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創造神によって創られた自由のない箱庭の中で、新鮮な出来事なんて起こりっこない。ここに連れてこられてから、私はずっとそう思っていた。
木の幹に空いた穴の中に、想いの詰まった紙切れを見つけるまでは。
それは、いつものように焚き火用の薪を集めに行こうとした時のこと。仲間たちから離れていざ森の中に入ろうとした時、見覚えのない白い塊が視界をかすめた。木の穴に何かが詰まっている。
近づいて見てみると、それは小さな紙切れで。あまり汚れていないところを見ると、つい最近ここに置かれたものらしい。
「……メモ? 手紙? 誰のだろう……」
明らかに人の手によって畳まれたように見えるそれを、さほど警戒もせずに抜き取り、広げる。中には鉛筆で書かれたらしい黒い文字がいくつか並んでいた。
——名前、いつも君だけを見ている。
飛び込んできた文章に、一瞬頭が回らなくなる。
どう解釈し直そうにも、この文面は色恋の情を含んでいるようにしか見えなかった。しかもしっかりと私の名前が書いてある。そうなると、何かの間違いだろうで済ませることもできない。
堂々と手渡さずにこんなところに隠して拾わせるなんて、いかにもラブレターという感じがする。
まだ視界の範囲にいる仲間たちの方を、チラリと横目で伺う。ハッキリとは見えないが、何やらドワイトがソワソワとこちらに視線を向けているように見えなくもない。
「そっか……あの奥手そうなドワイトが……」
冷静な声とは裏腹に、私はこれまでにないほど舞い上がってしまっていた。
代わり映えがなくどこまでもモノクロだった霧の森での生活が、ようやく鮮やかに色づこうとしているのだ。例えこの先にどんな結果が待っていようとも、この瞬間を喜ばずにはいられなかった。
人間の心は本当に不思議だ。情熱的な手紙を受け取った途端、それまで恋愛対象として見たことがなかった男性が急に愛しく思えてくるのだから。
彼の方からは、まだ何も言葉をかけてはこない。だけど、私が積極的に話しかけてあげると、どことなく嬉しそうな顔をしているように見えた。
私は待った。自分から核心をついてもよかったのだけど、わざわざ手紙を書いて渡してくれたのだから、きっと彼の方からアプローチしたいだろうと思って。
だけど、次の日も、その次の日も、彼から手紙についての話題を振られることはなかった。
これ以上何の進展もなかったなら、あの手紙は誰かのイタズラだったのだろうとキッパリ諦められた。でも、それはできなかった。
あの日以来、私があの木の場所に行くたびに新しい手紙が差し込まれていたからだ。
手紙の内容は、一通目と同じ情熱的なものばかり。
「君に夢中になっている」
「もう君から目を離すことなんてできない」
「君と共に過ごせたならどんなにいいか」
そんなことが書いてあった。
(どうしてこんな遠回しなことばかりするのかな……)
最初はあんなに嬉しく感じた手紙も、今ではすっかり悩みの種になってしまっていた。
このまま待っていても、彼はきっと何もしてこない。私の精神が掻き乱されるばかりだ。やっぱりドワイトはドワイトだった。
それならいっそ、私からアクションを起こしてしまえばいいんじゃないか。このまま進展も玉粋もせずに生殺し状態になるよりはマシだろう。
私は拠点の棚からボロボロの鉛筆と使いかけのノートを引っ張り出し、筆を走らせた。
返信とはいえ、ラブレターなんていったい何年ぶりだろうか。紙切れに羅列した、本当に自分が書いたのかと疑いたくなるような甘い言葉から目を逸らす。
これをいつもの木の幹にねじ込めば、次の手紙を渡そうとあの場に現れたドワイトに読んでもらえるはずだ。
正直なところ、ドキドキやワクワクという期待の感情よりも、ようやくこの状況に変化が訪れることへの喜びの方が大きかった。
折り畳んだ紙切れをポケットに忍ばせて、私は森に向かって歩き出した。
数日後。儀式に呼び出された私は、悶々とする気持ちを必死に押し殺しながら、近場をうろつく男のもとに駆け寄った。
背後から近づいてきた足音を殺人鬼のものだと勘違いしたのだろう。振り向いた彼は、一瞬泣きそうな顔をした。
