DBD
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一瞬、何が起きたのかよく分からなかった。
ハドンフィールド、ランプキン・レーンの家屋の中の壁際に、私は今ピッタリと背中を張り付けた状態でいる。そして目の前には、このフィールドを持ち場とする殺人鬼、マイケル・マイヤーズの巨体がある。
マイケルの大きな身体にすっぽりと全身を覆われてしまっているものだから、周りの様子がよく見えない。仲間たちの足音と、恐らく私の名前を呼んでいるであろう声だけが微かに聞こえてくる。
その呼び声が聞こえるたびに、マイケルは私をさらに壁際にぎゅうぎゅうと押し付けた。でも決して力ずくではなく、まるでお気に入りの玩具を他者の目から隠すように、壁と私との隙間を少しずつ埋めていった。
彼がなぜ私に対してこんなことをするのかは分からない。とくにきっかけなどはなかったように思う。
いつものように儀式が始まって、順調に発電機を修理していって、通電が済んでいざ出口に向かおうと振り向くと、真後ろに彼が立っていた。驚きで声も出なかった私の手首を握りしめ、そのまま家屋の中へと連れ込まれて、今に至る。
(みんな、助けて……)
声をあげればきっと刺される。心の中で必死に助けを求め、祈ることしかできなかった。
だが、すぐ近くで聞こえていたはずの仲間たちの声も徐々に遠ざかっていく。建物の隅で殺人鬼に壁に押し付けられているだなんて、さすがに誰も思わなかったのだろう。
もう既にゲートも開いている状態だ。このままだとここでひとりぼっちになってしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。
焦りから身をよじった瞬間、ガッ……と何かを貫くような音がして。私の顔のすぐ横の壁に、彼の武器である包丁が突き立てられていた。
“逃がさない”
彼はきっとそう言っているんだ。他の生存者たちにはもう逃げられてしまうけど、お前だけは何としてでも吊ってやると。
ギラギラと輝く銀色の刃の中に、私の怯えた表情が映りこんだ。
「う、……っ」
こういう時、無様に泣くことしかできない自分が嫌になる。
私にも、ミンのような身軽さがあれば。ジェイクのような忍耐力があれば。メグのような反射神経があれば。エースのような洞察力があれば。
自分に足りないものが次から次へと浮かんできて、ますます悲しくなってくる。
これだけ至近距離にいるのだから、私のすすり泣く声はきっと彼にも聞こえてしまっている。冷酷な殺人鬼にとって、被害者の涙など支配欲を満たす要素でしかないだろう。
壁に突き刺された包丁が抜かれ、再び彼の手の中に収まった。ほら、やっぱり刺されてしまう。だから泣きたくなんかなかったのに。
できればひと思いに急所を貫いてほしいなんて考えながら、これから与えられる苦痛に備えるように瞼を閉じた。
だが、私の耳に届いたのは肉を裂く生々しい音ではなく、床を打つ乾いた金属音だった。
包丁を手放して自由になった指先が、涙で濡れた私の頬を撫でる。恐る恐る顔を上げると、マスクの奥の瞳と視線が絡んだ。
(なに……? どういうこと……?)
