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ああ、まただ。また今日も生存者たちを取り逃してしまった。
脱出ゲートの奥に消えていく背中を眺めながら、窓枠にどかっと腰を下ろす。ほとんど汚れていないナイフに映る自分の仮面が虚しい。
最近、奴らのチームワークや立ち回りが洗練されてきた。そりゃあもう何度も儀式を行っているわけだし、当たり前といえば当たり前なんだけど。向こうが強くなればなるほど、飛び抜けた特殊能力があるわけでもないこっちは辛くなっていくわけで。
「はあ……」
またフランクたちにダメ出しされるんだろうな。そう思ったら、何だか持ち場に帰りたくなくなってきた。いや、仲間たちの反応よりもまずは「神様」からの天罰を警戒するべきか。
今度こそ拷問されるかもしれない。溜息をこぼしながら、薄闇の空を見上げる。
「あ、の……」
突然、背後から聞こえてきた声に、危うく窓枠から転げ落ちそうになる。
「あっ、ご、ごめんなさい……! 驚かせちゃって……!」
あたふたとする女は壁際から顔を出し、こちらを覗き込んでいた。
こいつの名前は確か……名前、だったか。
そういえば、目の前のゲートから出ていった生存者たちは三人だけだったかもしれない。別のゲートから出ればいいのに、なぜわざわざ私の前に現れたんだろう。こいつの性格的におちょくるようなマネはして来なさそうだし、純粋に目的が分からない。
「ここで何してんの? 何でさっさと出ないの?」
率直に疑問をぶつけてみると、彼女はなぜかモジモジとし始めた。
「えっと、その……」
「……?」
「私で、よかったら……吊る?」
「は、」
恥じらいの混じった笑みを浮かべる彼女から飛び出したのは、とんでもない言葉で。
一瞬言われている意味が分からなかったけど、不意に今の私の状況を思い出して、ようやく飲み込めた。
一番最初にわいてきた感情は苛立ちだった。
こいつに八つ当たりしたって仕方ない。ヘマをしたのは自分なんだから。それに、きっと彼女は純粋に気遣いのつもりで言っている。
そんなことは分かっていた。分かっていたけれど、本来力づくでねじ伏せて処刑しなきゃいけない生存者に同情されて、ムカつかないはずがない。
「……なんなの、それ」
「え……?」
「あんた、自分が言ってる意味分かってる? それ、敵に対して言うこと?」
吊られてもいいなんてぶっ飛んだことを言い出したわりに、私がちょっと声を荒らげただけで彼女の目には動揺の色が浮かんだ。
「でも……一人も吊れないと、エンティティに痛いことをされるんじゃ……?」
「別に、もう慣れてるし」
「で、でも……っ」
「それにさ、吊ったら吊ったであんたが痛いでしょ。やめとけば、わざと吊られるなんて」
「わ、私は、痛みも怪我も帰れば消えるから……でもあなたは、……っ!」
怒りのままに壁に叩きつけた彼女の背中から、バキッと痛そうな音が鳴った。
フランクたちとつるみ始めてから、本当に短気で暴力的になったなと自分でも思う。元々そこまで品行方正ってわけじゃなかったけれど、よくないな、ほんと。
でも、さすがにもう限界だった。
ガタガタ震える名前の襟元を掴みあげて、潤んだ瞳を覗き込む。私の仮面と彼女の鼻先が触れてしまいそうな距離だ。お互いの少し乱れた呼吸音だけが鼓膜をくすぐる。
「ふざけんなよ……さっきからでもでもってうるさいんだよ! 何なのあんた? そんなに自分の優位性を私に示したいわけ?」
「そっ、そんなんじゃ……」
「どうせ、心の中では儀式に失敗した私のこと馬鹿にしてるんでしょ。あんたらはいつもそうだ」
「そんな、ちが……!」
怯える相手に対して、一方的に言い過ぎかもしれない……そんな殺人鬼らしからぬ良心がじわじわと顔を出し始めたと同時に、もっと酷い言葉を思いついてしまう。
ふうん、なるほど、そういうこと。一人で納得したようにぶつぶつ言う私を、疑問符が目に見えそうなくらい間の抜けた顔で見つける名前。
その表情を見ていると妙に加虐心がくすぐられて、浮かんだ言葉を何の加工もせずにそのまま声にしてしまっていた。
「……あんた、そうやって私に媚びへつらって、次の儀式から自分だけ優遇してもらおうとでも思ってない?」
「な、っ……」
「ねぇ、図星でしょ? そうでもないと、吊らせてくれるメリットなんてないもんね。意地汚いヤツ」
「わ、私は、」
これ以上くだらない言い訳は聞きたくないと、胸ぐらを掴む手に力を込めた。半ば蹴りあげるように彼女の脚の間に膝を差し入れると、痛みに耐えるように顔が歪んで、ようやく大人しくなってくれた。