「びっ、びっくりしたぁ……何だ、名前か……」
いつもなら可愛らしいと感じる間延びした語尾も、今はぐちゃぐちゃになっている心を余計に掻き乱されるだけ。
「えっと、どうしたの? 急に駆け寄ってきたりして」
「あのね、ドワイト……手紙のことなんだけど」
「え……」
あの日、私は確かに例の木の幹にラブレターの返事を埋めてきた。これでドワイトから何らかの反応を貰えるはずだと、そう思っての行動だった。……それなのに。
結局何の言葉も貰えていない私は、とうとう痺れを切らして、今こうして彼に声をかけている。
儀式中にすることではない。それは分かってはいるけれど、彼の姿を見かけたら黙っていられなかった。
「あの手紙、私なりに頑張って書いたの……慣れないから文章が変だったかもしれないけど、あなたの気持ちに応えたくて……」
「あ、えっ……」
「ドワイトが声をかけてくれるのを待とうと思ったんだけど、待てなくなっちゃった」
「えっと、その……」
「つまり私も、あなたのこと、」
「ちょっ……待って、名前! 待ってってば!」
「?」
突然の制止に、俯いていた顔を上げる。そこにあったのは、照れて真っ赤に染まった頬……ではなく、冷や汗を流しながら焦りに焦った表情で。
思っていた流れとまったく違っている現実にポカンとする私に、「何が何だか分からないんだけど……」と、トドメの一言が突き刺さる。
「えっ、え……?」
「あの……手紙とか、気持ちがどうのとか、何のことやらさっぱりだよ……」
「は、……ドワイト、私にラブレターくれたよね?」
「ラ、ブ……っ!? ご、ごめん、それ僕じゃないよ……」
頭の中が白く曇っていく。
確かに、何かがおかしいような気はしていた。薄々感づいてはいた。あまりにも全てが上手くいかなかったから。
でも、まさかラブレターの差出人自体が間違っているなんて、そんなのさすがに予想していなかった。
彼の様子からして嘘をついているわけでもなさそうだ。つまり、完全に私の勘違いだったということ?
「その、ごめんね……あっ、僕、あっちのチェストの中を調べてくるから……!」
気まずさに耐えられなくなったらしいドワイトが、慌てた様子で走り去る。
小さくなっていく背中。その背中を、ぼうっと見つめることしかできない私。
思い返せば、私は彼の一時の様子だけで勝手に差出人であると決めつけ、思い込みで全てを判断してしまっていたかもしれない。
冷静じゃなかった。なんて馬鹿なんだろう。急にむなしくなって、涙が滲んだ。
その時、まだ心の整理がつかない私の耳に、草を踏みしめる音が届いた。それも、すぐ真後ろから。
振り向くよりも先に黒い腕が伸びてきて、背後から口を塞がれる。その手と私の口元の間に挟まれた布切れから、化学薬品のような独特な香りが漂っている。
……まずい。そう思った時には、叫ぼうにも声が出せなくなっていて。
小屋の中に駆け込んだドワイトに助けを求めることもできず、私はそのままズルズルと木陰まで引きずられていった。
「っ……、」
木の幹に背中を打ち付ける。私を乱暴に連れ去った人物を、ようやく正面から捉えることができた。
……ゴーストフェイス。その名の通りオバケのようなマスクを被った彼が、目元に開いた小さな穴からこちらをじっと見下ろしている。
「……そんな泣きそうな顔するなよ、今はナイフはしまうからさ」
懐に武器を突っ込んで、ひらひらと陽気に手を振る彼。
違う、この涙はそういうことじゃない。そう伝えようにも声が出ないから、パクパクと唇が動くだけ。
「あれ……もしかして、本当に声が出なくなった?」
「…………」
「へぇ。あの薬品、半信半疑だったけど大成功だな」
不気味なマスクがジワジワと近づいてくる。
いきなり連れ去った挙句おかしな薬品まで吸わせてきた男など、次に何をしてくるか分からない。来ないで、と口で言う代わりに、私は彼の肩を押した。
情けないくらいに震えている手のひらは、男の身体を制止するにはあまりにも不十分だった。それが何だと言うように、肩に置いた手首を簡単に掴まれてしまう。
「……、……っ」
「”どうしてこんなことをするの?”って顔だな……知りたい? 教えてあげようか」
捕らえられた両手がゆっくりと左右に開かれる。無防備になった鼻先に、白いマスクが今にも触れてしまいそう。
