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ぼやける視界の中に、橙色をした何かがゆらゆらと揺れている。
「……?」
数秒後には、自分の半身に感じる冷たさに意識がいった。どうやら私は見知らぬ部屋で床に倒れているらしい。
両手をついてのそのそと起き上がる。目の前にはいくつか並べられたカボチャとロウソク、そしてお菓子。
ああ、そういえば、現世では今はハロウィンの時期だと仲間たちが話していたような。カレンダーもないのにどうして分かるのか聞こうと思って忘れていたけれど、目の前の光景を見る限り彼らの話は間違いでは無さそうだ。
……と、そんなことよりも。
明らかにいつもの拠点とは全く異なるこの小綺麗な部屋がいったい何なのか、そのことを考えるべきだと思う。
「私、いつの間にこんな場所に……、」
部屋の全体を見渡してみようと、ぐるりと身体をひねってみた。
直後、てっきり自分一人だと思い油断していた私の視界に飛び込む白いマスク。
「ひぃっ!」と咄嗟に出た声の、何と情けないことか。いつからそこにいたのか分からないシェイプことマイケル・マイヤーズは、私の悲鳴にも微動だにせずにこちらを見下ろしている。
「ど、どうしてマイケルがここに……」
「……、」
「あ……」
ただ佇んでいるだけだと思った彼がこちらに手を差し出してきて、その長い指の間に何やら紙切れのようなものが挟まっているのが見えた。
雰囲気を見るにメモのようだけど。読め、ということだろうか。
とにかく、何か行動を起こさない限りいつまでも状況は変わらないだろう。私は誰が用意したのか分からない紙切れを受け取って、折り目を一つずつ広げていった。
「…………」
Help me make Halloween decorations.
ハロウィンの飾りつけを作るのを手伝ってほしいと、メモにはそう書かれていた。
まさかマイケルがこれを……と一瞬思ったけれど、そんなはずはない。わざわざ拠点でも儀式の間でもない完全な別空間を作り出して作業させるなんてこと、一殺人鬼である彼にできるはずがないのだ。
なるほど、そういうこと。私は一人納得した。
これはきっとエンティティの仕業だろう。飾りつけなんて作ってどこに飾る気なのかは分からないけど、自分で全てを用意するのは面倒だから細々したことは部下や生存者たちにやらせようという魂胆に違いない。
一緒に閉じ込められたのがマイケルなのは、何となくハロウィン繋がりで、というくだらない理由のような気がする。
だとすれば、どうせ作業が終わるまではここから出してはもらえないだろう。大人しく与えられた任務をこなすしかない。
「マイケル……一緒に作ろう?」
カボチャを持ち上げて微笑みかけると、直立していたマイケルもようやくその場に腰を下ろした。
***
マジックの先をカボチャの上に滑らせる小気味いい音だけが、狭い室内にこだまする。
部屋の中にあった材料から判断するに、エンティティが求めるハロウィンの飾りつけというのは、恐らくジャック・オ・ランタンのことだ。ご丁寧に下書き用のペンもちゃんと用意してあったので、私がカボチャに顔を描き、刃物の扱いに慣れているマイケルがそれをなぞってくり抜くという分担作業をしている。
話さないマイケルと一緒の作業は集中力が途切れなくてやりやすい。ランタン制作は順調に進み、残すところあと一個のところまできていた。
顔を描き終わって視線を上げると、彼の方はまだくり抜き作業の途中だった。マイケルは使い慣れた自前の包丁で作業をしているため、もともと用意されていたシースナイフは寂しげに床に転がったままだ。
(私も手伝った方が早く終わるかも……)
ふと思い立ってナイフを手に取り、黒い線に沿って刃先を滑らせてみた。
ツルツルしたカボチャの表面に刃がスッと沈みこむ。この不思議な感触は、なかなかに心地いいかもしれない。普段なら絶対に味わえない感覚が楽しくて、私はすぐに夢中になった。
片目をくり抜き終わったところで、ふと目線だけで彼の手元を見やる。握りしめた包丁でカボチャに穴を開けていく彼は、小回りのきくシースナイフを使っている私よりも作業スピードが早い。
器用なのか、単に慣れの問題なのか。彼って案外こういうことも得意なのなぁ……なんてぼんやり思っていた時。
「痛っ……!」
指先にチクリと痛みが走って、反射的に手のひらを握りしめる。滑り落ちたカボチャが床を叩く音で、マイケルもこちらを振り向いた。
恐る恐る手を開いて見てみると、人差し指の側面にじんわりと血が滲んでいた。やってしまった。チラチラとよそ見をしていたせいで指を切ってしまうなんて、何をやっているんだろう私は。