予想外の展開に逃げることもできず固まる私に、大きな両手が伸びてくる。
抵抗の意思がないことを察すると、彼は壁に張り付く私の身体を引き寄せ、抱きすくめた。
一連の動作にさっきまでの強引さは全くなかった。それどころか、まるで乱暴したことを謝罪するかのように背中をぽんぽんと撫でられる。
でも、彼とは体格が違いすぎるし、例え包丁を手放していたとしてもやっぱり怖い。ぬぐい切れない恐怖と、全身を包む温もりの心地よさとが交差して、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
(な、なんで……こんな……)
もうやめて。離して。こんなふうにされたら、変な情がわいてしまいそう。伝えたいのに、喉が締まって声が出ない。
いつの間にか涙は止まっていた。予想外の出来事に驚いたせいなのか、それとも彼の手のひらに癒されてしまったからなのか。できれば前者であってほしかった。
「っ……」
嗚咽が聞こえなくなったことに気がついたのか、マイケルが私の顔を持ち上げて、もう一度彼の視界の中に捕われる。
真っ白なマスクが少しずつ、少しずつ近づいて、ゴムの唇が私の生身の唇にほんの一瞬だけ重なった。
きっと偶然なんかじゃない。この行為がどんな相手にするべき行為なのかということを、彼はちゃんと分かっている。そうでなければ、うっとりとした目なんかしないはず。唇が離れていったあとの彼はそんな目をしていた。
ここまでされて、ようやく彼が私を閉じ込めた理由を理解した。
「マイケル……、」
思わず、その名を呼んだ。
大柄な身体がピクリと動いて、儀式の時よりも熱い気がする手のひらが肩に置かれて。これ以上待ってなんかいられないとでも言うように、指先がじりじりと内側にずれていく。
首筋に到達したそれが耳の後ろを撫でるものだから、「あっ」と高めの声が出た。自分でもびっくりして咄嗟に両手で口を塞ぐ。でも、もう遅かった。そんな動作は無駄だった。
「あ、あ……だめ、っ」
マスクの奥の呼吸が荒くなり、服の中に指が滑り込んでくる。ブラウスの第一ボタンが悲鳴をあげる。肌をなぞることに夢中な彼は、そのまま衣服を裂いてしまいそうな勢いだ。
私は彼に殺される役割の人間なのに、こんなふうにまるで恋人みたいに触れられるなんて、そんなの絶対にダメなのに。
彼の熱が移って意識がふわりと浮かびそうになるけれど、それに抗うように理性のアラームが脳をガンガン揺らしている。
熱くて、少しくすぐったくて、心地よくて、でも相手は殺人鬼のマイケルで。
混乱する頭のまま、気づけば私は「待って!」と声を張り上げていた。
「……?」
「お願い待って……きょ、今日はダメなの! この続きは、次に一緒の儀式になった時にして!」
こんな馬鹿なことはやめて、早く吊って。そう言うべきところだったはずなのに。
最後の最後に恐怖に負けてマイルドな表現になり下がった言葉は、拒絶の言葉としては何とも中途半端なものだった。というか、もはや拒絶になっていない。
しまった、と思った時には目の前の彼は手を止めていた。そういうことなら……と渋々な様子で後ずさりをし始めた彼に、今さら「もう二度とこんなことはしないで」なんて言えない。
そもそも、あくまで彼は純粋な愛情表現でやっていたことなのだ。形は歪だったとしても。
その想いを後出しで無下にできるほど、私の心臓は強くはなかった。
マイケルに手を引かれながら、ゲートまでの道を歩く。
仲間たちが開けなかった方のドアが、ブザー音のあとでスライドしていく。脱出ゲートを目の前にしてこんなにも気が重たかったことは、今までに一度もない。
「…………」
手を離す前に彼のほうを振り返ると、その途端、握る手のひらに力が込められて。そのままぐっと引き寄せられ、私の身体は再び彼の腕にすっぽりと収まった。
血と汗と、ほんの少しの土のにおい。普通の人間ならありえないようなにおいなのに、なぜだか彼から漂っていると、様になるなと思ってしまう。
私は案外、彼のことをよく理解しているのかもしれない。もしかして彼は、私のそういうところに気づいたからこそ愛情を向けてくれるようになったのだろうか。
あとはゲートから外に出るだけだからか、彼はそっと私を解放すると、そのまま背を向けて去っていった。サイコな殺人鬼である彼に、誰かを最後まで見送るという発想はないらしい。
なんだか、ちょっと寂しい。
ほんの一瞬だけそう感じてしまったのは、彼に感化されてしまったからなのか、それとも……
13/26ページ