直後、隙間から微かに見える彼の瞳が、なぜだか慈しむようにきゅうっと細められて。
「……名前、いつも君だけを見ている」
マスクの奥でねっとりと囁かれた言葉に、私は全身が凍りついた。
彼のその言葉には聞き覚えがあった。忘れもしない、一通目のラブレターに書かれていた文章そのままだ。
暑くもないのに背中から汗が吹き出して、肌着がひたひたと張り付いてくる。私の手首を握るゴーストフェイスの手のひらに力がこめられた。絶対に逃がさない、とでも言うように。
「君に夢中になっている」
「…………」
「もう君から目を離すことなんてできない」
「……、」
「君と共に過ごせたならどんなにいいか……ああ、これは今まさに叶ってると言ってもいいかな?」
「……っ」
「……そう、あの手紙の差出人はオレだったんだよ。驚いた?」
嘘だ。どうか嘘であってほしかった。
ドワイトには儀式が終わったら謝って、イタズラであれ本気であれ、また他のメンバーの中から手紙の差出人を探せばいい。そう考えていた。
その「メンバー」の中に、殺人鬼なんて含めていなかったのに。
「まあ、まさか返事をくれるとは思ってなかったけどな……可愛い文章だったし、宛名が間違ってることは大目に見るよ」
「……!」
不意に懐から取り出された、折りたたまれた紙切れ。それは他でもない私が書いた、ドワイトに読ませるためだったもの。
手紙の主が殺人鬼だったなど何かの間違いであってほしいという願いは、これで跡形もなく破り捨てられた。
「もう内容を暗記するくらいには読み返してるんだ。暗唱してみせようか?」
「っ——!」
「お手紙ありがとう、今まで受け取ってきたあなたの気持ち、とても嬉し……」
無情にも音読を始めたその口を、どうにかして閉じさせてやりたくて。彼の腰に必死にしがみついて、揺すりながら首をぶんぶんと勢いよく横に振った。
頭を動かしたせいで、溜まっていた涙がこぼれ落ちる。彼は何も言わないけれど、マスクの下の唇はきっと楽しそうに歪んでいるのだろう。
「そんなにやめてほしい?」との問いかけに、今度は首を縦に振る。少しの沈黙がおりる。彼が暗唱を再開する様子はない。
安堵しかけた私の耳に、不気味なマスクが近づいた。
「だったらさ、読めないようにオレの口を塞いでくれない? ……君の唇で」
私の返事を待たないまま、マスクに手がかけられる。拒否権なんてないということだろう。
半分だけ持ち上げられて露出した口元は、やっぱり弧を描いていた。
「……君はオレと初めてマッチした時もこんなふうに泣いてたよな。覚えてる? 物陰から飛び出してきたオレに驚いて、腰抜かしてさ」
濡れた頬を、黒手袋が愛おしそうに撫でる。レザーの生地が涙を弾く。
「オレ、君の泣き顔に惚れたんだよ。一目惚れってやつ」
「…………」
「それなのに、ドワイトなんかと間違えてさ……確かに差出人名を書かなかったオレも悪いけど、それにしたってドワイトはないだろ、ドワイトは」
「……っ」
「これからはオレだけを見てよ。君が儀式にいる時はオレも君だけを見て、嫌ってほど付け回して、吊ってあげるからさ」
にじり寄ってきた唇が、噛み付くように私のそれを貪り始める。同時に後頭部も押さえつけられ、逃げることもできずに吸われて、侵されて。
調子づいた彼の攻めは、それだけでは終わってくれない。いつの間にか手袋を外した生身の指先が、ワンピースの中の太ももに触れて、そのままたくしあげながらお腹を上ってくる。
興奮で熱くなった彼の吐息が、唇に、舌に、喉の奥にも伝わって、だんだん自分の呼吸と混ざって、どっちがどっちか分からなくなってきた。
「……ん、んっ」
そのうち少しずつ声が出るようになってきたけれど、唇を塞がれていてはどっちにしろ言葉は紡げない。話すのに必要な吐息も、舌も、粘液も、何もかも彼の口腔に吸い取られ、囚われてしまっている。
手足の先から少しずつ身体の力が抜けていく。この唇が離れていった時、私は最初にどんな言葉を放つのだろう。
ふわふわと遠くへいきかけていた思考は、下着の中に滑り込んできた指先のせいでパチンと爆ぜた。
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