「うぅ……」
確かポケットの中にハンカチがあったはず。血が服につかないよう指を高めに持ち上げながら、もう片方の手で服の中をゴソゴソとまさぐる。
「……え、」
持ち上げていた指に、急に生温かい感触が触れた。視線を戻すと、いつもなら絶対に外すことがないマスクを鼻のあたりまで捲りあげ、傷口を舐めるマイケルの赤い舌がすぐ目の前にあって。
反射的に引っ込めようとした手は彼にがっちりと掴まれてしまい、逃れることができない。
なんで彼がこんなこと……浮かんだ疑問を言葉に昇華することもできず、「な、な……」と間抜けな声だけが口を出る。
初めは混乱していた私だったけど、どうやら彼は血を見て興奮したわけでも、嗜虐心を持って触れているわけでもないことが分かると、少しずつ落ち着いてきた。
相変わらず理由は分からないけれど、傷を癒そうとしてくれているだけらしい。
「ん、……ありがとう、マイケル。もう大丈夫だと思うよ」
そろそろ血も止まった頃だろう。そう思い、一応お礼を言って指を引く。……いや、引こうとした。
「……?」
私の言葉は聞こえているはずなのに、なぜだか彼はいつまでも舐めることをやめない。
名前を呼んでみるけれど、やはり無反応。それどころか、肌を伝う舌先がどんどん傷口から離れていく始末。
「ちょ、……待っ、まいけ……」
指の付け根をちろちろと舐められると、お腹の奥のあたりにゾワッと電流が走った。ここを舐められるとこんなふうに感じるんだ……なんて、そんなことを思ってる場合じゃないのに、もたつけばもたつくほど思考が鈍っていく。
何だか、変な気分になってきた。
これが彼の狙いだったのかは分からない。でも、マスクの奥から覗く瞳は、明らかに熱を帯びていて。
「んん……っ、だめだよ、これ以上は……」
溶けかけの理性を振り絞って、彼の肩を押す。
これからがいいところなのに。そう言いたそうな目をしながら、マイケルがじっとりと私を見つめ、指と指の間に舌を滑らせていく。
そんなことをしたってダメなものはダメだ。ここでやめておかないと、本当にどうにかなってしまいそうだから。
私が折れないことを確認すると、彼は一つ、二つと私の爪先に口づけを落として、そっと解放してくれた。
行動とは裏腹に、彼の瞳の奥にはまだ欲望が燻っているようにも見える。「だめ、恋人でもないんだから」と、釘を刺すようにブンブンと首を振る。
しばらく考えるような素振りを見せたあと、ようやく諦めてくれたかと思ったけれど。彼は渋々といった様子で、何やら作業着のポケットをまさぐり出した。
「え……」
しばらくしてこちらに差し出されたのは、目が覚めた時に渡してくれたのと同じようなメモ用紙だった。
マイケルの顔と目の前のメモを交互に見る。微動だにせず受け取るのを待っている彼にだんだん申し訳なくなってきて、私はその手に挟まれたメモを抜き取った。
彼の刺すような視線に見守られながら折り目を開いていくと、最初のメモよりも少し長めの文章が現れた。
「飾りつけの件は口実で、本当はただ君とシェイプを二人きりにしてやろうと思っただけだ……?」
一行目の意味がよく分からないまま、次の行へと目を走らせる。
「今日はハロウィンだから、シェイプの望みを叶えてやることにした……シェイプは君のことが好き、だ……から……」
何だ、これは。こんな展開、誰が予想できるというのか。
突然明らかになった彼の好意。しかもそれを声に出して読み上げてしまった公開処刑とも言えよう展開に、頭が真っ白になっていく。
こんなことが書いてあると知っていれば、音読なんて絶対にしなかったのに……後悔の念が渦巻きながらも頬が熱を帯びる。
私が今どんな表情をしているのかは鏡がなくてもよく分かっているから、顔を上げることができなくて。
もじもじと膝を擦り合わせることしかできない私の横髪に、痺れを切らした手のひらが伸びてくる。
「っ……、え……きゃ!」
髪に触れると思った手は、そのまま肩に。グッと体重がかけられて背中に衝撃が走った。目の前には汚れ一つない白い天井と、マスク越しの蒼い瞳。二人を囲むロウソクたちの独特な匂いが鼻を撫でる。
「あ……、」
拒絶することもできたのかもしれない。でも、彼から滲む雰囲気はいつになく真剣そのもので。
そんな姿を見せられてしまったら怒るに怒れなくなってしまって、視線をそらすこともかなわないまま、私は小さく頷いた。
ゆっくりと近づいて一つになった私たちを、顔を描かれたカボチャたちだけがそっと見守っていた。
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