海
相澤くんに閉じ込められた。
カーテンの外に見える真夏の日差し。コンクリートが陽炎で揺らいでいる。冷房が程よく効いた相澤くんちの中に私はいる。この状況に名前を付けるなら、軟禁とでも言えばいいんだろうか。
「ねぇ相澤くん」
「なんですかオールマイトさん」
「今日はいい天気だね、外」
「最高気温37度ですっけ」
「ひゃ~暑いだろうね~!」
「家の中は涼しいですよ」
そうだろうとも! ハイテク家電のおかげで室内温度は28度だもの。すっごく快適。科学技術ってすごい。
「こんな日は海でも行きたいよね~」
「ダメですよ」
「why!? どうしてさ!?」
「アンタこの前熱中症になりかけたじゃないですか」
そう。先週もこんな風に暑くて、私は相澤くんを何とか説き伏せて近くの海まで散歩に行った。
結果は海に辿り着く前に私がダウンしてしまって……
「それはホントごめんってば」
結局相澤くんが呼んでくれたタクシーで病院に行って、熱中症と診断された。
「今度はちゃんと水分補給するから!」
「ダメです」
「相澤くんのイジワル!!」
「何とでも言ってください」
相澤くんが私の体を心配してくれているのは分かるし嬉しい。でもちょっとだけ寂しいのもある。
「海行きたいな~海~~」
「この時期は混んでますよ」
「泳ぎたいわけじゃないんだけど、海行きたい」
もともと海は嫌いじゃない。大きくて広くて、そういうものは好きだ。
「相澤くんと海行きたいなぁ…」
ここ最近忙しくて海を見れていない。こんな日差しが眩しい日はきっとキラキラ光って綺麗だろうな。
「…オールマイトさん何してんですか」
「へ?」
「海、行くんでしょう?」
振り返ると、さっきまでソファでテレビを見ていた相澤くんが部屋の出口でこちらを見ていた。
「え、でもダメって…」
「…まぁ…タクシー呼べば熱中症にもならないと思うんで」
目線を逸らしながら言う相澤くん。彼は存外私に甘い。
タクシーを待っている間、相澤くんに持たされた水筒から冷たいお茶をちょっとずつ飲む。相澤くん曰く、私は細いからすぐ干からびそうで怖いんだって。干からびないってば! 失礼だな!
タクシーに乗り込んで、行き先を言うのに躊躇う。海までって言えばいいのかな? ざっくりすぎる。
「一番近い海までお願いします」
私が困っているのを察したのか、相澤くんが合理的に代わりに言ってくれた。
「海までですね、分かりましたよ~」
案外あっさりと頷いて、運転手さんがアクセルを踏む。この時期は海まで、って頼む人が結構いるらしい。私みたいな人が他にもいるのかな。
「わぁー…!」
タクシーから降りると、海はすぐ目の前だった。タクシー代を払っている相澤くんには申し訳ないけど、一足先に浜辺に降りさせてもらう。
久しぶりに見た海は想像以上に綺麗で、青くて、大きかった。
他の人は遠くの方に十数人いるくらいで、独り占めしている気分だ。履いていたサンダルを脱いで、波打ち際まで行ってみる。砂が暑くて火傷しそうだったけど、海の水は冷たくて気持ちいい。
「相澤くんもおいでよ!」
振り返って呼ぶと、ちょうどタクシーから降りてきた彼と目が合った。困ったように苦笑して、相澤くんも砂浜に降りてくる。
オールマイトさんは夏が似合う。広大な海と空を背景にこちらへ笑いかけるオールマイトさんは、まるで夏という季節を具現化したようで。
麦わら帽子を持ってくれば良かったな、きっと似合うだろう。
「早く早く!」
「今行きますよ」
日差しよりも海よりも眩しい笑顔に目が潰れそうだ。
気づけばかなりの時間が経っていた。夕暮れというわけではないが、若干傾いた日差しで気づく。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうだね」
貝殻やらガラスやらを掌に握りしめて、オールマイトさんが駆け寄ってくる。
「持って帰るんですか、それ」
「うん! 綺麗だったから!」
タクシーを待ちながら、まだ海を眺めているオールマイトさんの後ろ姿を眺める。
「ねぇ相澤くん」
不意にオールマイトさんが言葉を放つ。
「また来たいね、海」
振り返った双眼が拾ったガラスのようにキラキラと光っていた。
「そうですね」
「また来ようね、ここ」
「そうですね」
「来年も一緒に来ようね!」
無邪気に笑いながら言われた言葉が嬉しかった。
また来年、一緒に。
嘘を吐かないこの人が言ってくれたことが何より嬉しかった。
「…そうですね」
来年の夏も、また。
まだ不確定な未来の話が、彼が言葉にするだけでちゃんと現実になりそうな気がして、嬉しかった。
「また来ましょう、来年も」
小さく指切りをして、タクシーに乗り込んだ。次第に遠ざかっていく海をまた二人で見られることを、柄にもなく密かに胸のうちで祈りながら、オールマイトさんと笑いあった。
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