今にも泣き出しそうな顔をする名前の下まぶたには、たっぷりと雫が溜まっている。もうこのへんにしておいた方がいいのかもしれないけど、喉まで出かかっている罵詈雑言を短気な私は飲み込めそうになかった。
咄嗟に言い返してこないこいつが悪いんだ、悪いのは私じゃない……自分を正当化する声ばかりが頭の中をぐるぐる巡る。初めて人を殺してしまったあの時みたいに。
「あんたもしかしてさ、他のキラーにもこんなことしてんの?」
「……!」
「そうでもしないと、あんたみたいな性格の人間がこの世界でやっていけるわけないもんね。なるほどねぇ……」
「……、がう……ちが、う……」
「男キラーが相手の時なんかは、この身体を使って可愛く誘惑してたりして……ハッ、あんたってほんと──、」
「違う!」
耳の奥でキーンと音がする。唐突に張り上げられた彼女の声は、辺り一帯に響き渡るほどの大きさだった。
さっきまでのおどおどした態度はどこへいったんだ。なんで急に大声なんか……
文句の一つでも言おうと開きかけた口は、流れ落ちる雫を見て思わず閉じてしまう。
泣かせた。さすがにトゲのあることを言い過ぎたらしい。
これが普段やたらと煽ってくる生存者であれば心から「ざまあみろ」と思うところなんだけど、生憎こいつはいつも他のメンツに助けてもらうばかりの弱虫で。泣き顔を見ても全くせいせいしないどころか、じわじわとバツが悪くなってくる。
こいつと関わると調子が狂う。
「ねぇ……悪かったって。あんたもさ、媚びるのなんかやめてさっさと出なよ。そしたら私も今回は見逃してやるから」
「っ……、う……」
「泣くなよ……確かにさっき言ったことは侮辱的だったかもだけど、私の口が悪いのなんていつものことだし、あんなの真に受けずに……」
「う、うっ……ちが、うの……」
「え……?」
「わた、し……私は……、」
ジュリーが好きだから。
絞り出すように放たれたその一言は、時間の流れを止めた。肌を撫でる冷たい風も、揺れる草の音も、何も感じなくなってしまった。
彼女に初めて呼ばれた自分の名前が、なぜだか他人の名前に思えた。
襟元を握り締める手に、力が入らなくなっていく。緊張していた彼女の身体も脱力したのか、差し入れたままの膝に体重を感じる。
名前は今なんて言った? 何で? どうして?
声にならない疑問が次々と浮かんでは消えていく。
「ずっとあなたが好きで……胸が苦しくて……あなたが痛い思いをするなんて、私、耐えられない……」
溢れ続ける彼女の涙が、私の手を濡らしていく。
「それなのに、あなたは私の好意になんて全く気づいてくれなくて……」
「…………」
「もっとちゃんと伝えたいのに、伝わるように言いたいのに……上手く言葉が出てこないの……っ」
温かかったはずの涙の粒も、外気に触れるとすぐに冷たくなって。私の手の上から滑り落ちると、暗い地面の中に消えていった。
襟元を離すなり、名前はすぐに涙を隠すように両手で顔を覆った。状況を飲み込みきれない私なんて置いてきぼりのまま塞ぎ込んでしまった彼女が、やたらと小さく弱く見える。
このちっぽけな女が、哀れにも殺人鬼である私なんかに恋をしてしまって、苦しくなって、泣いている。弱いくせに。一人じゃ何もできないくせに。それなのに、勇気を振り絞って素直な言葉をぶつけてきた。
上手く言葉にできないって言ったけど、そのもどかしさをありのまま形にした今の言葉で、名前の感情は十分すぎるほど伝わった。
悔しいけれど、それを無下にしてしまえるほどの強さは私にはないらしい。
「あ、……」
自分でも何で名前を抱き締めてしまったのかはよく分からない。気づいたら、縮こまる彼女の身体を腕の中に抱き寄せていた。
情に流されるなんてのは私らしくないし、そうじゃないと思いたい。きっと彼女が気の毒で見ていられなかっただけだ。あとはほら、罪悪感。彼女の想いも知らずに散々罵倒してしまったことへの罪悪感も、私のこの行動に少なからず関係しているはずだ。
「あ、の……ジュリー……、」
「いいから、黙ってて」
「…………」
言葉を投げかけられると途端に何もかもが崩れてしまいそうで、遮った。
再び動き出した時間は、ただ静かに流れていく。
しばらくすると腰のあたりから温かい手のひらがおずおすと上ってきて、背中の上で落ち着いた。
首筋に当たる彼女の吐息がすごく熱い。この熱は、確かに恋心を抱く人間のそれだ。別に疑っているわけじゃないけれど、彼女は本当に私のことが好きなんだなって、急に実感がわいてきた。
あーあ……この状況、フランクにはなんて説明しよう。
そんなことを真面目に考えてしまっている私の方も、案外満更でもないのかもしれない。
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