
「これを私に……? ありがとう、すごく綺麗」
受け取った花の中心部分に顔を寄せる。甘い香りが鼻腔をくすぐった。これをレイスが自分の手で摘んできてくれたのだと思うと、それだけで愛しくてたまらなくなった。
嬉しそうにレンゲソウをくるくる回す私に、「ねぇ」と呼びかけるレイス。どこか重みが含まれたその声色に、こちらの表情も引き締まる。
「名前……ボクのところに来ない?」
「ボクのところ、って……?」
「えっと……ボクがここに来る時以外に身を置いてる場所」
「それって……他の殺人鬼もいるんじゃないの?」
「そうだね。でも、いつもみんながいるわけじゃないし、誰にもボクたちの邪魔はさせないよ」
その声色は、さっきみたいにからかったり、嘘をついているような感じではなかった。
戸惑う私の左手を、レイスの右手が握って持ち上げて、マスク越しに唇を押し付けられる。硬い感触なのに熱を感じた気がしたのはなぜだろう。
「ずっと居てくれなくても、たまに一緒に過ごすだけでもいいよ。それでもボクは、名前にそばにいてほしいんだ」
「ふふ……何だか、プロポーズみたいだね?」
「みたい、じゃないよ」
「え……? それって……、」
言葉の先を待たずに、レイスはマスクに手をかけた。今まで一度も見せてくれたことがなかった端正な容貌が、突然目の前に表れて息を飲む。月明かりを反射する美しい生の瞳が、私の見開いた目を真っ直ぐに見つめて、数回瞬いて。
あっ、と思う間もなく、火照った唇が塞がれた。
呼吸をする暇もないような、今までにないくらいに激しいキスを交わす。好きで好きでたまらないという溢れた感情で胸がいっぱいになって。馬鹿みたいに両手で縋って、身体を寄せてまさぐり合う。
他に誰も存在しない二人きりとなった空間で、私たちはただただお互いの熱を求めた。
殺人鬼と生存者が愛し合うなんて馬鹿げてる。私たち以外の全ての者がそう言うかもしれない。それでも私は彼の姿を、熱を、声を、仕草を、単なる「敵」として見ることなんてもうできない。
これは私の選んだ道だから、後悔なんてない。
心地いい口づけを交わしながら、私は返事をする代わりに、彼の背中に手を回して力いっぱい抱きしめた。
いつだってあなたのそばにいたい。
「こんなはずじゃなかった」この世界の中でも、幸せを手にするために。
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